クロスシリーズ

□五色の戦士、仮面の守護
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「フッ……この感じ。ときめくぜ」
 その戦いを、僅かに離れた位置で眺める白いコートの青年がいた。
 名を仲代(なかだい) 壬琴(みこと)。ダイノマインダーと呼ばれるブレスを持つ、白い戦士……アバレキラーである。
 ときめきを求め、そしてそれを得る為ならエヴォリアンだろうがアバレンジャーだろうが敵に回す……たった一人だが、それでも充分に「第三勢力」と呼ぶべき力を持つ存在である。
 そして今。暴走し、アバレンジャーや見慣れぬ男の戦士と戦うトリノイドに対し、僅かながらではあるがときめきを感じた彼は、更に引っ掻き回してやろうと画策していたのだが。
 ふと、自分の背後に生まれた気配に気付き、彼は軽く眉を顰めてそちらを向いた。
 そこにいたのは、「口の化物」。見た目からはエヴォリアンの一味のような印象を抱かせるが、それ以上に何か別の邪悪さを感じる。
「何だ、貴様?」
「……お前に邪魔をされては、困る者、だ」
 静かな口調で相手はそう言うと、相手は一息に仲代との距離を詰め、彫刻刀のような物を振り上げる。
 珍しく「まずい」と判断したのだろう。彼はちぃと小さく舌打ちをすると、後ろに飛んでそれをかわし、手に嵌るダイノマインダーを構える。
 しかし、「口の化物」は仲代を変身させるつもりはないらしい。チェンジするよりも早く、再び相手の腕が仲代の眼前に迫った。
「ちぃっ!!」
 無意識の内に舌打ちをしつつ、何とかその攻撃をかわそうと体を捩る。
 しかし、完全にかわしきる事は出来なかった。
 仲代が予想していたよりも遥かに速い速度で、彼の左腿に彫刻刀が深々と突き刺さり、彼の動きを封じる。
 焼け付くような痛みの後、傷からは彼の血潮が溢れ出していた。
「ぐ……ああっ!?」
「……これから、貴様を食う。それで、お前は終わる。お前の存在は…………子供を、悲しませる」
 漏れた悲鳴など気にも留めず、相手は淡々と言い……その口を、大きく広げた。その中に広がる深い闇は、全てを飲み込むブラックホールだろうか。
 初めて「死への恐怖」を感じ取り、仲代がぞくりとその身を震わせた瞬間。
「動くな!」
 硬い声と同時に、パンパンと乾いた破裂音が連続して響く。それが銃声だと気付けたのは、それまで眼前に立っていた相手の足元すれすれのコンクリートの床から薄く煙が上がり、相手の体がぴたりと止まったからだ。
 音のした方を見れば、そこには薄く硝煙の上がる銃を構えた男……氷川の姿があった。
「今のは警告だ。次は当てる」
 銃を油断なく構えながら、氷川は仲代の隣まで駆け寄ると、彼を庇うように相手と仲代の間に立つ。
 しかし、相手は異形。銃口を向けられてひるむ様子はない。むしろ面倒臭そうな溜息を一つ吐き出すと、ゆるく頭を振り……
「銃弾は……あまり、美味くない。ステラの土産には……なるかも、しれないが」
 そういうと、相手は手元の刀で足元にめり込んだ銃弾を穿り返し、回収する。そう認識した直後、氷川の視界に影が降りた。
 それが、相手が瞬時にして目の前に移動してきた為だと気付いた時には、反射的に氷川は引き金を引いていた。何故そんな行動に出たのかは、彼自身も分からない。ただ、撃たなければならないという義務感のような物が、氷川の指を動かしていた。
 撃たれた反動で相手は二、三歩後退し、それを確認するや氷川は慌てて仲代の腕を引き、自身もまた後退する。その間にも彼の指はひたすらに引き金を引き続け……しかしすぐに弾切れを知らせる、軽い金属音が彼の鼓膜を叩いた。
 彼の持つ拳銃に入っていた弾は五発。当然、全て実弾だ。最初の二発は威嚇に使ったので、実質目の前の相手に当たった弾数は三発。それで倒せるとは思ってはいなかったが、思った以上に距離を稼げなかったことに氷川は焦った。
 早くこの場から離れなければと思うのだが、どうやらそう簡単に逃がしてくれる相手ではないらしい。口の化物はゆったりとした動作で……しかし再び瞬時に自分達の前に立ち塞がると、その口を再び大きく広げて言葉を紡いだ。
「だから、銃弾は美味くないと。……もう面倒だから、お前達をまとめて喰う事にする。……口直し」
 淡々と紡がれた言葉に、氷川と仲代、両名の背にざわりと悪寒が走る。
 逃げなければ、死ぬ。だが、逃げるにはもう間に合わない。
 死ぬ訳にはいかないと思いながらも、避けようのない「死」が眼前に迫るのを感じ……そしてそれが、完全に仲代達の前に落ちる、ほんのわずか手前で。
 唐突に、声が響いた。
「およしなさい、エトワール。そんな『隠者』の欠片を宿しているような者を食したら、腹を壊しますよ?」
「……エステル」
 いつからそこに立っていたのだろうか。声の主は、口の化物の背後に立つ青年。
 エステルと呼ばれたその男の顔には、これと言った特徴はない。だが、何故だか彼の存在は、仲代に……そして氷川にも、妙な胸騒ぎを与えた。
 見た目は化物……エトワールの方が禍々しいのに、エステルの方が危険な存在なのだと、本能で理解していたからかもしれない。先程まで感じていた「死の気配」は消えたが、それ以上におどろおどろしい何かが、エステルを中心に渦巻いているように見えた。
「全く。暴走するなと言ったでしょう?」
「『善処する』と、返した。つまり、答えは『いいえ』、だ」
「日本人的な回答、どうもありがとう。ですが仲代壬琴を殺したら、リジェや伯亜舞が悲しみます。それはあなたにとっても不本意でしょう?」
 エトワールの言葉に、心底呆れたと言わんばかりにエステルが返す。
 その目に、仲代達の姿は映っていない。会話の中には登場しているものの、興味など微塵もないと言わんばかりの態度を取られているのが、仲代には妙に腹立たしかった。
 だが、何故だろうか。腹立たしさを感じていると同時に、どこかで安堵も感じていた。
 その感覚に戸惑い、仲代は軽く首を傾げる。
――安心しているだと? こんな風に虚仮にされて? この俺が?――
 そんな彼の戸惑いにも気付いていないのだろう。エトワールはううむ、と低く唸ると、仲代から視線を外さぬまま言葉を紡いだ。
「子供が泣くのは……可哀想、だ。だが、こいつが生きていても、同じでは?」
「いいえ、全く違います。子供が泣こうが喚こうが、私はどうでも良いんですけれどね、ここでこの男が死ぬと『隠者』との関係が悪化して面倒なんですよ。奴は良い感じの顧客(カモ)なので。それから氷川誠も殺してはダメです。彼のおかげでどれだけの武器、弾薬、その資材が売れたと思っているんです」
「……やはりエステルは……人でなし、だ」
「当然でしょう。ニンゲンではないんですから。ですが、貴方に言われると何故か妙に腹立たしいですね」
「だが、理解はした。…………殺すのは、NGか」
 どこかがっかりしたような声でエトワールはそう呟くと、溜息を一つ吐き出し、くるりと踵を返して仲代達に背を向ける。
 その態度が、仲代の癇に障ったのか。彼は痛む足を押さえながら、それでも勢い良く立ち上がり、噛み付くように怒鳴り声を上げた。
「貴様、逃がす……ぐっ」
「!? 無茶しないで!」
「逃げる? フッ。勘違いも甚だしいですね」
 仲代の声を無視して姿を消したエトワールとは対照的に、エステルは見下すような視線と薄ら笑いを、仲代とそれを支えた氷川に送り、更に言葉を続ける。
「見逃してあげるんですよ。あなた達を、私達が。これは破格のサービスだという事、ようくその魂に刻み込んでおきなさい」
 くすくすと馬鹿にしたような笑い声も、見逃して「あげる」という言い方も、非常に腹立たしい。
 悔しさのあまりギリギリと奥歯を噛み締めながら、仲代はきつい眼差しを相手に向けてやる。こんな傷さえなければ、すぐにでもチェンジして切り刻むものを。
 しかし、そんな殺意を受け流し、エステルは再びくすりと小さく笑うと、直後二人に向けて優雅な一礼を送り……
「フフ。いくら『あなた』といえど、エトワールから受けた傷はそう簡単に治りはしないでしょう。どうせ残り短い人生なんです、大切に使いなさい」
 呪詛にも似た言葉を紡ぎだすと共に、彼の姿もまたすぅ、と虚空に消える。
 後に残されたのは、悔しげに床に拳を打ち付ける仲代の姿と、彼の体を支える氷川のみであった。



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