クロスシリーズ

□五色の戦士、仮面の守護
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【第28話:荒ぶるダイノガッツ】


「どうせ残り短い人生なんです、大切に使いなさい」
 エステルと名乗った男性は、そう言い残すと煙のごとく消え去った。直後、氷川が支えていた青年はずるりとその場に崩れ落ちる。どうやら自分が駆けつける直前、エステルと共にいた口の化物……エトワールと言うらしいそれに、足をやられたらしい。
 底から来る痛みのせいだろうか、青年の顔が険しく歪んだのが見え、氷川は心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「……何て事はない」
 ふいとそっぽを向きながら答える青年。しかしその額に脂汗が浮いている事から、やはり相当痛むようだ。
 思い、視線を彼の足に落とすと……白いズボンが、彼の血で真っ赤に染まっていた。その染まり方が尋常ではない速度で広がっている。それはつまり、相応の量の血液が、彼の体外へ流れ出ていると言う事だ。
「これは……すぐに病院に行って治療しないと!」
「いい! ……こんな傷、すぐに治る」
「何を言ってるんですか! 敗血症……下手すれば失血死しますよ!」
「治ると言ってるだろう!」
 氷川の言葉に、青年は半ば怒鳴るようにして返す。しかしそれが傷に響いたのか、くっと小さく呻くと苦痛に顔を歪めた。
 それでも青年の瞳は拒絶の色を見せている。すぐに治るとは言っているが、とてもそうは見えない。正直、病院に連れて行くべきだと思うのだが……何故だろうか、この青年の視線に、氷川は気圧されていた。
 病院嫌いとか、そう言うものではない。もっと別の感情……強いて言うなら、孤独と殺意がないまぜになっているようなそれを感じた。
 その様は、初めて会った時の葦原に、何となくだが似てる気がする。
「この俺が、あんな奴に……しかも情けをかけられただと? ふざけやがって」
 氷川の方は見ず、悔しげに吐き出す青年。
 彼には自身への絶対の自信と誇りがあったのだろう。それを先程のエトワールが打ち砕いたと言う事か。
 なんと声をかけて良いのか分らず、しかしそれでもこの場から彼を退避させようと氷川が考えた瞬間。青年の腕に着いているブレスレットから声が響いた。
『無様だな、人間』
「黙れ」
 その侮蔑にも似た声が、更に青年を苛立たせるらしい。彼はチィと大きく舌打ちをすると、そのブレスに向かって、短く……そして吐き捨てるように呟きを落とす。
 彼の着けるブレスは通信機の代わりなのだろうか。形としては、先程のカレー屋の面々が付けていた物に似ている気がする。
「ひょっとして……あなたも、伯亜さん達の仲間ですか?」
「仲間? フン、何を言ってるんだ、お前」
 氷川の問いに、青年は心底馬鹿にしたように返す。声だけでなく、視線まで馬鹿にしている気がする。鼻で氷川の問いを笑い飛ばし、そのまま視線をシンクチナシマウマというらしい異形と戦う彼らに向け……皮肉気な、それでいてどことなく寂しそうにも見える表情で言葉を返してくる。
「あいつらと共にいても、俺はときめかない。それに……俺に仲間は必要ない」
「……仲間が必要ない人なんて、いないと思います。少なくとも、俺は」
「それは弱い奴の言葉だ」
「寂しいですよ、一人きりは」
 軽く眉を顰めて青年に返すが、彼には彼なりの考え方と言う物があるのだろう。侮蔑の眼差しをもう一度氷川に送ると、ゆっくりと立ち上がった。
 足の傷が痛むらしく、微かに眉を顰めはしたが、それでも動けない程の物ではないらしい。案外、見た目よりも浅い傷だったのかもしれない。
――いや、あの血の広がり方で?――
 先程見た際は、ひどく出血していた。今はそうでもないように見えるが、それでも無理に動けば傷は広がる。出血も余計にひどくなるはずだが、今見る限りでは更に出血しているような様子はない。
 では、もう傷が塞がったのだろうか? そんなに早く塞がる傷ではなかったように思えたが。
『それで人間、お前はこれからどうするゲラ?』
 氷川が思った刹那の後、彼のブレスからそんな問いかけが飛ぶ。その問いに青年はまたしても鼻で笑い……
「決まりきっているだろう、トップ」
 答えにならない答えを返し、青年はゆっくりとブレスを構え……そして、低く呟いた。
「爆竜チェンジ」
 キュウ、と何かの鳴き声に似た音が聞こえると同時に、青年の姿が白い色の「アバレンジャー」に変わる。
 やはり凌駕達の仲間じゃないかと言いかけ……だが、その言葉を氷川は飲み込んだ。
 彼の変じたその姿は、他の四人に比べて随分と邪悪な印象を抱かせる。棘のような模様の色が、黒だからだろうか。それとも仮面の目に当たる部分が、血のような赤だからだろうか。あるいはもっと別の……彼から発せられる、妙に暗い雰囲気のせいか。
「あなたは……」
「勘違いするな。俺は……俺を虚仮にした奴を、叩きのめすだけだ」
 それだけ言うと、彼は氷川が止める間もなく、ひらりと、戦いの渦中へとその身を躍らせた。
 軽やかに……しかし僅かに左足を引き摺った状態で。
 怪我人である彼ですら、戦いに赴いているというのに、人を守る仕事をしているはずの自分が、戦いの場にいない。その事が、氷川にとって悔しかった。
 アンノウンと戦っている際にも幾度か感じた事のある無力感。氷川の場合はシステムがなければ戦えない。翔一や葦原のように、自分自身の体が変質する訳でも、凌駕達のようにスーツが微粒子化して持ち運べるわけでもない。
 ギリ、と歯噛みしたその時。ずぅん、と地鳴りが聞こえ、氷川の頭上に影が差す。
 それを不審に思う間もなく。氷川の足が、地面から離れた。
「え? ……うわっ!?」
 悲鳴をあげる暇もあらばこそ。自分が、どこからか現れた「黒い恐竜」が自分の襟首を咥え、自分の体を持ち上げているのだと気付く。それと同時に、その体内と思しき所に放り込まれ……氷川は周囲を見回した。
 ちらりとしか見ていないが、先程受けた印象は草食恐竜だったので、食われた訳ではないだろう。ここがその「恐竜らしき物」の体内である事には変わりないだろうが、どうにもここは「格納庫」のような印象も受ける。
 やがて氷川の視界に、先程とは異なる、恐竜のような生物の姿が入る。「ような」と表したのは、自分が知る恐竜とは明らかに異なるから。
 その中の、黄色い翼竜……プテラノドンだろうか、それがしきりに氷川の足元を示すように口先を向けてくる。不思議に思い、そこに視線を落とすと、やや大きめの段ボール箱が一つ置かれている。
「この箱が、何か?」
 氷川が問うと、その場にいる恐竜達が大きく吠える。まるで、中身を見ろと言わんばかりに。一体何があると言うのか。
 軽く首を傾げながら、それを開け……ぎょっと目を見開いた。だがそれも一瞬の事。すぐに彼は笑うと、目の前の箱の中身を取り出したのであった。


「俺が一番、アナザアース人をうまく殺せるんだぁぁぁぁっ!」
 咆哮と共に、今まで虚ろだったシンクチナシマウマの瞳に光が点った事に、最初に気付いたのは葦原だった。
 そして他の面々もそれに気付いた刹那。周囲一帯に強い芳香が漂い始めた。
 その強すぎる香りに、頭がくらくらする。葦原の隣に立っていた翔一も同じらしく、小さく呻いてその場に膝をついていた。
「一体何ね、この匂い」
「これは……クチナシの、香り?」
 らんるの問いに、不審そうに答えたのは翔一。クチナシの花は、ジャスミンのような芳香を放つ事で有名な低木だ。翔一は主に、料理の色付けに実を使う事が多いし、実際自分の店の裏側にもクチナシの木を植えている。
 甘い香りに蟻が寄ってくるのが難点ではあるが、白い花はテーブルの飾り付けにも使えるし、それなりに重宝している。
 ……しかし、今のこの香りは、いくらなんでも強烈過ぎる。蟻ではなく、人を惹き付けるための香りなのか、その香に誘われるように、膝をついていたはずの彼の足は、シンクチナシマウマの方へと向かって進んでしまう。
 無論、翔一の意思ではない。体が勝手に、という奴だ。葦原やアバレンジャーの面々も、気が付けば吸い寄せられるようにシンクチナシマウマの方へと歩みを進めている。
「くっ……体が勝手に……」
「このままでは、奴の餌食に!」
「ジャババババっ! 誰からやっつけようかな〜? 二回も殴ったギルスかな〜? それともやっぱりアバレンジャーかな〜?」
 ニヤニヤと笑いながら、近付いてくる戦士達に向かってそう冷酷な声をかけるシンクチナシマウマ。
 そして、その手がゆっくりと凌駕の方へと近付いた……その瞬間。
 白い何かが通り過ぎ、シンクチナシマウマの両肩についていたクチナシの花をすっぱりと切り落としていた。
 その瞬間、周囲を支配していた甘い香りもあっさりと薄まり、翔一達は体の自由を取り戻し、相手との距離を取った。
「ジャバッ!?」
 その影に驚き、相手も目を見開いて、自分を斬った相手を見やる。
 白いスーツに羽根ペンのような短剣。アバレンジャーの持つスーツに似ているが、どこか違うと思わせるに足る禍々しさ。
 それがアバレキラー……仲代壬琴だと、最初に気付いたのは凌駕だった。
「仲代先生!」
「手伝ってやる。……今日だけだがな」
 嬉しそうに声をかけた凌駕に、軽く肩をすくめながら仲代はそう声を返す。
 今日だけ手伝うというその物言いに、僅かながら葦原は不信感を覚えるが、今は敵ではないと判断したのか、追及するような事はせずにちらりと視線を送るだけだった。
 そして、彼の登場に最も大きな反応を見せたのは……先程クチナシを切り落とされた、シンクチナシマウマだった。
「……危険、危険、危険!! 貴様は……危険! そんな気がするっ!」
 本能的に、彼の危険性を感じたのか。そう叫ぶと、相手は仲代との距離をつめ、その掌で彼の頭を鷲掴みにしようとする。しかし、仲代はそれを上回る速さでそれを回避、逆に羽根のような剣……ウィングペンタクトでシンクチナシマウマの体を斬りつける。
 そこは丁度、先程葦原が蹴り降ろした部分。寸分違わず同じ場所を攻撃された為か、相手はうっと小さく呻く。
 その瞬間、シンクチナシマウマの目に、正気と狂気がちらちらと点滅し始めたのが見えた。
 それはシンクチナシマウマの中で、トリノイドとしての正気と、「ロードメモリ」に記録されたロード怪人の正気が鬩ぎあっている事を示しているのだが、凌駕達アバレンジャーも、そして翔一達アギトもそれを知る由もない。
 そうなった原因が、傷をつけられた部位がメモリを打ち込むためのコネクタであったからという事など、なおの事分かるはずもない。
 アバレンジャーやアギトといった「外の敵」に加え、自分の意識を乗っ取ろうとするロードの力という「中の敵」とも戦っている状態。
 そんな四面楚歌にも似た状態で勝てる程、「外の敵」は甘くはなかった。
 彼らの攻撃は着実にシンクチナシマウマの体にダメージを与え、それと同時にロードメモリは自分の意識を殺いでいく。
 折角取り戻したはずの「トリノイドとしての自我」は、その攻撃で再び失われていくのが分る。そして……トリノイドとしての自我よりも、ほんの僅かにロード怪人の記憶の力が上回った瞬間。
 ……シンクチナシマウマという名のトリノイドは、壊れた。
「あが……ジャバ……グゥああああぁぁぁぁぁっ!!」
 獣のような咆哮が上がり、その瞳からは完全に光が消える。代わりとでもいうかのように、その頭上に光の輪が現れ、そこから円月刀のような武器を取り出すと、今までとは比較にならない速さで、凌駕達を切りつけた。
「早い!?」
 驚きの声は誰の物だったか。少なくとも、その速さだけなら仲代の上を行くものかも知れない。おまけに、今の仲代はここに来る前の負傷によって、本来の機動性が出せない状態。なおの事、相手の速度に追いつくことは難しい。
 相手に対抗する為には、今のシャイニングよりも、フレイムの方が妥当だろう。
 そう判断し、翔一がフレイムフォームに変わろうと意識を集中させた……その瞬間。
 激しい銃声と共に、シンクチナシマウマの体が傾ぎ、吹き飛んだ。
 全弾命中とは言わないが、翔一達には一発も当てず、シンクチナシマウマだけを撃ち抜いたのは見事と言えるだろう。
「今のは一体……!?」
 思わず銃声がした方を振り返る凌駕達。
 そこに立っていたのは……青い鎧に身を包み、大型のガトリング式機銃……GX-05ケルベロスをしっかりと構えたG3-Xの姿だった。
「ひょっとして、氷川さんですか!? え? でも、どうしてその格好に?」
「よく分りませんが……彼の中にありました」
 シンクチナシマウマから視線は外さず、氷川は軽く頭を「彼」の方に傾ける。氷川が「指した」方に視線を向けると……そこには、ずんと低い音を鳴らしながら、悠然と近付いてくる黒い爆竜、ブラキオサウルスの姿。
「ブラキオ!? 何故ここに!?」
『君のままで、変われば良いブラ』
 アスカの問いには答えず、ブラキオは呑気とも取れる言葉を放つ。
 その直後、らんるのブレスを通してプテラが呆れたような声をあげた。


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