クロスシリーズ

□五色の戦士、仮面の守護
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【第32話:伝説の後継者】


 金色の狼……暴扇獣ブドーギは、新たに現れた緑と水色の戦士が気に入らないのか、喉の奥でグルルと低く唸ると、瞳を血走らせて真っ直ぐに二人めがけて突進した。
 そのスピードは、先程鷹介達を引き裂いた時よりも上がっており、気付いた時には二人の体には深い爪痕が刻まれていた。
「なっ!」
「早い!」
「どうした? 口だけかな? あのような登場をしておきながら、それはないだろう?」
 いつの間に戻っていったのか、己の脇に控えるブドーギの頭を撫でながら余裕を含んだ声で言い放つ。
 その声を聞きつつ、そして倒れたシュリケンジャーを助け起こしつつ、鷹介はギリと悔しげに奥歯を噛み締める。
 忍である以上、鷹介達も己のスピードには自信がある。しかし、ブドーギもまた忍獣。獣特有のしなやかさを持っている分、自分達よりも体の使い方が上手いらしい。
 まして単身で惑星一つを腐らせる事の出来るサンダールが飼う獣だ。通常の忍獣よりも、更に早い個体を連れている事だろう。
「おい、お前ら忍者なんだろ? 分身の術とか、変わり身の術とか、そう言うのでどうにかならないのか?」
「出来るならとっくにやってる。けれど、早すぎて、抜け身の術を使う前にやられるんだよ」
 不機嫌そうな士の声に、同じく不機嫌そうに鷹介も返す。
 その言葉に、何かを思ったのか。士はふぅと深い溜息を一つ吐き出すと、腰のホルダーから一枚のカードを取り出した。
「……って事は、純粋にあの狼よりも上の速さで対抗すれば良いのか。大体分った」
「大体って……何をする気だよ、あんた?」
「決まってる。奴よりも早く動く。丁度こっちには……カブトとクワガタもいるしな」
 ちらりと一甲、一鍬兄弟を見やり、どこか楽しげな声でそう言う士。その言葉の意味を理解したのか、フフと海東も楽しげに笑い……
「成程。確かにそれなら早く動ける。それじゃ、小野田君は僕に任せたまえ」
「小野『田』じゃなくて、小野『寺』なんだけどな、俺。って言うか、二人とも何する気だよ? 何か凄く嫌な予感しかしない……」
 ユウスケの言葉を最後まで聞かず、海東は一枚のカードを持っていた銃に挿し込むと、銃口をユウスケの背中に向けた。
 それを振り向き様に見た瞬間、ユウスケは慌てたように首を横に振る。しかし海東はそれを軽く無視し……
「クワガタつながりという奴さ。それに、痛みは一瞬だ」
「やっぱり! ってちょっと待っ……」
『FINAL FORM RIDE K・K・K KUUGA』
「うっわ!」
 電子音とユウスケの悲鳴が同時に上がる。その直後、ユウスケの体はふわりと宙に浮き……「ありえない」としか言いようのない変形を見せた。
 変化の術などと言う生易しい変化では、断じてない。人体の構造……特に股関節脱臼は免れないであろうその変形は、ユウスケの姿を人間大のクワガタムシのような姿に変えた。
 どことなく、一鍬のシノビマシンを小さくしたようにも見えるそれは、一瞬だけ恨めしげに海東の方を見やったが、すぐさま「クワガタつながり」のもう一人……つまり、クワガライジャーこと一鍬を強引にその背に乗せ、ブドーギめがけて一直線に飛ぶ。
 一鍬とてその変形に戸惑っていたのだが、今はそれを気にしている場合ではないと理解しているためか、すぐに自分の武器であるスタッグブレイカーを構え、すれ違いざまにブドーギの体を捉え、そのまま電撃を与える。
「グゥ……ヲォォォン!」
 上半身に与えられる電撃と、下半身に与えられる強力が苦しいのか、ブドーギは大きく吠え、必死にその二つの鍬形の牙から逃れようともがく。
 爪を振り回し、膝をクウガゴウラムの顔面に叩きつけるべく折り曲げ……その瞬間、二種の牙はブドーギの体を解放した。
 …………遥か上空で。
 それ故に、ブドーギの体は重力に逆らえずドスンと音を立てて大地にめり込む。その隙を突くかのように、今度は一甲がイカヅチ丸でブドーギの爪を切り裂き、返す刀で相手の腹を薙ぐ。しかし、腹への一撃は皮一枚を掠めただけで、致命傷どころか深手にすら至っていない。
 しかし逆に、その攻撃がブドーギの怒りに油を注いだようだ。相手は血走った目で一甲を睨みつけると、距離を詰めるべく助走の為に一歩退いた……瞬間。
「それじゃ、今度はカブトつながりだ」
『KAMEN RIDE KABUTO』
 トントンとカードの縁を叩き、今度は士が自分のベルトにそのカードを差し込む。同時に電子音が響き……彼の姿を、赤い甲虫を連想させる戦士に変えた。
「こっちは赤だからな。通常の三倍早いぞ」
『ATTACK RIDE CLOCK UP』
 パンパンと軽く手の埃を叩くような仕草をした後、士はもう一枚のカード……自分とは異なる仮面ライダーの力の一つである「クロックアップ」を使い、ブドーギすらも追いつけない高速の世界へ突入。拳を、膝を、相手の体に叩き込んでいく。
 視力全般に自信を持つサンダールですらも、見えるのは士の赤い軌跡のみ。ブドーギの体は宙を舞い、着地する前に別方向に向かって吹き飛ばされる。
 そして、士の赤い影が止まるのと、ブドーギが派手な土煙を立てながら地面に落ちたのはほぼ同時。
 ようやく高速の世界から帰還した赤いカブトの戦士は、一瞬灰色のモザイクがかかったかと思うと、すぐさま元のマゼンタ色の戦士……ディケイドへと姿を戻した。
 爪を斬られ、地面を転がるブドーギを見下ろしながら……しかしサンダールの表情は、追い詰められている者のそれではないのが見て取れる。
 まだ、何か隠しているような……
 ハヤテ丸を構えながら、鷹介がそんな風に思った瞬間。サンダールが懐から、黒い何かを取り出した。
「まだだ。まだ終わらんよ!」
『ZORU TAISA』
 サンダールが、それ……ある世界に蔓延る、「人を怪人に変えるツール」とも呼べる「ガイアメモリ」のスイッチを入れた瞬間。「ゾル大佐」という音声が響き、そのままそれをブドーギに向かって突き立てた。同時にブドーギの姿が、僅かにではあるが変わる。
 全身を覆っていた黄金の体毛は、一部が黒に染まって軍服のように変質、右目には黒い眼帯、そして失った爪の代わりとでも言うかのように、右手には鞭が同化していた。
 その変身……いや、「変質」が終了した途端、ブドーギはギロリと士を睨み付けると、吠えるように叫んだ。
『おのれディケイドォォォッ! 服装の乱れは精神の乱れェェ!』
「嘘、喋った!?」
「ゾル大佐……成程、鳴滝さんか。それにしても、支離滅裂だね」
 七海の驚愕の声と、海東の苦笑混じりの声も響く。
 しかし次の瞬間、「ゾル大佐ドーパント」とも呼べるブドーギの鞭が、九人めがけて奔った。
 元々早さに定評のあるブドーギ。そこにガイアメモリの力も加わった為か、一本しかないはずの鞭が、ほぼ同時に九人の体を直撃、その体を大きく吹き飛ばす。
 それも、一発ではない。ほぼ同時に、最低でも六発は喰らっているのがわかった。
 ユウスケも、その攻撃で変形解除されたらしく、普段のクウガとしての姿に戻ってしまう。
「つ、強い……」
「まだこんな隠し玉を持ってたなんて……!」
 先程までは優勢だったはずなのに、いつの間にか逆転されている。
 サンダールの余裕は、このガイアメモリという切り札があった為だろう。一筋縄ではいかない存在だとは知っていたが、今日程この存在の恐ろしさを痛感した日はない。
「甘いな、地球忍者達よ。戦いとは常に二手、三手先を読んで行う物だ」
 ブドーギと共にゆっくりとした足取りで彼らに近寄っていくサンダール。だが、それもある程度までの事であり、決してハヤテ丸やイカヅチ丸の届く範囲には寄らない。
 この距離からじわじわと、嬲り殺しにしようとでも考えているのか。ブドーギが再び鞭を構え、サンダールも赦悪彗星刀を構えて彼の技の一つ、「縄頭蓋(じょうずがい)」を放とうとした、まさにその時。
「……フフッ」
 この場に、この状況に見合わぬ笑いが、海東の口から漏れる。
 よく見れば、その隣で伏しているシュリケンジャーもまた、笑いを堪えているかのようにその肩を震わせていた。
「何がおかしい?」
「『戦いとは常に二手、三手先を読んで行う物』……だったかな?」
「それなら、ミー達の勝ちだ」
「何?」
 端から見れば、どう考えても不利なはずなのに。それなのに、海東とシュリケンジャーの声は妙に自信と確信に満ちている。
――まだ何か策を持っていると言うのか?――
 二人の様子に嫌な物でも感じ取ったのか、サンダールは思わずその顔を顰めてその場から数歩後ろに下がる。それに倣うように、ブドーギも一歩だけ下がった。
 だが、それこそが狙っていた物だとでも言うかのように、海東は思い切り顔を上げると、楽しげな声で言葉を放った。
「ナツメロン! 今だ。お見舞いしてやりたまえ」
「光家秘伝、笑いのツボ!」
「何!?」
 いつからそこに居たのだろうか。
 サンダール達の背後には、純白の女戦士が立っていた。その認識とほぼ同時に、彼女は持っていた細剣の石突部分をブドーギの首筋に押し込んだ。
 刃ではなく、石突を使った事に引っかかりを覚えはするが、そこは数多の惑星を腐らせてきた宇宙忍者の勘なのか、サンダールは彼女の攻撃を喰らうまいと、大きく跳び退って距離を取る。
 一方、彼女の「攻撃」を喰らったブドーギはと言うと……その場で笑い転げていた。
 おまけにその「強制された笑い」が引鉄になったのか、ブドーギの体からはガイアメモリが抜け落ち、バキンと音を立ててその場で砕け散る。
 そして、メモリブレイクされた者によく見られる事だが……まるで力を吸い取られたかのように、ブドーギはその場で突っ伏して動かなくなった。
 痙攣をしているので、生きてはいるのだろうが……立ち上がるだけの力はないだろう。その事は、実際に先の技を食らった事がある士やユウスケ、海東、そして一甲には十分すぎる程よく分かる。
「夏海ちゃん!?」
「はい、七海さん。私も……士君達と同じ、通りすがりの仮面ライダーですから」
 倒れていた面々をゆっくりと助け起こしながら、白い戦士……仮面ライダーキバーラこと、夏海が七海の問いに答える。
「流石ナツミカン。ガイアメモリもイチコロか」
「た、偶々です! 毎回思うんですけど、士君は私を何だと思ってるんですか!?」
「凶暴で凶悪で、何かというとすぐに親指を炸裂させる柑橘類」
「…………どうやら士君とは、じっくりと話し合わないといけないみたいですね」
「ま、最後に『一番信頼できる仲間』ってのを加えてやっても良いが」
 ポン、と夏海の頭を軽く撫でながら、士は言葉を付け加える。
 そんな彼を見やりながら、後ろではユウスケが仮面の下で微妙ににやけ顔をしていた事を、ここに追記しておこう。
 彼女の登場で、一瞬緩みかける空気。しかしそれを締めたのは、悔しげに目を光らせているサンダールだった。
「馬鹿な、いつの間に!」
「ああ、その事か。実は君の前に現れる直前、僕のインビジブルのカードを……」
「ミーの超忍法、技移しで彼女に移して、万一に備えて待っていてもらったのさ」
 もっとも、この作戦はサンダールの索敵用忍法である『凶ザ目』を使われた場合、確実に失敗に終わっていただろう。
 ……だからこそ、シュリケンジャーと海東は、自分達という存在を印象付けた。シュリケンジャーが海東の格好をし、「二人の海東大樹」という強烈な印象を与え、そちらに意識を向けさせ、もう一人の隠れた味方をこっそりと配置する。手品師などがよく使う手を講じたのだ。
 策士であるサンダールに対して、この手段が上手く行くかは、ある意味賭けではあったが。
 そしてサンダールもまた、気付かなかったという自身の失態に憤慨し、ギシリと奥歯を噛み締めていた。
「貴様ら……よくも!」
「サンダール……覚悟!」
 チャキ、と剣を構え直した鷹介が言葉を放つ。
 この場で戦える敵は、現在サンダールのみ。ブドーギは恐らくまだ立てないだろうし、何より人数を考えても、こちらの方が圧倒的有利。それを利用しない手はない。
 他の面々も同じ事を考えているのか、各々の武器を真っ直ぐにサンダールに向けて構え……
 その次の瞬間。
 どこからともなく、声が響いた。
「ほう……可能性を考慮してはおりましたが、やはりメモリブレイクされましたか。しかも、それをやったのが『愛された子』や『御使い』ではなく、『神子』とは。流石は『死神』、何とも恐ろしい」
 その言葉が終わると同時に、サンダールの影からジワリと滲み出るようにして、一人の男が現れた。
 スーツ姿の、ごくごくありきたりな印象の男性。これと言った特徴もなく、明日にでもその顔は忘却の彼方へと消えてしまうだろう。しかし、身に纏う雰囲気は「ありきたり」からは程遠い。
「お前……一体何者だ!?」
「ああ、失礼。私はエステル。しがない死の商人でございます。以後、お見知りおきの程を」
 濃厚な闇の気配に反応し、鷹介の声にも無意識の内に緊張が混じる。しかしその緊張を気にも止めず、相手……エステルと名乗ったそいつは、優雅な仕草で一礼をした。
 視線こそこちらに向けられているが、相手にされていない……そんな印象さえ受ける。
 そもそも「ただの商人」が、宇宙忍者の影から現れるなどという芸当ができる訳がない。
 見た目通りの存在ではないと、サンダールを含むその場の全員が思う。
 一方のエステルはそんな緊張感などまるで気にしていないかのように、ぴくぴくと痙攣するブドーギと、その脇に転がる破壊されたガイアメモリを交互に見比べると、呆れ混じりの溜息を吐き出した。
「『お試し』という話でお渡ししていたガイアメモリが、あまりにも不甲斐ない結果を出しましたのでね。汚名返上する為にも、アフターサービスをと思いまして。サンダール様には余計なお世話かも知れませんが」
 にこりと、いっそ清々しいまでの笑顔を浮かべ、エステルは言葉を紡ぐ。直後、彼はパチンと軽く指を鳴らし……


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