クロスシリーズ

□五色の戦士、仮面の守護
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【第三幕:侍鬼共闘 (さむらいとおにのきょうとう)】



 時は少し遡り、三途の川に浮かぶ六門船(ろくもんせん)。そこには、筋殻(すじがらの) アクマロの動きを気に入らない、骨のシタリが、一人寂しくうろうろと部屋の中を行ったり来たりしていた。
「アクマロは信用できないし……かと言って、最近どうにもマシなアヤカシがいないしねぇ……」
 独り言のように呟きながら、何とかアクマロを出し抜く方法はないものかと思案するシタリ。
 正直に言って、彼はアクマロに胡散臭い物を感じていた。その直感は、実は当たっているのだが……その理由が明かされるのは、もう少し後の事となる。
 外道衆の御大将こと、血祭(ちまつり) ドウコクがアクマロの動きを気に止めていないので、余計に悩ましいのかもしれない。
 自分がお払い箱になりそうで、怖いと言うのもあるのだろうが。
 そう思っていたその時。ふと、何者かの気配を感じ、振り返る。そこに立っていたのは……見た事のない、漆黒のアヤカシ。
「……お前さん、何者だい?」
「貴殿の敵ではない。そして、筋殻アクマロ配下でもない。ご心配召されるな」
 やたらと堅苦しい言葉遣いをする男だ、とシタリは思う。
 シルエットは比較的スマート。黒い体色に同じく漆黒の長い髪を後ろで一つに括っており、目元は爛々と血色に輝いている。腰には剣を提げているが、背に釣竿のような物も担いでいる。腰にぶら下がっているのは魚籠(びく)だろうか。
 その中では三途の川では滅多に見ない、漆黒の魚がぴちぴちと跳ねている。
「アタシゃ、名前を聞いたんだけどね」
「これは失礼を。我は星髪(ほしがみ) 爪牙(そうが)と申す者。こちらは御大将の酒の肴にでもされると良かろう」
「ほしがみ……? 聞いた事ない名前だねぇ」
「我もはぐれ外道衆である故、余計な面倒を呼ぶまいと、今までは六門船に近付かぬようにしておったのでな」
 星髪爪牙と名乗ったその自称はぐれ外道衆は、口の端を笑みの形に歪めながら、魚籠から取り出した漆黒の……鯛に似た姿を持つ魚を差し出すと、シタリに向かって深々と一礼を送る。
 妙にその動きが優雅で、外道衆にしては人間臭い。
 もっとも、人から外道に堕ちた者……「はぐれ」だと言うのだから、人間臭いのは当たり前なのかも知れないが。
「で? そのはぐれ外道がアタシに何の用だい?」
「実は……我もまた、アクマロを快く思っておらぬ。故に、シタリ殿にお力添えを、と」
「何だって?」
 随分と胡散臭い男だ。唐突に現れて、自分に力を貸したいなどと。アクマロも充分に胡散臭いが、この男はその上を行く胡散臭さを醸し出している。
 目の前の男の瞳に、感情を感じられない。外道衆だと言うのなら、目の前の男にも何か一つは「執着するもの」があるはずだ。その執着が強すぎるからこそ、外道に堕ちているのだから。それが見えない以上、相手をほいほいと信用すべきではない。
 ……とは思うのだが。力を貸してくれると言うなら、しかもそれがアクマロを陥れると言うのなら尚のこと、その力を使わなくもない。使える、使えないは別としても。
 こちらの考えを見透かしているのか、爪牙はニィと口の端を歪めて懐から何かを取り出した。
「これを、アヤカシが一人、コエトリにお渡し願いたい」
「……? 何だい、この変な物は?」
「なぁに……アヤカシに新たな力を与える物だ」
 爪牙に渡されたのは、人差し指程の長さの「何か」。真ん中に、何かの模様のようなものが描かれているが、これが何なのかまでは分からない。
 新たな力を与える物……そうは言うが、やはり非常に胡散臭い。
「これ、本当に使えるんだろうねぇ?」
「少なくとも、シンケンジャーには有効かと。使う、使わないはシタリ殿のご一存にお任せ致す」
 胸元に手を当て、再び慇懃に腰を折る相手に、少々不気味な物を感じながらも、シタリはふぅんと小さく呟き……
「一つだけ聞かせておくれ。何でこんな物を、ドウコクじゃなくてアタシに渡すんだい?」
 その問いに、爪牙は軽く笑い……
「シタリ殿程の明晰なお方ならば、有効に扱えるかと。それに、今の荒れておいでの御大将に近付く程、我とて無謀でもない」
 再び軽く笑うと、爪牙はそう言い残し、煙のように掻き消えた。まるで最初から、「星髪爪牙」と言う存在など居なかったかのように。
 しかし、シタリの手の中には、あの男に渡された奇妙な物体がある。シタリの見た、自分に都合の良い白昼夢と言う訳ではなかったらしい。
 もっとも、常に黄昏時に似た赤い闇に閉ざされた三途の川では、昼夜の感覚などないのだが。
――アヤカシに新たな力を与える物、ねぇ……――
「面白そうじゃないか」
 我知らず、シタリの細い目がますます細められ……
「コエトリ、いるかい?」


 アヤカシ……コエトリと対峙し、丈瑠達はいつも通り袴姿に着替えると、ショドウフォンを筆モードに変え、すっと構える。
 その隣で、鬼を名乗る三人も、各々の変身道具を構えているらしい。
 音叉とか笛とか小さい弦とか、微妙な物だとは思いはしたが、筆を構えている自分達も同じかと、丈瑠は心の中でのみ苦笑し……
「行くぞ!」
「そんじゃ、行きますか」
 丈瑠の声と、紫の鬼だった男……ヒビキの声が重なり。
 九人は、それぞれ変身する。
一筆奏上(いっぴつそうじょう)!』
一貫献上(いっかんけんじょう)!」
『哈っ!』
 各々の引き継いだ文字を纏い、六人の侍は色鮮やかな戦士の姿へと変わる。
 一方で、ヒビキの鳴らした音叉が、イブキの吹いた笛が、そしてトドロキの弾いた弦の音が、その場を清めるかのように鳴り響き……
「破ぁっ!」
「也っ!」
「汰ぁっ!」
 紫の炎を、蒼い疾風を、碧の雷を、それぞれ纏い、切り裂いて、三人の鬼もその姿を現した。
「シンケンレッド。志葉丈瑠」
 シンケンマルを肩に担ぎ、堂々とした立ち振る舞いで「火」の力を纏った赤き侍、丈瑠が名乗り。
「同じくブルー。池波流ノ介」
 歌舞伎役者よろしく、手を前に突き出して「水」の力を纏った青き侍、流ノ介がそれに続き。
「同じくピンク。白石茉子」
 舞うようにシンケンマルを掲げた後、優雅に構えて「天」の力を纏った桃色の侍、茉子が構え。
「同じくグリーン。谷千明」
 軽く刀身をなぞって、やんちゃな雰囲気を残したまま「木」の力を纏った緑の侍、千明が謳い。
「同じくイエロー。花織ことは」
 性格同様、真摯かつ真っ直ぐにシンケンマルを向け「土」の力を纏った黄色の侍、ことはが述べ。
「同じくゴールド。梅盛源太」
 居合刀サカナマルをいつでも抜けるように添え「光」の力を纏った金色の侍、源太が締める。
「天下御免の侍戦隊」
『シンケンジャー、参る!』
 その宣言と同時に、彼らの気迫か、黒子の演出か。背後でどぉんと派手な爆発が、彼らの登場を際立たせる。
 そこが、戦場(いくさば)である、と周囲の「現実」に知らせるかのように。
「羨ましいっす」
「僕達には、ああ言った名乗りはありませんからね。変身したら即戦闘、ですし」
「まぁ良いじゃないの。俺達は俺達らしくやれば」
 轟鬼、威吹鬼、響鬼の順で言いながら、彼らも各々の武器を構えて敵と相対する。
 轟鬼は二本のギター型の剣、「烈雷」と「烈斬」を、威吹鬼は金色のトランペット型銃、「烈風」を、そして響鬼は撥型のロッド、「烈火」を油断なく構え、すぐさま彼らは童子と呼んでいた異形の方へと駆け出した。
「俺達も行くぞ」
「了解!」
 言うが早いか、真っ先にコエトリに向かったのは、千明とことは。二人がまず、コエトリの両脇に展開し、シンケンマルを振るってコエトリの腹を薙ぐ。
 その直後、流ノ介と茉子が同じように両脇から、今度は相手の両肩を薙ぎ斬り、更に後から源太の居合刀がコエトリの嘴を捕らえ、深々と抉った。
「んぎゃっ!?」
 抉られるように斬られた嘴を押さえながら、数歩後ろへとコエトリはたたらを踏む。悲鳴もそうだが、アヤカシでありながら随分と手応えがないのは気のせいか。
「なぁんだ、こいつ結構弱いじゃん」
「油断するな千明、まだ何か隠し持っているかも知れん」
「……だね」
「ヘイヘイ、わかってるつーの」
 馬鹿にしたように言う千明を、流ノ介と茉子が軽く窘める。
 言われずとも、千明もそれは理解しているのだが、いかんせん生来のノリの軽さが口にも影響しているらしい。ついつい口が滑ってしまうのである。
 決して、相手を見くびっているつもりなどない。相手は外道衆、それもアヤカシだ。恐らく何らかの特異な力を持っている可能性は高い。
 「人間の声を奪う」事が出来るらしいのは、先程コエトリ自身が言っていたので間違いないだろう。そしてそれが(もたら)すのは、互いに意思の疎通が取れなくなった人々の困惑と嘆き。そして苛立ちと言った所か。
 人間の負の感情が、三途の川の水嵩を増す。そしてそれがこの世にあふれ出した時、外道衆は「水切れ」と言う制限を失い、この世を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えるだろう。
 それだけは、何としても防がねばならない。
 そう思い、再度一閃を浴びせるべく刀を構え直した瞬間。コエトリの様子に、奇妙な変化が起きた。
 一瞬だけその身をびくりと震わせたかと思うと、聞き慣れない「音」がして…………コエトリの姿がゆらりと揺らめき変わる。体色は薄緑そのままだが、両手に剣のような物を持ち、その肌質は今までの生物のような艶かしい印象の物から、どこか植物のような水っぽい印象を抱かせる。
「これは……凄い。力が漲る!」
 変じ終わると同時に言葉を放つと、コエトリはシンケンジャーとの距離を一気に縮める。近付かれたのだと認識した次の瞬間には、相手の持つ二本の剣が、(ことごと)く彼らの体を切り裂いていた。
「なっ!?」
 与えられたダメージに眉を顰めながらも、侍達は自分を通り過ぎたコエトリにもう一度視線を向ける。
 先程までとは、段違いに動きが速い。それに、どこか禍々しい力を感じる。今まで出会ったアヤカシとは異なる……強いて言うなら、いつだったか「通りすがりの仮面ライダー」が現れた際に暴れていた「ライダーのアヤカシ」に近しいような印象だ。
 外道衆本来の力に、別の力が付与され、おかしな具合に混ざったような……
――まさか、今回も同じような事が?――
 ふと、そんな考えが丈瑠の脳裏を過ぎるが、その真偽を確かめている余裕はない。妙に強くなったと言う事実には変わりないのだ、一気に決着をつけた方が良いだろう。
 考え、丈瑠は金字で「真」と書かれた黒い印籠を取り出し、シンケンマルに装着。直後、一枚のディスクをそこにセットした。
『スーパーディスク』
 ディスクが読み込まれた瞬間。丈瑠の……否、シンケンレッドの体を、ひらりと白地に金の縁取りが施された、美しき陣羽織が覆う。
 ……それはスーパーシンケンレッドと呼ばれる、彼の者を強化した姿。
「スーパーシンケンレッド、参る!」
 言うが早いか、丈瑠はそのままシンケンマルを烈火大斬刀へと変えると、先のお返しと言わんばかりにコエトリとの距離を詰めるべく駆け出した。
「悪いが、さっさと終わらせてもらうぞ。真・火炎の舞!」
 その名の通り、強力な火炎を纏った烈火大斬刀を大きく振るい。志葉家十八代目当主は家臣達の見守る中、堂々と「殿」たる威厳と共に相手を沈黙させたのであった。


 アヤカシが、奇妙な強さを発揮し始めた頃、三人の鬼はと言うと……童子を取り囲み、数と実力の両面から、圧倒的に有利な戦いを推し進めていた。
 いくら童子が戦闘形態……怪童子と呼ばれる姿になったとしても、響鬼の打撃を、威吹鬼の射撃を、そして轟鬼の二刀の斬撃を完全にかわしきる事など不可能らしい。既に童子の体には無数の傷跡が存在し、ぜいぜいと肩で息をしている。
 視界の端では、唐突に強くなったコエトリの緑色がチラチラと映るが、目の前の童子は「ごく普通の童子」らしい。異様な強さを誇る「スーパー童子」でないだけありがたく思いつつも、三人の鬼は追撃の手を緩めない。
 普通であろうとなかろうと、童子は童子だ。ましてアヤカシと手を組み、人を襲って、魔化魍を育てている以上、野放しには出来ない。
「まだまだぁっ!」
 満身創痍の童子に対し、轟鬼は容赦なく師匠の形見である「烈斬」で相手の体を縦に切り裂くべく振り下ろす。だが、童子はその斬撃を後ろへ飛ぶ事で致命傷を避けた。とは言え、反応が少し遅かったらしい。切っ先は僅かに童子の体を裂き、彼の胸から臍にかけ、縦に一本の線が浮かび上がらせる。
 そしてその事実を見逃すほど、ここにいる鬼は甘くはない。
 真っ先に威吹鬼が手の中にある「烈風」で、童子が着地するのと同じタイミングで銃弾を放ち、その腿を撃ち抜いた。
 撃たれた方の腿からはぶしゅりと音を立てて童子特有の白い血が噴出し、その場でバランスを崩して地に膝をつく。ごく普通の銃撃なら即座に回復するところだが、威吹鬼の放つ銃弾は「鬼石」と呼ばれる物。そしてそれは、童子や姫、そして魔化魍にとっては毒のような物質だ。
 治らぬ傷に苛立ちながらも、童子はきつく鬼達を睨み……すぐさまそこを、今度は轟鬼の「烈雷」が薙ぐ。
 足を撃ち抜かれまともに動けぬ故か、咄嗟に庇った童子の右腕がごとりと言う音と共にその場に落ちる。
「おのれ……おのれ、鬼めぇぇぇっ!」
 憎悪の篭った視線を威吹鬼と轟鬼に向け、鬼女のような怨嗟の声で童子は叫ぶ。
 びりびりと空気が震え、まるで自然の怒りであるかのように感じながら……それでも、彼ら「鬼」は、真っ直ぐに自分の武器を構えた。
「お前さんの気持ちも、わからなくはないけどな」
 童子の「後ろ」で、響鬼が低く呟く。彼は、彼なりに理解しているつもりだ。異形達にも「戦う理由」があり、そのために人を襲っているのだという事を。
 だからと言って、それを許す訳にも行かない。響鬼の力を増幅させた音撃棒、「烈火」の先に付いている鬼石が、煌々と炎を吹き上げ、童子の腹に炸裂する。
 先程威吹鬼が放った物とは比べ物にならない大きさを持つそれに打ちのめされ、更に足の中で未だ童子を苦しめる先の鬼石が共鳴し。
 その瞬間、童子はその身に溜まり己を形作っていた「穢れ」を清められ……元の土塊と化し、砕け散ったのであった。


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