クロスシリーズ

□生者の墓標、死者の街
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【その9:騒動勃発 ―サワギ―】



 巧は目の前の男……剣崎一真の言葉に、周囲に気付かれぬ程度に小さく息を呑んだ。
 自分を、見ただけで「人間ではない」とわかった事もそうだが、この男が「人類の敵を倒す」と断言した時の、確固たる信念に気圧されて。
 見た目は自分より年下……キバットの飼い主らしい太牙と言う名の青年と同じくらいに見えるが、見た目以上に悟りきったような雰囲気も見える。
「人間じゃないって……それじゃあ、君は……」
 驚いたような太牙に目を向け、巧は仕方なしに答えを返す。
 ……あまり、知られたくはない事実を。
「俺も、オルフェノクだよ。狼の特性を持つ、ウルフオルフェノク」
 言って、一瞬だけその姿をオルフェノクの姿に変える。
 他の客は気付かなかったようだが、同席していた三人は、心底驚いたようだ。
 だからと言って、敵対しそうな雰囲気も、逃げようとする気配もない。ただ本当に「驚いただけ」に見えた。
「……その姿になると、闘争本能が掻き立てられるとか……ないのか?」
「はあ? ねぇよ、そんなもん」
 一真の問いを即座に否定し、巧は険しい表情を作る。
 オルフェノクは、別に戦うのが好きな種族ではない。確かに、少しだけ好戦的になる事もあるが、それは単純に自分の力に溺れているからに過ぎない。オルフェノク同士で好んで戦おうとか、そんな風に思う事はまずない。
「あの……」
「今度はお前か。なんだよ、良太郎?」
 おずおずと、再度手を上げてくる良太郎に、険しい表情のまま視線を向ける。
 別に、睨みつける気はないのだが、こうも拘束され、質問攻めにされれば、機嫌の一つや二つや三つや四つ、悪くなると言うものである。
「さっき、乾さんを襲ってきたオルフェノクの人は、乾さんを『裏切り者』って呼んでましたよね」
「……ああ、俺がオルフェノクの『王』を倒しちまったからだろ」
「王を……倒しただと!?」
 巧の言葉に大きく反応したのは太牙。
 その表情には、どこか怒りにも似たものが見える。
 だが、こっちにもこっちの言い分というものがあるし、何よりあんな「王」など、巧には認められなかったし、今でも認めていない。
 例え、それがオルフェノクに「生」を与える者だとしても。
 ……それは、共に戦った海堂や、今ここにはいないデルタ……三原(みはら) 修二(しゅうじ)、そしてその戦いの果てに命を落とした木場 勇治(ゆうじ)なども、きっと同じ考えだったに違いない。
「人間との共存を良しとせず、自分に逆らうオルフェノクすら固めて食うような奴を……お前、王と認められるか?」
「だが、それでも王の言葉は絶対だ。それに、それがその種に必要な事なら、なおの事」
「どうかな? 暴君は、いつか反逆されるぜ?」
 バチバチと、巧と太牙の間に火花が散る。
 一触即発とも思えるその空気を、良太郎と一真はハラハラしたように見つめている。
「まして、そいつに忠誠を誓わなきゃ……人間を捨てなきゃ、生きていけないなんて、俺は嫌だね」
「え?」
「オルフェノクは、強大な力を持ってる。けどな、『人間としての体』が、その力に耐え切れないんだよ。耐えきれなくなった体は、徐々に灰になっていく。緩やかな死が、俺達に訪れる」
 言いながら、巧は灰化し始めた自らの左腕を三人に見せる。
 僅かずつだが、彼の左腕が崩れていっている。
「そんな……」
「それから逃れるには、完全なオルフェノクとして生きていくしかない。人には戻れない。体も……心もな。心まで人間に戻れない事が嫌だから、倒した。それだけだ」
 言いながら、三人の表情を見る。
 太牙と一真は心底驚いているように見えたが、良太郎だけは違った。
 思い出したくない過去でもあるかのように、痛そうにその眉をしかめ、僅かずつ崩壊していく巧の左腕から視線を外さない。
「……それじゃあ、園田さんが我々に協力してくれているのは……」
「あいつの第一目標は、オルフェノクの崩壊を止める事だ。それに使えるとでも思ったんだろ」
 太牙の言葉に、左腕を服で隠しながら、巧は素気(すげ)なく答える。
――真理が純粋に人類の為にやっているんじゃないと知って、太牙(こいつ)はがっかりするか?――
 ふと、そんな思いが頭を掠める。
 だが、太牙は落胆した様子も見せず……むしろ真剣に何かを考え始めた。
「オルフェノクは、ライフエナジー過多なのか? いや、だが一度死んでいるという事は……」
 ぶつぶつと、そんな言葉が断片的に聞こえてくる。
 この男はこの男で、オルフェノクの崩壊を止める手段でも考えているのだろうか。
「ただな……オルフェノクの王は、不死身らしいぜ?」
「不死身?」
「そのまんまだ。倒されても、いつかは甦る」
 太牙の呟きに答えるように、唯一の「例外」を口にする。
 自分が倒したオルフェノクの王。
 彼は、オルフェノクの中でも唯一崩壊のない存在。むしろ、そのエネルギーを与え、オルフェノクを「固定」する力すらある。
 倒されれば、炎を発して灰と化すオルフェノクだが、王……アークオルフェノクだけは、そうではなかったのは、巧も確認済みである。
 ……最も、亡骸を確認出来た訳でもないのだが。
「それじゃあ、まるでアンデッド!」
「アンデッド?」
「何ですかそれは?」
「……不死の生物。そして、俺が戦っていた存在でもある」
 太牙の問いに、辛そうな表情を浮かべ、一真はアンデッドについて語りだす。
 全部で五十四体いる不死生物で、その内の五十二体は何らかの生物の始祖である事。
 封印が解かれた時、バトルファイトと呼ばれる戦いを行って再度互いを封印しあう事。
 最後の一体が残った時、その眷属が地上を制する事。
 ただしそれ以外の二体……何の始祖でもないアンデッドが最後に残れば、地上の生物はリセットされ、滅びを迎えると言う事。
 今から一万年程前にバトルファイトが行われ、人間の始祖たるヒューマンアンデッドが勝利したが、数年前、ある人物が封印されていたアンデッドを解放してしまった事も。
 その話を良太郎は知っていたのか、聞きながらもどこか辛そうな表情で一真の顔を見つめている。
「彼らは人間が地上を支配している事を良しとせず、人間を襲う。だから、俺達は、このカードに、アンデッドを封印してきた」
 言いながら、赤い背の、トランプに似たカードを差し出す一真。
 見せられたのは、甲虫らしい絵柄の描かれた、スペードのエースのカード。
 絵の下にあるテキストボックスには、「CHANGE BEETLE」と書かれている。
「アンデッドは、最後の一体になった時、統制者と呼ばれる者がその願いを叶えると言っていましたね」
「じゃあ、今は人間の始祖が勝ち残ったって事か?」
 ふと思い出したように言った太牙に乗るように、巧も不思議そうな表情で一真に問いかける。
 ……巧本人は気付いていない。
 いつもなら面倒事に関わらぬよう、さっさと席を外す彼が、何かに引き寄せられているかのように、彼らの話に耳を傾けている事に。
 だが、そんな事を、初対面の一真達が知るはずもない。
 それでなくとも辛そうな顔を、更に顰め……吐き出すように、彼らの問いに答える。
「……いいや。アンデッドは、今も二体、解放されている」
「決着がついていないって事か」
「……ああ」
「しかし何故? 二体とも封印すれば、人類は……」
「生き延びる。けれどそれは……俺には、出来ない」
「何でだよ?」
「二体のうちの一体は俺の親友だし、何より、バトルファイトを終わらせないために……俺が、もう一体のアンデッド……ジョーカーになったんだから」
『え!?』
 あまりにも予想外の告白に、太牙と巧の声が重なる。
 良太郎は、やはり知っていたのだろう。辛そうに、俯くだけだった。
「俺は、アンデッドと融合しやすい体質だった。最後の一体として残ったアイツは、どの生物の始祖でもない。そいつが勝ち残った時点で、それは生物の滅びを表す」
 そして、一度はそいつが勝ち残ってしまった。
 本人の意思とは無関係に世界を滅ぼそうとする眷族が現れ、一時期世界は混乱した事を説明し……自分がアンデッドになった経緯までも、口にした。
「もう一度、他のアンデッドを解放する手も試した。けど、ダメだったんだ。だから……俺の体質を利用して、俺が二体目のアンデッドになった」
 辛そうな表情で言いつつ、一真は懐中から小ぶりのナイフを取り出し、自らの左手の甲を切りつける。
 細くついた傷口からは、巧や太牙の知る赤い血ではなく……緑白色の血が流れ落ち、見る間にその傷は塞がっていく。
 この男もまた、異形と人間の共存を望んだのだろうか。
 その結果、彼自身が人間をやめ……異形と化したのだろうか。
 共存を望むが故に、人であり続けたいと願った巧と、共存を望むが故に、人間の体を捨てた一真。
 望みは同じなのに、選んだ道は正反対。
 それでも、彼は人間の敵を倒すと言う。それは彼の意地なのか、それとも意志なのか。
 そこまで思った時、ふと思い出したように、一真は太牙の方を見た。
「ファンガイアは、他者の命を吸って生き長らえる……そう言っていたよな?」
「……ええ」
 一真の言わんとしている事が分からないらしく、不審そうに頷く太牙。
 巧も、正直彼の意図が読めない。それを確認して、何になると言うのだろう。
「俺の……アンデッドの命は、吸えるのか?」
「……!」
「もし、できるのなら……俺の命を吸うって言うのはどうだろう?」
 ……確かに、アンデッド……不死の生命である一真のライフエナジーは、恐らく無尽蔵なはずだ。
 アンデッドのライフエナジーが、ファンガイアの体に合うのかどうかは別として。
 一瞬、太牙の瞳に逡巡の色が浮かぶのを、巧は見た。
 だが、それは本当に一瞬の事で……すぐに、その色は消えた。答えが、出たらしい。
「……お言葉に甘える訳には行きません。そんな事をしては、僕達は以前と変わらない」
 きっぱりと、彼は一真の申し出を断った。
 巧が彼の立場なら、飛びついてもおかしくなさそうな話なのに。
 だが、彼には彼の考え……いや、信念があるのだろう。妙に強いその意志が、どことなく真理とかぶる。
――これくらいの年齢で社長をやっていると、芯が強くなければ渡れないのかも知れないな――
 初めて巧は、太牙に好感を抱き、断られた方を見やる。別段、がっかりした様子もなく、むしろどこか嬉しそうな顔をしている、一真を。
「……そっか。でももし、本当に必要になった時には……」
「そんな日が来ないよう、一日も早く今のプロジェクトを成功させます。……スマートブレイン社の力を借りて」
 にこりと笑いながら、太牙は言葉を返した。


「良ちゃん」
「え、何?」
 話が一段落した瞬間、愛理が良太郎に声をかけた。開店中はあまりカウンターから出てこない彼女が、今はエプロンを外しながらもカウンターの外へと出てきている。
「ちょっと、コーヒー豆を切らしちゃったみたいだから、買いに行ってくるわね」
「あれ? さっき買った中に……」
「さっき行ってもらったのとは、ちょっと違う種類なの。何だか急にきれちゃって。悪いけど、店番お願いできる?」
「うん。気をつけてね、姉さん」
「そうね。じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
 ニコニコと、何も知らない笑顔でそれだけ言うと、愛理は表口から買出しに出て行った。
 何気なしに見た時計は、十五時十五分少し前を指したところ。
――あと数秒したら、デンライナーの停車時刻だなぁ――
 などとぼんやり思った、刹那。
 十五時十五分十五秒。
 秒針がかちりと「3」の数字の上に下りた瞬間。
 「Milk Dipper」の扉が勢い良く開き、良太郎にとって聞き覚えのある声が響いた。
「良太郎! 何か変なのが来た〜!」
 最初に良太郎に抱きついてそう言ったのは、紫の瞳を持つリュウタロス。
 その瞳には、彼が不気味な物を見た時特有の、胡散臭げな色が宿っている。
「変なの……?」
「そや。トンネルから、こっちにな」
 金の瞳のキンタロスが、大きく頷きながら答える。
 いつも堂々としている彼が、どこか焦っているようにも聞こえるのは、気のせいか。
「トンネル自体は、すぐに閉じたんだけどね」
「だが、確実に危険な者達だ。棺を運んでいたのも、気になるのでな。知らせに来てやったぞ」
 青い瞳のウラタロスの言葉を、灰色の瞳のジークが継ぐ。
 相も変わらず高圧的な物言いだが、いささか不快そうな感じを受けるし、ウラタロスに至ってはしきりに顎をさすっている。
「じゃあ、急いでその人達見つけなきゃ……」
「見つけたくても、デンライナーに乗れねーんだよ」
 むくれたように言ったのは、赤い瞳のモモタロス。彼は明らかに苛立っており、近くにある椅子を八つ当たり的に蹴飛ばした。
「僕達、追い出されちゃった」
「え、それ、どう言う事?」
 不思議そうに問いかける良太郎。
 だが、良太郎に彼らが答えるよりも早く。
「それは、こっちの台詞だよ、良太郎」
「何なんだそいつら。……お前の兄弟……にしては数が多すぎるし……」
 不審そうな顔で、巧と太牙は、「良太郎と同じ顔をした青年達」を、一歩退きながら見つめていた。
――どうやって説明しよう――
 ……その後しばらく、ミルクディッパーは「六人の良太郎」と、三人の人外で混乱していたと言う……


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