クロスシリーズ

□生者の墓標、死者の街
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【その11:悪意到着 ―アクイ―】



 紆余曲折の後、ようやく落ち着いた「Milk Dipper」店内。
「じゃあ、君達はさっき良太郎が言っていたイマジン……未来からの侵略者、なのか?」
「侵略者っていうのは心外かな。僕達はただ、自分の時間が欲しかっただけだよ」
 手段は侵略だったけど、と心の中で付け加えつつ、太牙の言葉にそう返すウラタロス。
 とりあえずはこの場の混乱を抑えるために、話術に長けた彼が太牙と巧に自分達の正体を明かした。
 今の姿の事は「良太郎にとり憑いたから」と付け加えて。
 実際、昔の……人にあらざる者の姿に戻る事は出来ないので、最初からこの姿だったと思わせるような物言いはしていたが。
「せやけど、剣崎もここにおる事には驚いたわ」
「知り合いなのかよ、あんたら」
 キンタロスの言葉に、どこか呆れたようにも聞こえる声で巧は返す。
 その言葉に、一真は曖昧な笑みを浮かべ……
「以前、少しだけな」
「……ふぅん……」
 それ以上追求する気はないのか、唸るようにそう呟くと、巧は手持ちのコップを弄ぶ。
 何やら厄介な事に巻き込まれそうな予感を、ひしひしと肌で感じつつ。
「それより……変な物が来た、って言ってたけど……」
「そうなんだよ良太郎! 何か不気味なのが、トンネルの向こうからこっちに来て……」
「不気味?」
 怯えた様な瞳で良太郎を見上げつつ、リュウタロスは何処からか取り出したスケッチブックを開く。
 どうやら、その「不気味なの」を絵に描いてきたらしい。子供が描く様なタッチで、赤いラインの電車とその中で外を見つめる六色の異形と小さい女の子が描かれており、トンネルと思しき黒い穴からは、ミイラ、ゴーゴン、マンドラゴラ、ガーゴイルらしい四体が、石の棺を引っ張りながらどこかへ歩いている様子が描かれている。
「……この場合、どっちを見るべきなのかな?」
「え?」
「電車の中の怪物と、電車の外の怪物」
 太牙の台詞を聞いた時、良太郎の口が「あ」の形に開く。
 イマジン達の、昔の姿……鬼だったり亀だったり熊だったり龍だったり……を知ってる身としては、この絵は当たり前のように映るが、「人間の姿」しか知らない太牙達にしてみれば、女の子……多分、ハナであろう絵以外は全部怪物だ。
 下手をすると、ハナを「誘拐された女の子」とか思われかねない。
「えーっと、電車の外……で良いと思います。中に描かれてるのは、多分……」
「中にいるのは僕達! これが僕で、これが亀ちゃんで、こっちが熊ちゃん。で、こっちでコーヒー飲んでるのが鳥さんでしょ、キャンディー持ってるのはオデブちゃん。ハナちゃんに踏まれてる赤いのがモモタロス」
 トントンと、六色の異形を指し示しながら、リュウタロスは太牙達に向かって簡単に説明する。
 ……まるで、自分達が異形であるかのように。
「でも、どう見てもこれは化物だろ」
「狼さんに化物って言われたくないよ! これは良太郎がくれた格好なんだから、これで良いの!」
「と、とにかく……こっちの電車の外にいるのが……」
「おう。トンネルから出てきやがった。その四人が出てきたら、トンネルは閉じちまったけどよ」
 拗れそうになる話の流れを強引に戻し、良太郎はリュウタロスの絵に描かれた四体の異形をまじまじと見やる。
 横では、そんな良太郎に同意するかのように、モモタロスが眉間に皺を寄せながら頷く。
 石の棺と、西洋の化物に似た異形達。
 トンネルから現れたと言う事は、いつかのように異世界から来たと言う事になる。
「……あれ? そう言えば、ハナさんは?」
「姫なら、オーナーと共に、ターミナルで待っているはずだ」
 絵に描かれていた少女の存在がここにいない事にようやく思い至ったのか、不思議そうに言う良太郎に対してジークが手近な本に目を落としながらそう返す。
 ……道理でいつまでも騒ぎが収まらない訳だと、妙に納得しつつ、良太郎は再び視線を絵の方に戻す。
「お前らで通じ合われても困るんだけどな」
「あ……えーっと、何処から説明すれば……」
 完全に困ったような顔で、良太郎は睨みつけてくる巧の視線を受け止める。
 返された良太郎の表情は、「言いたくないから言わない」のではなく、本当に「何処から説明すべきなのか分からない」と言った感じだ。それが分るだけに、深く追求も出来ない。
「もう! そんな事どうでも良いよ! 良太郎、早く行こう!」
「行くって……どこへ?」
「侑斗のいるとこ、だね。そっちにはオデブちゃんが行ってるから、一応、合流しないと」
 リュウタロスにぐいぐいと腕を引っ張られ、困ったように問う良太郎。そして、その問いに答えるウラタロス。
 モモタロスとキンタロスは、既に出発の準備は万端と言わんばかりだ。
 ……ジークは、相変わらず悠然と本を読んでいるが。
「とにかく急ぐぞ、良太郎。デンライナーもゼロライナーも使えねー今、一刻を争うって奴なんだからよ!」
「ちょっ……ねえ、それって……」
「ああもう! 説明は後回しだ!」
 痺れを切らしたのか、そう言うとモモタロスはギロリと良太郎を睨みつけ……
 憑依、してしまった。
「亀、熊、洟垂れ小僧、ついでに鳥野郎! さっさとオデブんとこに行くぞ!」
――ちょっと、モモタロス……!――
 身の内から聞こえる良太郎の抗議もなんのその。
 モモタロスは「行くぜ行くぜ」と叫びながら勢い良く外に飛び出し、「JACARANDA」の方へと駆けていく。
「おい、お前ら、ちょっと待てよ!?」
「……詳しく知りたければ、君もついて来たら良いんじゃない?」
 呼び止めようとする巧に、殿(しんがり)をつとめたウラタロスは意味ありげにそう言うと、ウィンクをひとつしてモモタロスの後を追う。
 ……後に残るは巧、太牙、一真の三人。
 そして……
「俺は、良太郎達を追うけど……二人は?」
「僕も追います」
 一真の、苦笑しながらの問いかけに、太牙は間髪入れずに答える。
 先程の良太郎と、彼のイマジンの様子は尋常ではなかった。
 それに、見せてもらった絵の内容も気になる。
 あの四体の異形と、それらが引く石の棺。
 ……何故かは分らないが、太牙の内で嫌な予感が膨れ上がり、拭う事が出来ない。
「……君は?」
「……」
 巧は太牙の問いに、沈黙を落とす。
 色々な疑問が、彼の頭に浮かぶ。
 普段なら、多分、絶対放っておくような些細な事から、どうしても不思議に思う事まで。
 未来から来た侵略者とか、描かれていた異形の事とか……何より、紫色の瞳の青年が、自分を「狼」と言った事。
 確かに良太郎には、自分がウルフオルフェノクである事は明かした。だが、後からやってきた彼らには、そんな事を明かしていないはずだ。
 そんな事達をぐるぐると考え、巧は……


「ここが、『異世界』か。あまり我らの世界とは変わらないな」
「耳障りな笑い声、苛々するような笑顔」
「この世界を、音楽で満たさなければ……」
 四人の異形が、石の棺を引きずりながら、人目につかぬように闇の中を歩いている。
「ロードの、お目覚めのためにも」
 ゴーゴンに似た異形が、熱の篭った目で棺を見やる。
 恋する乙女にも、子の目覚めを待つ母にも思える視線。
 彼らの言う「音楽」が、どんな物なのか分からない。だが、彼らの纏う空気は、明らかに邪悪そのものであった。
「しかし……この世界に、本当に協力者がいるのか?」
「ええ。勿論です」
 ミイラ男に似た異形に答えたのは、一人の青年。
 内巻きの髪、白を基調とした服装。その顔には、自信に満ちた、穏やかな笑みが浮かんでいる。
 ……異形達の中で一人、その青年だけが浮いているように見える。ただ、関係としては、青年の方が異形よりも下なのか、異形達よりも三歩程下がった場所を歩いている。
 その青年の周りを、銀色の蝙蝠に似た機械が飛び回っていた。
「この世界には、ロードと同じ名を持つ存在がいる。そして、その者も、ロード同様永い眠りについているとも聞いています」
「ロードと同じ名……」
「ええ。ロードと同じ……」
 ニヤリ、と。
 それまでの、清廉潔白そうな笑みは消え、凄絶な笑みが浮かぶ。
 同時に、彼の周囲には、降ってもいない粉雪が舞い……冷ややかな空気が、辺りを包み込む。
「アークの名を持つ者が」


 ロブスターオルフェノクが異変に気付いたのは、頭上を何かが引きずるような音がしたからだ。
 重く、大きな何かを引きずるような音。
 人間なら聞き取れないであろう小さな音だったが、オルフェノクとなった彼女の聴覚には、充分過ぎる程の音量。
 地下にあるこの施設に、近付く者などいるはずがない。ましてや頭上にあるのは、ただ焼け焦げた更地のみ。
 そもそもこの場に来るような者など、あるはずもないのだ。
 なのに、頭上……即ち、更地の部分から音が聞こえたと言う事は……何者かが侵入してきたのだろう。
 排除すべきか、それとも……
 一瞬の思考の後……彼女は、再び足音を聞いた。
 確実に、こちらに近付いてくる、その音を。
「……王の安眠を邪魔する愚か者がいるようね……」
 細身の剣を構え、彼女はゆっくりとその足音の主へ近付く。
 足音と気配からして、相手は四人……いや、五人か。その程度の数ならば、簡単に倒す事が出来る。出来るはずだ。
 そう思うのに、何故か彼女の体は動かない。
「あらあら。物騒なお出迎えね」
 唐突に、女の声が響いた。
 それと同時にどこからか現れた無数の蛇がロブスターオルフェノクに襲い掛かる。
 噛まれてはいけない。
 本能的にそう察知し、彼女はその全てを、持っていた剣で薙ぎ払う。払われた蛇は、ざらざらと灰化し、崩れ去った。
「何者、かしら?」
「それはこちらの台詞だわ」
 ロブスターオルフェノクの問いに答えるように、不快感を滲ませながら、神話の中のゴーゴンに似た異形が姿を見せる。白い顔に紫の唇。頭部についた二頭の大蛇。あからさまに、オルフェノクではない妙な気配。
「私の子供達を、灰にしてくれて。お礼はたっぷりとしないとねぇ」
「そもそも、そちらが先に王の安眠を妨げに来たので……しょう!」
 言うが早いか、ロブスターオルフェノクは一気に相手との間合いを詰める。
 恐らく、相手の攻撃は蛇を使った物のはず。
 ……対蛇戦は、図らずも経験豊富である。何しろ裏切り者の一人が、蛇の特性を持つオルフェノクなのだから。
「小ざかしい!」
 怒鳴りながら相手は詰められた間合いを取り直し、再び無数の蛇によって攻撃を繰り出す。
 だが、それは彼女の持つ剣に薙ぎ払われ、次々と灰化していく。
「あなた、オルフェノクじゃないわね」
「そういうアンタこそ、我々やファンガイアとは違うみたいだねぇ」
 舌なめずりせんばかりの口調で、お互いにらみを利かせる。
 先に動いた方が……負ける。そう、二人とも思っていた瞬間。
「女性の戦いとは、おっかない物ですね」
 ゴーゴンの後ろから、一人の青年が現れた。
 穏やかな笑顔の裏に透けて見える、邪悪さを隠そうともせずに。
「どうか、剣を収めて下さい。私達は、戦いに来たのではない」
 そう言われて、信じられるはずもない。
 ロブスターオルフェノクは、剣を下ろさず、そのまま青年を睨みつける。
「信じられないのであれば、それでも構いません。ですが、最後まで聞いて頂いて……損はないですよ」
 にこりと笑みを浮かべ、男は深々と一礼し……
「僕の名前は白峰(しらみね) 天斗(たかと)。ここにいらっしゃるレジェンドルガの皆様に、忠誠の限りを尽くす者です」
 白峰と名乗った男の背後から、更に三体の異形が、石の棺を大事そうに担ぎ上げながら現れたのを、ロブスターオルフェノクは不審げな表情で見ていた……



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