クロスシリーズ

□生者の墓標、死者の街
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【その20:天地帝王 ―チカラ―】



 マミーレジェンドルガを撃破した物の、自らの力不足を思った海堂は、戦闘終了後、そのままスマートブレイン社へと足を運んだ。
 訝る面々には、きちんと説明した上で。
 真司と侑斗、そして一真の三人は渡の家……と言うか屋敷で待つと言って戻って行ったが、当の屋敷の主である渡は、スマートブレインの社名を聞くと「ついて行く」と言い出したのである。
 帰り道の案内を、キバットとタツロットに任せて。
 アポも取らずに会えるのだろうか、と渡は一瞬不安に感じたが、案外あっさりと通してくれた。
「海堂さんって、凄いんですね」
「あ? そーだろそーだろ、もっと誉め称えろ。俺様のお陰だぞ?」
 軽やかな笑い声を立てながら、渡の言葉に海堂は答える。……無論、本気で言っている訳ではないが。
 やがて、社長室に到着すると……秘書の琢磨と、社長の真理が、不思議そうな顔で彼らを迎え入れた。
「あの……海堂さんはわかるとして、どうしてD&P社の方が?」
「ああ、今回こいつは俺のお供だ。……オルフェノクの事も、知ってる」
「以前、僕と兄が襲われかけた所を、海堂さんに助けて頂いたんです」
 真理の問いに答えるように、海堂と渡が軽く説明する。
 オルフェノクに渡と太牙が襲われたかけた事に始まり、今現在、新たな敵と共に、オルフェノクの王が復活しようとしている事を。
 そして……それと戦うために、ライダーズギアを必要としている事も。
「頼む、真理ちゃん」
「僕からも、お願いします」
 深々と頭を下げる海堂と渡を見やり……それでも真理は、頑なに首を横に振った。
「ダメです。何を言われようと、カイザギアとデルタギアは渡せません」
「っ……!」
 渋られる事は分かっていた。だが……この素気ない対応は何なのだろう。
 相手の強さは、彼女や琢磨だって分かっているはず。いくら「仮面ライダー」が四人もいるとは言え、それではギリギリである事は分かっているはずだ。しかも、今度はロブスターオルフェノクと、レジェンドルガと言う未知の異形、と言うおまけ付きで戦わねばならない。
「何でだよ!? 今言ったろ! あのとんでもない奴の他にももっととんでもないような奴がいるってよぉ」
「……相手が、オルフェノクの王だからこそ、渡せない」
「……どう言う事だ、そりゃ?」
 きつい眼差しで言い切った真理に、これまたきつい眼差しで問い返す海堂。
 その、殺気にも似た怒気に怯む事なく答えたのは……真理ではなく、その横に立つ琢磨だった。
「知ってるだろう? 三本のベルトは、本来オルフェノクの王を守るためのベルトなんだって」
「……ああ」
「だからなのかは分からないけど……カイザやデルタでは、王を完全に倒す事は出来ないんだ」
「何ぃ?」
 琢磨の説明を聞きつつ、海堂はドスの聞いた声で訝しげに顔を顰める。
 渡も、必死で会話について行こうとするが、いかんせん予備知識がゼロに近い状態であるために、言葉を拾うので精一杯だった。ただ、真理と琢磨には、海堂が求めている物を渡すつもりがないことは充分理解できたが。
 そんな渡を無視して、真理は琢磨の言葉を継ぐように「渡せない理由」を更に言の葉にのせる。
「それどころか、下手をすると王に同調して、装着者の意思を無視して暴走する恐れがあるの」
「……何言ってんだ? だって、前の時は……」
「あれは、目覚めたばかりだったから。王もそんな事が出来るとは知らなかった可能性が高い」
 くい、と眼鏡を上げつつ、琢磨は辛そうに言い放つ。
 冷静に考えれば、あの時自分が逃げ切れた事すらも奇跡に等しいのだ。それは即ち、王がまだ完全に目覚めていなかったからではないのか。
 そもそも、王を守るために作られた物だと言うのなら、王に反旗を翻す事など出来ないように設定されているのでは……そう考え、修繕した後に調べてみた結果、予想は的中していたと言う。
 ……三本のベルトには、外からの……もっと正確に言うならば、アークオルフェノクによる外部制御が可能だったらしい。相手がその気になれば、装着者の意志など関係なく周囲を破壊し、最終的には人間の世界を終わらせる事など、容易いだろう。
「言いたい事は分った。……それでも、俺達はやんなきゃなんねぇだろ!」
「お願いします、園田さん。僕達には、海堂さんの力が必要なんです」
「……先程も申し上げた通り、二本のライダーズギアは……カイザとデルタは渡せません」
「おい、真理ちゃん。まさか、びびったんじゃねぇだろうな?」
「社長に対して、その態度はないと思うけど?」
 ギロリと真理を睨み、低い声で言う海堂の態度に怒りを覚えたのか、ゆらりと琢磨の顔にオルフェノクとしての顔がかぶる。
 それに反応するように、海堂の顔にもオルフェノクとしての表情が浮かび……
「……琢磨さん」
「……すみません」
 一触即発の空気の中、真理の琢磨を窘める静かな声で、二人ははっとしたようにその姿を人間の物へと戻す。
 ……ここで戦えば、真理や渡を巻き込んでしまうと、今更のように気付いたからか。ばつの悪そうな顔をして、二人とも申し訳なさそうに俯く。
 そんな二人の様子を見届けると、真理は何かを諦めたような、深い溜息を吐き……
「……ついて来て」
「え?」
「社長、まさか……」
「こうなった以上、その『まさか』を出さない訳に行かない。……私だって、黙って傍観する気はないんだから」
 意を決したようにそう言うと、彼女はこつこつと足音を立てながら、部屋にあったクローゼットを開ける。
 ごく普通の、どこにでもあるクローゼットに見えた。……最初は。
 だが、彼女がそれの奥の一角に触れると同時に、轟音と共にクローゼットの奥が開き……隠し通路が姿を現す。
「……手の込んだ仕組みだなぁ、おい」
 呆れたように言う海堂を無視しつつ、真理はその通路の中へとどんどん進んでいく。
 そのすぐ後ろを慌てたように琢磨が、そして仕方ないと言わんばかりの表情で、海堂と渡がそれぞれついて行った。
 しばらく進むと通路は終わり、少し広めの空間に出る。その中央にはガラスケースに飾られるようにして、二本のベルトが静置されていた。
「……何だ、こりゃ……」
 海堂の知る、ライダーズギアではない。
 並んでいるのは白と、黒。
 ギリシャ文字の「Ψ(プサイ)」と「Ω(オーム)」に似た模様が、ベルトに施されている。
「……通称『帝王のベルト』。花形さんが作った、『オルフェノクの王を倒すためのベルト』だよ」
「マジかよ!?」
 琢磨の言葉に、海堂は心底驚いたような声を漏らす。
 花形……スマートブレイン社の元社長でありながらも、オルフェノクに絶望したオルフェノク。
 オルフェノクの持つ力に溺れた者達を目の当たりにし、「オルフェノクは滅びるべき」と言う考えに至った人物である。
「オルフェノクを滅ぼすと決めた時に、密かに作ったみたい。……結局は、巧達が……ファイズ達が、倒したけれど」
「僕達も、本当に最近これを見つけたんだ」
 今から丁度半年前。
 真理の元に、一人の弁護士がやって来た。北岡(きたおか)と名乗ったその男は、生前の花形の依頼により「流星塾」のメンバーが社長になった時に限り、ある手帳を渡してほしいと頼まれたと言う。
 その手帳に書かれていたのは、流星塾生に対する謝罪と……このベルトの隠し場所だったそうだ。
「あの、流星塾って?」
「……九死に一生を得た子供達を集めた、孤児院みたいな所です」
 渡の問いに、真理はどこか苦しそうに目を伏せて答えを返す。
 「流星塾」は元々、スマートブレインの「人工的に人間をオルフェノクへと強制進化させるため」の実験施設だったのだが、それを知る者は少ない。花形はそこの責任者でもあり……同時に集められた子供達にとっては、「お父さん」でもあった。
 それに、今生きている流星塾生の数そのものも少ない。それは過去に起こった「事件」のせいもあるが、もしかすると「実験」の影響のせいもあるのかもしれない。
 そんな事を思いつつも、真理は黒い方のベルトを手に取り……海堂に手渡す。
 その顔に、もう苦しそうな色はない。「スマートブレイン社社長、園田真理」の顔に戻っている。
「黒い方は『地』のベルト。コードネームはオーガ。……本来なら、木場さんに渡るはずだった物」
「木場に?」
 訝しげに問うた海堂に、真理はただ、黙って首を縦に振った。
 木場勇治。オルフェノクの王との戦いの際に、その命を落としたオルフェノク。人間とオルフェノクの共存の可能性を信じ、人間を心から愛していた男。
「だけど、私がこれを渡す理由は、木場さんの代わりとしてじゃない。海堂さんなら……このベルトを使いこなせると思ったから」
「……わーかったよ。それを使う。木場の遺志を継いだ、俺が。……それで良いんだろ、真理ちゃん」
 やれやれと……だが、どこか嬉しそうな声で言いながら、海堂はその黒いベルトを受け取ると、軽く真理の頭を撫でる。
 それを着けるはずだった存在と、共につるんだもう一人の少女の事を、思い出しながら。
「……社長」
「何ですか、琢磨さん?」
「……僕に、『天』の……サイガのベルトを預けて頂けませんか?」
「はぁ!? お前、何言ってんだ?」
「……相手には冴子さんが……ロブスターオルフェノクが、いるんだろう?」
 訝る海堂に、琢磨は真剣な表情で言葉を紡ぐ。
 浮かべている表情に、強い決心と共に、どことなく悲しげな物が混じっているように思えるのは、渡の気のせいだろうか。
 先程見た様子では、彼もオルフェノクらしい。しかも、ロブスターオルフェノクと言う存在の事を、知っている様にも聞こえる発言をした。
 ……ひょっとしたら、彼はその人と仲が良かったのかも知れない。そう思いながらも真剣な顔の琢磨を、渡は静かに見やった。
「だったら……彼女は、僕が止めなきゃいけないんだ。それは、僕が……彼女と同じラッキークローバーだった僕が、やらなきゃいけない事なんだよ」
 決心したように琢磨がそう言った、刹那。
 渡のポケットに入れていた小型機械……レジェンドルガサーチャーが、けたたましい警告音を鳴らす。
「わっ!?」
「またかよ……」
 慌ててそれを懐中から取り出すと、海堂は渡と一緒にその画面を覗き込む。
 示されたポインターの数は二つ。一つはこの近くで、ポインターの上には「Mandrake」、もう一つは渡の館の近くで「Gargoyle」の表示。
「……しゃーねぇなぁ。真理ちゃん、ちょっくら行ってくるわ」
「僕も、行ってきます。もしかしたら冴子さんが来るかもしれない」
「気をつけて」
 海堂と琢磨の言葉に力強く頷くと、真理は駆け出して行く彼らをじっと見送った。
「……必ず、生きて帰ってきて」
 誰もいなくなった社長室で、祈るようにそう呟きながら……


「それは?」
 ロブスターオルフェノクが持つシャンパンのビンに、メデューサレジェンドルガは訝しげな顔を向けて問いかける。
「これ? あの男に送る、末期の酒よ」
 ふふ、と狂気じみた笑いを浮かべながら、彼女はそれを丁寧な手つきで桐の箱へ梱包する。
 殺すと決めた相手に、高級シャンパンを「末期の酒」として送る……それは彼女の「挨拶」であり、「予告」でもあった。
「お前の言っていた、裏切り者かい?」
「ええ。オルフェノクでありながら、王を裏切った存在。オルフェノクの風上にも置けない、忌々しい男」
 言葉とは裏腹に、まるで愛しい者を思い出すかのような、優しい声音が、逆に聞く者の恐怖を煽る。
 憎しみが、行き着く所まで行ってしまっているのだと、メデューサには感じ取れた。
 ……そう言う意味では、自分のキバに対する憎しみはまだまだ足りないのかもしれない。キバの事を思い出しただけで腹が立ち、殺したくなってくる。
 できる事なら、今、すぐにでも……
「メデューサちゃん、そんな怖い顔してたら、お肌に悪いわよ?」
 くすくすと、茶化すように自分の肌を撫でるロブスターの手の感触に、メデューサははっと我に返る。
 自分の髪を形成する蛇達が、うねうねと暴れまわっている所を見ると、自分は相当な殺気を振りまいていたらしい。
「気持ちはわかるけど……本当に憎い相手なら、すぐに殺しちゃ、つまらないわ」
「何?」
「追い詰め、いたぶり、泣き喚いて許しを請わせる。その上で、無慈悲に笑いながら殺さなきゃ」
「自分達の苦しみの、万分の一でも味あわせて……か」
「そう。すぐに楽になるなんて、絶対に許さない」
 ロブスターの言葉に納得したのか、メデューサは小さく頷き……
「やはりお前は、怖い女だねぇ」
「誉め言葉として、受け取っておいてあげる」
 ふふ、と笑いながら、二人の女達は入り口に目を向ける。
 ここへと向かってくる、複数のオルフェノクの気配に気付いて。
「……朗報だと良いのだけれど」
 それは、どちらの言葉だったか。
 ……狂気の渦は、まだ巻き始めたばかりだ。


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