クロスシリーズ

□生者の墓標、死者の街
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【その34:方舟双王 ―アーク―】



 渡と真司が対峙したのは、作業服のような物を着た中年の男。
 この場に来た時も感じたが、やはりこの男からは人ではない、もっと暗い何か……邪悪な意志、瘴気のような物を感じる。
 それは、男の影が奇妙に歪んでいる事からも容易に想像がついた。
「キバ……紅渡、か」
「あなたが、レジェンドルガの王……」
 いつでも変身できるように構えつつ、渡は睨みつけるように相手を見据える。
 肌がざわつく。心臓が早鐘を打つ。
 ……目の前にいる存在が、危険な者であると……彼の中に半分だけ流れるファンガイアの血が警告しているかのように。
 一方の男……レジェンドルガの王、アークもまた、忌々しそうに渡を見つめ、ゆっくりと立ち上がる。
「またしても俺の前に立ち塞がるとは」
「僕は、人の命の音楽を守りたい。それだけです」
「世迷言を。キバとて、人間を殺すために存在しているはずだろう?」
「そんな事はない! 渡は、俺達と同じ『人間』だ!」
 小ばかにした様に言ったアークに、声を張り上げて反論したのは真司。
 アークの視界に入っていなかった彼が、デッキを構えつつ、憤ったように言葉を続ける。
「渡だけじゃない。直也も、逸郎も……ここにいない太牙や巧だって、皆、人間だ。人間の心を持ってる! お前みたいに、人間を見下していない。対等な関係だ!」
「下らん。どこまでも話が合わんらしいな」
「そうみたいだな」
 アークに返す真司の言葉が合図になったのか……三人が動いたのは、ほぼ同時。
「アークキバット」
「いきましゅよ〜ドロンドロン」
 アークの呼び声に応え、現れたのはレイキバットと同じ色をしたメカ蝙蝠。吊り目気味のレイキバットとは対照的に、赤い目は垂れ気味。
 喋り方も、まるで赤ちゃんのような印象だが、逆にそれがアークの恐ろしさを演出しているようにも思えた。
「変身」
 アークの宣言か響く。同時に、その体に黒い靄のような物が覆い……それが、巨大な体となる。
 三メートルはあるだろうか、見下ろす目はキバと同じ黄色だが、その巨体と黒いバフォメットを連想させるその姿は、畏敬の念を感じさせるキバとは対照的に見る者全てを恐怖させる存在……アークの真の姿へと変化した。
「……キバット、タツロット!」
「キバって、行くぜ!」
「変っ身!」
 渡もまた、最初から全力で行くつもりらしい。
 黄金のキバ……エンペラーフォームへと変身、その赤いマントをバサリと翻し、バンパイアを連想させる戦士へとその姿を変える。
「変身!」
 あらかじめ現出させておいたベルトにデッキを差し込み、真司もまた赤き龍の戦士、龍騎へとその姿を変える。
 流石にサバイブを使用してはいないが、それでも燃えるような意志を、アークに叩きつける。
「渡。二人の力、見せてやろうぜ」
「はい!」
 言うが早いか、真司と渡はそれぞれアークに向かって駆け出す。
 相手が巨大であろうが関係ない。
 倒さなければ、人類は滅ぶ。それだけは何が何でも阻止しなければならない。
『SWORD VENT』
 先手必勝と言わんばかりに、真司はまず、バイザーにカードをベントイン。
 召喚した剣状武器、ドラグセイバーを振り上げ、アークに向かって斬りかかる。だがそれよりも先に、アークはその足を振り上げ、躊躇ない踵落しを真司に向かって振り下ろしてきた。
「うっわ!」
 その巨体からは想像出来ない程の素早さで繰り出されたその踵を慌ててかわし、真司はごろごろとその場を転がる。
「あ、危なかった……」
「大丈夫ですか、城戸さん」
「ああ、何とかな」
 転がった際に付いた土埃を払いつつ、真司は駆け寄る渡に、緊張した声で返す。
「あいつ……思った以上に早いな」
「はい」
「けど、負けられない」
 再びドラグセイバーを構えなおすと、ゆっくりとこちらに近付いてくるアークを見据える真司。
 巨大とは言え、それは人間から見たらの話。相手の大きさは、ドラグレッダーに比べれば約半分。大きめのミラーモンスターとそう大差ない。
 問題は、ミラーモンスターと同じ扱いで勝てるか否かだ。
 この地を破壊するかのように繰り出されるアークの拳をかわしつつ、真司と渡はアイコンタクトを取りながら、アークの死角に回り込んで攻撃を加える。
「るおおおおおぉぉっ!」
 咆哮にも似た雄叫びを上げ、アークは渡……いや、キバに向かって殴りかかる。しかしそれは紙一重でかわされ、逆に飛び上がったキバに、重いパンチの連打をその顔面に叩き込まれる。
「渡、ナイス!」
「城戸さん、今です!」
「っしゃあ!」
 ひらりと着地した渡の肩を踏み台にし、真司はそう気合を入れると……
『STRIKE VENT』
 カードを読み込ませ、手甲状の武器であるドラグクローを召喚すると、その勢いのままアッパーカットの要領で放った至近距離での昇竜突破が、アークの顎を捉える。エネルギーがドラグレッダーの形をとり、アークの顎を砕かんとその鼻先を突きつける。
「おぉぉぉっ! 行けぇぇぇぇっ!」
 気合を乗せるかのように放たれたその一撃にアークの体は傾げ、そして……大きな音と共にその場にどすりと倒れた。
「……やった、のかな?」
「わかんないぞ、渡。ああ言う奴って、ゾンビみたいにしつこいのが相場だからな」
 警戒しながら言った渡に、キバットは彼の周囲を飛び回りつつ、そう声をかける。
 自分の近くでは、着地に成功した真司も、警戒気味にアークを眺めているが……今の所、起き上がる気配はないように思える。
「これで終わってくれれば良いけど……」
 真司がぽつんと、そう呟いた瞬間。
 キバットの予想が的中してしまった。
 怒りに満ちた咆哮を上げ、いつの間にか持っていた三叉槍……アークトライデントと呼ばれるそれを振り回し、彼らを薙ぎ払いにかかったのである。
「やばっ!」
『GUARD VENT』
 真司がとっさに使用したガードベントの効果により、室内であるにもかかわらず竜巻が発生。何とかアークの攻撃を防ぐ。
「……やっぱ、そう簡単には行かないか」
 小さくそう呟いて……再び、彼らは怒る悪魔と対峙したのである。


 至る所で始まった戦いの気配を感じつつ、海堂は眼前の異形を見やる。
 白い、バッタを思わせる者。
 オルフェノクの「王」、「方舟(はこぶね)」の名を抱く者……アークオルフェノクを。
「おーお。あっちもこっちも、派手にやってるねぇ」
「……」
「だんまりかよ。ちゅーか、俺みたいな雑魚の事はは忘れたか?」
 黙ったまま、特に何の感情も無さそうな視線を受けつつも、海堂は眉を顰めながら相手を見据え、言葉を続ける。
「お前は忘れたかもしれないけどな、俺はきっちり覚えてんだよ。お前がこの世に現れるために、照夫(てるお)が犠牲になった事も、お前を倒す為に、木場が命をかけた事もな!」
 そこまで言って……海堂は一つ、溜息を吐く。
 その横では、一真が真剣な表情で、やはりアークオルフェノクを睨んでいる。その手に、スペードのエース……「CHANGE」のカードを構えて。
 その瞬間。
 アークオルフェノクの顔が、笑みの形に歪んだように、一真には見えた。
「愚かな」
「うぉわ、喋った!?」
 今まで無言だったアークオルフェノクが唐突に話したのに対し、海堂は思わず一歩後退りながらも驚いたような声をあげる。
(うぬ)らの言語など、とうに理解している」
 さも当たり前のようにそう言い放ち、アークオルフェノクは立ち上がると、ゆっくりとした足取りで海堂達に歩み寄る。
 その声に、何の感情もない。ただひたすら、事実を述べるだけのようだと、海堂も一真も思った。
「照夫とは我の器にすぎぬ。我が力に耐え切れぬ、脆弱な(わらし)であったのが原因」
 言いながら、一歩。
「そして木場……我に刃向かいし愚かな駄馬。我を倒そうなどとするから、滅びたのだ」
 そしてまた、一歩。海堂達に近付きつつも、何の感情も示さない声で言い放つ。愚かだと蔑みながらも、その「愚かしい」と言う感情を理解していないようにも聞こえるのは気のせいか。
 それでも、死者を侮辱するような言葉にカチンと来たのだろう。海堂はギリと奥歯を噛み締め……
「テメェ……死んだ奴を冒涜すんのも大概にしろよ!?」
「汝らのその『心』……我には理解出来ぬ」
「何だと?」
「嘆き? 悲しみ? 怒り? 何だそれは? 世に存在するに必要なのは、力のみ」
「……ここまで来ると、憐れだな」
 今まで黙っていた一真が、その言葉通り、憐れむように言う。
 他のオルフェノクには「感情」があった。だが、目の前の存在にはそれがない。
 以前、敗北を喫した事に対する怒りもなければ、死者に対する悼みもない。あるのはただ、絶対的な力だけ。
 それを悟ったのか、海堂は小さく舌打ちすると、もはやかける言葉も見つからないらしく、無言のままオーガフォンにコード「000」を入力する。
「変身!」
『Complete』
 帝王の、「地」のベルト……オーガ。
 オルフェノクの王に対抗するために作り出された、戦士。
 その赤い目が、真っ直ぐに敵を捕らえ、ガチャリとオーガストランザーを構える。
「変身!」
『CHANGE』
 そして、一真もまた。その身を剣の名を持つ戦士、ブレイドへと変身していた。
 不死の存在を封印するための……そして、自らも不死の存在となってしまった戦士。
 その緑色の目が、これまた真っ直ぐに敵を捕らえ、カチャとブレイラウザーを構える。
「今度こそ、お前をぶちのめす」
「出来るか? 汝らに」
「出来る、出来ない……勝てる、勝てない、じゃない」
「『勝つ』んだよ、この野郎ぉ!」
 二人がそう言ったかと思うと、ほぼ同時に左右に展開、アークオルフェノクの右を海堂が、左を一真が、それぞれの剣で斬りかかり、剣を振るった。
 ……最高のタイミングだったはずだ。
 それなのに……次の瞬間には剣先は目標を見失い、互いの剣がぶつかり合う音が響くだけ。
「消えただぁ!?」
 オーガストランザーの切っ先にあるブレイラウザーを見つめつつ、驚いたように言う海堂。
 一真もまた、驚いたように顔を上げた、次の瞬間。
 ごっと言う鈍い音と共に、自分の体が吹き飛ばされたのが分かった。
「剣崎!?」
 いきなり吹き飛ばされた剣崎に声をかけた海堂もまた、次の瞬間にはやはり鈍い音と共に大きく吹き飛び、その体を壁にしこたまぶつける。
「……っつー……何なんだよ、今のはよぉ……」
 軽く頭を振りながら、よろよろと立ち上がる海堂。少し離れた場所では、同じようによろめきながら一真も立ち上がっている。
 その刹那。
「まだだ」
 その声が耳元で聞こえると同時に、再び海堂と一真の体が、ほぼ同時に吹き飛ぶ。
 ……姿は視認出来なかった。となれば、考えられる可能性は一つだけ。
「……高速移動かよ!」
「高速移動!?」
「ああ、多分……間違いねぇ」
 ダメージが大きいのか、二人はゆっくりと立ち上がりつつ、油断なくその周囲を見回す。
 ようやく高速移動を止め、彼らに視認できる速さに戻ったアークオルフェノクを見つめながら、忌々しげに吐き捨てる海堂。
 今更のように、アークオルフェノクが「王」と呼ばれる事を実感し、震えが走る。
 「勝てる」、「勝てない」ではなく「勝つ」。そう言ったのは、他ならぬ海堂自身だと言うのに。
 それに気付いたのか、相変わらず何の感情もない声で、彼らに声をかける。
「ファイズ、カイザ、デルタ。その全ての元になったのは、我ぞ。王たるもの、下々の技が使えずにどうする?」
 言い換えるならば、それは……ファイズ、カイザ、デルタ、その全ての技を使えるという事ではないか。
「ちょっと待て、それって反則じゃねーか!? って事はよ、拘束して攻撃ってのがポインターなしで出来るってこったろうが、えぇ?」
「高速移動に、拘束後の攻撃……そこに、オルフェノクとしての力も上乗せして放つ……」
 焦りの色を声に滲ませながら、それでも一真は真っ直ぐに剣を構え……
「それでも、やるんだ。人間を守る。それが俺の仕事だ!」
「おーお。真面目だねぇ」
 一真の言葉に、ひょいと肩をすくめつつ、呆れたように返す海堂。
「でも、まぁ……そう言うの、嫌いじゃないぜ、剣崎」
 言いながら。
 自分でも、らしくないと思いながら。
 海堂は、再びオーガストランザーをアークオルフェノクに向け……宣言する。
「それじゃあ、もういっちょやりますかね!」



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