クロスシリーズ

□生者の墓標、死者の街
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【その4:密談喫茶 ―カフェ―】



「こんにちは」
 カラン、とドアベルが鳴る。同時に渡と太牙が、どこか真剣な表情で店に入ってきた。
 喫茶店、「Café mal D'amour」。二十年以上前からこの場所にある、おいしいコーヒーを出してくれる、知る人ぞ知る名店である。
 客は数名……カウンター席に一人と、テーブルは二つ埋まっている。
 その内の一組は、渡のよく知る二人が座っており、もう一組は、はじめて見る顔の男が二人座っていた。
「あら、いらっしゃい。……どうしたの二人共、そんな深刻そうな顔しちゃって」
 店のマスター……木戸(きど) (あきら)が、目を瞬かせて問いかける。
 彼が心配する程に、渡と太牙の表情は厳しい物だった。
「仕事が、上手く行かないのか?」
 カウンター席でコーヒーを飲んでいた中年の男性が、太牙に視線を向けて問いかける。
 彼の名は(しま) (まもる)。「素晴らしき青空の会」の会長であり、太牙と渡の正体を知る、数少ない人間の一人である。
 ……「素晴らしき青空の会」。元は対ファンガイア組織であったが、今では和解、「人に害をなすファンガイア」のみを対象に活動している。
「いえ、そちらは、今日、大きな進展がありました」
「と言うと、スマートブレインが動いたのか」
「はい。全面的な協力を約束してくれました」
 嶋の隣に座り、太牙はそう報告する。
 その報告に嶋も、そうか、と呟いて大きな安堵の溜息を吐く。
「せやったら、何でそんな顔してるんや?」
「渡君、座りなさい。そして私達に話してみなさい」
 テーブル席に座っていた青年が二人、渡を手招きしながらそう声をかけた。
 関西弁の方は襟立(えりたて) 健吾(けんご)。彼の席の隣には、彼の持ってきたであろうギターケースが立てかけてある。
 ロックミュージシャン風の格好をしており、ギターを持っていても何ら違和感はない。……彼の、手の事を知らぬ者ならば。
 ミュージシャンを目指していた彼は、ある事件をきっかけに、腕を負傷。……ギタリスト生命を絶たれた。しかしそれでもなお、彼はまだ、ギターを持ち歩いていた。
 ……「自分の音楽で人の心をジンジンさせる」と言う自らの夢を、そして原点を、忘れないために。
 その健吾の前に座っている方は名護(なご) 啓介(けいすけ)。「素晴らしき青空の会」の戦士であり、組織の持つ対ファンガイア迎撃スーツ、イクサシステムの現所有者である。
 物言いは常にどこか上からだが、本人にそれを改善する気はなく、あくまで「善意」で言っている……つもりである。
 もっとも、彼の妻曰く「ただ頼ってもらって自己満足に浸りたいだけの行為」だそうだが。
「嶋さんは、『オルフェノク』と言うものをご存知ですか?」
 店の奥にいるもう一組に配慮したのか、太牙は密やかな声で嶋に囁く。
「……名前だけはどこかで聞いた事がある。それが、どうかしたのか?」
「襲われかけました」
「何?」
 太牙の端的な言葉に、嶋の眉がピクリと跳ね上がる。
 そして渡の方も、同じような事を名護と健吾の二人に告げていた。
「でも、僕達を助けてくれた人も、オルフェノクだったみたいです」
「なんやて?」
 不思議そうに、健吾が首を傾げた瞬間。
 再びドアベルが鳴り、三人の男が入ってきた。
「えーっと蓮達は……あぁ、あそこだ」
 先頭に立っていた、三十代くらいの男が店内を見回し、奥の席にいた二人組に向かって大きく手を振る。
 それを見て……黒いコートの男は物凄い勢いで顔をしかめ、青いジャケットを着た男は、にこやかな笑顔で手を振り返した。
「いらっしゃい。城戸ちゃん、あんまり騒がないでね」
「ああ、すみませんマスター。あ、コーヒー三つ」
「やめろ、俺は良い」
「ここのコーヒーは美味いんだって。飲んでみればわかるから、な」
 マスターの顔見知りなのか、城戸と呼ばれた男は、隣にいる茶髪の青年を無理矢理引っ張りながら、奥の席へと移動していく。
 その後ろを、黒髪の青年が微笑みながらついていっている。
「……知り合いか?」
「ここ最近来てくれるようになった常連さん。結構良い子だよ、お金ないけど」
 嶋の問いかけに答えながら、マスターは手馴れた様子でコーヒーをカップに注いでいる。
「……この話は、また後にしましょう」
「そうだな」
 再び密やかな声で囁きあいながら、太牙と嶋は奥の席に向かう三人を眺めていた……


「城戸」
「ん?」
「何で良太郎がいる?」
「そこで会ったんだ。……襲われてた所を、助けたって言うか……」
 蓮の冷ややかな視線と問いに、どこか困ったように答える真司。
「侑斗、久し振り」
「……剣崎? 何でお前がここに?」
「あれ? 一真と侑斗は知り合いなのか?」
「ええ、まぁ……ちょっと」
 蓮の鋭い視線から逃れるためか、そう問いかけた真司に、一真は答え難そうに口ごもる。
 一方の侑斗は、盛大な溜息を吐いた後、後ろに立つ良太郎を、睨むように見やった。
「まあ、良いじゃないか。あ、蓮、こっちは桜井侑斗、良太郎の友達らしい。で、侑斗、こっちは秋山蓮って言って、俺の友人。一真の事は……知ってるみたいだから、良いか」
 互いを紹介しながら、真司は机の上に、黒いカードケースを机の上に置く。
 それを見て、蓮が眉間に寄せていた皺を更に深くする。
「お前……」
「お待たせ」
「ありがとうございますマスター」
 何を考えている、と言い募ろうとした蓮の言葉を遮るように、マスターが真司達のコーヒーをお盆に乗せて持ってきた。
 コーヒーを受け取りながら、良太郎はぺこりと頭を下げ、侑斗は小さくどうも、と答える。
「……で? 何を考えてるんだ、お前は」
 マスターがカウンターに戻ったのを確認し、蓮は再度顰め面のまま真司にそう問いかける。
「確認しようと思ってさ。……良太郎達が、俺達と同じ『仮面ライダー』なのかどうか」
「……何だと?」
 真司の一言に、蓮の視線がコーヒーをすする良太郎と、シュガーポットの砂糖をガバガバ入れる侑斗の間を交互に動く。
 だが、真司の言葉に反応したのは蓮だけではなかった。
 一真もまた、真司の言葉に反応し真司と……蓮の二人を見やったのである。
「どう言う事だ、城戸?」
「……さっき、良太郎はミラーモンスターに襲われたんだ。実はさ」
 先程の出来事を簡単に説明する真司。
 襲ってきたミラーモンスターが、こちら側にやってきた事、侑斗がミラーモンスターの事を知っていた事、そして何より、良太郎がネガ電王に似た仮面ライダーに変身した事。
 それらを聞き終わり、蓮は静かにポケットからデッキを取り出す。
 真司同様、黒いカードケース。異なるのは描かれたモチーフが、こちらは蝙蝠であるという事。
「……これは……確か、前にも見せてもらいましたよね?」
「アドベントカード。俺達はこれを使って、ミラーモンスターと戦う存在……『仮面ライダー』に変身する。俺はナイトで、こいつは龍騎だ」
 良太郎の問いに答えつつ、蓮はぬるくなったコーヒーを飲み干す。
 その間に、真司は自分のケースを開け、中のカードを広げて三人に見せる。
 そのカードを一番食い入るように見ていたのは……一真であった。
「ラウズカードとは違う……BOARDのライダーシステムとは、全く違う『仮面ライダー』……」
「一真?」
「これを見て下さい」
 そう言って、一真がテーブルに置いたのはトランプに似た十三枚のカード。
 端に書かれたマークは、スペードのものばかりだ。
「お前、これ……」
「一度は返還したんだけど、数年前に、ある人が俺に届けてくれたんだ」
 驚いたように言った侑斗に、一真はどこか悲しげに目を伏せ、答える。恐らく、彼自身も二度とこのカードに触れる事はないと思っていたのだろう。
「城戸さん、秋山さん。俺も……『仮面ライダー』です」
「何だって!? 一真も?」
「……声が大きいぞ、城戸」
 驚いて大声を上げた真司の事を窘めつつも、内心では蓮も、一真の突然の告白に驚愕していた。
 一真の持っていたカードは、明らかにアドベントカードとは異なる。
 生き物の名前と、そのカードの持つ効果らしいもの……「CHANGE」やら「FUSION」やら「METAL」やら……が記されており、デザインもあからさまに違う。
「これは?」
「ラウズカードと呼ばれています。俺はこれを使って変身し、戦います。コードネームはブレイドです」
 真剣な表情で語る一真に、思わず息を飲む真司と蓮。
「俺はブレイドとして、アンデッドと呼ばれる怪物を『封印』していました」
「封印? 倒すんじゃないのか?」
「アンデッドは不死の生物なんです。だから、ある程度ダメージを与えてから、このラウズカードに封印して、自分の力として使用するんです」
 トントン、とラウズカードを指先で叩きつつ、一真は自分の「敵」だったものを、簡単に説明した。
 その言葉の意味をよく考えて……真司はラウズカードを持ったまま、硬直した。
「……じゃあ、このカードの中には、そのアンデッドって言う奴が……」
「封印されています。城戸さんが持っているのはカテゴリーキング……コーカサスビートルアンデッドです」
「……うわ」
 思わずそのカードを机の上に置き、怯えたような視線をカードに向ける。
 それを見て、一真は微妙な笑みを浮かべ……
「大丈夫ですよ。封印されているアンデッドは、深い眠りについているので、何も出来ませんから」
 それを聞いてほっとしたのか、真司は少し引き気味だった体を元に戻す。
「……確かに、俺達とは違う『仮面ライダー』みたいだな」
「そう、みたいですね」
 蓮の言葉に同意しつつ、一真はカードを再びポケットの中にしまう。
 あまり長時間、人目に晒したくないのか、それとも他の理由があるのかはよくわからないが。
「それで……良太郎は?」
「……へ?」
「良太郎と侑斗も、『仮面ライダー』だろ?」
 城戸の問いに、困ったような顔を良太郎が返した瞬間。
 その肩に、何者かが手を置いた。


 なにやら奥のテーブルの五人が深刻そうな会話をしているのを見ながら、渡は後からやって来た黒髪の青年を見つめていた。
 彼とは、どこかで会った事があるような気がする。
 いつだろう、どこで……
「何や渡? あいつらがどないしたんや?」
「あの黒い髪の人、どこかで見た事があるような気がして……」
 健吾の問いに、渡自身もすっきりしないような顔で答える。
 視線は、青年の方に向けたまま。
 どこで出会っただろう。何となく忘れ難い「何か」があったはずなのに……
 そこまで思った時、渡は青年の事を思い出した。
 いつだったか、バイオリンのニスを回収しに行った時に出会った青年だと。確か、醗酵させていたニスのビンに、彼が触れた途端、その蓋が小気味の良い音を立てて吹き飛んだのを覚えている。
 それまで、ニスの蓋が吹き飛ぶような事はなかったし、あれ以降もない。
「あの時の人だ」
「知り合いか?」
「いえ、知り合いって程じゃないです。あっちも、僕の事を覚えているかどうか……」
 関わりは、そのほんの一瞬だったから、彼が覚えているとは思えないが……
 それでも、何となく声をかけたくなり、気付けば渡は彼の肩を、軽く叩いていた。
「わ……」
「あ、すみません、驚かせちゃって」
 自分でもその行為に驚いたが、叩かれた方は更に驚いただろう。青年は心底驚いたようにこちらに目を向け……
 一瞬の間の後、口を「あ」の形に開いて止まった。
「野上、知り合いか?」
 訝しげにこちらを見ながら、茶髪の青年が黒髪の青年に声をかける。
 黒髪の青年は、一瞬だけそちらに目を向けると、再びこちらに向き直り……
「うん。ネガタロス達を探してた時に、ちょっと」
 言葉を濁すように、青年が答える。
 確かにあの時、彼は何かを……誰かを探していた。確か、「悪の組織」を探していたはずだ。
 一緒にいた、ちょっと頼りない感じの刑事と共に。
「えっと、あの、その節は、どうも。確か、渡さん、でしたよね」
「はい。紅渡って言います」
「あ、どうも。僕は野上良太郎って言いま……うわぁっ」
 挨拶をしようとしたのか、黒髪の青年……良太郎がぺこりと頭を下げた瞬間、彼の座っていた椅子の足が折れ、彼の体は床へと転がる。
 折れた椅子の足は、何かに操られたかのように綺麗な弧を描いて宙を舞い、転がった良太郎の頭にコツン、と当たった。
「だ、大丈夫ですか!?」
 あまりに出来すぎた一連の出来事に、渡達は……太牙すらも一瞬呆けてしまう。が、すぐに我に返り、渡は今にも身を起こそうとする良太郎に向かって問いかけた。
 すると、何とか顔を上げた良太郎は、はにかんだような笑みを浮かべ……
「うん。大丈夫です。むしろ今日はこの程度ですんで良かったかな」
「え?」
「いつもならこれに、持っていたコーヒーを頭からかぶって、更に椅子の下敷きになる、位の事が起こりますから」
「……どんだけついてないんや、兄ちゃん……」
 照れたように言った良太郎の言葉に、思わず呟く健吾。名護も、良太郎の方を見ながらまだポカンとしている。
 太牙と嶋、マスターすらも、信じられないと言わんばかりの表情で彼の方を見ていた。
「世の中にはそういう子もいるんだねぇ」
 しみじみと呟くマスター。
 その声には、呆れを通り越してもはや感動すら混じっていた。
「あはは……でも、侑斗も渡さんの事は知ってると思ったけど……」
「何でだよ?」
 起き上がりつつ言った良太郎の言葉に、侑斗と呼ばれた茶髪の青年が、心底不思議そうに答える。
 渡も、良太郎には見覚えがあるが、彼には見覚えがない。
 良太郎達と別れた後、次の日くらいに大量のファンガイアと戦った記憶はある。
 宙を駆ける列車と、それを追うために、たった一度だけ、キャッスルドランの力で、不思議な砂漠に向かい、ファンガイアを従えていた元凶を倒した。
 その時、見知らぬ戦士が二人いたのも覚えている。一人は赤で、もう一人は緑。
 あまり機械的な感のないキバとは違い、完全に鎧という印象を持たせる格好の戦士達。どことなくイクサに近い印象だったが、イクサよりもテクノロジー面は上だったように感じる。
 そんな風に思っていた時。
 良太郎は、さも当たり前のようにこう言った。
「だって、渡さんは、キバだから」
「……え?」
 瞬間、この場の空気が凍ったのは……言うまでもない……


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