クロスシリーズ

□生者の墓標、死者の街
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【その6:都市伝説 ―イツワ―】



 野上良太郎と名乗った青年が、渡の事を「キバだ」と言った瞬間。
 それを知っている面々は、綺麗にピタリと固まった。
「……あの、ひょっとして、これって言っちゃ不味かった……ですか?」
 恐る恐る聞いてくる良太郎に、いち早く立ち直った嶋が、つかつかと彼に歩み寄る。
「君は、キバを知っているのか?」
「ええ……前に、助けてもらいましたから」
 良太郎が、困ったように嶋に答える。だが、渡には彼を助けた記憶がない。
 「紅渡」として、捜査に協力した事はあっても、「キバ」として彼を助けた事はなかったはずだ。
「いつ?」
「えーっと……」
「ネガタロスと戦った日なら、西暦二〇〇八年四月十二日だ。確かにその日なら……そしてそいつがキバだって言うなら、俺達が会ってるのはその日しかない」
「……らしいです」
 侑斗と言う名の青年に助けられ、弱々しく笑いながら言う良太郎。
 その後ろでは、三人の男が不思議そうな表情を浮かべている。
 ……どうやら彼らはキバの事を知らないらしいな、とカウンター席に座ったままの太牙が冷静に判断する。
「……渡君、その日付に覚えは?」
 嶋の問いかけに、少しの間考え……やはり心当たりがないのか、渡は首を横に振る。
 その頃は確か、あの数多のファンガイアが、赤い戦士と緑の戦士の二人と戦っていた頃ではないだろうか。
 父の残したバイオリン、「ブラッディ・ローズ」の「声」に導かれ、向かった廃墟には明らかにファンガイアとは異なる、黒い異形と、無数のファンガイア。そしてあの戦士達。それくらいしかいなかったように思うのだが……
「……あ」
 何かを思い出したのか、良太郎はぽんと手を打ち……
「あの時、僕も侑斗も変身してたんだ」
「…………変身?」
 良太郎の一言に、更に不審気な表情を向けながら、今度は名護が問う。
「はい。えっと……」
 ごそごそと、ポケットの中から良太郎が取り出したのは、黒いパスケース。
 それを食い入るように、嶋達と……そして、良太郎の知り合いであろう三人の男が見つめている。
 侑斗だけは、どこか不機嫌そうに窓の外を見ている。
「僕、電王なんです」
「……俺はゼロノスだ」
 そっぽを向きながらも、侑斗は良太郎に続き、一枚の黒いチケットを見せながらそう言い放つ。
 しかし、電王だのゼロノスだの言われてもよく分からない。
 今、彼らが自分達に見せている物の意味もよく分からないのだが……
「野上はそのライダーパスを使って、俺はこのゼロノスのカードを使って変身する」
 言われ、渡はようやく納得した。彼らが、あの時いた、赤い戦士と緑の戦士なのだろうと。
 赤い戦士の前で変身したのだから、知っていて当然だ、とも。
 恐らく「電王」とか「ゼロノス」と言うのは、変身した時の呼び名……自分が「キバ」と呼ばれているようなものなのだろう。
 では、恐らくあの赤い戦士が電王で、彼……良太郎だったのか。
「そうだったんですか……」
「渡君、一人だけ納得していないで、俺達にもわかるように説明しなさい」
 ようやく硬直が解けたらしい名護が、一人理解してしまった渡に対して不満そうにそう言った。
 その思いは、健吾と嶋……そして太牙も同じだったらしい。
 テーブル席の周りには、半ば詰め寄るように、十人もの人間が集まっていた。
 ……マスターだけは、飼っている愛犬、ブルマンと戯れていたが。
「実は……」
 自分が思い当たった事を、渡は思い出しながら全員に向けて語る。
 「悪の組織」なる物を探していた良太郎と、偶然出逢った事。その翌日、数多のファンガイアが、廃墟で暴れていた事、それを見知らぬ戦士と共に倒した事。
 途中、良太郎や侑斗の視点による補足も加えられ、その出来事の全容を、全員が知った。
「未来からの侵略者、イマジン……そんな者がいたとは」
「そう言えば、ビショップから聞いた事があった。一部のファンガイアが、反旗を翻し、得体の知れない存在に付いたと」
 それぞれ溜息を吐きながら、嶋と太牙は真剣な表情で呟く。
 そして、向こうにいた男のうち、良太郎を連れてきた男……マスターから城戸ちゃんと呼ばれていた……と、黒いコートの男もまた、真剣な表情でその話を聞いていた。
「……俺達の戦ったネガ電王って奴が、イマジンって怪物だったとはな」
「でも、これで納得できた。良太郎の変身した姿と、ネガ電王が似てたのは、ネガ電王が使っていたのが、良太郎から盗んだパスだったからなんだな」
 あの時の敵を知っているのか、二人はどこか納得したように頷く。
「やっぱり、良太郎達は俺達とは違う仮面ライダーだって事も分かったし」
「剣崎も仮面ライダーだった事には驚いたが」
 ちらり、と黒いコートの男が青いジャケットの男の方を見ながら、皮肉気な笑みを浮かべてそう言った。
 言われた方……剣崎と呼ばれていた青年も、苦笑いを浮かべながらそちらを向いて……
「俺も、城戸さんと秋山さんがライダーだったなんて、驚きました」
 と、軽く返す。恐らく、黒いコートの男は秋山と言うのだろう。
 刹那。それまで黙っていた健吾が、おずおずと手を上げて……誰にと言う訳でもなく、問いかけた。
「その『仮面ライダー』って言うのは何や?」
 一瞬、沈黙が降りる。
 城戸、秋山、剣崎の三人は、不思議そうな顔をしたが、それ以外……渡や太牙はもちろんの事、良太郎や侑斗も、それに同調するような顔をしている。
「あれ? ひょっとして、自分達の事、仮面ライダーって言わないのか?」
 不思議そうな表情のまま、城戸が問いかけ、それに対して良太郎達は黙って首を縦に振った。
「じゃあ、『仮面ライダーの都市伝説』は、聞いた事ないか?」
 剣崎が、思いついたように言葉を放つ。
 ……しかし、「この世アレルギー」であった渡は勿論知らないし、太牙も聞いた覚えはない。仮にあったとしても、都市伝説などと言う、そんな不確定な情報に耳を貸すような事はなかった。
「仮面ライダーの都市伝説?」
「ああ。何でも、昔から仮面ライダーと呼ばれる不可思議な存在がいて、人々を脅威から守るって……そんな都市伝説があるんだ」
 良太郎の問いかけに、剣崎は深刻そうな表情で答える。
 聞いていた城戸、秋山、侑斗、そして渡と太牙も、固唾を呑んだ。
 名護と健吾に至っては、驚きの表情を隠そうともしない。
 だがその中で嶋だけは、何かを納得したような表情を浮かべた。その噂なら、彼も幼い頃に聞いた事がある。
 確かに「人々を脅威から守る」と言う意味では、ファンガイアと戦っていたキバやイクサ、イマジンと戦っていたと言う電王やゼロノスは「仮面ライダー」と呼べる。
 だが……こんな偶然は存在するのか?
 話しぶりからすると、城戸、秋山、剣崎の三人も「仮面ライダー」らしい。
 という事は、この場にいるほとんど全員が「仮面ライダー」だと言う事だ。いくら日本が狭いと言っても、異なるシステムを用いた戦士が、一箇所に集まる物だろうか。
 この不自然なまでの偶然に疑問を覚えながら、嶋は集いし戦士達を見つめていた……


「仮面ライダー、ね」
 良太郎を通じて聞いていたウラタロスが、どこか呆れたように呟く。
 その頬には、小さいがくっきりと赤い手形が残っている。
「……その顔でシリアスぶっても、説得力は皆無やでぇ、亀の字」
 痛そうやなあと呟きつつも、他人事なので遠巻きに見ているキンタロス。
 後ろの方では、モモタロスとリュウタロスが、やはり頬に手形をつけて正座させられている。
「ハナちゃんに殴られた……」
「あんた達が勝手に出るからでしょ。自業自得」
 赤くなった頬をさすりながら、半泣き状態で言ったリュウタロスに、ハナは腰に手を当て、そう言い放つ。どうやら、三人の頬の手形の主は彼女らしい。
「だぁってぇ、知らなかったんだもん。『仮面ライダー』とか、城戸って奴がネガタロスと戦った事があるとか」
「だからって襲いかかる理由にならないでしょ。って言うか、あんた達、少しは反省しなさい」
「襲い掛かろうとしたのは小僧だけで、俺は話を聞こうとしただけだっつーの」
 なおも言い募ろうとするモモタロスをギロリと睨みつけ、ハナはペシと彼の頭を叩く。
 もはやお約束と化したこの状況を、ハラハラしたようにデネブが見つめる。
「しかし、奇妙ですねぇ」
「オーナー」
「いつの間に来やがったんだ、おっさん……」
「たった今、です」
 唐突に、自分達の後ろの席から響いた声に、驚くハナ達。
 相も変わらず神出鬼没のデンライナーのオーナーの姿に驚きつつ、何気にツッコミを忘れないモモタロス。
 そんなツッコミもさらりと流し、オーナーはこつこつと足音を立てながら彼らの方へと歩み寄る。
「これ程沢山の『仮面ライダー』が集まるなど、滅多にない事です。一回の歴史で一度、あるかないか」
「……そうよね、同じ敵を追っていたのならともかく、全く違う敵と戦っていた人達が、こんな風に集まるなんて……」
「確かに、出来すぎとるな」
 出来すぎた偶然だ。
 何者かの意図すら、感じられる程に。
「……誰かが、俺達を……『仮面ライダー』を集めて、何かしようとしてる、とか?」
 不安そうな表情で、デネブはオーナーに尋ねる。
 もっとも、その問いは本来、黒幕とも呼べる存在にかけるべきものなのだが……何となく、オーナーなら答えてくれそうな気がしたのだ。
 ……少なくとも、ゼロライナーのオーナーよりは、分かりやすい答えをくれるだろう。
「その可能性は否定できませんねぇ」
「ふむ。しかし、そんな事ができるのは……」
「強力な力を持つ者……強いて言うなら『神』と呼ばれるような存在だけ、でしょうね」
 旗の立った杏仁豆腐を突きつつ、オーナーはジークの言葉を継ぐようにそう言った。
「しかし、いくら『神』とは言え人の『意志』までは操れません。出来るだけ、集まるように仕向けた、と考えるのが自然でしょうねぇ」
「……何のために、そんな事を?」
「…………恐らく、アレです」
 ハナの問いに、オーナーは持っていたスプーンで窓の外を指す。
 そこにあったのは……線路のつながっていないトンネルの一つ。
 それが、徐々にその入り口を広げつつある光景だった。
「あれは……!」
「またトンネルかよ!?」
「ええ。あれは二〇〇三年のトンネルです。同時にその隣……」
 こう言いながら、スプーンの先をすすっと左にずらし、その隣にある、やはり線路のつながっていないトンネルを指し示す。
 隣に比べれば、さして大きくもない。いや、普通よりも小さいくらいだ。だが……その場にいた全員が、そのトンネルの「異常」に気付いた。
 ……短いのだ。向こう側がはっきりと見える程に。しかも、向こう側の「世界」そのものすら見える。
 道を行き交う人の姿、それを襲う異形、そして、人々を守るようにして戦う、聖職者を髣髴とさせる、白い戦士……
「あれは、二〇〇八年のトンネル。恐らく、あのトンネルから、何者かがこちらに来ようとしているのでしょうねぇ」
「来ようとしてるって……何か方法があるんですか?」
「それは……」
 ハナの問いに答えようとして……杏仁豆腐に刺さっていた旗が、倒れた。
「……神のみぞ知る、と言った所でしょうねぇ……」
 がっかりしたようにそう言いながら、オーナーは紙エプロンを外すと、スタスタと食堂車を出て行ってしまった。
「トンネルと、仮面ライダー……」
 誰にでもなくハナは呟き……デンライナーは、トンネルの横を通り過ぎていった。


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