妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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「ちょっと、闇爾? 聞いてるの?」
「……んあ?」
「うわこいつ本格的にどっぷりと妄想だか回想だかの世界に浸かってやがったわね」
 呆れたようなミホの声で、俺はようやく現実に引き戻される。
 ああしまった、やっちまった。気を抜くとすぐこれだ。ふとした瞬間に、あの時のミホの表情が蘇える。そして改めて愛しさを感じてしまう。
 ただ、この「愛しさ」が恋愛感情から来るものなのかは、正直判断がつかない。
 それまでこいつの事は「妹みたいな物」だと思っていたし、あの時感じた「情」だって、本当は「守ってやらないといけない」という使命感から来るものだったかもしれない。庇護欲をかきたてられた事は事実だ。
 でもなぁ……今のこいつに庇護欲を感じるかと言ったら……
「……ないな。うん、ないない」
「何が。って言うか、アンタ今何か物凄く失礼な事考えたでしょ?」
「ああ……いやな、知り合いにお前の事を好ましく思っていると言う男がいてさ」
「成程。どうせ、『俺ならこいつと恋愛関係とかはないな』って思った挙句、口に出しちゃったんでしょ。ああ良い、分かってた。皆まで言うな」
 適当に吐いたでまかせを信じたのか、ミホは勝手に俺の心中を想像し、そして結論付けた。
 不貞腐れているように見えるのは、恐らく俺に侮られていると感じているからだろう。基本的に負けず嫌いな性格をしているミホの事だ。モテないと思われるのは心外なのだろう。
「……よく分かってじゃないか。そ、お前と俺で、恋愛関係は成り立たない」
 ……そう、成り立たないはずだ。それなのに……どうしてだろう。こいつが誰か、俺の知らない男と付き合っている様を想像すると、妙にムカつくのは。
 父親や兄の心境? いや、多分それよりもっと酷い。だって頭の片隅では、「ミホは俺のモノだから」と思っている自分を認識しているんだから。
 独占欲。
 少なくとも、ミホに対してそれを抱いている事は事実らしい。こいつが、俺と会話をするために時間を割いているのだと思うと、なんか気分が良い。
「でもまあ、私、今は裁判に専念したいから。恋愛沙汰なんて面倒は、パス。……と、『私を好ましく思ってくれている誰かさん』に伝えといてよ」
 苦笑気味に言いながら、ミホは紅茶の入ったカップを傾ける。
 そう言えば、こいつって妙に紅茶好きだよな。事あるごとに紅茶を飲んでる気がする。
「その内、血液の代わりに紅茶が流れるようになるんじゃないか……?」
「……何バカな事言ってんのよ。確かに紅茶は好きだけど、フリークって言うほど年がら年中飲んでる訳じゃないから。私レベルじゃ、本当の紅茶好きの足元にも及ばないっての」
「そうか? コーヒー派の俺に言わせれば、お前も十分紅茶好きだと思うぞ」
「失礼な。チャイもレモンティーも普通に飲む私を『紅茶好き』とか言ったら、本当に紅茶が好きな人に怒られるわよ。……今は味を感じないから、飲むのはストレートティーだけだけどね」
 最後の方だけ小さな声で言って、彼女はパンケーキの最後のひとかけを口に放り込み……そして軽く眉を顰めた。
 恐らく、生クリームの感触が気持ち悪かったのだろう。今口に頬張ったものは、他のよりも多く生クリームが乗っていた。
「……まだ、治ってないのか? お前の味覚消失」
「そう簡単に治るものじゃないわよ。一応、心療系も診てくれる医者にはかかってるし、それなりに薬も処方してもらってるけどね」
 無意識の内に眉根が寄るのを感じながらそう問えば、本人は気にしている様子もなく、ひょいと肩を竦めて答えを返す。
 ミキさんが亡くなった後、それなりに元の「可愛げのない妹分」に戻ったミホだったが、やはりショックは相当大きいのだろう。極度のストレスからくる「味覚消失」……何を食べても味を感じない症状が、こいつを襲った。
 口当たりなどの食感や匂いは感じるのに、味だけを感じない。どんな感覚なのかは俺には分からないが、こいつに言わせれば生クリームは食用油と工作用のでんぷん糊を二対三くらいで混ぜたような感じがするんだとか。
 ……いや、そんな組み合わせをやった事がないから、食感の想像はつかないし、したくもないんだが。
 まあ、その「想像もしたくない感触」を実際に味わってしまっているせいなのだろう。咀嚼回数もそこそこにパンケーキを飲み込むと、口の中の感触を洗い流すように紅茶を口に含んだ。
 パンケーキ自体も、こいつの中ではへたれたスポンジを噛んでいるような感覚だったらしい。全てを平らげておきながら、「やっぱダメだわ」と悲しそうに呟いた。
「ここのパンケーキセット、好きだったんだけどね。今の私じゃ、楽しめないわ」
「無理して食べる事もないだろうが」
「残すなんて勿体ないでしょ」
「俺が食べてやったのに」
「巨大なお世話。大体、アンタって甘い物苦手でしょ」
「そんな事は…………ない、とは言わんが」
「あはははっ! 闇爾さんとミホさんって、本当に仲が良いですよね」
 ミホの言葉に返した瞬間、すぐ隣から、堪えきれないと言った風な笑い声と共に、そんな言葉が聞こえた。
 誰かと思ってそちらを見れば、そこには赤と青のオッドアイの男が、楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。
「あ、金色(かなしき)刑事」
「こんにちは。お久し振りです。お二人はデートの最中ですか? だとしたら、僕はお邪魔してしまいましたか?」
「どこをどう見たらデートに見えるんですか、もう……」
 オッドアイの男は金色 シロウ。兄貴に手錠をかけた、事件の担当刑事だ。それだけの理由で嫌うのもどうかと思うが、やっぱりどうも、俺はこの人を好きになれそうにない。
 それは、時折垣間見える監視するような視線のせいか。あるいは……ミホがこの男に懐いているせいか。
 とにかく、この男は苦手だ。
 飄々としていて、本心が読めない。人当たりがよさそうな顔をしているくせに、稀に胸中をざわつかせる雰囲気を放つのも気に入らない。
「聞いていますよ。裁判のこと。……あと五人だそうですね」
「はい」
 金色の言葉に、ミホが神妙な表情で頷く。
 奴の言う通り、残っている裁判員は五人。俺が変身する「ナイト」、ミホの「ファム」、共に無罪を掲げる仲間、城戸(きど) 紅騎(こうき)が変身する「龍騎」、黒川の「リュウガ」、そして正体不明の「オーディン」。
 ミホを含め、どいつもこいつも一筋縄ではいかない相手だ。特にオーディンに関して言えば、全てが未知。偶に現れては気まぐれに裁判員を攻撃し、一瞬で勝負をつける実力者だという以外は、何もかもが不明。誰が変身しているのか、どういった意味での「関係者」なのか、無罪や有罪と言った基本的な主張すらも分からない。
 ただ、実際に脱落した裁判員のほとんどがオーディンの手によってトドメをさされたとは聞いている。
 トドメと言っても、実際は相手の持つデッキを破壊し、「脱落」させる事を指すんだが。
 そもそもこの危険この上ないとしか思えない「仮面ライダー裁判」において、裁判員が裁判員を「殺害」する事は認められていない。
 そりゃあモンスターは行き交い、炎は吐くわ、毒液は吐くわ、爆発はするわ、ミサイルは飛んでくるわ、剣で斬られるわ、「ヤベエこれ死ぬ」と思う攻撃がバンバン飛び交うわと言うのは普通に起こりうるが、そこは運営側も考えているらしく、余程の事でない限りは死なないように設定はされているらしい。
 それでも裁判員が裁判員を「殺害」してしまった場合……例えば、変身前の裁判員を何らかの方法で殺害したり、デッキを破壊するつもりが勢い余って斬り殺してしまったりと言った場合、その裁判は最初からやり直しになるそうだ。
 ただ、今までの仮面ライダー裁判において、そう言った前例がない。だから、どういう風にやり直すのかは分からない。オーソドックスに考えれば、脱落した裁判員にはもう一度デッキを与え、死んだ裁判員に関しては誰か代理を立てると言ったところだろう。
「ここまで来ると、なかなか勝負がつかないんです。相手の手の内も、それなりに分かってきますし。特に闇爾の手の内は、他の裁判員より付き合いが長い分、余計に見え見えなんです」
 金色に返すミホのふざけ混じりの声で、俺ははっと我に返る。
 今更裁判の規定を振り返ったところでどうと言う事もないのに、何を考えているんだ、俺は。
 気付かれない程度に小さく頭を振って思考を切り替えると、俺は極力苦手意識を表面に出さないようにしながら金色の表情を見やる。
 笑っている。だが、時折観察するような視線をミホに向ける。いやらしい意味での観察ではなく、イメージの中にある刑事らしい、少しの変化も見逃すまいとした疑い混じりの視線。
 ミホはそれに気付いていないのか、笑顔を浮かべて金色との会話を続け……だが、次の瞬間。
 彼女の顔から笑みが消え、代わりに思い切り嫌そうなものに変わった。こいつがそんな表情を浮かべる相手と言えば恐らくこの世でたった一人。
「……ごめん闇爾。私、席外すわ」
「一人で平気か?」
「ダメなら逃げるわよ。……普段ならともかく、裁判中にあんたと共闘するなんてゴメンだわ」
 に、と口の端を歪めてそう言うと、ミホはそばに立つ金色に軽く頭を下げ……
「ごめんなさい、金色刑事。ちょっと中座しますね」
「……お気をつけて」
 どこに行くつもりなのか、金色にも分かったらしい。一瞬だけ困惑したような表情を見せたが、すぐにそう言葉を返した。
 ミホの行先は、十中八九ミラーワールドだろう。そこに行くと言う事は、つまり裁判と言う名の真剣勝負に向かったと言う事。さっきの表情から察するに、相手はリュウガ……黒川シンか。
 ミホと同じように兄貴への「有罪」を掲げている男だが、ミホとは決定的にそりが合わない。元々がミキさんのストーカーだった訳だし、合わないのは当然だろう。
 最初の頃こそミホに対して共闘を持ちかけたり、あるいは裁判から降りるように説得していたりしたようだが、ここ最近は真っ先にミホを襲うようになった。
 心変わりの原因がなんなのかは分からないが、黒川の持つデッキは多種多様。カードの種類に乏しいミホが対処するには、少々やり辛い相手だ。
 ……いや、ミホの場合は、今残っているどの裁判員よりもデッキの基本能力に劣る。それでも、ここまで残ったのは、あいつの基本的な身体能力と状況判断力の高さ、それからちょっとした運の良さがあるからだ。それだっていつまで続くか分からない。
「心配ですか? ミホさんの事が」
「……心配していないと思うんですか?」
「いえいえ、まさか。闇爾さんがミホさんを心配している事は、よく知ってますよ」
 軽く(かぶり)を振りながら、金色は苦笑気味に言う。
 知っているなら聞くな。
 そう言ってやりたくなったが、別段この男に喧嘩を売りたい訳でもない。俺が、個人的に、こいつを苦手に思っているだけだ。余計な諍いを招くつもりはない。
「知っているからこそ……なんですけどね」
「は?」
「ああ、なんでもありません。お気になさらず」
 ぼそりと呟かれた言葉の途中は聞き取れず、思わず問い返す。だが、金色は曖昧に笑いながらそう返すと、軽く頭を下げて、言った。
「仕事中なんで、僕はこれで失礼します。ミホさんが戻ってきたら、またお会いしましょうとお伝え下さい」
 それだけを言い残すと、金色はさっさとこのカフェテリアを後にする。
 ……何がしたかったんだ、あいつ?
 不思議に思う物の、奴の考えなんて分かる訳がない。ミホと話をしたかったのか、あるいは本当に仕事中、偶々俺達と鉢合わせしただけなのかは分からない。
 ただ、やっぱり……俺は、金色シロウと言う男が苦手だと言う事は、再認識した。理屈じゃない。本能的な部分で苦手らしい。
 とはいえ、いつまでもあんな奴の事を考えているのも気分が悪い。
「……そう言えばミホの奴、大丈夫かな?」
 ダメなら逃げると言っていたが……正直な話、黒川と言う男が、そう簡単に逃がしてくれるような奴とは思えない。
「少し、様子を見に行ってみるか」
 そう言って、俺もまたカフェテリアから出て行った。
 ああ、勿論、ここの代金を支払った上で。
 ……ミホの分は、後で三割増しにして請求してやる。


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