妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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 ミラーワールド。数年前に政府が完全制御下に置き、そして仮面ライダー裁判の戦場としてセッティングされた、「鏡の中の世界」。
 容易に入る事の出来ない世界だが、裁判員が持つデッキの力があれば、反射物を通って行き来が可能。
 逆に言えば、デッキがなければミラーワールドへは行けず、裁判に参加する事は出来ない。デッキの破壊が脱落条件とされているのは、その為だ。
 更に、ただデッキを持っているだけではミラーワールドへは入れない。入る為の手続きとして、反射物に身を写し、「変身」する必要がある。
 生身の場合は、仮にデッキを持っていても、ミラーワールドから強制的に排除される仕組みになっているらしい。
 まあ、それもそうか。そうでなければ、ミラーワールドでデッキを破壊された裁判員は、永遠にミラーワールドに取り残される事になる。
 もう一つ、ミラーワールドでは、九分五十五秒の制限時間が存在する。
 これは、鎧の連続装着可能時間がその程度って事もあるのだろうが、それだけでなく、「ずっとミラーワールドで待ち伏せる事」が出来ないようにと言う措置でもあるのだろう。と、勝手に解釈している。
 そんな事を思いつつ、俺は近くの大型エレベーターの鏡に自分の姿を映す。
 自分以外に乗客がいないのは好都合だ。仮面ライダー裁判が認知されているとはいえ、やはり変身するところを目撃されると、好奇の目で見られ、挙句俺の事を調べられてしまう。
 まして、今の俺の立場は「加害者の親族」だ。知られれば謂れのない誹謗中傷が襲ってくるだろう。それは、出来れば避けたい。
「変身!」
 デッキと共に鏡に映った事で、変身する為のベルトが転送される。そのベルトに、「変身」と言う掛け声と共にデッキを差し込めば、仮面を纏った戦士……「仮面ライダー」に変わる。
 俺が変身するナイトと言う鎧は、蝙蝠をモチーフにしたデザインらしい。それは相棒のモンスターが蝙蝠である事も影響しているのかもしれない。
 限りなく黒に近い紫紺のスーツに、白銀色の胸部装甲と面。腰の細剣はカードを読み込ませる為の機械、「バイザー」でもある。他のライダーとは異なり、俺の鎧にはマントがついている。十四人いた裁判員の鎧の中で、マントがついているのはナイトの鎧とミホの纏うファムの鎧だけだ。
 初めて見た時、お揃いのようで嬉しかったのを覚えている。
 ……もっとも、それを言ったらミホの方は心底嫌そうに顔を顰めたが。
「さてと、あいつはどの辺りで戦っているのかな」
 軽く持ち上げるようにしてバイザーを構えて呟き、周囲を見渡す。
 多少のタイムラグがあったとは言え、ミホがあの店で盛大に顔をしかめたと言う事は、黒川があの場にいたと言う事だ。となれば、戦闘はその近辺で始めたはずだし、ミラーワールドの中を戦いながら移動したとしても、そう遠くには行っていないはず。
 足を止め、じっと耳を澄ませば、少し離れたところから剣戟の音が聞こえる。
 ……ああ、やっぱ近くにいるな。
 認識し、音がする方へと足を進める。勿論、気配を殺しながら。
 そして……二人を見つけたのは、割とすぐだった。
 白鳥を連想させる容姿を持つファムと、黒龍を連想させる容姿を持つリュウガ。彼らが剣をぶつけ合い、引き、そしてまたぶつけ合うを繰り返している。
 ミホが持っているのはフェンシングに使う剣のような形をしたバイザー。一方で黒川が持っているのは、青竜刀のような形状の剣。恐らく黒川の方は、カードの一つである「ソードベント」で剣を召喚したのだろう。
 それぞれの後ろには、契約モンスターが互いに威嚇するような鳴き声を上げながら控えている。
 ミホの契約モンスターは白鳥。「閃光の翼」という二つ名を持つブランウィング。
 一方、黒川のモンスターは漆黒のドラゴン。「暗黒龍」と言う二つ名を持つ、ドラグブラッカー。
 大きさで言えば、明らかにドラグブラッカーの方がデカい。同じ型のドラゴンと契約している紅騎の場合、あいつの契約モンスターは六メートル強だと言っていたので、黒川のモンスターも同じくらいだろう。
 対してブランウィングはと言えば、翼を広げたところで人間の大人と同じ程度の大きさしかない。単純にモンスター同士がぶつかれば、ミホの方は圧倒的に分が悪かろう。ぶつかり合いになっていないのは黒川のなけなしの優しさか、あるいは攻めあぐねる要因でもあったのか。
 いずれにせよ、今はモンスター同士ではなく、その契約者同士が剣をぶつけ合っている状況のようだ。
「何故? 何故? 何故何故何故なぜなぜなぜナゼナゼ!?」
「ああもうっ! 本気で鬱陶しい!」
 打ち合いながら、黒川の方は「何故」を連呼している。それに苛立っているのか、ミホは大きく腕を振って相手の剣を払い、怒鳴りつけた。
 傍目から見ても黒川の様子はおかしい。いや、いつもおかしかったが、今の彼はこれまでの数倍はおかしいと言っていい。
「何故なんだ、ミホ! 君は何故、あんな男と仲良く食事なんかしているんだ! アレは敵だぞ!」
「あんな男? ……ああ、闇爾?」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ! 聞きたくない聞きたくない聞きたくないっ! あんな男の名前なんて聞きたくない! ましてミキの妹である君の口からなんて絶対に嫌だ!」
 ヒステリックな叫び声に、ミホがげんなりとしたように肩を落とす。
 ……どうやらあいつがミホを狙うようになったのは、俺と言う存在が原因らしい。
 確かに俺は「加害者親族」ではあるが、相手を履き違える程に敵視される覚えはない。それに、ミホとの関わりは裁判が始まる前からあるし、始まった直後も同じような関係を継続していた。何故、今頃になって、奴が俺とミホの関わりに突っかかるのかが理解できない。
「アレはっ! ミキを殺した男の弟だぞ! 敵なのに敵なのに敵なのにぃぃぃぃぃっ!」
 叫びながら、黒川は叩きつけるようにミホへ向かって剣を振り下ろす。動きは単調だが、元々の腕力に差があるせいか、その剣を受け流す度にミホの動きが鈍っていくのが見て取れた。
 それは戦っている黒川にも分かっているのだろう。何事かを喚きながら、剣を力任せに振り下ろしていく。
「アレは危険な男なのに! どうしてそれが分からない!? 君は近付いたらダメなのに! 何故何故何故何故!」
「いや、今のところ、あんたが一番の危険人物だと認識してるから」
 ああ、それは同感。俺なんかより余程危険な奴が何を言う。
 と、ミホのツッコミに心の中で同意する。
 ツッコミを入れる余裕があると言う事は、見た目よりは追いつめられていないと考えていいだろう。虚勢を張っている可能性も考えられなくはないんだが、何と言うか、今の声は虚勢を張っている時の物ではなく、本当に余裕がある声だった。
 それに……何と言えばいいのか。もしもここで、黒川に倒されるようなら、ミホはその程度だったって事だ。
 兄貴に「有罪」を言い渡す事も出来ず、それどころか俺とも戦えない。
 そうなったら、ミホはきっと……あの日と同じように絶望する。せっかく元気になってきたのに、今度こそ立ち直れない。
 あの日のミホは、圧倒的な絶望に負け、周囲も見えていない、ただの人形だった。
 そうなったミホを、俺は…………
「あのね、黒川。あんたは色々と勘違いしてる」
 俺の思考を中断させるように、ミホの朗々たる声が響いた。
 それを受けて様子を見れば、いつの間にか攻守逆転していたらしい。ボロボロなのは黒川の方だった。
 ミホの手に、バイザーの他に薙刀状の武器が握られている事から、「ソードベント」を使ってあの武器を召喚、反撃に転じた……と言ったところか。
 って事は、先程までのピンチっぷりは「ピンチに陥ったふり」だったと言う事だろうか。
 …………卑怯だなんていう気はないが、だがしかし、あざとい。その強かさに、何故か妙な苛立ちを感じてしまう程に。
「一つめ。あんたと私の考えは一致しない。確かに私は緋堂暁に対し、『有罪』を突き付けてやりたいと思ってる。でも、私の言う『有罪』と、あんたの言う『有罪』は、根本的な部分で違う」
 言って、薙刀を一振り。すると黒川の背後に控えていたドラグブラッカーの腹が薙がれ、悲鳴を上げる。直後、ミホの後ろに控えていたブランウィングが大きく翼を羽ばたかせた。
 優雅にも思える外観とは裏腹に、その羽根は強烈な突風を生み出し、体勢を崩した黒川とドラグブラッカーを吹き飛ばす。
「二つめ。別に、闇爾と仲良くしているつもりはないわ。あいつはただの財布係。もしくは給仕、ウェイター、コックなどなど。一昔前の表現で言うと、メッシー君って奴?」
 おい。
 道理で毎度毎度、食事を奢っている状態になっていると思ったんだ。少しは遠慮しろ、あのバカ。あとで戻ったら今までの分に多少の色を付けた状態で請求してやる。
「三つめ。これは前から言ってる事だけど、姉さんはあんたの恋人じゃないの。したがって、私もあんたとは無関係の赤の他人。私の交友関係に口を出す権利なんて、あんたにはないの」
 言いながら、ミホは何かのカードをデッキから取り出すと、それを見せる事なくバイザーに嵌める。
 だが、嵌めただけだ。効果を発動させるには、先程カードを嵌める為に展開した翼を、もう一度閉じなければならないのに、閉じようとしない。
 それどころか、そのままの状態で一気に黒川との距離を詰め……
「最後、四つめ」
 楽しげな声で言った直後、ミホは黒川の耳元に口を寄せた。
 多分、囁いているんだろうと思う。あいつの言う、「黒川の勘違い」の最後の点を。だが、それが何なのか、俺の耳には届かない。
 変身しているせいで口元が見えないので、唇の動きを読む事も出来ない。
 ただ……どうやら、黒川にとってはあまりにも驚くべき事だったらしい。大袈裟すぎる動きでミホから飛び退ると、体をぶるぶると戦慄かせながら頭を抱えた。
 仮面で表情は見えないが、それでも黒川が浮かべているであろうそれは容易に想像できる。
 圧倒的な驚愕と、困惑。多分、目を見開いて、口をパクパクと開けたり閉じたりしながら、じぃっとミホの方を見ているに違いない。
 対するミホは……どんな顔をしているのだろう。そちらに関しては全くと言って良い程予想できない自分がいた。
「……な……っ! ななななななな!?」
「と、言う訳だから、心配ご無用。あんたに心配される程、見る目はなくしちゃいないのよ。それじゃ、ばいば〜い」
 いっそ朗らかにさえ思えるほどの声で言いながら、ミホはようやくバイザーについていた「飾りの翼」を閉じる。
 直後に聞こえてきたのは、仮面ライダーとしての「必殺技」の宣言。
『FINAL VENT』
 音声と同時に、ブランウィングの体が一回り大きくなり、黒川とドラグブラッカーを挟むような位置に降り立つ。
 いつもの大きさしかなくても、黒川とドラグブラッカーを吹き飛ばすほどの突風を生んだ翼だ。それが一回り大きくなれば、威力は当然増す。
 ゴウ、と大きな風切音が響いたと同時に、強烈……と言う言葉では生温い程の風が生まれ、黒川達は為す術なくミホの方へと飛ばされていく。
 離れた位置にいる俺ですら、突風の余波で立っているのがやっとなくらいの風だ。巻き込まれたあいつらは、動くことはおろか声を出す事も難しいだろう。
 そうしてやってきた黒川達を、ミホは持っていた薙刀を振り下ろして両断。その瞬間、黒川の腰にはまっていたデッキケースが割れた。
 デッキケースが壊れたと言う事は、即ち黒川の「脱落」を意味する。
 変身が解け、呆然と自分の体を見下ろす黒川だが、生身ではミラーワールドには留まれない。一瞬だけその体から細かい粒子が舞い上がったかと思うと、それは黒川の全身に伝播し、空気に溶けるようにその姿を消した。
 初めて見た時は消滅してしまったのではないかと不安になった物だが、今のが「ミラーワールドからの強制排除」なのだそうだ。今頃黒川はミラーワールドの外で、項垂れてるか罵詈雑言吐いてるかしている事だろう。
 ドラグブラッカーはと言えば、契約者を失った事でミホへの興味を失したらしい。ちらりと一瞬だけブランウィングを睨み付けた後、傷ついた体をくねらせながらどこかへ向かって飛び去ってしまった。
「ふう。……これで、残りは四人ね、闇爾」
「ああ、そうだな……ってうわぁっ! お、お前いつの間に目の前に!? そそそ、そもそもお、おま、おまお前、俺に気付いてたのか!?」
 さも当然のように声をかけてきたミホに、思わず驚き慄き飛び退りながら、俺は盛大にどもりながら問いを投げる。
 するとミホは呆れたように軽く首を横に振ると、深い溜息を一つ吐き出し……
「あのねぇ。あんたは隠れてるつもりだったんでしょうけど、マントが風になびいで丸見えだったわよ?」
「……をう」
「自分の装備くらい考えて隠れなさいよね。ま、あんたは基本、隠れる必要ないんでしょうけど」
「隠れる必要がないって……何でだよ?」
「あんた、強いから。あと、カードの種類が豊富よね。羨ましい。二、三枚よこしなさいよ。今ならファイナルベントとアドベントで許してあげる」
「それ取られたら俺の勝ち目ないからな!? って言うか何だその上から目線!」
「何よ、ケチ」
「ケチじゃない。断じてケチじゃない。多分ほとんどの奴が俺に同意してくれると思うぞ」
「紳士は淑女に対して、優しくあるべきなのよ?」
「……なら問題ないな。俺は紳士じゃないし、淑女なんてどこにも見当たらないし?」
「ヤだもう闇爾ってば、冗談が好きなんだからー、をほほほほほほほ」
「お前ほどじゃぁない。あっはっはっはっはっは」
 ポンポンと軽口の応酬を繰り返しながら、結局俺達は二人仲良く……と言うとかなりの語弊がありそうだが……俺基準では、それなりに仲良くミラーワールドから抜け出す事になった。
 敵同士だと分かっているのに、何と言うか、今の会話はミキさんが亡くなる前の……俺がまだ、ミホを「生意気な妹分」だと思っていた時の会話に近い。
 それだけ気を許しているって事だし、逆に気を許されてもいるって事だ。警戒されていない。
 元気になったんだと分かるし、例えこの裁判がどんな結果で終わっても、今の関係性は保たれるんじゃないかと安心もする。
 それなのに……心のどこかで、俺は今の状況に対して不満を抱いている事に気付いた。
 ……おかしい。ミホが元気になるのは良い事じゃないか。
 元気になってくれて嬉しいはずなのに、どうして今、あの時の……人形のようなミホの表情が浮かぶんだ?
「ミホ」
「何よ? 今までの食事代なら払わないからね」
「そこは払え。いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、何?」
「…………黙ってりゃ、可愛いのにな」
「溜めるだけ溜めて言う言葉がそれ!?」
 本当は何が言いたかったのか、俺自身にも分からないまま。
 妙な苛立ちを胸の奥に感じながら、俺はミホと共にその場を後にした。



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