妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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 黒川がミホの手によって脱落した翌日。俺は友人であり、兄貴の無罪を掲げる「仲間」でもある城戸紅騎に呼び出され、人気のない商業ビルに来ていた。
 不景気のせいか空き室が多く、俺がいる場所もテナントの入っていない空室。
 むき出しのコンクリートの壁と、ナイロン系のタイルカーペットが妙に寒々しい。
 まだ紅騎は来ていないらしく、この場にいるのは俺一人。商業用に作られた部屋なのか、外界との境は天井から床まで継ぎ目なしの強化ガラスで区切られている。
 高層階と呼べるほど高くはないが、低層階とも決して呼べない微妙な高さ。室内が暗いせいか、反射した室内と外の景色が同時に見える曖昧さ。外の気温と室内の気温が混ざり合い、暖かいとも冷たいとも言えない生温さ。
 何もかもが中途半端。何と言うか、その場にいるだけでもやもやとした気分になって、気持ち悪い。
 そんな風に思ったのとほぼ同時に、キィと扉が軋んだ音を上げながら開く。反射するガラス越しに眺めれば、そこからは明るい茶髪に一筋だけ赤の入った髪色の男……紅騎が笑みを浮かべながら室内へ入る。
「すみません、闇爾さん。ちょっと遅れましたね」
「いや、そうでもないだろ。俺が早く来すぎただけだ」
 振り返り、紅騎の顔を見ながら言葉を返す。口ではそう言った物の、普段は約束の五分前には到着する紅騎が、数分とは言え遅れてくると言うのは珍しい。
 別に怒っている訳ではないが、心配だったことは確かだ。
 すると紅騎は、苦笑いと照れ笑いの中間のような笑みを浮かべ、軽く自身の頬を掻いて、言った。
「調べものをしていたら、つい夢中になっちゃって」
「珍しいな。お前が時間を忘れるほど何かに没頭するなんて」
「ええ、まあ。……今回の裁判に関係する事なので、余計に」
「……調べてたって、何を?」
「オーディンに関して。何しろ、ここまで来てもまだ情報が少なすぎますから」
 紅騎の言葉に、俺は無意識の内に空気を飲み込んだ。
 確かに、オーディンに関しては情報が少なすぎる。
 少なくとも今回の裁判において、「正体不明」なのはあいつだけだ。
 だが、仮面ライダー裁判は過去に何度か行われている。そしてその都度、十四人の裁判員が選出されているはずだ。
 ……事件によっては関係者の数が少ない為、もっと少ない人数から始まる事もあるらしいが、それは滅多にない例外とみて良い。
 「今回のオーディン」に関しては確かに情報が少ないが、「以前のオーディン達」に関しての情報なら、何かしら残っているかもしれない。
 残る裁判員が俺と紅騎、ミホ、そしてオーディンだけである以上、オーディンの情報を集めて対策を練るのは至極当然の事だ。
「成程な。……それで、何か分かったか?」
「そうですね……『分からないと言う事が分かった』と表現するのが一番しっくり来ます」
 やや速足で紅騎に近寄りながら問うと、彼は残念そうに顔を顰め、懐からモバイル端末を取り出して俺に見せた。
 画面に映っているのは、全てオーディンに関する情報。しかし、過去に三十回以上も仮面ライダー裁判を行っているにもかかわらず、その情報は圧倒的に少ない。
「どうやらオーディンは、毎回情報が少ない裁判員のようです。他の裁判員のデータに比較して、圧倒的にソースが足りない。例えば、これです」
 すっと指をスライドさせると、画面は十四人のライダーの写真と、その基本的な情報が記されたページが並ぶ。だが、同じ書式で統一されている裁判員の情報の中で、オーディンだけは奇妙なまでに空欄が多かった。
 中でも紅騎が見せたのは、「立場」と書かれた項目。
 仮面ライダーの写真の下に、「1」から「32」までの数字が書かれており、その下には「弁護人」、「検事」、「目撃者」、「遺族」、「被告人親族」などの文字がばらばらに書かれている。
 事件が変われば、鎧を纏う人間の立場が変わるって事らしい。
 そんな中、オーディンの欄だけは空白か斜線のみ。どういった立場での参加者だったのか、この資料には全く書かれていない。
「……どういう事だ?」
「分かりません。過去の案件に関する情報をとにかく集めに集めたんですけど、オーディンの立場は毎回分からないまま終わるみたいなんです」
「何?」
「それに、人数が少ない状態で開始する裁判の場合……真っ先に除外されるのがオーディンなんです。ほら、この斜線が『不参加』の時なんですけど……」
 確かに、他のライダーに比べてオーディンの参加回数は少ない。他のライダーは参加回数が二十五回前後であるのに対して、オーディンは二十回前後と、他に比べたら明らかに少ない。
 これは、オーディンのスペック上の問題なのか?
 それとも何か、もっと別の……何者かの思惑があっての事なのか?
「他にも、これも毎回の事みたいなんですけど、オーディンが脱落させた仮面ライダーの数はトップクラスであるにもかかわらず、勝ち残った事は……判決を下した事は、一度もないんです」
 再び指をスライドさせ、端末の表示を変える。すると今度はそれぞれの案件の判決と、それを下した仮面ライダーの名が現れた。
 有罪と無罪はほぼ半々。少しだけ有罪判決が多いくらいか。多少の偏りはあるが、確かにオーディン以外、皆一度は判決を下している。
 ただ、仮面ライダー裁判自体、今回を入れても三十二回。おまけに参加人数は十四人、単純計算で一人につき二回から三回。その程度の回数なら、偶々オーディンが勝ち残れなかったと言う可能性もある。オーディンの参加回数の少なさを考えればなおの事。
「勿論、偶然という可能性はあります。でも……毎回最後の数人のところまで残っているのに、結局勝利せずに終わる。それに、他の参加者が気付かない間に脱落しているのは、おかしいですよ」
「他の参加者が脱落に気付かないって……ありえるのか? そんな事?」
「……自分で自分のデッキを破壊すれば」
「何の為に? 脱落させたのは、自分が判決を言い渡すためじゃなかったのか?」
「それも、分かりません。過去三十一回の裁判において、最初から参加していない場合を除き、ほぼ全てのオーディンがその方法で脱落しているみたいです」
 今度はどこかのアングラサイトからまとめたのだろう。今まで仮面ライダー裁判に参加した者達の、オーディンに関する証言のような物が次々と表示された。
 そのほとんどが、「不気味な存在だった」、「いつの間にかいなくなっていた」、「何が起こったか分からなかった」などの、相手の神出鬼没さを語る言葉だった。
 ただ、「強かった」、「破格だった」、「奴の存在はマジでチート」と言った、力量に関する言葉も多く見受けられたが。
「一部の噂では、オーディンだけは毎回同じ人物なんじゃないか、とか言われています。あるいは、運営が裁判の円滑化の為に送り込んだ、コンピューター制御のロボットじゃないか、とか」
 流石にロボットと言う事はないだろうが、同一人物説はあり得そうだ。そうでなきゃ、毎回こんな不可解な行動を取るとは思えない。
 成程、確かに「分からないと言う事が分かった」としか言いようがない。つまるところ、オーディンは常に「何者か分からない不気味な存在」であると言う事だ。
「…………ま、どこにいるかも分からないオーディンの事は、放っておきましょう。今日は俺、別にオーディンの事を伝えに来た訳じゃありませんし」
 唐突に、紅騎はそう言ったかと思うと、持っていたタブレット端末を懐にしまう。
 正直、オーディンの事は気になるが……これ以上はどこを突いても情報が出そうにないし、そもそもたいていの場合自分から脱落するような奴だ。不気味だが、今回も放っておけば勝手に自分で脱落するかもしれない。
 そんな淡い期待を抱き、俺もオーディンの事は頭の隅に追いやった。
 それにしても……オーディンの事が本題じゃなかったのか? 「大事な話がある」って電話だったから、てっきり今のがその「大事な話」だと思っていたんだが。
「今日闇爾さんを呼び出したのは……闇爾さんに、脱落してもらおうと思って」
 ニコリと笑って紅騎が言う。同時に奴はポケットから自分のデッキを取り出すと、俺に見せつけるような恰好でそれを突き出した。
 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
 紅騎は共に無罪を主張する仲間。そう思っているのに、突然その紅騎から、「脱落してもらう」と言われれば、思考停止するのも当然だろう。
「紅騎?」
「俺と戦いましょう。……戦って、くれますよね?」
 いつもなら、この言葉も「俺と一緒に戦いましょう」と言う意味で受け取る。
 だが、今回に関しては違う。言葉通り「紅騎と戦う」、つまり紅騎自身と剣を交えてくれと言う意味にしか受け取れない。
 浮かんでいる笑顔が怖い。何を考えているのかが読めない。
 反射的に俺もデッキを構え、後ろのガラスに体を映す。
 ガラス越しに見えた紅騎の笑みが深くなると同時に、奴は右手を左斜め上に伸ばし、口を開いた。
「変身!」
 デッキが腰のベルトに装着され、紅騎の体は龍騎と呼ばれる赤を基調とした鎧で覆われる。
 デザインは、黒川のリュウガとほぼ同じ。黒川が「黒龍」なら、紅騎は「赤龍」。うっすらと見えるミラーワールドでは、奴の契約モンスターである赤いドラゴン、ドラグレッダーが吠える様に大きく口を開けてこちらを威嚇しているのが見えた。
 一方で俺もまた、右手で拳を握り、肘を曲げて内側に向かって振りかぶり……
「変身」
 言葉と同時に、デッキをベルトに差し込む。
 どういう機構になっているのかは知らないが、その瞬間にミラーワールドからナイトの鎧が転送され、俺の体を覆った。
 軽くバイザーを持ち上げ、そのまま切っ先を紅騎へ向ける。
 どういうつもりか分からないが、少なくとも、今の紅騎は俺を「敵」と見ている。それなら、こちらも紅騎を「敵」だと思う事にする。
 ……まだ少し、混乱してはいるが。
「それじゃあ……行きますよ!」
 言うと同時に、俺と紅騎はガラスを通ってミラーワールドへと突入する。
 一瞬の暗転後、視界には先程の部屋……いや、左右が反転し、他人の気配が完全に途絶えた「似て非なる場所」が映り……直後一面の赤が視界を埋めた。
 反射的に体を左に捻ってその「赤」を回避すると、今まで俺がいた場所をちょうどドラグレッダーが通過するところだった。
 ドラグレッダーの体当たりか。死にはしないかもしれないが、到着早々の攻撃としては危険すぎるだろう。
「はは。流石ですね闇爾さん。今のを回避した人は、闇爾さんが初めてです。大抵はかわしきれなくて、脱落するんですけどね」
 パチパチと拍手しながら言う紅騎に視線を向け、俺は無言で体勢を立て直す。
 紅騎の後ろには狭そうに体を折り畳むドラグレッダーが控え、虎視眈々とこちらを狙っているのが見て取れた。
 それにしても、だ。今の紅騎の言い方からすると……他にも同じ手口で攻撃された奴がいたって事か。だとすると、誰を?
「実はですね、闇爾さん。白銀(しろがね)さんと紫檀さん、そして浅倉(あさくら)さんは、俺がこいつに襲わせたんです。本当は赤紫(あかし)さんと緑射(みどりい)さんも俺が潰したかったんですけど……やる前に、あの二人はオーディンに倒されちゃいました」
 悪びれた様子もなく、紅騎はさらりとそんな事を口にした。
 だが、俺は奴の言葉の意味が理解できない。
 上司である紫檀さんと、第一発見者である浅倉 譲治(じょうじ)と言う男、そして事件の担当検事である緑射 シュウイチさんは「有罪」を掲げる側だから、攻撃したと言うのも分かる。しかし、兄貴の後輩である白銀 サトルさんと、弁護士である赤紫 ミユキさんを攻撃する理由はないはずだ。二人とも「無罪」を掲げる仲間だったのだから。
「何故そんな事をした?」
「だって……あいつら、ミホさんが願いを叶えるのに邪魔だったので」
 さも当然の様に吐き出された言葉に、改めて俺は絶句する。
 紅騎は、「ミホの為」に、白銀さん達を襲った……?
「……それじゃあお前は、最初から俺達を騙してたって言うのか?」
「違います。最初は暁さんの無実の為に戦ってました。でも……どうでも良くなっちゃったんですよ」
『STRIKE VENT』
 乾いた声で問う俺とは対照的に、紅騎の声はどこか楽しげだ。
 そして楽しげな様子のまま、奴はカードを自身の左腕についているガントレット型のバイザーに読み込ませた。
 瞬間、どこからかドラグレッダーの頭に似た手甲が、紅騎の右腕に装着される。
 剣が主体の戦い方を要求されるナイトとは異なり、龍騎、そして同型のリュウガはオールマイティなデッキ構成になっている。
 銃、剣、そして今使っている肉弾戦用の手甲など、戦闘可能範囲は幅広い。
 バイザーを構え、警戒しつつ紅騎の方を睨むと、奴はふふ、と軽く笑い……そして、唐突に声を張り上げた。
「ミホさんの願いを叶える為なら、俺自身の考えなんてどうでも良くなっちゃったんです! これこそが愛! 愛なんです!」
 両腕を広げ、隙だらけにも見える体で放たれたその言葉に、ざわざわと胸がざわめく。
 ……何だ、これ。この気持ち悪い感情は。目の前にいるのは、本当に紅騎なのか? あいつってこんなに気色悪い男だったか?
 今なら攻撃できるんじゃないかと思いはするが、やはりそうは甘くないらしい。
 自分の世界に浸りきっている紅騎を守るかのように、ドラグレッダーがゆっくりと俺と紅騎の間に割り込んでくる。多分、少しでも動けばもう一度ドラグレッダーは俺に向かって体当たりをかましてくる事だろう。
 紅騎が「ミホの為」に戦っているなら、ドラグレッダーは「紅騎の為」に戦っているように見える。もっとも、その根底にある感情は紅騎の物とは明らかに違うだろうが。と言うかそもそもモンスターに感情があるかも不明だが。
「……で、昨日黒川さんがミホさんに倒されたじゃないですか。ミホさんの願いの邪魔になる人物って、あとは闇爾さんとオーディンだけなんですよ」
「オーディンが見つからなかったから、俺をターゲットにしたって事か」
「はい」
「俺を倒して、オーディンの『自滅』を待った後、自分も『自滅』してミホを勝たせようって魂胆か」
「はい」
 これまた唐突にいつもの口調に戻ったかと思えば、奴は素直に俺の言葉に頷きを返す。
 未だこいつの考えている事はよく分からないが、少なくとも目の前の男は、裁判当初に信じた「仲間である城戸紅騎」ではないと言う事程度は理解した。
 そして、こいつがミホに対して何かしらの執着を見せている事も。
「そんな勝ち方をして、ミホが喜ぶとでも?」
「素直に喜んではくれないと思いますね。でも、ミホさんの最大の目的は果たされます。目的が果たせれば……多少はモヤモヤしても、それでも喜んでくれるって信じてます」


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