妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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 言っている事が滅茶苦茶だ。だが、本人はそんな自覚はないのだろう。言いながら、俺との距離を詰めて真っ直ぐに拳を突き出した。それをバイザーで弾き、紅騎との距離を開ける。
 が、下がったところにはドラグレッダーの尾。それがこちらめがけて思い切り振りぬかれる。
 ……チッ。流石に体長六メートルは長い。
 心の中で舌打ちを鳴らし、尾がぶつかる寸前、大きく後ろへ飛び退る。同時にこちらもデッキからカードを取り出し、バイザーに読み込ませた。
『ADVENT』
 アドベント。契約モンスターを召喚するカード。目には目を、モンスターにはモンスターを。
 呼ばれた俺の契約モンスターである「闇の翼」、蝙蝠型のモンスターであるダークウィングが、ビルの窓ガラスを突き破ってその姿を見せた。
 ドラグレッダーの巨体相手に、この狭い空間で戦うのは得策じゃない。外に出て、もう少し戦いやすい状況を作った方が良い。
 瞬時にそう判断すると、俺はダークウィングと合体。蝙蝠の翼を得た俺は、割れた窓から外に向かって飛び降りる。
 ダークウィングと合体すると、飛行能力が付与される。
 飛行能力自体は珍しくないが、合体する事は珍しいらしい。他にモンスターと合体するライダーは見かけた事がない。
 ……そもそも、合体しないと飛べないのは俺だけなんだよな、飛行能力のあるモンスターと契約しているのに。
 ミホや、今戦っている紅騎なんかもそうだが、基本的にモンスター自体が飛行できる場合はそれに乗って移動する。実際、紅騎は今現在、ドラグレッダーの背に乗って俺を追いかけてきているし。
 ……やはりと言うか何というか、蝙蝠よりドラゴンの方が動きは早いか。そもそも体躯差がありすぎるしな。
 縮まっていく距離を認識しながら、俺は出来る限り広い場所へ降り立つ。同時に背についていたダークウィングは離れ、そして一瞬後にはドラグレッダーと紅騎が俺の前に姿を見せた。
「広い所なら勝てるって思いました?」
「あの空間よりはマシ、程度には思ったな」
 いつもと変わらない口調で問われ、こちらもいつもと同じような言葉で返す。
 だが、間に流れる空気はいつもとは違う。険悪なんて言葉では足りないくらい、互いに殺気のような物を飛ばし合っているのを自覚している。
「……闇爾さん。愛の前に散って下さい」
「断る」
「でしょうね」
 言うが早いか、紅騎は再び拳を繰り出す。こっちはそれをもう一度剣で弾き、今度は返す刀で斜めに切り下げる。
 だが、紅騎もそこは読んでいたんだろう。弾かれた勢いを生かして後ろへと飛びのいていた。当然俺の切っ先は空を斬り、かつんと乾いた音を立ててアスファルトにぶつかった。
「やっぱり強いなぁ、闇爾さんは。……だからこそ、ミホさんとだけは戦わせたくないんですけどね」
 笑みを含んだ声で言うと同時に、紅騎は拳を構え、すっと腰を落とす。そのポーズに反応するように、それまでこちらを睨み付けていたドラグレッダーが、奴の後ろに控えるような形で下がる。
 あのポーズは、まずい。
 一緒に戦ってきた為か、紅騎がどんな攻撃を繰り出そうとしているのかが分かる。あの構えは確か、ドラグクローファイヤー。紅騎の拳とドラグレッダーの吐き出す火炎弾の合わせ技。ファイナルベント程ではないが、まともに食らえばダメージは大きい。
 瞬時にそれを認識し、こちらも半ば反射的にデッキからカードを抜き出してセットする。何のカードかろくに確認もしなかったが、まあ何とかなるだろう。今までも大抵は引きたいカードが引けていた訳だし。
 一抹の不安を覚えつつも、俺はバイザーをクローズしてセットしたカードを読み込ませる。直後、響いた電子音が告げたカードは……
『NASTY VENT』
 よし、当たりのカードだ。
 心の中で小さくガッツポーズをしつつ、俺は眼前に舞い降りたダークウィングの背を見やる。
 ナスティベント。恐らくはナイトだけが持っているであろうカードであり、その効果は「蝙蝠型モンスター」であるダークウィングの放つ超音波攻撃。
 超音波の正確な定義は「人間の可聴域を逸脱するほど高い周波数の音」なのだが、ダークウィングが放つ「超音波」に関しては少しだけその定義から外れる。確かに正確な意味における超音波も発しているが、それと同時に人間にとっての「嫌な音」……つまり可聴域の音も同時に発しているからだ。
 超音波だけなら、目に見えないし聞こえない。それだけに、実は恐ろしい攻撃でもある。上手く周波数を合わせれば体細胞を破壊したり発火させたりすることが可能だからだ。
 「裁判員を殺してはならない」とか言う規定があるくらいだから、流石にそこまでの威力はないだろうが……それでも、ナスティベントの効果は地味に大きい。
 実際、「嫌な音」を耳にしてしまったせいか、紅騎は反射的に構えを解き、自身の両耳を塞いだ。両手をそう言った形で使っているのだ。当然、攻撃は中断され、紅騎は苦しげに呻く。
 一方でドラグレッダーにとっては大した事のない音だったらしい。紅騎の動きが止まっても知らん顔で火球を吐き出した。あるいは、吐き出さざるを得なかったのかもしれない。パンチなら途中でやめられるが、火球となると中断する事は出来ないだろう。
 ぼっ、ぼっと吐き出される火球を、俺はバイザーで払い落とす。
 切っ先が触れた瞬間、小さな爆発が起きはしたものの、ナスティベントによる音の壁のおかげで本来の勢いはそがれている。
 やがて全ての火球を払い落とすと、それを待っていたかの様にダークウィングは音を発するのをやめ、再び俺の後ろに控えた。
「く、つぅ……まさかそれで止められるとは思いませんでした。この程度で止まるなんて、まだまだ俺の、ミホさんへの愛が足りないって事ですかね」
「……知るか」
 まるで耳の奥に残っている音を振り払うかのように頭を振って言う紅騎に対し、俺は自分でも不思議に思う程冷たい声で返す。
 ……紅騎がミホに対して、好意を抱いていたのは、何となくだが勘付いていた。だがそれは、執着を伴った愛情と言うより、憧れに似た感情だと解釈していた。何しろミホは、紅騎が今まで恋愛関係を築いてきた女性達とあからさまにタイプが異なったからだ。
 だからこそ、安心していた。こいつは、ミホに対して恋愛感情は抱いていない、と。「好き」ではあるのかもしれないが、「愛」とか「恋」とか、そう言う感情での「好き」とは異なるものだと。
 だが、実際はどうだ? 紅騎はミホに対し「愛」を口にし、そして「仲間」だったはずの俺に対して攻撃を仕掛けてきている。そしてこいつがミホに対する「愛」を口にする度に……俺は、はっきりと苛立ちを覚えている。
 ミホの事を何も知らないくせに、愛なんて語るな。あいつが本当に可愛いのは、あいつが壊れた時だけだ。普段のあいつも可愛い部類に入るだろうが、あんなのはまやかし。ただの虚勢だ。虚勢を張って、必死に自分を奮い立たせているだけのあいつに、「愛」?
 ……ないな。ああ、ないない。何も分かっちゃいないし、そんな奴にミホを愛しているなんて言う資格なんてない。
 壊れたあいつを知っているのは俺だけだし、俺以外の奴が壊れたあいつを見る事も許さない。アレは、俺だけのモノ、俺だけが知る一面、俺だけが知る脆さ、俺だけが、俺だけが、俺だけが。
「…………ああ、なんだ」
 暴走しかかっていた思考の中、ふいに俺は納得した。
 ……俺は、普段のミホに対して、恋愛感情は抱いていない。それは間違っていない。普段の白鳥ミホと言う女は、俺にとって友人で、妹分で、そして好敵手だ。恋愛に発展する要素はないし、これからも恋愛に発展しないと思う。
 けれど……ミキさんを亡くし、壊れてしまった白鳥ミホに対しては、恋愛感情に似た物を持っているらしい。
 寝食を忘れてしまうほどの絶望に打ちひしがれ、そしてその絶望を表に出す事が出来なかったあいつ。
 それを救えるのも、更に突き落せるのも、俺だけだったあの状況。
 紅騎がミホに対して恋愛感情を抱いていると知った今になって、ようやく自覚した。
 ……俺は自分で自覚していた以上に、独占欲が強かったらしい。
 あの時のミホは、俺だけを頼った。
 俺だけを見て、俺だけに反応して、俺だけに泣き顔を見せた。
 慰めてやらなきゃいけないのに、突き落としてやりたい衝動に駆られた。当時はその衝動を自覚していなかったが、今なら分かる。
 依存してほしいんだ、俺は。そして、俺の言動で一喜一憂してほしい。
 嘆き、悲しみ、それでも縋る相手は俺しかいないと言う状況に、あの時俺は、暗い喜びを見出していたんだ。
「ふ……ははっ。あははははっ」
 自然と口から漏れる自分の笑い声を、どこか遠くで聞きながら、俺はゆっくりと紅騎に向かってバイザーを構える。
 自覚してしまえば、今までの行動とか感情とか、色々と理解できる。
 わざわざミホを助けるような真似をしているのも、私生活で仲良くしているのも、他の奴と関わる事に対して苛立たしく思うのも。
 全ては、俺があいつを独占したいが為だったから。
 元気になって、俺を信用して、俺にだけは素の表情を見せて。
 そんな俺に裏切られた時、ミホがどんな顔をするのか。それが、見たい。
 それを見るにはどうしたらいいかはまだわからない。だけど……少なくとも、あいつにとって最悪の結末を与える方法なら分かる。
 ……その方法を取るためには、紅騎は……邪魔だな。
「紅騎。お前こそ、俺の邪魔だ。……消えてくれ」
 自分でも驚くぐらい低い声でそう言うと同時に、俺は紅騎に向かってバイザーを振り上げ、斬りつける。
 だが、紅騎は未だ装着したままの手甲でその切っ先を弾き返すと、一旦距離を取る様に大きく後ろへ飛び退くと、軽く頭を振り、呟いた。
「……やっぱり、そうなんですね。まあ、薄々は感じていましたけれど。でも、それも仕方のない事だと思います。だって、ミホさんって魅力的ですものね!」
 仮面で表情は見えない。だが恐らく、紅騎の顔は「にっこり」と言う表現が一番しっくりくるような笑みが浮いているだろうなと予想できる。
 それ程までに明るい声で言うと、奴は腰のデッキから一枚のカードを取出し、セットした。それとほぼ同時に、俺の方もカードを一枚セットする。
『SWORD VENT』
『SWORD VENT』
 カードセットの際の一瞬のタイムラグのせいだろうか。反響したような電子音が周囲に響き、それぞれの手に剣が握られる。
 紅騎の手には青竜刀に近い形の剣、そして俺の手には馬上槍に近いデザインの剣。間合いは俺の方が少し広いくらいだろうか。刺突に特化した印象の俺の剣とは対照的に、紅騎の剣は斬撃に特化した印象を抱かせる。
 ぶつかり合った時、どちらが有利に働くのか想像もつかない。
 そんな風に思っている時だった。紅騎が動いたのは。
「でも、闇爾さんの感じている魅力と、俺が感じている魅力は全く違う。同じソードベントでも、俺の剣と闇爾さんの剣のデザインが、こんなにも異なるように」
 振り下ろされた紅騎の剣を半ば反射的に受け、弾き飛ばす。
 形状的には「斬る」事には向いていない俺の剣では、あまり近い位置に入られすぎては威力が出しきれないからだ。一方で紅騎の場合は近い位置にいないと効果を出しきれない。
 同じカードなのに、反対の性質の剣。成程、確かに俺と紅騎の「物の見方」その物のような関係だ。
「俺は、ミホさんの強い部分に惹かれました。どんなに苦しくても、恐ろしくても、危うくても、それでも自分を貫き通そうとする強い部分に。だけど、闇爾さんは……」
「もういい、黙れ紅騎」
 もう一度切りかかりながら言葉を続ける紅騎に対して短く返すと、限りなく手元に近い刃の部分めがけて思い切り剣を振り上げた。
 手を斬られるとでも思ったのだろう、一瞬、剣を持つ紅騎の手から力が抜け……直後、奴の剣は宙に跳ね上げられ、かなり離れた位置に突き立った。
 要するに、紅騎の剣は俺によって弾き飛ばされたと言う事だ。
「そんな! その武器で、そしてこの近距離で、それでも俺の剣を弾いた!?」
「ナイトは剣撃が主体の装備。要するに、慣れてんだよ。……普段は素手で戦ってるお前に対して、引けを取らない程度にはな」
「付き合いの長さ……って奴ですか」
 流石に素手で近距離は危険だと判断したらしい。俺の剣の間合いの外まで慌てて引き下がると、紅騎は苦々しげに吐き出しながらもファイティングポーズをとる。
 ソードベントのカードを使ったからなのか、既に紅騎の手からストライクベントで召喚したはずの手甲は存在しない。奴の剣も、紅騎からは離れた位置で突き立ったまま。
 奴の持っているカードを考えれば、あとはファイナルベントとガードベントの二種がメインと言ったところか。
 なまじ「仲間」だった分、あいつのカードの事は大体把握している。恐らく紅騎もこちらのカードに関して、ほとんどを把握しているはずだ。
 とはいえ、油断はできない。
 この仮面ライダー裁判では、裁判期間中ランダムに「追加カード」が配布される事がある。そんな事をする理由は分からないが、ひょっとすると今のように、互いの手の内が読める状態による膠着状態を回避する為なのかもしれない。
 正直、その辺の思惑など俺にとってはどうでもいい。
「俺ね、正直羨ましいんですよ」
「唐突に、何だ?」
「ミホさんの信頼を勝ち得ている闇爾さんが、です。(はた)で見ていると分かるんですけど、ミホさんって闇爾さんと一緒にいる時が、一番安心しているみたいです。一緒にいた時間の長さもあるんでしょうけど、多分根本的に、ミホさんは闇爾さんと気が合うんでしょうね。それが羨ましいんです。それなのに……」
 そこまで言って、紅騎は一旦言葉を区切る。軽く俯き、ギリと音が鳴るほど拳をきつく握りしめ……だが、突然顔を上げたかと思うと、奴は一枚のカードをデッキから取り出した。
 カードが背を向いているので、こちらからは何を取り出したのかは分からない。普通に考えればファイナルベントだと思うところだが……それにしてはドラグレッダーが動かないのが気になる。
 警戒し、改めて剣を構え直したその時。紅騎が先程取り出したカードを翻し、その図柄をこちらに見せた。
「闇爾さんにはまだ言ってなかったかもしれません。実は俺、裁判中に配られた『追加カード』を手に入れたんですよ」
 目に入ったカードは、炎のような背景に、金色で鳥の右翼が描かれた物。上部には「SURVIVE」の文字が書かれている。
 少なくとも今まで共闘してきた中では、紅騎があのカードを使っている所を見た事がない。紅騎が言う通り、あのカードは紅騎に配られた「追加カード」なのだろう。
 そうだと認識した直後に気付く。紅騎のバイザーが、手甲型のものから、銃型の物へ変化している事に。
 まずい、と思った時には既に遅かった。紅騎はその「変化したバイザー」に先程のサバイブのカードを装填すると、即座にそれを発動させた。


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