妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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『SURVIVE』
 電子音が響くと同時に、紅騎の周囲をカードの絵から抜け出したような炎が取り巻く。直後、その炎の色を吸収したかのような赤い鎧へ変化した紅騎の姿が炎の隙間から垣間見えた。
 しかも、変化したのは紅騎だけじゃない。控えていたドラグレッダーもまた、その姿を変えていた。今までもモンスターとしては大物だったが、今はそれを軽く超えている。一回り……いや、二回りほど大きくなったか。顔つきもどことなく凶暴に見えるのは俺の気のせいではないだろう。
「あっはは! どうですか闇爾さん! 多段変身です! ドラグレッダーも進化してドラグランザーになりました! こんなカードが手に入るなんて、やっぱり愛の力って偉大です! そう思いません?」
 言うと同時に紅騎が走る。いつの間にかその手の中にあったバイザーからは刃が出ており、簡易的ではあるが剣と化している。
 いつの間にかソードベントを使って変化したのか、それとも剣も兼ねた仕様なのかは知らないが、随分と便利そうなバイザーだ。見目から考えると、恐らく銃にもなるんだろう。
 素手主体から、一気に武器主体の戦い方に変化した訳か。面倒くさいな。
 思いつつも、俺は眼前に迫った紅騎の剣を受け止め、鍔迫り合わせる。
 やはり強化されたからか、先程の攻撃より一撃が格段に重くなっている。そうそう何度も打ち合いはできそうにないな。
「……しつこいと嫌われるぞ。あいつは黒川と言うストーカーを間近で見てきてるからな」
「失礼な。彼と一緒にしないで下さい。俺の想いは純愛ですよ。ミホさんさえ良ければそれでいいんです。俺の想いなんて二の次。ミホさんさえ報われれば、俺はそれで満足です。周囲がどうなろうと、知った事じゃありません。だからこそ……俺は、今の闇爾さんを許せません。ミホさんを裏切ろうとしている、今の闇爾さんだけは」
 いつもと変わらない明るい声で言いながら、紅騎は持っていた剣を大きく振るう。それを何とか受け止めたのだが……流石に剣の方は限界だったらしい。ソードベントで召喚していた俺の剣が、鈍い音を立てて折れた。
 チッ、やっぱりこうなったか。ソードベントで召喚した剣が折れたと言う事は、バイザーで受けても同じ末路を辿ると言う事だ。流石にそれは避けたい。
 心の中でのみ舌打ちし、再び振り下ろされた剣をかわすため、大きく後ろへ飛んで紅騎との距離を開ける。
 だが、それなりに長い付き合いのある紅騎だ。俺の考えは見通していたらしく、バイザーをこちらに向け……
『SHOOT VENT』
「しまっ……」
 避けなければ、と認識した時には既に遅く、俺の体は紅騎が持つバイザーが放つビームによってロックオンされており、そこをめがけてドラゴン……ドラグランザーが、今までとは比にならない熱量を持った火球を吐き出した。
 火球の速度、そして数から考えて完全な回避は不可能だ。
 となると、多少のダメージは覚悟したうえで対処するしかない。
 瞬時に判断し、俺はデッキからカードを二枚、連続で抜き出し、順を違えぬよう心掛けながら連続で効果を発動させた。
 直後、火球が俺の側に、あるいは俺自身に着弾し、視界が濁った。最初の一瞬は炎の紅、そして次の瞬間には煙の薄灰、そしてしばらく後には煤の混じった暗い灰に。
 こちらからは紅騎の姿が見えないが、紅騎からもこちらの姿は見えていないらしく追撃される様子はない。
 ……こんな景色が見えていると言う事は、どうやら脱落は回避できたらしい。流石に完全に無傷とは言わないが、手足は動くから問題ないだろう。
 そう認識すると、俺は目の前の土煙を吹き飛ばすべく、ダークウィングとの合体を解除して羽ばたかせ、それを吹き飛ばした。
 クリアになった視界の先では、紅騎が然程驚いた様子も見せずに立っていた。
「……流石ですね、闇爾さん。あの一瞬でガードベントを使ってダークウィングと合体、そしてトリックベントを使って最大人数で防御する事で、一人当たりにかかるダメージを軽減させたなんて」
「分身はことごとく散ったがな。俺が残ってるなら問題ない」
 そう。俺が持つカード、トリックベントは分身能力を持つ。便利なのはその前に使ったカードの効果を持続させた状態そのままで分身が出来る部分だ。
 今回は守備の為のガードベントを使い、ダークウィングと合体、その状態でトリックベントを使い、最大人数である八人に増殖。本来は「本体」である俺一人が受けるはずのダメージを分散させ、今に至ると言う訳だ。
 だが、勿論この方法にはリスクがある。勿論、カードの消耗が激しい事だ。
「でも、これで闇爾さんの使えそうな主なカードは、ファイナルベントだけですね」
「……やっぱり、お前はやりにくい相手だよ、紅騎」
 楽しそうな声で言った紅騎に、俺は苦々しく思いながら言葉を返す。
 紅騎が言った通り、俺が主に使っているカードのほとんどは、今回の戦闘で消費した。カード一枚、一回の戦闘につき使用は一度までと言う制限があるせいで、「リサイクル」は基本的には出来ない。
 そして今の状況で使えそうな残りカードと言えば、必殺技を放つファイナルベントが真っ先に挙げられる。しかしそれも、紅騎がガードベントを使えばしのがれてしまう可能性が高いし、そもそも奴自身もまだファイナルベントを残している。
 カードの差から来る余裕か、紅騎はゆっくりとこちらに歩み寄り、バイザーの銃口部をこちらに向け、低く言葉を紡いだ。
「……闇爾さん。あなたがミホさんを裏切る前に、脱落してもらいます」
「俺との決着を、あいつが望んでいるとしても、か?」
「はい。闇爾さんと決着を付けられない事は、ミホさんにとって本意ではないとは思います。……でも、闇爾さんに裏切られるより、ずっとずっとマシです」
「お前は、あいつが俺と決着を付けられない事よりも、俺が裏切る方が、より絶望的な状況になるって思ってるんだな」
「そうです。だから闇爾さん。ミホさんの為に……ミホさんの悲しみが小さい間に、脱落して下さい」
 紅騎の言葉を聞きながら、俺は自分の顔がにやけていくのが分かった。
 分かってない。こいつは何も、全く、欠片さえも。
 ……ミホの事も、そして俺の事さえも。
 先程のシュートベントの影響で、少し痛む体を無理に起こすと、俺はデッキから一枚のカードを取り出した。
 それを警戒したらしい、紅騎は一瞬その足を止めると、訝しげに首を傾げ、その上でばっと距離を広げた。
 まあ、それもそうだろう。紅騎はさっき、「俺が使えそうな主なカードはファイナルベント」だと言っていた。
 正直に言えば、俺もそれくらいしかないかなと思っていた部分があった。だが。
「紅騎。俺もお前に言ってない事があったんだ」
「はい?」
「俺も、持ってるんだよ。追加カード」
 笑みを含んだ声で言って、俺は先程デッキから取り出したカードを紅騎に見せた。
 デザインは紅騎が持っていたカードに似ている。だが、背景は風を連想させる薄青だし、書かれている翼も向かって左側、つまり左翼。書かれたカード名は先程こいつが使ったのと同じ「SURVIVE」。
 恐らくは紅騎が持つカードと対を成すカードなのだろう。ただし、紅騎が持っていたサバイブを「烈火」だとすれば、俺が持つサバイブは風……「疾風」だ。
 驚いたように息を呑んだ紅騎の前で、俺は剣型から盾型へ変化したバイザーにそのカードを読み込ませた。
『SURVIVE』
 紅騎の時と同じ音声が響く。
 同時に俺の周囲を風が取り巻き、濃紺だった鎧は青へと変化、ダークウィングも大きさこそほぼ変わらない物の、より強化された外観へと変化した。今のこいつは「襲撃者」……「ダークレイダー」と呼ぶのがふさわしいか。
「……へえ? 闇爾さんも、多段変身出来たんですね」
「愛の力ってのは偉大だよなぁ」
 低く呟かれた紅騎の声に、俺は先程紅騎が放った言葉をそのまま返す。
 このカードを手に入れたのが「愛の力」だと言うのなら、俺もまたその力で手に入れたと言う事になる。ただ、それはひどく皮肉な事のように思えるが。
 ミホの強い部分を愛した紅騎には「赤」を、逆に弱い部分を愛した俺には「青」を。
 愛は愛でも、どちらもひどく歪んでいるし、向けられた側の心なんて全然考えていない。ある意味、黒川よりも性質が悪い。
 自分の事ながら冷静に判断できるのが苦々しく思えるところだが、事実なのだから仕方がない。
 ミホに対し同情はするが、だからと言って手を緩める気もない。いや、むしろ同情するからこそ、あいつを追い落とした時の感動は一入(ひとしお)だろうとさえ思う。
 ……ああ、何て言うか、俺も壊れてきているんだな。
 自覚があっても止める気がないんだから、末期だ。
「そんな事が出来るなら、ますます闇爾さんをミホさんと戦わせる訳にはいかなくなりました。だからここで……終わって下さい」
『FINAL VENT』
 言ったと同時に、紅騎が必殺技であるファイナルベントのカードを発動させた。その瞬間、ドラグランザーはバイク状に変形して紅騎を背に乗せると、劫とこちらに向かって火球を放ちながら迫ってきた。
 先程のシュートベントに比べれば逃げ場はあるように思えるが、火を吐きながら迫ってくると言う事は、このまま俺を轢き潰すつもりなのだろう。
 威力は大きいが、こうやって見ると実に単調な攻撃だ。紅騎自身は何もしない。ただ龍が火を吐くに任せているだけだ。
 サバイブのカードを使う前の状態……つまり普段の紅騎のファイナルベントなら、回避は厳しかっただろうが、これなら何という事はない。
 余裕すら感じながら、俺はデッキからカードを一枚引き抜き、バイザーにセットした。
『TRICK VENT』
「また分身ですか? でも、そんなのじゃ俺は止められませんよ?」
「どうかな?」
 サバイブのカードを使うと、デッキの構成が変化するのか。先程使ったはずのトリックベントが再度使える様になっており、他のカード……ソードベント、ガードベント等も使用できそうだと言うのが理解できた。
 本体含めて五人に増殖した俺は、迫ってくる紅騎の姿を見ながら、仮面の下で笑う。
「まずは、これだ」
『GUARD VENT』
『BLAST VENT』
 分身の内の二体が、各々でカードを発動させた。
 一体は身を守る盾となり、もう一体はダークレイダーの翼で暴風を巻き起こさせる。ブラストベントと言うカードは、恐らくナスティベントの進化した状態でのカードなのだろう。ナスティベントが「音」なら、ブラストベントは「風」による足止め効果を発揮するらしい。
「くっ……」
 風に煽られ、龍の火球は逆流し、紅騎の周囲へ着弾する。
 勿論風を抜けてこちらに着弾する火球もあるが、全て軌道をそれて俺の脇に着弾、爆風を巻き起こして更に場を混乱させるだけ。
 火球と暴風のせいだろう。勢いを殺がれた龍の速度が落ちる。それでもこちらに向かって走ってくる事は、称賛に値するだろうが……速度を落とした時点で、流れはこちらに向いたと言う事に気付くべきだった。
「反撃だ」
『SHOOT VENT』
「こっちはおまけだな」
『SWORD VENT』
 別の分身二体が、今度はそれぞれにバイザーを変形させ、攻撃を放つ。
 シュートベントを使った方は、バイザーをボウガン状に変形させ、光の矢を連射。その矢を追う様にして、ソードベントを使った方がバイザーから引き抜いた剣を構えながら走る。
 矢は上半身をもたげていた龍の腹部に突き刺さり、更に追撃と言わんばかりに剣を持った方は矢が刺さった部位をなぞる様にして剣を滑らせる。
 その瞬間、苦悶から来る龍の悲鳴が上がり、乗っていた紅騎の体が大きく投げ出された。
「しまった!」
「いくらお前でも、空中では流石に身動きは取れないよな?」
『FINAL VENT』
 最後に俺自身が、最強ともいえるカードを使う。
 どうやらダークレイダーもまた、ドラグランザー同様バイクに変形できるらしい。ブラストベントによる暴風攻撃をやめ、こちらに寄ってきたダークレイダーはやや鋭利な印象を抱かせるバイクへと変形。
 機首からビームが放たれ、地面に落ちかけていた紅騎の体を拘束した。
 それを視認したと同時に、俺が纏っていたマントがバイクごと俺を包み込み、鋭利な「錐」のような形状を取った。
 紅騎のファイナルベントが「潰す」事に主眼を置いているなら、俺のファイナルベントは「貫く」事に主眼を置いているらしい。
 マントによって完全に視界を覆われてしまっているのでよく見えないが、おそらく紅騎はこの状況から逃れようと何か画策している事だろう。
 ……だが、遅い。
 次の瞬間、何かがぶつかったような鈍い手応えがあった。直後俺のマントは通常の状態に戻り、開けた視界の先には地面に転がり、呻く紅騎の姿があった。
 視線はこちらに向いているが、装甲はぼろぼろ。立ち上がろうともがいているが、体はがくがくと震えているだけで起き上がる事は困難なようだ。


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