妄想特撮シリーズ
□恋已 〜こいやみ〜
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思ってちらりと分身達の方へ視線を向ければ、やはり速度差は大きいらしく、一人、また一人と吹き飛ばされ、消えていく。だが一方で、ミホの方も連戦による疲労があるのか、あちらの数も徐々にではあるが減っているのが見えた。
互角、か。
どうやら俺達は、どこまでも似た者同士と言う事らしい。
それが妙に嬉しい。だが同時に悔しくもある。
……頼って欲しいのに。「互角」じゃあ頼ってなんてもらえない。
「……これは、緋堂暁を裁く為の裁判よね?」
何度目かの打ち合いの最中、ミホは唐突に、静かな声で言葉を紡ぐ。
鍔迫り合い、金属同士が擦れて生じる嫌な音が響く中で、妙にその声が響いて聞こえる。
「ああ、そうだ」
「あんたは、お兄さんの無実を信じて、その為に戦ってるんじゃないの?」
「最初はそうだった。でも……今は多分、違う。今この瞬間が、お前を絶望させるのに最適な舞台だと思ってるからな」
兄貴の無実は、勿論信じている。だが、その為に戦っているかと聞かれたら、今はノーと答えるだろう。恐らく紅騎と戦う前の俺だったら、イエスと答えた問いなのに。
俺が戦う理由が、この数日で変わってしまった。
いや、ひょっとしたら、本当はもっと昔から変わりつつあったのかもしれないが、劇的に変化し、それを自覚したのはこの数日だ。
元気な姿より、落ち込んでいる姿を愛おしく思う。
明るく笑うより、嘆いていて欲しい。
およそ一般的な「愛情」からはかけ離れた「愛情」だと認識はしている。それでも俺は、生き生きとしたミホよりも、陰鬱な世界に突き落とされた彼女を望む。
……そうすれば、俺を頼ってくれるはずだから。
「兄貴の無罪判決は、今の俺にとっては目的じゃなくて、手段なんだ」
「あんたがこの裁判で望んでるのは何よ!? 私の絶望なんかじゃないでしょ!」
「いいや。絶望して欲しいんだ、お前に。……絶望で、壊れてほしい」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない。本音だ。……がっかりしたか?」
問いを投げた刹那、俺の剣とミホの剣が、より一層耳障りな音を上げる。
それは、互いに込める力を増した証拠。知らず知らずの内に、俺も彼女も力んでいたらしい。
もっとも、ミホの場合は怒っているが故の力みなのかもしれないが。
「ええ、ええ。がっっっかりだわ。あんたがそこまで自分の本心に気付けないアホだったなんてね。朴念仁なのは知ってたつもりだったけど、まさかこれ程とは」
怒りと呆れの混じった声で、彼女は吐き捨てるように言い放つ。
仮面の下では、きっと目を吊り上げ、俺を射殺さんばかりの視線を送ってるに違いない。
そう考えると、ぞくぞくする。今、この瞬間だけは、ミホの感情は全て俺に向けられているのだから。怒りも、憎しみも、呆れも、悲しみも。およそ負の感情と呼べそうなもの全てを、いっそ俺だけに向けてほしい。
空虚な人形のミホも可愛らしいが、底のない闇を抱いたこいつは、きっと綺麗だ。
「もっと怒れ。憎んでくれてもいい。その感情を、俺だけに向けてくれるなら」
「…………何でそこまで病んじゃったのよ、あんた」
俺の言葉のせいだろうか。ミホの手から、ほんの一瞬だけ力が抜ける。だが、その一瞬はこの状況では致命的な差へつながった。
「っらあっ!」
「しまった!」
意図せず吐き出した気合と共に、力の限り目の前のミホを払い飛ばす。気が付けば互いの分身は既に全て消失しており、再び一対一の構図を取っていた。
吹き飛び、しかしそれでも彼女は着地後の行動に備え、空中で体勢を立て直す。
だが、そう簡単に事を運ばせるつもりはない。恐らくミホは着地後、再度こちらとの間合いを詰めて斬撃を繰り出すつもりだろうが、そうはさせない。
『SHOOT VENT』
『GUARD VENT』
ボウガン状に変形したバイザーを構え、体勢を再度崩させる目的で光の矢を射出するも、あいつの方はそれを盾を兼ねたバイザー、そしてその付随効果らしい光の壁で防ぐ。
矢として放たれた光は、壁として現れた光にぶつかった瞬間に砕け、宙に溶け、壁の一部として飲み込まれる。
その後も数発ほど矢を射ては見る物の、どうにも、あの壁とこちらのシュートベントは相性が悪いらしく、全てが壁の一部となって消えてしまう。
その間に壁の向こうではミホが体勢を立て直し、こちらを悠然と眺めて……
「って、いない!?」
光の壁の向こう側に視線を送れば、本来ならそこにいるはずのミホの姿が見当たらない。ただ壁がその場にあるだけで、薄金色の鎧を纏った女騎士の姿はどこにもない。
光の壁でこちらの目を欺き、死角から攻撃してくるつもりなのだと判断したのと、視界の端でプラチナ色のマントの裾を捕えた。
近い、と思うよりも先に、体が反応する。
デッキからカードを一枚抜き出し、咄嗟にマントの先……あと数歩で手が届く場所まで駆けてきていたミホの方へ向き直ると、カードをバイザーにセットした。
『GUARD VENT』
剣で払うよりも、防いだ方が良いと判断し、カードの効果で硬度が増したバイザーを構えて衝撃に備える。
だが。
『STEAL VENT』
眼前に迫ったミホのバイザーから音が響いた瞬間、俺の腕についていたはずの盾……いや、バイザーが消えた。
いや、「消えた」と言う表現は正しくない。正確にはミホの左腕に移動していたのだ。
……「STEAL」。意味は「盗む」、「奪う」。つまるところ、あのカードによって俺のバイザーは盗まれたと言う事か。
冷静に考えている自分を認識しつつ、しかし体の方は咄嗟には動かず。
結果、眼前に迫るミホをただ茫然と眺めているだけの状態になり……
「いい加減、目ェ覚ましなさいよこのバカ!」
ごっ、と鈍い音が、耳元で響く。一瞬後に知覚したのは、大きく吹き飛ばされた自分の体と、仮面越しても感じられた頬への痛み。
殴り飛ばされたのだと気付いたのは、受け身もろくに取れぬまま地面に叩きつけられた時だった。
……てっきり斬りつけられると思っていたのだが。
「何で殴った?」
「パービンタだと効かなそうだったからよ!」
「いや、そうじゃなくて。あのタイミングなら、俺を斬れたはずだ。……俺がお前なら、そうする」
「今のあんたに対しては、剣で斬るよりグーでぼっこぼこにしてやった方が良いと思ったからに決まってるでしょ! 実際は『ボコ』程度でしかなかったけど!」
起き上がりながら問うた俺に、ミホは右拳をしっかりと握りながら憤然として言い放った。
我ながら間抜けな質問をしたと思ったが、ミホの回答はそこに輪をかけて間抜けだ。いや、間抜けと言うか……いつも通りだ。いつも通り過ぎて、何だかおかしくなってくる。
怒っている。そしてそれを、俺だけに向けている。
俺が望む、「壊れた感情」ではないにしろ、こいつは今、俺だけを見て、俺だけに声を投げている。
それが、楽しい。いや、嬉しい? 何だか奇妙な気分だ。あいつはいつも通りなのに、それが楽しくて嬉しくて、そして少し物足りない。
物足りない理由は見当がつく。多分、ミホの感情が向けられるのが「今だけ」だからだ。今が過ぎれば、その感情は他へと向いてしまう。
……この時間が続けばいい。心の底からそう思う。そうすればミホの感情はこちらに向いたままだ。
だが、世の中そう上手くは出来ていない。
「時間切れ」が近いらしく、急激な疲労感が体を襲う。
「……もう二、三発ぶん殴りたいところではあるけど……そろそろ時間も差し迫って来てるのよね」
「そうみたいだな」
そう言葉を返すと、ミホは先程奪ったバイザーを、俺に向かって放り投げる。
それを受け取りながら、思わず訝るような声を上げてしまう。
「良いのか、俺に返して」
「持ってたってウザいだけ。それに……あんたのカードも私のカードも、あとはこれだけでしょ?」
ひらり、とミホが見せたのは、デッキの中でも一際目立つカード。
それぞれのデッキにあしらわれた紋章と同じ紋章が描かれた、必殺技を示すそれ……ファイナルベントだ。
「白黒、つけようじゃない」
言いながらも俺との距離を取るのは、彼女のファイナルベントが距離を必要とするものだからだろうか。それとも俺のファイナルベントを警戒してだろうか。
どちらにせよ、この格好の俺が扱うファイナルベントは、距離が近くない方が良い。ミホが離れていくのは、正直ありがたい。
「ああ。……勝たせてもらう。兄貴の無罪と、お前の絶望を得る為に」
「……欲張り」
軽い言い合い。そして少しの沈黙。
その間に何かを悟ったのか、各々の契約モンスターはそれぞれの背後に控え、合図を待つようにその場にとどまる。
どちらのモンスターの羽音だろうか。ばさり、と一際大きな羽ばたきが鼓膜を叩いた瞬間。
『FINAL VENT』
一回にしか聞こえない電子音が鳴り響く。
同時に俺はバイクに変形したダークレイダーに跨り、ミホは光を纏ったブランガルディエーヌの背に飛び乗った。
直後、錐状と化した自分のマントに視界を覆われたので、ミホがどんな攻撃を繰り出そうとしているのかは見えなくなる。
一瞬の暗転、そして直後訪れる衝撃。
俺の攻撃とミホの攻撃がぶつかり合い、ぎしぎしと鍔迫り合いにも似た音は、やがて大きな破裂音へと変化し、俺とダークレイダーの体を弾き飛ばした。
衝撃で吹き飛びながらも状況を把握する為に周囲を見回せば、マントは通常状態に戻り、ダークレイダーの翼部分に罅が入り、右翼がおかしな方向へ歪んでいるのが見える。
一方でミホもまた、今の衝撃で吹き飛んでいるのが見える。あちらはブランガルディエーヌの翼が抜け落ち、左翼は変な方向へ曲がってしまっている。
相討ち。
そう認識したのと、地面に叩きつけられたのは同時だった。
「う……く、ぅ」
「つぅ……」
俺達の口から、苦悶の声が上がる。
疲労と激痛でこのまま倒れていたい気分ではあるが、そうも言っていられない。まだ、決着はついていないんだから。
ゆっくりと起き上がると、あちらもボロボロの鎧を纏った状態で同じくらいの速度で立ち上がる。
互いにもう、使えそうなカードはない。
残っているのは武器を兼ねたバイザーと己の肉体だけ。
それを自覚した瞬間、どちらからともなく駆け出し、互いの距離を詰める。
「はあああぁぁっ!」
「うおおおぉぉっ!」
それぞれの口から、獣めいた咆哮が上がる。
剣を握る力なんてない。それでも剣を握り、すれ違いざまに振るい…………
ぱきん、と澄んだ音が聞こえた。