妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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 音が聞こえた方へ視線を向ければ、そこには生身のミホがいた。その瞳には仮面をつけた俺の姿が映っている。
 その瞬間、俺は自分が勝利したことを悟った。
 武器も剣も消え、泣き笑いのような表情を浮かべる彼女に、俺はゆっくりと近付いて彼女の前で膝を折る。
 さながらナイトの名の通り、姫を守る騎士のごとく。
 それを見下ろした彼女の顔が、ますます悲しみに染まるのが見えた。
 それは、俺が一番欲しかった表情。俺を見て、それだけで嘆き悲しむ姿。憎しみや怒りをぶつけてくれればなお良いが、今はまだそこまで期待しない。
 ……追々、俺だけを憎むようになればいい。
 「最後の一人」が決まったからだろうか。ミラーワールドそのものが、パキン、とひび割れた様な音を立て、キラキラと崩れ落ちていく。
 同時に俺の鎧も必用なくなったのだろう。あっという間に粒子化し、ミホの瞳の中にいる俺が、「ナイト」から「緋堂闇爾」へと変わった。
「……終わったな、ミホ。……お前にとって、絶望的な形で」
 戦闘の疲労からか、ミホが肩で息をしながら、微かに歪んだ表情で俺を見上げる。
 まだ敗北した実感はないのか、絶望の表情は浮かべていない。だが、焦らなくていい。こいつはきっと、今後兄貴や俺を見る度に、己の無力さを思い知って嘆き悲しむんだから。
 そう考えると、自然に笑みがこぼれる。ミホの目に映っている俺も、妙に穏やかな表情を浮かべているのが見て取れた。
「…………そう、ね。暁さんに『罪』を突き付けられず、真犯人は見つからない。…………おまけに、あんたも壊れた。……絶望的かどうかはさておき、最悪、ではあるわね」
「壊れた? 俺が? 違うだろ? お前が、これから壊れるんだ」
「ハッ。気色悪い笑顔で、こっち見ないでよ。…………泣きたくなる」
「泣いていいぞ」
「冗談、でしょ? ……何であんたの望み通りに、動かなきゃなんないのよ」
 ぽすりと力の籠っていない拳で軽く俺の胸を殴り……直後、彼女は俺の胸座を掴んで顔を引き寄せた。
 先程の言葉通り、今にも泣きだしそうな表情を浮かべて。
 その顔にぞくぞくする。特にこれと言って嗜虐嗜好は持っていないはずだが、普段浮かべない表情を見られるのは何とも愉快だ。
 もっと歪めばいいのに。そして、俺だけに色んな表情を見せてくれればいいのに。
 思う俺をよそに、ミホはその表情のまま、囁くような声で言葉を放った。
「闇爾」
「ん?」
「私は、人形じゃ、ないわ。籠の鳥でも、ない。あんたの、思い通りになんて……何一つ、なりは、しな……い……」
「……ミホ?」
 胸座から手を放し、疲れたように俺の体にもたれかけたミホの体を支え……そして、気付く。
 ……ミホの白い服を染める赤い液体の存在と、徐々に失われていく彼女の温もりに。そして俺の掌に伝わる、熱い液体の感触にも。
 肩で息をしていたのは、疲労からなんかじゃない。この出血で苦しんでいたからだったのか。
「ミホ? お前、怪我…………」
 怪我をしてるじゃないか。
 そう言おうとミホの顔を見た瞬間。
 青白くなっていく彼女の顔に、笑みが浮かんだ。
 いつもの不敵なものにも、楽しそうにも……悲しそうにも見える笑みが。
「あー、うん。実は、あんたのファイナルベントをもらった時に……ね」
 乾いた笑いと共に、彼女はさらりと言い放つ。
 相討ちだと思っていた。だが、実際はそうじゃなかった。
 あの時の一撃は、確かにミホの体を捕え、そして、こんな怪我を負わせていた。
 こんな……どう見ても、致命傷にしか見えない怪我を。
「な……何、で? すぐに言えば、病院へ行った。いや、今からでも遅くないよな? 今から病院へ……」
「それじゃ……意味、ないのよね」
 意味が、ない?
 苦しそうに笑うミホの言葉の意味を、咄嗟に考える。
 最後の二人になった時、二十四時間以内に決着を付けろと言う規定の事だろうか。しかしこの怪我をおしてまで守るルールか? 面倒でも、最初からやり直せばいいじゃないか。
「怪我を……する方が、意味が、ないじゃないか」
「そっちなら……意味、あるわよ」
 自分でも驚くほど掠れた声で問えば、意外とも思える答えが返ってくる。
 怪我、を、する事には意味がある?
 意味が分からず、ただ抱き留めるようにミホの体を支えるだけの俺に、彼女はニィと人の悪い笑みを浮かべ……
「前に、言ったでしょ? ……『物凄い後悔をしてもらう』……って」

 ――なあ、ミホ。俺が、物凄い危険な思考を持った人物だとしたら……どうする?――
 ――後悔してもらうわ――
 ――後悔?――
 ――そ。そんな考えを持った事が間違いだったって思うくらいの、物凄い後悔をしてもらうつもりよ――

 そんな会話をしたのは、ほんの数日前。
 あの時、確かにミホはそう言っていた。
 ……じゃあ、何か? あの時既に、ミホはこうなる事を予測してたってのか?
 ただただ困惑するだけの俺に、ミホは更に笑みを深める。
 してやったりと……全てが思惑通りに言ったと、言いたげな表情で。
「後悔、させてあげる」
 いつもと同じ、どこか生意気にも思える口調。
 ただ、いつもと違って顔色が悪い。
 服が赤黒く染まっていく。
 そして、俺の耳元でぽつりと一言。
「…………さて、死ぬか……」
 当たり前のような口調でそう呟くと、長い……肺の中の空気をすべて吐き出すかと思う程、長い溜息を吐いて。
 それっきり、ミホは呼吸をしなくなった。
 俺の手を濡らす血は、まだ熱いのに。
 肌の色は、白を通り越して青く変わっていく。
 聞こえていたはずの心音は響かない。
 呼応するように、滴り落ちる赤も徐々に勢いを弱めている。
「……死……?」
 ミホが怪我を負っていると気付いた先程とは、比較にならない掠れきった音が口から漏れる。
 ピクリとも動かない瞼。眠っているかと勘違いしそうになるほど、安らかな、顔。
 軽く頬を叩けば、ひんやりとした感触だけが返り、他は何の反応もない。ぐったりと重力に従って体を反らすだけ。
「あ……ぅあああああああああああっ!」
 意図せず迸る絶叫。
 何が何だか分からない。いや、認めたくない。
 こんなつもりじゃなかった。
 ただ、ミホに見ていてほしかった。
 見た事のない感情を向けてほしかった。
 ……頼って、欲しかった。
 その為にどうすればいいのか、それが分からなかった。
 だから、安易な方法を選んだ。
 憎んで、嘆いて、絶望して。負の感情でもいいから、俺だけに向けてもらえるなら、何でも良かった。
 だけど、それで? どんな結果になった?
「うわああああああ、あああ、ああああああああっ!」
 息を吸う事も忘れ、ただ叫ぶ。
 目を開けない。
 動かない。
 息をしていない。
 その事を、理解したくない。
 動かなくなった。
 俺がそうした。
 ……俺が、殺した。
「うわあああっ! ああ、ああああああああああっ!」
 考えたくない。
 理解したくない。
「……じ……あんじ」
 叫びすぎているせいだろうか。
 幻聴が聞こえる。
 景色が歪む。
 全てが粒子化し、消えていく。
 腕の中にいるこいつも、そして俺自身も。
 ひどい頭痛がする。
 眩暈もする。
 耳の奥で甲高い音が鳴り響き、世界がぐらぐらと揺れて、終わる。
 救いなのか、それとも更なる絶望か。どこか遠くで、ミホの声が聞こえる。
 呆れたような、怒っているような、そして少しだけ不安げな声が……



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