妄想特撮シリーズ

□Negative for Negative
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 いつからだっただろう。
 この世界の支配者が、「人間」から「モンスター」に代わったのは。
 モンスターは人間を駆逐し、そのモンスターを支配する存在は「仮面ライダー」として、この世界のバランスを管理、支配していた。
 この世界に残された数少ない人間は、モンスターの影に怯え、ライダー達に見つからぬ様、ひっそりと暮らしていた。
 ライダー達の中でも、リーダー格の男がバイオリンケースを携えた男、「紅音也」……ダークキバ。
 その部下には、リュウガ、ダークカブト、オーガの三人がいる。
 彼等に見つかれば、人間は確実に粛清されるだろう。
 これは、「通りすがりの仮面ライダー」が現れる、ほんの少し前の……人間の為に裏切った、一人の「仮面ライダー」の話……



「人間は、全て粛清する」
 必死の形相で逃げる少女の背に、非情な宣言が放たれる。
 言葉の主は「四天王」の内の一人、リュウガ。漆黒の鎧を身に纏い、姿は龍を連想させる。
「せめてもの慈悲だ。苦しまずに……殺してやる」
 口にした「慈悲」などと言う単語とは裏腹な楽しげな声に、少女はビクリと体を震わせた。
 純粋な、恐怖。
 それだけが、今の彼女に許された感情だった。
 ……理解している。
 この世界にいる以上、ライダーに見つかれば消される運命しか待っていない事くらいは。
 それでも、生きていたいと願うのは、生物として当然の本能だろう。
「私は……死ぬ訳にはいかない……っ!」
「無駄だ。お前は……ここで死を迎える」
 いつの間に構えられていたのか、リュウガの手に握られていた剣が、少女の頭目掛けて振り下ろされようとした、まさにその瞬間。
「させるかタァコ!!」
 別方向から声が響くと同時に、飛んできた剣の刃先が、リュウガの剣を弾き飛ばす。
「何!?」
「俺サマ、推参ってな。はっ、今の攻撃は、ちょっと予想外だった……ってか?」
 驚くリュウガに向かって皮肉気に言ったのは、やはり仮面ライダーだった。黒いスーツに銀の鎧、顔に張り付く面は、禍々しい紫色で桃のような形をしている。
「……貴様か、ネガ電王」
 視線を少女から仮面ライダー……ネガ電王に移し、リュウガは憎しみを隠そうともせずに吐き捨てる。
 見られた方は不敵な様子で剣の平の部分で肩を軽く叩き、小ばかにした態度でリュウガの方を見やっていた。
 彼らの視界に、もはや少女の姿など映っていない。互いに互いしか見えていない気がした。
「どうするよ、リュウガ? まさか俺サマ相手に一人で戦おうってんじゃねーよな? 言っとくけど、テメェが武器召喚するよりも、俺サマがテメェを撃つ方が絶対ぇ速いぜ?」
 剣型に組まれていた武器は、いつの間にか銃の形に変化。その狙いはリュウガの腰の部分……彼の力の根源とも言えるカードデッキに向けられていた。
「……ちっ……」
 返す言葉も無いのか、リュウガは小さく舌打ちをすると、そのままくるりと踵を返し……忌々しげな声でネガ電王に向かって捨て台詞を吐く。
「貴様、今にあの方に粛清されるぞ」
「……承知の上だ、バァカ」
 自身に背を向けるリュウガに、下品にも中指を立てながら言葉を返し……相手の姿が見えなくなると同時に、彼は腰のベルトを外した。
 そこには、人間と寸分違わぬ姿。後ろで括られた長い真紅の髪は緩くウェーブがかかっており、一筋だけ存在する黒が映える。黒縁眼鏡が口調に似合わずどこか知的な雰囲気を感じさせる。そして眼鏡の奥に光る瞳は、ネガ電王の仮面と同じ暗い紫。
 変身を解くと、彼は疲れたような溜息を一つ吐き出し、自分の後ろで未だ座り込んでいる少女に声をかけた。
「オイお嬢さん。怪我、無ぇな?」
「……はい」
 ネガ電王だった男の問いに答えながら、少女はゆっくりと頷く。だが、彼女の言葉を信じていないのか、男は彼女の様子をしげしげと眺めだす。
「あの……?」
「確かに、見た目大きな怪我は無さそうだな。けど、擦り傷や打ち身が多い。逃げた時に出来た物だろうが……女の子なんだから、無理すんな」
 泣きそうな、心底労わっているかのような視線を彼女に向け、男はそっと右手を差し出す。まるで、自分に掴まれと言わんばかりに。
 それに対して、僅かに彼女は躊躇する。
 自分は「人間」であり、彼は「仮面ライダー」だ。仮面ライダーは人間を粛清する存在で、自分達の敵……そのはずだ。
 そんな彼女の考えが伝わったのか、男は困ったような笑みを浮かべ、左手でカリカリと自分の頬を掻く。
「あー……そうだよな。俺もライダーだもん、信じられねぇって思うのは当然だよな」
「あ……ごめんなさい、助けてもらったのに……」
「良いよ。俺がライダーなのは事実だ。人間に怖がられるのも当然だろ?」
 あっけらかんとした表情とは裏腹に、瞳は凄く傷付いているように見え……彼女は申し訳無さそうに男を黙って見つめる。
 どういう理由であれ、彼は自分を助けてくれたのだ。礼を言いこそすれ、疑うのは良くなかったかもしれない。
「あの、改めて……ありがとうございます。えっと……」
「俺サマはネガ電王。もっとも、この姿の時は祢雅(ねが) リョウタロウって名乗ってるけどな」
「……センス、無いですね」
「るせぇ、放っとけ」
 自分でもセンスの無さを自覚しているのか、軽く眉をしかめて相手の男……祢雅はふいとそっぽを向く。その様子が、まるで子供のようで……少女はクスクスと思わず笑ってしまった。
「〜〜〜〜っ!! 笑うなっ!」
「す、すみません。あまりに子供っぽかったので……つい。フフ……」
 笑っちゃいけないとは分っているが、耳まで真っ赤になって拗ねる祢雅は、彼女には可愛らしく見えて……凄く久し振りに、彼女は腹の底から笑った気がした。
 相手は、「仮面ライダー」だというのに。
 モンスター達が現れ、そして「仮面ライダー」と呼ばれる者達が支配を強いるようになってからと言うもの……彼女の目の前で繰り広げられる光景は悲惨な物だった。
 仲間は次々と殺され、最後に残った仲間も、敵……仮面ライダー達の「宝」を奪い、自分に託してその息を引き取った。残された彼女は、その「宝」を連中に渡さないようにするためにも、常に気を張り詰め、逃げ回っていた。
 ……笑うような精神的な余裕など、無かった。それが……目の前にいる「仮面ライダー」であるはずの男の出現で、張り詰めていた空気が和らいだ気がした。
 普通なら、信じてはいけないはずなのに、何故かこの祢雅と言う男は彼女の信用をいつの間にか得ていた。出遭って、ほんの少ししか経っていないと言うのに。
「差し支えなきゃ、お嬢さんの名前も聞かせてくれないか?」
「……何故です?」
「いや、俺サマを護衛に雇わないかって話。俺サマ、仮面ライダーの中でも裏切り者だからな」
 あっけらかんと言い放った祢雅の言葉に、思わず少女はきょとんと目を見開く。
 仮面ライダーは、この世界の支配権を担っている存在だ。それをあっさりと裏切ったと言い切り、あまつさえ処分の対象である人間を守ろうなどと言う。
「あなた、変わってます」
「変わり者じゃなきゃ、ライダーを裏切ろうなんざ思わねぇだろ?」
 ニヒ、と笑う祢雅につられ、思わず少女も笑う。
 彼は、どうやら他人を惹きつける何かを持っているらしい。完全に、と言う訳ではないが、ある程度の信頼は出来るかもしれない。
 そう思い、少女はそのつられた笑顔のまま……
「私は、夏海です。光夏海」
「光か……この闇の世界に差す、一条の希望……良い名だ、気に入ったぜ、お嬢さん」
 夏海の名を聞いて、祢雅はまたしてもニヒと笑いながらそう言った。


「そもそも、何故彼らは人間を抹殺しようとしているのでしょう?」
 どこかの廃工場……祢雅の根城らしい……に到着するや否や、夏海は彼に問いかける。
 仮面ライダーである彼なら、その理由を知っているかもしれない。そう思ったからだ。
 一方で問われた方は、二人分のコーヒーを用意しながら、夏海の方を見向きもせずに言葉を紡ぐ。
「……あいつらは、人間が怖ぇんだよ」
「え……?」
 思いもしなかった言葉に、夏海は驚いたような声を上げる。
 人間が、怖い……その意味がよく分らない。
 モンスターである彼らの方が、人間よりも力がある。人間など、取るに足らない存在のはずだ。それなのに、怖いとはどういう意味なのだろう。
「知識の面で、人間とモンスターは非常に近い。そうなるとな、『寝首をかかれるんじゃないか』って思って冷や冷やする……つまり、疑心暗鬼って奴だな。馬鹿らしい事だけどよ」
「……そんな事、ありえません!」
「どうかな? 実際、ホモ・サピエンス・サピエンス……つまり今の人間の始祖は残ったが、それに近い類人猿だったホモ・ネアンデルタールシスは滅んだ。……何でだと思う?」
 出来上がったコーヒーをカップに注ぎながら、今度は祢雅が夏海に問う。
 進化の過程で人間が残り、類人猿が滅びた理由。
 単純に考えるなら、類人猿は環境の変化に適応できなかったから、と考えるのが妥当なところだ。だが……祢雅の言いたい事は、恐らく違う。
 誘導尋問のような問いだが、今の状況を考えれば彼の考える答えはこうだろう。
「……人間が、自分達に近い存在である類人猿を恐れて、駆逐した……って事ですか?」
「多分、な。そうじゃなきゃ、良く似た連中が環境の変化如きでぷつんと滅びるとは思えない。少なくとも俺サマはな。……ほらよ。アメリカンだが、豆達の仕事した結果だ。味わって飲め」
 差し出されたコーヒーは、確かに色がとても薄いが……香りも良いし、味も程良い。
 無意識の内に緊張が解れ、夏海の体から適度に力が抜けるのを感じた。
「肩肘張ってても、何も良い事なんざねぇ。リラックスできる時は、思い切り力を抜いちまいな。人生、メリハリって大事だぜ?」
「……そう、ですね」
「つっても、こんな色気のねぇ場所でリラックスもへったくれもねぇだろうけど。悪ぃな、お嬢さん」
 ニヒ、と笑う祢雅に、夏海も柔らかい笑みを返す。
 そう言えば。
 どうしてこの男は、仮面ライダーでありながら人間を守るような事をするのだろう。確か、「仮面ライダーの裏切り者」と言っていたが……
 それを問うて良いのかわからず、夏海の手がぴたりと止まる。
 その仕草を勘違いしたのか、彼は慌てたように夏海の顔を覗き込み……
「お、おい、どうした? コーヒー、不味かったか? それとも変な物でも入ってたか?」
「あ、いえそうじゃなくて……ただ、不思議に思ったんです」
「ああ……俺サマが連中を裏切った理由、か?」
「よく分りましたね」
「それ位しかねぇだろ、不思議に思いそうなモンって」
 困ったような、だけどほっとしたような奇妙な表情を浮かべ、祢雅は夏海の前に座る。
 やはり、聞いてはいけない事だったのだろうか。
 夏海がそう思うより先に、祢雅は特に気を悪くした風でもなくニヒ、と笑い……
「うーん、そうだな……強いて言うなら、これ、かなぁ?」
 言いながら、祢雅が指し示したのは手元にあるコーヒー。そしてそれを見つめる彼の瞳は、とても穏やかだった。
「俺サマだって、昔はその辺のライダーと同じ、人間を見つけては殺しまくる最低なヤローだった。その時は、人間を殺すのが当たり前、この世界はモンスターとライダーの管理する物……そう、思ってた」
 言いながら、彼の目が険しくなる。
 どうやら昔の自分に対して嫌悪しているのだろうと、夏海には理解できた。
 それでも声をかけないは、彼の懺悔にも似た言葉を聞きたいと、自分から願ったせいかもしれない。
「だけどさ、ある人間が、ライダーである俺サマの姿を見ても、動じない所か……俺サマに、水筒に入ったコーヒーを差し出しやがった。『疲れてるみたいですね』とか言ってさ。正直、馬鹿じゃねーのかって思ったんだけど……何でかなぁ、変身を解いて、それ、飲んでみたんだ。実際、働き詰めで疲れてたし、相手は『所詮は人間、いつでも殺せる』って」
「分りました。そのコーヒーがとても美味しくて、それで改心したんですね」
「……んにゃ。逆。そいつのコーヒーがすっげー不味くてなぁ。疲れだけじゃなくて、意識まで吹っ飛びそうな不味さだったんだよ。いや、アレは流石に俺サマもびっくりした。殺してやろうかって気も失せる位」
 その時の事を思い出したのか、祢雅は楽しそうにクスクスと笑う。
「あまりの不味さに、思わず俺サマ、その場でそいつを正座させて大説教。別にコーヒーに煩い訳じゃなかったんだけど……」
 そこまで酷かったのか、と夏海は心の中でツッコミを入れるが、楽しそうな祢雅の顔を見てそれを声に出すのは控える。
 恐らく、彼にとってはとても楽しい思い出なのだろう。
「で、聞いてみたら、そいつの夢は人間、モンスター、ライダー問わず美味しいと言ってくれるコーヒーを淹れる事だって言うんだよ。思わず、『アホかテメェはっ!』ってツッコんだ後、『見逃してやるから修行して出直せ!』って怒鳴ってた」
 多分、次に期待してたんだろうなぁと付け足し、彼はカップの中のコーヒーを飲み干す。その顔には、苦笑が浮いており、目元にはうっすらと涙が浮いている。
「……亡くなったんですか、その人」
「…………ああ。俺に会いに来たらしくてな水筒持ってこっち向かって走ってきた所を……ダークキバ、音也のヤローにバッサリと、な。水筒の中身は……多少進歩してたけど…………涙が止まらない程不味いコーヒー」
 自分の目に涙が浮いている事に気付いたらしい。祢雅はそれが零れ落ちぬよう、ぐっと上を向いて言葉を続ける。
 その声は震えていて……泣き出しそうなのを必死に堪えているように聞こえた。
「そン時からかなぁ……人間も、モンスターも、ライダーも、同じなんじゃないかって思うようになっちまってさ。俺が殺しちまった命は戻らねぇし、罪は消えねぇけど……せめて、あのヤローの夢であるコレだけは、叶えてやりてぇかなって思って。そしたら、いつの間にかライダーを裏切ってた」
 涙を堪えきったのか、僅かに目頭は赤かったが、彼はニヒ、といつもと同じ笑みを浮かべ、夏海を見やる。
 ……人間も、ライダーも、モンスターも同じ。
 そんな風に思える存在は、一体どれだけいる事だろう。少なくとも夏海にはそうは思えない。
 ライダーに殺された仲間、モンスターに成り代わられた家族、そう言った物が存在する以上、同じとは到底思えなかった。
「考え方ってのは人ぞれぞれだから、強制はしねーよ。お嬢さんがモンスターやライダーを憎むのは当然だしな」
 ポン、と夏海の頭に手を置き、そう言った瞬間。
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