妄想特撮シリーズ

□彼ノ見タユメ
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「おや、もう『行く』のですか?」
 金の髪、中国の王族衣装を思わせる、臙脂色の派手な服装を着た青年が、彼……ブレドランに問いかけた。「行く」の部分を、何故か強調して。
――何故、「彼」がこの場にいるのだろう?――
 一瞬、そんな疑念がブレドランの頭の中に浮かぶが……すぐにその疑念も消えた。
――ああ、そう言えば今日は、私の旅立ちの日でしたね――
 納得すると、ブレドランは目の前に立つ「お師匠様」の顔を一瞥し、深々と頭を下げた。
 地上に降りてきた際、最初に出会った人物。それが「彼」だ。人間で無い事はすぐに分った。そして、その瞳の奥に宿る狂気にも。しかし、それでもブレドランは彼を師と呼び、彼の持つ「力」を学んだ。
 強くなりたいという願望が有った事もあるが、それ以上に彼は、いずれ敵となるであろう存在の力を知っておくべきだと思ったから。
 一通りの技を身につけ、「彼」から独り立ちの許可を貰ったのが、昨日。そして今、自分は彼から巣立つ。……星を護る使命を持つ者……「護星天使」としての役目を果たす為に。
「ええ。星を護る者としての役割を考える為に」
「そうですか」
 ククッと、青年は喉の奥で卑らしく笑う。その笑い方が、何かを企んでいるようで……ブレドランは、あまり好きにはなれなかった。
 ひょっとすると、同族嫌悪と言う物だったのかも知れないが。
「あなたには感謝しています。私に戦う術を教えてくれた」
「それは何より」
 青年に礼を言うと、彼はこちらが本心でない事を分っているらしく、蔑むようにこちらを見た。
 だが、蔑んでいるのはこちらも同じかと、ブレドランは思う。相手は不老不死故に、やりたい事もやるべき事も見つけられない、哀れな存在。やりたい事をやりつくしてしまったから、そして一人きりの永遠に耐えられなくなったから、世界を破壊しようと目論む「彼」。
 その彼の目論みに気付いていながらも、ブレドランは彼に戦う術を学んだ。
 天装術だけでは、「彼」をはじめとする、「星への脅威」に勝てないと踏んでいたから。ブレドランの役目は、「地球を守ること」にある。その為なら、いずれ敵になるであろう存在に対しても頭を下げ、教えを乞う事を厭わない。そう言う意味では、ブレドランはプライドの高い天使であったと言えた。
「それで? 獣の力を手にしたあなたが、次に向かうのは?」
「とりあえず……『護星界に最も近い場所』に赴こうかと」
 そう答えただけで、「彼」は自分がどこへ向かおうか分ったらしい。クックと再び喉の奥で笑った。
 きっと、その後の行動までも彼は見透かしているのだろう。彼と自分は、考え方がよく似ている。目的のためには手段を選ばない部分など、特にそうだ。
 異なるのは……「地球」に対する思いだけ。そこだけは真逆の考え方を持っているが故に、似ているのに絶対に受け入れられない相手だと思う。
「それでは……二度とあなたと出会う事が無い様、祈っております……お師匠様」
「フフフ……あなたは、実に可愛い弟子でした。今後、幻獣エンジェル拳の使い手を名乗ると良いでしょう」
「……遠慮いたします。それに、天使は獣ではない」
「おや、失礼。もっと性質の悪い生き物でしたね」
 最後まで嫌味たらしくそう言うと、「彼」は金色の龍の姿になって、ブレドランの目の前から姿を消した。
――性質が悪い、か。確かにな――
 心の中で、ブレドランは己に「戦う術」を教えてくれた彼の言葉に頷き……背中の羽根を開いて、次の目的地に向かう。


 私は、いつの間にここに到着したのだろう?
 つい先程「ここ」に向かったはずなのに、目の前で見知らぬ二人が言い争っている。
 一方は青銀色の異形。女性だろうか。小柄だがどこと無く年季と、それに見合った威厳を感じさせる。そしてもう一方は……巨人と言っても差し支えない大きさの、どこか溶岩を連想させる異形。基本的には黒だが、腹部や持っている棍の先などは橙。
「何故分らん! 人間と言う存在は、三界にとって害悪でしかないという事に!」
 黒い方が怒鳴ると共に、彼の棍からは煌々と炎が燃え盛る。
 恐らく、彼が司っている物が「炎」なのだろう。
 それに相対するように、女性はその手を軽く振るって雪を降らせ、その炎をやんわりと消した。
「お前こそ、何故理解しない。我々は過度に干渉すべきではない。地上界の事は、そこに住まう存在に委ねるべきだ」
「……どうだかな。貴様らの事だ。自分達を崇める存在が欲しいだけだろう?」
 苛立ったように、そして小ばかにしたように。黒い異形は、青い異形に向かってそう吐き捨てる。
 だが、ブレドランはその言葉に弾かれたように顔を上げた。
――同じだ、私と――
 黒い異形の言葉に、図らずも共感したのだ。
 人間と言う存在が、この星にとって害悪でしか無いと言う事実を感じている部分も、そして何よりも、その自分が属する「世界」が、彼らを管理する事で己の自尊心を保っているだけに過ぎないと思っている事も。
「もう良い。見切りが付いた。俺はここから出て行く」
「出て行って……どこに向かう?」
「決まっている。地底だ」
 くるりと踵を返し、彼はずん、と足音を響かせてブレドランの側に向かって来る。その足音は、とても苛立たしげで……同時に嘆いているようにも聞こえた。
 ひょっとすると、自分は今、その彼にかつての自分を重ねているのかも知れない。
 ……護星界を捨て、「堕天使」となる事を決意した自分と。
 だからだろうか。我知らず、ブレドランはその彼の前に躍り出て、跪いていた。
「……誰だ、貴様? 見た事の無い顔だが」
「私の名はブレドラン。元……護星天使です」
 「護星天使」の単語を聞くと、軽く彼は顔を顰め……そして、訝しげにブレドランを見下ろした。
「こことは違う天空の住人が、俺に何の用だ?」
「用と言う程ではございません。貴方様の意見に共感し、貴方様の行く先に付いて行きたいと、そう思っただけでございます」
「……何?」
「私も、常々思っておりました。人間に、守護する価値はあるのかと」
 素直な感情を彼に述べると、巨人は少しだけ考え……そして、大声で笑った。
「成程な、だから『元』が付くのか」
 カラカラと笑うその様は、「お師匠様」とは違い、明るく真っ直ぐだった。
 恐らく、自分はこうは笑えない。その点はきっと、「お師匠様」の様な、嫌な笑い方をするのだろう。
「構わん。付いて来い。共に追放された……いや、見捨てた者同士で」
「はっ。ところで……貴方の事は、何とお呼びすれば?」
「そうだな……ここの住人としての名は捨てたい。だから、お前が好きに決めろ」
 肩の上に乗せられながら、ブレドランは彼にそう言われ……彼に合う名を考える。
 炎の力を持つ者。聖者ではなく、これからは魔人……否、魔神として生きる者。それに相応しい名は、ブレドランの知る中ではたった一つしかない。
 「火炎魔人」を意味する怪物の名。それは……
「では……イフリート。イフリート様と言うのは、いかがでしょう?」
「イフリート……火の魔物の名か。気に入った。今日から俺は、イフリートだ!」
 そう言って……イフリートが、いつの間にか目の前にあった大扉を大きく開け放つ。
 そこには、真の闇が広がっていた。光はおろか、辺りを照らす炎さえも存在しない。
「ははっ。どうやらここに炎が無いと言う噂は、本当だったらしいな」
 カラカラと笑うイフリートが、自身の棍の先に火を灯す。それに驚いたのか、彼の足元に纏わり付いていたこの世界の住人達が、驚いたように大きく後退る。
 だが、それとは逆に……イフリートに向かって、九つの影が近付いていたのを、ブレドランは見逃さなかった……
「さあ、ブレドラン。ここから全ての開始だ」


「ちょっとブレドラン! いつまで眠ってるの?」
「眠ってるの?」
――え?――
 二人の少女の声に起こされ、ブレドランは自分の置かれた状況を整理する。
――おかしいですね、ここに来た時の夢を見るなどと――
 フフ、と自嘲気味に笑いながら、ブレドランは目の前の二人に対して軽く頭を下げる。
「おはようございます、お二人共」
「今日は離反者の所に出向くって話でしょ!?」
「話でしょ!?」
 パンクファッションの少女に続くように、ゴスロリファッションの少女が喋る。それが彼女達の特徴だ。
 元々は一人の存在なのだが、「お師匠様」と同じで「不死」らしい。「お師匠様」は破壊活動で己の孤独や退屈を紛らわそうとしていたが、彼女は「二人に分裂する」事で孤独と退屈を紛らわしているらしい。
 ある意味、賢いやり方だと感心する。
「離反者……グランドクロスの大魔女の所でしたか?」
「違うわよ。あっちは協力者。離反者って言うのは、幽魔の方。チュパカブラのブレドランともあろう者が、まだ寝惚けてる訳?」
 分裂を解除し、どこか蝙蝠のような格好の異形に戻った「彼女」が、呆れたような声を上げた。
――寝惚けている……?――
 ああ、そうかもしれない。随分と頭が惚けている様な印象を持つ。
 最近は「あちら」に潜入する為、色々と忙しかった事を覚えている。
 「離反者」達の首謀者の名前、彼らを処分する為の方法を考えていた他、どうやって人間諸共処分するかの策を巡らせていた。
 人間はこの星を破壊する。
 星を護るには、人間の抹消が必要不可欠。
 その考えは変わらない。人間は愚かで、この星の事など考えていない。
「申し訳ありません。この所、忙しかった物ですから」
「大丈夫なの、あんた? 少し顔色が悪いようだけど?」
「ご心配には及びません。それに、元々こう言った顔色ですよ」
 珍しく心配してくる「彼女」に向かって笑いつつ、ブレドランは自身の顔を軽く撫でる。
 青い顔は、昔の……「護星天使」だった頃の面影を完全に消し、今ではこの地の住人と対して変わりない「異形」とも言える格好になっている。「チュパカブラ」と言う種族名も貰い、それなりに馴染んでいる。
 そんな中、イフリートから下された使命は、「離反者」の監視と抹殺だった。
 彼らは自らを「幽魔殿」と名乗り、地上界を崩壊させようと目論んでいる。この地の存在は皆、地上の支配を確かに望んでいるが……崩壊までは何も望んでいない。壊れてしまっては、支配のしようが無いからだ。
「全く……あの連中と来たら、何を考えているのかしら」
「考え方が、根本的に合わなかったのでしょう。破壊したいと言う願いと、支配したいと言う願いは、似て非なる物ですから」
 そう。自分がかつて護星界を去った時と同じだ。「星を護りたい」と言う気持ちは同じなのに、見ている先が異なった。だから袂を分った。それだけだ。
 幽魔殿を名乗る連中の目的は理解できないが、ここから飛び出すに至った時の心境は理解できる。
「とにかく、今日からしばらくの間はチュパカブラの『武レドラン』としてあちらの動向を探りますよ」
「頼んだわよ、ブレドラン」
「ええ。では、行って来ますよ」
 恭しい態度を見せながら、彼は「彼女」に向かって一礼すると……そのまま、ゆっくりと闇の中を進んで行った。
「決して、大切な物を無くさない様にしなさいよ」
 そんな「彼女」の声を、背に受けながら……
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