企画モノ

□一念企画
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「君が何故、危険を冒してまで儲けたがるのか分からない」
 心底分からないと言いたげな表情で、その男性は自らの首を軽くひねる。
 彼の外見に、これと言った特徴はない。眼鏡をかけている訳でもなければ、大きな黒子がある訳でもない。しかしだからと言って肌理の細かい肌をしている訳でもなく、あえて評価するなら「可もなく不可もなく」と言ったところだろうか。
 問われた側……「星の壱」であるエステル自身、あまり個性的とは言えない造形を持っているが、それに輪をかけて目の前の男性は個性がない。自分の事は棚に上げ、それでよく「商人」が務まるものだと感心すらしてしまう。
 エステルの前にいる青年の名は須方(すがた) 宣彦(のぶひこ)。先にも述べた通り、職業はエステルと同じく「商人」だ。
 エステルと異なるのは、目の前の青年は、身体面ではごく普通の人間である事、そして商売に対する考え方だ。
 常に最大の利益を欲する……「いかにあくどく儲けるか」を第一に考えるエステルとは対照的に、宣彦は常に安全な利益を欲する……つまり「いかに安全に儲けるか」に主眼を置いている。
 それに、彼は己の収益に激しい執着はない。常に「三番目くらいの成績を取る」事で、己の平穏な生活を維持しようとしている。
 性格だけなら、まるでどこかの漫画に登場する「手フェチ殺人鬼」を髣髴とさせる気がしなくもないが、アレから殺人衝動を抜いた人物だと思えば間違いないだろう。
 だからこそ、商売敵であるのにエステルが「仲良く」しているのだ。宣彦は、エステルの商売を邪魔する事のリスクを知っている。平穏、安全を第一に考える彼が、エステルから仕事を奪うような事はないと断言できる。稀に仕事の内容が重なる事があるものの、その時は綺麗に住み分ける方法を提案してくる程度に慎重だ。
 恐らく今回は、偶然にもこちらの取引を見られたのだろう。半ばエステルの信者と化している常連客、小亥沼(こいぬま) 秋良(あきら)が帰った直後、彼はその姿を現した。
「おや、今回は然程危険な取引ではなかったはずですが?」
「…………あれで?」
 怪訝そうな表情で宣彦は言うが、エステルには何が「危険」と判断されたのか、本気で分かっていないらしい。彼にしては珍しく、ぱちくりと目を瞬かせて軽く首を傾げた。
 売った物と言えば、トゲ付きの鉄球……俗にモーニングスターと呼ばれる武器と、「フレイム」のガイアメモリ、それと街を一つ軽く吹き飛ばす程度の威力しかない小型爆弾だけなのだが、それのどこが危険だと言うのか。
――まあ、ごく当たり前の商品ですよね――
 そんな風に思いながら宣彦を見ていると、彼の方はどこか諦めた様な溜息を吐き出した。
 あの程度を「危険」と認識するような人間だ。恐らくこれ以上深く突っ込めば、彼の言う「安定した生活」が望めないと理解したのだろう。
「先の取引が危険かどうかはともかく、私は最大の利益を求める性質ですからね。安全に、ちまちまと儲けると言うのは、割に合わないのですよ」
「世の中には、『急がば回れ』と言う格言があるんだけれども」
「それは、主観の違いです。私も権謀術数用いて、巡り巡って儲ける様に回っているんですよ?」
「それで赤字が出るなら、意味がないと思うけどね」
 ふう、と呆れ気味の溜息を吐き出し、宣彦はエステルの顔を見やる。
 流石に怒るか、と思ったが、エステル自身も多少の自覚はあるのか、ばつの悪そうな表情を浮かべるだけで何も仕掛けては来なかった。
「どうしても、途中で『不確定要素』が入ってしまうんですよ。例えばそう……貴方や蝶野(ちょうの) 風香(ふうか)と言った、『因果律の異なる世界』からやって来てしまった者などの介入がね」
「介入した覚えはない。君の行商にちょっかいを出せば、安全とは真逆の生活が待っているから」
「そのつもりがなくても、巡り巡って私の赤字に直結するんです。貴方は然程ではありませんが……蝶野風香、あの女は……」
 言いながら、どうやら何かを思い出したらしい。エステルはぎゅうと己の拳を握りしめると、ぶるぶると体を戦慄かせ、悔しそうに唇を噛んだ。
 宣彦は本来、この世界の生まれではない。そもそも、「22の神々」と呼ばれる者達が試験的に作り出した世界の人間ですらない。
 本来なら交わるはずもない世界に生まれたにも関わらず、ふとした拍子に一年前、この「皇帝」と呼ばれる存在が統治する世界に迷い込んできてしまった。
 ……勿論、最初は戸惑った。しかし元来彼は「安心で安全な生活さえ送れれば良い」と言う考えの持ち主。
 「何が何でも戻る」と言う危険を冒さずに、この世界に定住する事を選んだ。
 とは言え、「因果律が異なる」せいか、「安全だ」と思ってとっている行動は、本人が思い描いた「安全」からはかけ離れた交友関係を構築してしまっている。
 だが、宣彦はそれに気付いていないらしい。エステルの事も、ただの「悪徳商人」と言う認識しかしておらず、彼もまた根幹を担う「神」の一人である事は知らずにいた。
 そんな彼を見ていたのは、宣彦だけではなかったらしい。
「随分と悔しそうだねぇ、エステル卿。文字通り、世界を股にかける商売人でありながら、ポーカーフェイスを崩すのはいかがなものかと思うよ?」
「……貴方ですか、『陰貌(いんぼう)』」
「こんにちは。……貴方が来ると、ますます平穏な商売から遠ざかるから嫌なんだが」
 どこからともなく現れた存在に、エステルと宣彦、二人が共に顔を軽く顰めて言葉を返す。
 相手は男性だろうか。丈の長いコートに手首までのケープを合わせた様な外套……所謂「インバネスコート」と呼ばれるそれを着た彼は、そんな二人に対して咥えていたパイプを口から離して軽く持ち上げる。
 コートのデザインと色合いのせいか、一見するとかの名探偵、シャーロック・ホームズを連想させる格好なのだが、その表情は目深に被られた鳥打帽の影になっているせいで見えない。ケープを止める飾りには、軟玉(ネフライト)硬玉(ジェダイト)二種類の翡翠が、嫌味にならない程度に飾られている。
 彼は「陰貌のジェイド」と呼ばれている。本名は知られていないし、本人も「それで構わないさ」と言っている為、ジェイドで定着している。呼び名の由来は、飾りの翡翠(ジェイド)と普段から陰に隠れて見えない顔から来ている。
 そして同時に、「陰貌」は「陰謀」ともかかっている事を、二人は知っていた。
 ジェイドも彼らと同業者であり……そして彼の悪名は、「ごく普通」の宣彦の耳にも届いているし、実際に彼の被害にも逢っていた。
「おや、須方卿。そんなに嫌そうな顔をしないでくれたまえよ」
「されるような事しかしていない、ジェイドさんが悪いんです」
「そう言わないでくれたまえ。私はただ、自分の売った物がどのような騒動を起こすのかが楽しみなだけなんだから」
 朗らかな笑い声が、鳥打帽の下から響く。
 ……「陰貌のジェイド」。その趣味は、小さな騒動程度のトラブルを、己の売った商品を介して引き起こし、その結末を見届ける事。
 彼の売る商品全てが、何かしらのトラブルを生む訳ではないのだが、かなりの高頻度で宣彦はそのトラブルに巻き込まれている。この世界に迷い込んで一年が経つが、その間ジェイドの商品が巻き起こしたトラブルに巻き込まれた回数は両手の指では足りない。
 一年程度の付き合いしかない宣彦ですらそうなのだから、それよりももっと長い期間付き合いがあるであろうエステルなどは推して知るべし。
 ほんの少しだけエステルに憐みの情を感じながら、宣彦はちらりと自身の腕時計に目を落とす。
 次の客との待ち合わせには、まだ少し時間があるが……ジェイドがいるとなると、その「少し」が「あっという間」になりかねない事を知っている。
「……次の仕事があるんで、ここで失礼しますね」
「おや、須方卿はご多忙のようだね。……まあ、頑張ってくれたまえ」
 ふふ、と小さな笑い声を上げ、ジェイドは頭を下げてから去っていく宣彦を見送る。
 その姿が完全に見えなくなったのを見計らって、エステルは真剣その物の表情を浮かべると、堅い声をジェイドに投げた。
「それで? 世界を渡り歩く行商人に『なってしまった』あなたが、今日は一体何の御用です?」
「まあ、私はエステル卿のように、自ら進んで商人になった訳ではないけれど」
「結果として行商人をやっているのですから同じ事でしょう。石と仲良く歩いているようですが、まだこの世界に戻るには早いのでは?」
 ジェイドのケープに付いた二つの「翡翠」を指さしながら、エステルは硬い表情のまま言い放つ。
 彼は、ごく普通の人間だった。その点は先程の宣彦と大差ない。ただ、性格は今と同じ、ささやかなトラブルを誘発させ、それを眺めて楽しむと言う悪趣味さを持ってはいたが。
 その生活が一変したのは、彼のケープに付いている「翡翠」を拾った事に起因する。
 その「翡翠」は、彼に「世界を渡る力」をもたらした。ただ、その力は、ジェイド本人が制御できる物ではなかった。「翡翠」の意志でどこかへ飛び、そしてその世界の人間と交流する事を余儀なくされたのだ。
 元来人と関わりあうのに苦痛を感じない性質を持つジェイドが、「世界を渡り歩く気ままな行商人」となるまで、そう長くはかからなかった。その理由の一つとして、「翡翠の意志」を汲取ったからと言うのも、あるのかもしれないが。
「ふむ。実は……私の『翡翠』が、どうやら何かしらの危険を察知したようでね。それでこの世界に緊急帰還したのだよ」
「危険?」
「詳しい話は、私もまだ聞いていないのだが……エトワール卿、お話し願えるかな?」
 ジェイドの言葉に反応するように、彼の影からずるり、と「巨大な唇の様な形の顔をした怪物」……「星の伍」であるエトワールが這い出る様に現れた。
「どこから出ているんですか」
「怪物なら……らしい所から出た方が良い、と。……ジェイドが」
「私達に、無駄な演出はいりません。そもそもあなたは顔でインパクトを稼いでいるんですから、登場にまで非常識加減を発揮しないで下さい。あと、そんな無駄演出を教え込まないで下さい、陰貌の」
 ジトリと冷たい視線をジェイドに送るものの、送られている本人はどこ吹く風。ぷかぷかと煙をくゆらせて、ひょいと肩を竦めるだけにとどまっている。
 それを見て、何を言っても無駄と悟ったのだろう。エステルは溜息を一つ吐き出すと、自身の「家族」とも言える相手に視線を送った。
「それで? どうしたと言うのです、エトワール」
「…………エトワロイド、盗まれた」
「……は?」
「ほう? それはまた」
 心なしか落ち込んだような声で放たれた言葉の意味を理解しきれなかったのだろうか。エステルは珍しくきょとんと目を瞬かせ、ジェイドも驚いたような声を上げた。
 エトワロイド。それは、エトワールが「女帝の世界」に現れた侵略集団「エヴォリアン」において、「明滅の使徒」と言う肩書を用いた時に生み出す……事もある、彼専用の「異形」の総称。
 絵画や音楽から異形を生み出す彼らに合わせ、エトワロイドはエトワールが作り出した「彫刻」に命を宿させた存在だ。
 とは言え、彼がエヴォリアンとして活動した期間は非常に短い。しかもエトワール自身に妙な拘りがあるせいなのか、エトワロイドの数は両手の指で足りる程度の数しか存在しない。
 それが「盗まれた」。「家出した」、「居なくなった」と言うなら、まだ「そりゃあ一応は生きていますからね」の一言で済むが、「盗まれた」と断言されるとなると、こんな反応を返しても当然と言えるだろう。
 まして相手は曲がりなりにも「神」と称される「星」の一角。そこから盗みを働くなど、怖いもの知らずと言うべきか、それとも単純に運が悪いだけなのか。
 そんな風に思っている間に、他の「星」の面々が姿を見せはじめた。
 エステルが仕事をしている間、彼らだけで探していたのだろうか。その顔には少しだけ疲労の色が浮かんで見える。
「盗まれたのはエトワロイドが一つ、『阿修羅(あしゅら)』よ」
 「星の弐」、星髪爪牙の放った一言に、エステルの顔が微かに歪む。
 エトワロイド、「阿修羅」。その存在ならばジェイドも知っている。寡黙なエトワールから生まれたとは思えない程、お喋りで陽気な三面の異形だ。強面かつ近寄り難い印象の外見とは裏腹に、非常に愉快な存在。
「あのウザったい三面鬼ですか」
「阿修羅は……一応、神」
「知ってます? 一神教の世界では、他の宗教の神は皆、悪魔として扱われるんですよ」
「七人一組の『神』であるエステル卿が言うと、実に説得力に欠けるねぇ」
「私達を『神』と呼ぶのはニンゲンだけですよ。そもそも、ズヴェズダの姿の時点で悪魔そのものなので、何の問題もありません」
 エトワールとジェイドのツッコミに対し、エステルはドヤ顔で返す。が、すぐに真顔に戻ると他の面々を一瞥した。
 普段は印象に残らないような顔なのに、真剣な表情をしている時はやはり「神」の一柱なのだと、ジェイドは実感する。
 この事を先程の宣彦に教えたら、それはそれで面白そうな事が起こりそうな気がしなくもないが……その場合、「トラブル」程度ではすまない騒動が起こりそうな気もするので、そっと思うだけに留めておくことにした。
 何しろ彼は、「因果律の異なる世界」の住人だ。こちらが予想する「原因と結果」が、彼には当てはまらない。
 何のトラブルも起きないはずの商品を仲介した時も、何がどう作用したのか、「この世界」へレジェンドルガと呼ばれる者達がこの世界へやってくると言う事態に発展してしまったくらいなのだから。
「それはともかく、『盗まれた』とはどういう意味です?」
「そ、そのまんま、みたいです。エトワールさんが、その……彫刻刀の砥ぎから戻ってきたら……こんなカードがあったんですぅ」
 おずおずと、「悪魔そのもの」と称される外見を持つ「星の陸」、ズヴェズダが差し出したカードを見てみれば。
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