企画モノ

□三捻企画
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 風都。政令指定都市一歩手前、産業も発達する一方で古き良き昭和の香りも漂う、「風の街」。
 その街の片隅、滅多に人の立ち寄らない区画があった。といっても、別段何かおどろおどろしい噂だとか、危険だとか、あるいは私有地だとか、そう言った理由はない。物理的に立地条件が悪く、足を踏み入れにくいだけだ。
 しかしながら、そんな区画にも一応は行政、特に消防や警察、病院などは配置されている訳で。
 私、紙家(かみや) (こまる)は、諸事情あってこの地域の駐在を、「同居人」と共に任されている身である。ここに赴任してから三年が経つが、まあそれなりにやって行けていると思う。
 正直、駐在でも何でも、警察官やってられる事にびっくりするが、そこは風都ののんびりクオリティなのか、あるいは何か怪しげな圧力でもかかっているのか、ただの厄介払いなのか。
 ……厄介払い説が濃厚だが、この状況で贅沢は言ってられない。むしろ駐在さんとはいえ、公務員として働けるなんてありがたい。
 幸か不幸か、この地域の住人は少なく、また大きなトラブルなども滅多にないので、お巡りさんとしての仕事など、巡回という名のお年寄りの話し相手になる程度なのだが。
 往々にして平穏で平凡な日々を送らせてもらっているが、稀にちょっとした波風もあるもので……
「ちょっとそこの困った子!」
「あ、こんにちは、アウィスさん。今日のコスプレカラーは濃い紫ですか」
 飛び込んできたのは、この区画に住む数少ない住人の一人、アウィスさん。
 「アウィス」というのが本名ではないとは思うし、実際に住民登録されている名前は「御兒野(おにの) 小鳥(ことり)」であるが、アウィスさんと呼ばないと返事をしないのでそう呼んでいる。
 この区画の中でも更に立地条件の悪い山奥の、古く見せたデザインの洋館に一人で住み、常に魔女のコスプレをしている、自称「オニ」という変わり者だ。
 ……魔女の格好なのに「オニ」とは、これいかに。
「どうしました? また異臭騒ぎでも起こしました?」
「失礼ね! この間はちょっと失敗しただけよ! ふざけた事言うと、練れば練る程色が変わる例のお菓子を魔改造して出来た、バタークリーム味を口の中に突っ込むわよ♪ しかも練るとコンポタ味に変わる、奇天烈なオマケ付きで♪」
「うーん、あの粉っぽさでバタークリームからのコンポタ味は、ちょっと……しかもそんな楽しそうに言わないで下さい」
 びしいっと効果音でも付きそうなほど勢いよく、トップに星のついたステッキを突き付けながら言うアウィスさんがにやりと笑う。
 魔女の格好をしているせいか、脳内で彼女が大きな瓶だか壺だかをぐーりぐーりと掻き混ぜ、「てーれっててー」というCMソングが頭の中を過る。
 いや、アウィスさんの方があのCMよりも十二分に若々しいんだけど。
「って、そんな事はどうでも良いのよ♪ 何か楽しい事ないの? 事件とか事件とか事件とか。ヒトの怨みを集められそうなやつ♪」
「悪趣味ですよ、アウィスさん。それに、この人口が少なくてしかも住人がのほほんな区域で、そんなのがある訳ないじゃないですか」
「チッ」
「せいぜいが、風都タワーで大きめのイベントがあるらしいって事くらいです」
「ああ、『ダブル・ジョーカー』? ……そうね、アレは確かに楽しそうだわ。色んな意味で♪」
 にやぁ、と漫画などに出てくる悪人のような笑みを浮かべて、アウィスさんは言う。
 「ダブル・ジョーカー」と銘打たれた今度のイベントは、様々な企業が参画しマルチに展開していく一大イベントらしい。それに合わせて、小説や漫画などのメディア展開も行われており、この区画でもそこそこ噂になっている。
 それに何を見出したのかは知らないが、少なくともアウィスさんには何か……彼女が好む、「人の怨み」という物の気配でも感じたのだろう。
 まあ、人が集まる場所ならば、大なり小なり怨みとか妬みとか、そういった物は出てくるだろう。まして多数の企業が集まるイベントならなおの事。
「ただ、アレに今、近付くのは得策じゃないのよね。……困った子、アンタもイベントに近付いちゃダメよ♪」
「え、アウィスさん何か企んでます? もしかしていつぞやのNEVER事件のようなテロとか計画してます?」
「アタシは計画してないわよ♪ 他の連中はどうだか知らないけど♪」
「……犯罪計画を知っていて見逃すのも、罪です」
「心当たり多すぎて、どれから言えばいいのかわっかんな〜い♪」
 溜息混じりに返せば、アウィスさんはくき、と首を傾げ、口元に両の拳を添えて上目使いで返した。
 ……誤魔化す気満々だな。いや、そもそも心当たりが多すぎるって……どれだけ狙われてるんだ、風都タワー。あれか、逆パワースポット的な感じなのか。
 と、ぼんやりと考えていたら、急にアウィスさんは真剣な表情になって……
「まあ、マジな話、何だかんだでアンタの事は気に入ってるのよ。……これだけの期間一緒にいて、狂わない人間って貴重だもの。アタシが楽しむ分にはまだしも、アンタみたいな、ごく普通のニンゲンは近寄っちゃダメ。絶対」
「はぁ……」
「ところで困った子♪ アンタは結婚とか考えてないの? あるいはつきあっている異性とか」
 曖昧に頷きつつ、返せば、アウィスさんは話を唐突に切り替え、魔女の三角帽子の中から番茶の入った水筒を取り出して、それを自前のコップに注ぐ。
 最初は、「魔女の格好なのに番茶!? って言うか帽子から!?」と思った物だが、慣れとは怖いモノで今ではそれが当たり前だと思ってしまっている。
 ……毒されてるなあ、私。
「いきなりですね。何故?」
「女なんてイキモノはね、往々にして独占欲の塊。色恋沙汰となればなお一層強烈な欲を発揮する。女は疑心暗鬼に囚われ、己以外の女などこの世から消えればいいと願い、想う相手以外の男などただのゴミと思う。それなのに、裏切られたら裏切った男を怨みながらも、それ以上に裏切りの理由をこの上なく怨んで『怨』と化す。もしもアンタが執着する相手ってのがいるなら、アタシがそいつを誘惑して、アンタが血涙流すほどの怨念を抱かせて、それを一身に受けてみるのも、心地よさそうだなあ、ってね」
 言いながら、アウィスさんはクスクスと楽しげに笑う。
 言葉だけ聞いていればおどろおどろしいはずなのに、口調がいつもと変わらず明るいせいか、ごく普通の日常会話のように思える。
 そんな訳がないのに、日常会話のように思えてしまう辺り、ひょっとするとアウィスさんには詐欺師の才能があるのかもしれない。詐欺師ってほら、ぶっ飛んだ理論をさも当然であるかのように言って、相手を惑わす能力があるし。
「ぶっちゃけた話、アタシはアンタの『怨念』めいた感情を見てみたいのよ。他人の『怨み』って、アタシの力になるし♪ ついでにアンタもアタシの同類になって、アンタと泥沼の殺し合いとかできる仲になれるなら、それはそれで楽しそうだなーとか思っただけよ、困った子♪」
「生憎、そう言った相手はいません。そもそも、殺し合いとかお断りです」
「あら、残念。割と本気で、アンタをこっちに取り込もうかと思ったのに♪」
 そう口にする割には、残念そうに見えない明るい表情で言うと、アウィスさんはカップの中の番茶を啜る。
 何というか、曲がりなりにも警察官なんですが、私。それを犯罪の道に引きずり込もうとかしないで欲しい。
 ……まあ、この意味不明な勧誘も、毎度の事なので慣れはしたが。
 思いつつ、私も冷蔵庫に入れてあったペットボトルの緑茶を口に含む。と。
「こーまーちゃーん」
 駐在所の外から、女の子の声が響いた。
 この声は、聞き覚えがある。最近ちょくちょくここに遊びに来る、吾妻 霧雨という名の少女の声だ。私自身は彼女と会った回数は多くないが、日誌にはほぼ毎日のように彼女がやって来ている旨が書かれている。
 アウィスさんも彼女の事は知っているらしく、一瞬だけ物凄く嫌そうに顔を顰めた後、しかしすぐにいつもと同じ、少し小ばかにしたような表情を浮かべると、ステッキの先に付いた星で霧雨ちゃんの頭をペシペシと軽く叩いた。
「あら、『塔』のちみっこ♪ 相変わらず小っちゃいわね♪」
「ちみっこってゆーなー! わるまじょー!」
「ほほほほ。ざーんねん♪ お手手が短くて届かないわねー♪」
「うー」
 仲が良いのか悪いのか、「ちみっこ」呼ばわりされて不機嫌になった霧雨ちゃんは、ぐるぐると両手を回してアウィスさんに殴りかかるものの、アウィスさんに額を押さえられて前進できないせいか、その手は結局空ぶるだけで終わる。
 まるでコメディアニメのようだ。和む。霧雨ちゃんがいるだけで、周囲が何というか、和みオーラ全開になるのは何故なんだろう。これが、素直系幼稚園児マジックだろうか。
「で? ちみっこは、この困った子に、何か用なの?」
「こまちゃんじゃなくて、すさちゃんにご用があるの」
「すさちゃんって……ああ、引きこもりっ子?」
 霧雨ちゃんの言う「すさちゃん」というのは、恐らく「同居人」の一人である退(すさる)の事だろう。
 アウィスさんの言う「引きこもりっ子」の呼び名の通り、滅多に人前に出ない。人とのコミュニケーションを苦手とする部類であり、子供に好かれる要素の少ない退に、何の用があるというのか。
「退と? (かける)(まいる)ではなく?」
「ん」
 他の「同居人」の名前を挙げるが、霧雨ちゃんは力強く頷きを返した。
 これが、体育会系で子供好きの欠だとか、理屈っぽくて変人だけど、勉強は人一倍出来る参ならまだ分かるけれど、よりにもよって退?
 情報大好き現実嫌い、むしろいっそデジタルな世界でのみ生きていたいですと公言して憚らない退?
「えっと……うん、まあ、良いけど……ちょっと待ってね」
 言葉を返してから手元のメモ帳に、「霧雨ちゃんが用事」と走り書きを残すと、私は軽く息を吐き出すと、こめかみを軽く叩いて…………


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