キリリク

□本当に怖い鳥の兄妹
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「秋! 果物と言う名の貢物が、この俺サマに集中する時期! と言う訳で茜の持ってるその柿は俺サマが頂いたっ!」
「……そうやって食べまくってぶくぶく太れば良いわ、碧。フォアグラになる日も近いんじゃない? 鶴よりアヒルの方が似合ってるわよ、白だし」
「ふっ。安い挑発だな茜、それには乗らん! 大体、運動会に出てるのにフォアグラになるはずないだろ」
「太れ。『そっくりね〜』なんて誰からも言われないくらいまで肥えろ」
 もぐもぐと、母さんが作ってくれた弁当……にくっついていたデザートを貪り食い、そしてダイエットを謳い始めた妹から奪い取りながら言った俺、吾妻碧に対し、妹の茜が顔を顰めながらそう言った。
 ちなみにこれに似た会話は、弁当を食べ始めてからずっと続いており、一緒のシートに座る父さんと母さんが困った風に笑い、姉ちゃんは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて苦い顔をしている。
 俺と茜は双子だ。二卵性双生児って奴で、一卵性程じゃあないが、(なり)や思考がよく似ている。両親が一緒なんだから、当然と言えば当然なんだけど。違いといえば髪の毛の色と長さと瞳の色と性別くらいだ。
 だが、似過ぎているせいなのか、俺と茜は非常に仲が悪い。周囲は「同族嫌悪だろう」とか何とか言うが、とにかく顔を付き合わせれば悪口の応酬は当たり前。口より先に手、そして手より先に吸命牙とか使徒再生の触手とかが出るという大喧嘩に発展する事もしょっちゅう。
 しかしそれは仕方がない。何故ならこの世界の覇者は一人しか存在できないのだ。いくら俺の妹とは言え、俺サマの覇道を阻むのならば容赦はしない。つかむしろ最大の障害が妹だから、即刻排除すべきだと考えてすらいる。
 …………と、周囲には見せているが、実際は違う。
 幼稚園に通っていた頃は、結構本気で「世界征服してくれるっ! 茜と二人なら可能!!」と言っていたけど、流石にこの年になれば多少は現実も見えてくる。
 「世界征服」なんて面倒だし、後の管理大変そうだし、そもそも「俺が最強だぜヒャッハー!!」とか、そんな自意識過剰な事思う訳ないじゃん、姉ちゃんの方が強いのに。
 茜も同じように達観しているのだが、姉ちゃんが困り果てた顔が見たいのと、どんなに忙しくても相手をしてくれるというメリットがあるから、二人示し合わせて、今でも「俺サマサイキョー! 世界は俺サマの物!」とか馬鹿な事を言って嘘喧嘩をしては姉ちゃんが構ってくれるように仕向けている。
 お陰様で、俺と茜、そして一部の奴を除いた面々が俺達を「痛い子」と思っているのだが……まあ、別に気にしない。むしろそう思っていてくれた方が、動きやすいし。
「ファンガイアもオルフェノクも、基本太らないから。食べてもまともな栄養にならないか、消費が激しすぎて太るどころじゃないかの、二者択一だからね」
「……チッ。ぶくぶく肥えた碧の情けない姿を見て笑い者にしたかったのに」
 姉ちゃんの言葉に、茜が自分の赤い帽子を被り直しつつ、心底残念そうに呟く。
 一方で俺は、白い帽子を被り直して茜を睨みつける。
 勿論、互いに本気じゃないのは了承済みだ。コレもまた、「仲がこの上なく悪い兄妹」を印象付ける為の演技に過ぎない。
 ……いや、流石に運動会で赤と白で別れたのは偶然だろうけど。
 言っていなかったが、今日は俺の学校は運動会である。だから、家族揃ってシート布いてお弁当広げてもぐもぐしてる訳なんだが。
「……肥える、肥えないはこの際置いておくとしてだ。お前ら、この後は何に出るんだ?」
「全校ダンスと、借り物競走」
 父さんの質問に、俺は間髪入れず答えを返す。
 俺達の学年は、午前中に終わった綱引きと、午後一の全校ダンス、そして借り物競争に参加する事になっている。
 騎馬戦は六年生の競技だし、二人三脚は五年生の競技……というように、競技毎で参加できる学年が決まっている。
 正直、もう少し刺激のある競技でも良かったんだけど……まあ、仕方ないか。
「借り物競争ですか。それは、運も必要になりますね」
「……毎年見ていて思うんだけど、この学校の借り物競争、不可能な借り物多くない?」
『それはしょうがないっ!』
 母さんと姉ちゃんの言葉に、俺と茜はきぱっと言い切る。
 俺達がハモった事に驚いてるのか、それとも即座な切り返しに驚いてるのかは知らないが、二人共きょとん、とした表情で俺達二人を見た。
 そんな二人に、俺と茜は「さすが双子」と称されるほどそっくりな笑みを向け……
「だって、それを作ってる奴が奴だもん」
「あの先生、ニンゲン離れしてるから」
――……って言うか、ニンゲンじゃないよな、アレ――
――違うわよね、確実に――
 後半は心の中でだけ茜と言葉を交わす。
 双子ならではのシンパシーって奴なのか、それとも別の要因……オルフェノクとファンガイアのハーフって言う特殊な種族であるせいなのかは分らないが、俺と茜は互いに心の中で話をする事も出来る。
 この事は誰にも言っていない。深い理由はないが、教えてもどうせ意味がないから、言っていないだけだ。
 まあ、この力があるお陰で、いつでもどこでも、嘘喧嘩のタイミングを打ち合わせる事が出来るんだけど。
「……こういう時だけ仲良いわよね、あんたら」
 はっ! まずい! このままでは姉ちゃんに、「実は仲良し兄妹でした」と言う事がばれかねない!
 姉ちゃんの呆れ返ったような声を聞くや、俺と茜は互いに小さく頷きあい……
『仲良くない』
 と、仲良くハモって言ったのだった。


 さて、こんな風に捻くれているとは言え、俺達もれっきとした「小学生」であり子供である。
 何を隠そう、俺は……というか俺達は、今日の運動会を非常に楽しみにしていた。
 純粋にお祭り騒ぎっぽい事が好きなのもあるし、授業が丸一日ないのも嬉しい。体を動かす事は大好きだし、皆で協力して相手を打ち負かすって言うのも良いと思う。
 午後一の全校生徒によるダンスが終わり、しばらくしてから俺達四年生は借り物競争に出場する為に、入場門の方へと呼ばれ、大人しく並んでいた。
 もっとも、時折茜との嘘口喧嘩をしていたから、「大人しく」はなかったかも知れないが。
「……碧、茜」
 そんな俺達を見かねてなのか、担任の先生が少しだけ顔を顰めて俺達に声をかける。
 俺達のクラスの担任は、ちょっと白髪が増えてきたおっさんだ。歳は父さんと変わらなかったはずだが、父さんが年齢の割には若いので、担任の方が余計老けて見える。
「あ、担任」
「先生と呼びなさいと言っているだろう?」
 はあ、と疲れたような溜息を吐き出しつつ、担任はやっぱりしかめっ面で俺に言う。俺も茜も、担任の事を「担任」と呼んでいる。そしてそう呼ぶ度に、担任は「先生と呼べ」と注意する。
 これももう、クラスの中ではいつものやり取りだ。他のクラスメイトは、またやってると無邪気に笑い、担任は疲れたように俺達をねめつける。
 担任からしてみれば、俺と茜は「生意気で手の掛かるクソガキ」だろう。実際、そう思わせるように演技しているのだから、思っていてくれないと困る。でも、テストはいつも百点をとっているし、別に授業を崩壊させてる訳でもないから、親を呼んで注意する事も出来ない。
 だから……担任が、俺達の両親の姿を見るのは、今日が初めてのはずだ。父さんと母さんの勤めている会社は、いつも空気が読めない時期に二人に仕事を振り、行事という行事ほとんどに出られない。代わりに姉ちゃんが保護者代理として出てくれるけど。
「何かしら担任? 今日は碧の馬鹿な言葉をスルーしているつもりだけど? とりあえずは」
「俺サマも誇大妄想激しい愚妹の言葉を、オトナのヨユーって奴で受け流してるぜ。今のところは」
「競技前に喧嘩をするんじゃない。……いや、そうじゃなくて……その、随分と若い親御さんだな」
「父さんは担任と同い年だけど?」
「お母さんも若く見えるけど、実際そうでもないからね? って言うかむしろ年じゃない?」
 動揺を隠そうとして隠しきれてない表情で、担任は俺達に向って言う。
 父さんも母さんも、まあ若く見える。だけど、それは「比較的」であって、余所のおとーさんおかーさんなんかと比べれば、やっぱり少し老けて見えるだろう。特に父さん。
「そ、そうなのか? あまりそうは見えないなぁ……」
 引き攣った笑みを浮かべてそう言うと、担任は借り物競走の準備の為に校庭の方へと歩き出す。
 やっぱり動揺が隠せないのか、チラチラと父さんの方を見ては視線を反らしを繰り返してる。それに父さんも気付いているのか、担任に向って不思議そうな表情を返したのが見えた。
 だけど、すぐに競技開始のアナウンスが響いて……結局俺は、その後の父さんの表情を見る事は出来なかった。
 ……そもそも俺、第一走者だし。茜もだけど。
「フン。借り物競争でも、世界を制する俺サマには勝てない事を嘆き、悲しむがいいっ!」
「碧こそ、支配者たるこの私には勝てないと思い知りなさい」
 と、まあいつもの通りの軽口を叩き合いながら、スタート地点につき……パアン、とスタートピストルの音と共に、俺と茜はそこそこ実力を抑えて走る。全力疾走したら、絶対後で姉ちゃんに怒られるし。
 でも、フツーのニンゲンに負けるのは嫌だから、やっぱり「そこそこ」しか手を抜かない。他の走者を引き離して、「借り物」の書かれた紙の一枚を拾い、広げて、そこにかかれた文字を見る。
  「塔の駒」
 …………おい。何だコレ嫌がらせか?
 思わず先程スタートピストルを鳴らした、この「借り物競争」を難しくしている元凶……体育を得意としている、別のクラスの担任を睨みつけると、彼はニヤリと意地悪く笑った。
 その表情を、茜も見たのだろう。隣で忌々しげに「あの鬼畜片目体育教師っ!」と吐き捨てた。
――おい茜、お前の借り物、何?――
――……「灰燼の記憶」……――
 マジ嫌がらせか!?
 心の中で会話を成立させつつ、俺はもう一回あのヤローに向って睨みつける。相変わらずニヤニヤしてるし、他の生徒も中身見て困惑してるのが分かる。
「…………センセー、交換して良いですかー?」
「良いぜェ。ただし、一回だけなァ」
 ヤローはニヤニヤしながらも、こちらの要求を呑んだ。が、あっさり呑んだって事は、どうせ残りもロクな中身じゃないんだろう。
 そんな風に思いながらも、俺は二枚目をカサカサと開き……そして絶句した。
  「女王」
 ……いやがらせか!!
――私の、今度は「灰の虎 (人物)」とか書いてあるんだけど――
 い・や・が・ら・せ・か!!!
――もうあいつ、殺っちゃって良い? 良いわよね?――
 いやいや、殺れるならとっくの昔に誰かが殺ってるだろ。あいつの上司とか同僚とか仲間とか同類とかその辺が。というか、むしろこの程度で済んでるだけありがたいと思うべきなのかどうなんだ!?
 ギロリと睨みつけてやっても、元凶の体育教師はニヤニヤと笑うだけ。いたいけな子供いたぶって楽しいか!?
 と思わなくもないが、失格にはなりたくない。と言う訳で、俺は「女王」……つまるところファンガイアの「クイーン」である霧雨姉ちゃんの所へ向って走る。
 一方で茜も、「灰の虎 (人物)」をクリアする為に、父さんの所へ向って走るのだった。


 何だかんだで、体育祭も無事……というにはちょっと問題はあったがそれなりに平穏な内に終わり、父さん達に「忘れ物をしたから」と言って先に帰ってもらった後。
 俺達の足元には、恐怖に引き攣った表情を浮かべて倒れている一人の男。そして目の前には呆れたような表情を浮かべて立っている男がいた。
「何だァ? 殺さねぇのか?」
 目の前の男……あの無茶借り物競争を仕組んだ体育教師が、つまらなそうに呟く。一方しか開かないその目は、俺達の足元に倒れた男……担任を冷たく見下ろしている。
 多分、俺達も同じような目で担任を見下ろしているだろう。
「ちょこっと脅しただけで倒れるようなクズ男、私達が手にかけるまでもないわ」
 ぐり、と担任の頭を踏みつけながら、茜が冷たい声で言う。
 こういう時のこいつは、普段言っている「世界を支配する覇者」という戯言(たわごと)も本当になるんじゃないかと思える。
「まあ、こいつのパソコンから、こいつが『知られたら恥ずかしい犯罪』の証拠を警察に送っといたから、社会的な抹殺はされるだろうけど」
「社会的な抹殺、ねぇ。それだけでいいのかァ? こいつは『お前らの父親を一度殺した張本人』だろォ?」
「だから、よ。こいつ死んだ後に、罷り間違って使徒再生しちゃったらいやだもの。お父さんと同じ種族になるとか、虫唾が走る」
 俺らは、ずっと機会を待っていた。父さんを昔、階段から突き落とした「担任」を、殺す機会を。
 殺す、と言っても相手は人間だ。実際本気で殺すつもりは無かった。ただ、父さんの姿を見せて、反省しているなら何もしないつもりだった。
 なのに「担任」は反省どころか、もう一度父さんを殺そうと画策した。事もあろうに俺と茜を人質にして、父さんを誘き出し、もう一度、今度は「蘇れないくらい高い位置から突き落とす」つもりだったらしい。本人がそう言ったんだから、間違いない。
 だから、俺達は本性を見せて、脅した。精神的に殺し、社会的にも殺す為に。
 で……途中経過は割愛するが、俺達は「担任」を生かさず殺さずの状態に追い込み、今に到る。襲ってる最中に駄目体育教師……「星」とか言う連中の一人である天狼がやってきたが、彼は基本的に味方してくれた。
 他に誰も来ないように結界を張り、「担任」を孤立させ、衰弱するまで苛め抜いたのは、俺達じゃなくて天狼の方だ。
 何で教師をやってるのか、というと天狼の同僚であるエステルが、「ダラダラしてるくらいなら働きなさいっ!」と言って、いつの間にか体育教師として働く事にしていたそうだ。ちなみに給料は全額エステルが差し押さえているらしい。
「……そういや、いつの間にその『知られたら恥ずかしい犯罪』の証拠を警察に送ったんだァ?」
「ああ、それはエステルに頼んだ。いくらかバックアップもとってたし、こいつもう終わったね」
「費用は、コレの口座からエステルに今回のお手伝い費用を自由に持ってって良いよって言ったから、私達の財布は痛まない」
 追いつめるなら、長期的に、ジワジワと。短期間で終わらせるつもりはない。
『一生かけて、苦しんでよね。……センセ』
 無邪気な子供を装って。
 俺と茜は、気絶した「担任」に向ってそう言ってやるのだった。





27000番「家族旅行っぽいもの・海」

29000番「Extra Mission 偶にはこんな騒ぎも」


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