キリリク

□ある平凡な一日 ―平日―
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 私は吾妻 霧雨。中学二年、十四歳。
 一応自覚している事として、「親」に構われるのが鬱陶しいお年頃。
 まあ、親と言ったって血の繋がりはないし、戸籍上のつながりもない。私の苗字はいつまで経っても「吾妻」のままだ。
 そもそも、両親だって戸籍上は赤の他人。というかパパは既に死亡した事になっているせいで、そもそも籍なんて入れられない。余所様から見れば、「内縁の夫」、「内縁の妻」って奴だ。
 それでも形だけの結婚式を挙げて丸二年。「結婚式」という名の契約の儀式を行った事でタガが外れたのか、あの人達は近所も羨む「おしどり夫婦」になった。
「霧雨のパパとママってさ、若いよねー」
「う? そう?」
 じゅじゅっと空気が吸い込まれる音を聞きながら、私は紙パックの紅茶オレを飲みつつ、お弁当仲間の一人の言葉にそう返す。
 若い……うーん、確かにママは、実年齢はともかく見た目は二十五とかその辺だから、まあ若い部類に入るだろう。パパは……三十五にしては、衰えていない方かもしれない。結構襲撃に遭ってるから、運動はしてる方だし。
「若いよ。ウチの親なんて、お腹ぽっこりだもん」
「勉強しろしろって煩いしね」
 苦笑しながら言う友人達は、それぞれに自分の親を真似ているのか手でお腹が出っ張っているような仕草を取ったり、目尻を指で押し上げて吊り目にしたりしている。
 うーん、確かにぽっこりお腹でもないし、しつこく勉強しろとは言わないけど……
「それに何より、すっごいラブラブじゃん。私、この間恋人つなぎして買い物行ってるの見たよ?」
「あ、それ私も見た。霧雨みたいな大きな娘がいるのに、まだまだ新婚っぽいとか、若いよねー」
「娘って……知ってるでしょ。私、パパとママの子供じゃないんだってば」
 私が二人の実の子でない事は周知の事実だ。ママの年齢は公には不自然にならないように三十歳って事にしており、それだと私を十六で生んだ事になってしまう。
 このご時勢では然程珍しい事ではないけれど、ママに言わせると
「それでは私が軽い女みたいで嫌ですし、そもそも苗字が違う説明になりません」
 って事で、設定上の私は「十年前に引き取られた親戚の子供」と言う事になっている。
 …………出逢って十年経つというのに、相変わらずパパとママは、見ていて暑苦しいくらいラブラブだ。しかも、すっごいプラトニックな方向で。未だに週末のデートは欠かさないし、家の中でも無駄にいちゃついている。
 それなのに、キスから先に行かないってどういう事!? 今時の私達の年代でさえ、もう少し先に進むよ!?
「十年も一緒にいれば、もう完璧に親子じゃん? 現に霧雨のパパとママって、保護者なんだし」
「そうそう。それに、霧雨の事、すっごく大事にしてるじゃん。……そのお弁当とか」
「…………ん。こういうのがちょっと鬱陶しいんだけどね…………」
 溜息を吐いてから見下ろしたお弁当には、海苔で私に似せたのであろう女の子の切り絵が施されている。他にも、私の好物が取り揃えられている辺り、細やかな心配りを感じる。
 最近、どうもキャラ弁と言う物に目覚めたのか、私の弁当は愛らしいキャラクターが出迎えてくれるようになった。
 それが、重いというか鬱陶しいというか。
「な、なんて贅沢な子っ! こうしてやるっ!」
「そうよ霧雨! こんな可愛いお弁当作ってくれるパパに、なんて事をっ! お仕置き!」
「……ふひゃりひょも、いひゃい」
 大袈裟なまでに友人達が叱り、両隣から私の頬を抓む。
 そう。手元のキャラ弁を作っているのは、パパ……灰猫 弓だ。ママ……彩塔 硝子も時々作ってくれるが、ママの場合は味重視派なので、開けた瞬間に手間隙かけて作ったんだろーなーと思わせる品々が詰められている。
 うん、愛されている実感はあるし、二人の言うように、贅沢な事を言っているのもわかってるんだけどね。
 でも……二人は分っていない。
 あの二人の、いっそ無駄なまでのイチャつき具合を目の当たりにした時の、砂糖とか蜂蜜とか吐きそうな気分を。そしてそれをそのまま「娘」である私に向けられた時の鬱陶しさを。
 それが分るのは、多分パパの中に住み着いてしまっている「灰燼の記憶」であるアッシュ兄ちゃんだけだろう。むしろアッシュ兄ちゃんの方が、パパと四六時中一緒という状況なので、私以上に鬱陶しく思ってるかもしれない。
 そんな事をぼんやりと思いながら、私はもう一度お弁当箱を見下ろすのであった。


 はてさて、眠くなる授業も終わって、放課後。
 今日はクラブもないし、パパもママも外での仕事の為、家に帰っても誰もいない。
 あの二人のいちゃつきを見なくてすむのはありがたいが、普段ならどちらかがいる家に誰もいないのは、ちょっと寂しい。
 パパは、小説家の仕事を続けている。
 自分の事を書いていた「灰の虎」というシリーズは、相変わらず人気のファンタジー小説として売れているらしい。最近ではアニメ化の話もあるとかないとか。
 他にもちらほらと単発で書いていて、食べるのに困らない程度の売れ行きはあるらしい。
 しかし数年前、何があったかよく分らないのだけど、パパはもう一つの仕事を始めた。ママの「本職」と同じ……「要人警護」というお仕事だ。
 とは言え、それは仕事の内容。本来の肩書きは、ママの場合は「D&P社 常務取締役兼副社長補佐」、パパの場合は「スマートブレイン社 常務取締役筆頭秘書官」らしい。
 D&P社は、元々執行役員をチェックメイトフォーの面々が行なう事になっているので、ママの肩書きは当然だ。って言っても、必要な時だけ顔を出す程度の「重役」らしいけど。
 そしてスマートブレイン社って言う所は……何だかよく分らないけれど、「筆頭秘書官」と呼ばれる人達に、「ラッキークローバー」と呼ばれる上位オルフェノク四人を据えているらしい。
 パパの肩書きも「筆頭書記官」なので、その「ラッキークローバー」の一人に選ばれたのだと思う。
 その話が来た当初、すっごく嫌そうな顔をして何度も断っていたけど……押し切られる形で、今のお仕事もしているらしい。
 結局パパって、押しに弱いんだよね。
 そんな風に思いながら、どこか寄り道でもしようかと決めたその時。
 少し離れた場所に、見慣れた影が二つ並んでいるのが目に見えた。
 スーツを着ているが間違いない。あの影は、パパとママだ。外での仕事中にばったり……と言った感じだろうか。
 それともまさか、仕事中に逢引? それ、ダメじゃない?
 どうせまたイチャイチャしているんだろうし、二人の時間を邪魔するのも申し訳ないから、こっそりその場から離れようかと思ったんだけど。
 ……なんか、様子がおかしい。いつものいちゃついてる時のデレデレした顔じゃなくて、何と言うか……襲撃された時に浮かべるような、真剣な表情をしている。
 と、思ったのとほぼ同時。獣の咆哮に似た声が響いたかと思うと、パパとママが仲良くこちらに向って吹っ飛んできた。そして、それまで二人のいた場所には、やたら大きな灰色の槍……って言うか棘って言うか? な物が突き刺さっていた。
「チッ、あのデカブツがっ!」
「あれ……本当にオルフェノクですか? 違う種類の異形だったりとかしません?」
 風に乗って聞こえてきたパパの怒ってきたような声に、ママの訝しげな声も聞こえる。
 二人の視線の先には、灰色の大きな獣の姿がある。
 ママの言葉が正しければ、あの獣はパパと同じオルフェノクなんだろうけど……うーん、もう完全に獣にしか見えないんだけど、私にも。
 オルフェノクは、一度死んだ人間が、動植物の特性を持って蘇った者。つまり、本来は理性を持つ存在のはず。でも稀に目の前にいる人みたいに、逆に理性を喰われちゃって、完全な獣化する事があるそうだ。
 そのパターンのオルフェノクに、お仕事中に襲撃を受けたって事かな?
 とは言え、パパとママがそう簡単にやられるとは思えないし、あの程度なら大丈夫だよね。半年に一回くらいのペースで来るレベルだし。
 そう思ってそそくさとその場を立ち去ろうとした瞬間。
 ズガガガガガっと言う音と共に、私のすぐ脇を、さっきの「棘」が通り過ぎた。
 ……どーやらあの大きな獣の視界には、私の存在がバッチリ映っていたらしい。ギャオオ、と楽しそうな咆哮を上げ、もう一度「棘」をこっちに向って発射してきた。
 しかも今度は当てる気らしく、ぱっと見た感じ、逃げるのは難しい。
「うわぁ……なんて面倒臭い」
 ぽそっと本音を漏らしつつ、私はまるで勝ち誇ったように吼えている巨大オルフェノクを軽く睨む。
 こういう状況に陥った時、ママはよく「厄介な」って言うけど、私の場合は「面倒臭い」だ。
 怪力のママなら木とかその辺を圧し折って「棘」を叩き落とすだろうし、素早いパパは合間を上手く見つけて逃げるだろう。
 でも、私にはママのような力もなければ、パパのような素早さもない。その代わり……
「裁きの雷を、攻撃型から守護型へ変更。……ブレイズ!」
 ふわっと浮かび上がった「クイーンの紋章」が、私の声に応えるように薄く光る。同時に赤い雷が網のようになって、飛んできた「棘」を全て塵に返した。
 クイーンの力は防御の力。普通は攻撃というか、粛清に使う「裁きの雷」だが、その本来の使い方は粛清ではなく守護にあったらしいと気付いたのはつい最近だ。守りに使う方が、何倍もの力を発揮し、更に破壊力もハンパ無い物に変わる。
 ちょっと自分の力を持て余し気味の時なんかは、誰もいない廃墟で、無意味にこの「守護型」の裁きの雷を発生させて力を発散させている。
 夜にならないし、遠くへ飛んで物を破壊する訳じゃないから、ストレス解消には結構便利なのだ。
 ちょっと前に、偶々やってきた黒い大黒様みたいな怪人が、「八つ当たり的にクイーンの力を垂れ流している」と表現していたけど、あながち間違っていない。思わずその「垂れ流している力」をその怪人にぶつけた物の、残念ながら逃げられてしまった。アレは一体誰だったのか。
 と、今思った所で仕方がない。あの人の事は今度会った時に思いっきりストレス発散の的になってもらうとして。
「やっほー、パパ、ママ。……珍しいね、一緒のお仕事なの?」
「はい。赤い糸ならぬ赤い防刃ロープで結ばれていますから」
「あーはいはい。もうそう言う惚気はいいから。家の中だけでお腹いっぱいですご馳走様」
 声をかけたのは間違いだったかもしんない。
 ママの回答にうんざりした声を返しつつ、私は怒ったように唸っている獣を見上げる。
 こうして見ると、大きな犀みたいな形をしている。でも、犀って棘を発射したりはしないよね?
「ねえパパ。アレ、何?」
「エラスモテリウムオルフェノク。スマートブレインの何代か前の社長、村上の残した負の遺産の一つだと……よ!」
 パパの説明の最中に、エラスモなんとかは私達を踏み潰そうと、前足を勢い良く振り下ろす。だけど、あらかじめそう来ると予測していたらしいパパのお陰で、私もママも……勿論パパも無傷でその攻撃を回避した。
 直後、パパとママはそれぞれ人間態を保ったままで自分の武器を取り出し……
 …………その後、何が起こったのかはまあ言わなくてもわかると思うので割愛。だって、いつもの通りなんだもん。
 ママがエラスモなんとかをボコボコに殴り飛ばし、そこをパパの矢が貫くって言う。あ、一応私も、溜まった魔力の発散がてら攻撃したけど。
 どうやらパパとママは同じ内容の仕事を、それぞれの上司に任されたらしく。あのエラスモなんとかで、今日のお仕事は終わりだったらしい。
 帰路に着いている間にも、やっぱり惚気全開、時々親バカも全開にしてきて……
 あー……今日も鬱陶しいくらいにお熱くて羨ましい関係ですこと。
 と、いつも通りそう思うのだった。



――小噺・その日の帰り道――

「そう言えばさあ、ねえ二人共」
「はい?」
「何だ?」
「私、まだ貰ってないプレゼントがあるんだけど。今度の誕生日には欲しいなぁと」
「プレゼント、ですか?」
「何かねだられてたっけか? つか、お前の誕生日ってまだ半年以上も先だろ」
「…………あ、本気で忘れてる。私、結構真剣に欲しいモノなんだけどなぁ……」
「も、申し訳ありません。きっと大切な物、ですよね?」
「うん、すっごく」
「期間が結構あるからって、俺らに用意できる物なんざ、たかが知れてるぞ」
「大丈夫。むしろパパとママじゃなきゃ用意できない物だし、今言っとかないと絶対間に合わない」
「?」
「??」
「私、弟か妹……願わくば、その両方が欲しいんだけどな〜」
 …………
『なにっ!?』
「ぬねの」
「いやいやいやいやいやいや! 古典的な切り返しは要らなくてだなっ!?」
「そ、そうですよ霧雨さん! そんな……こ、子供、だなんて……」
「えー? もう十年前から言ってる事だし、流石にパパの年齢考えると、そろそろ作らないと見た目的に限界かなーとか? それに、混血の問題なんて渡さんがいるんだから今更じゃん」
「そう言う問題ではなくてですね!?」
「あ。私今日から一週間くらい友達の家に泊まりに行くから、私の事は気にしないで良いから。と、言う訳で、次の誕生日プレゼントを、コウノトリが運んでくるのを楽しみにしてるねー」

古巣の「インタビューバトン」でそんな事言ってたので



5000番「家族」

15000番「カイダン」


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