キリリク

□二人の温度
1ページ/1ページ

 どこかの公園を突っ切るように、白い服装の男女が並んで歩いている。
 女性の方はパンツスーツという固い出で立ちである為か、妙に厳しい印象。その一方で男性の方は、黒いタートルネックの上から白衣を羽織っており、女性とは対照的に、奇妙なまでににこやかな笑顔を浮かべていた。
「あっはっは。珍しいね、風虎ちゃんから買い物に付き合ってくれ、だなんて。はっ! まさかこれって念願のデートのお誘い? だとしたら今日は絶好のデート日和って気がするよ」
「寝言は寝て言え玄金武土。貴様は単なる荷物持ちに過ぎん。今日はその下らん妄想が出来なくなる程こき使ってやる」
「もぉ、風虎ちゃんてば。そんな照れなくて良いのに〜」
「…………貴様の頭は空か?」
 嬉しさで身をくねらせる白衣の男、玄金 武土に対し、相手の白スーツに身を包んだ女、白刀 風虎は絶対零度を思わせる程の冷たい視線を送る。
 が、それすらも玄金の中では愛情に変換されているのだろう。嬉しそうな表情でその冷たい視線を受け止めていた。
「で、どこ行くの? 食べ物? 服? 何ならそのままウェディングドレスでも見に行っちゃう? 風虎ちゃんは基本が白だから、ウェディングドレスも似合うんじゃないかな?」
「電気街で、次に作る物の下見だ、(たわ)け」
「っ! アキバデェェェェト! コスプレ? メイドのコスプレ!? 僕としては激しくネコミミを希望すごぼっ!」
「貴様少し黙れ。そして頭を冷やせ。誰がそんな物を着るかアホらしい」
 白刀の白いパンプスが、玄金の頭頂部を捕え、そのまま近くにある噴水の中へ彼の頭を押し付ける。
 ぐりぐりと躙るように足首にひねりを加えるが、されている方は水面に顔面をツッコミつつも、いっそ不気味さすら感じられる程に爽やかな笑い声を上げていた。
 水中で笑っているので、端から聞けばガボガボと溺れているようにしか聞こえないのだが。
ばっはっはっはっは〜。ぶれびいなば、ぶぶぼびゃんぼべーぼばんで〜(あっはっはっはっは〜。嬉しいなぁ、風虎ちゃんとデートなんて〜)
「……この程度では、やはりこいつの妄想癖は治らんか」
 はあ、と呆れ混じりの溜息を吐きつつ、白刀は玄金の頭にかけていた足を下ろす。
 恐らくは、彼をこのまま水に浸けた所で、時間を無駄に浪費するだけだと判断した為であろう。
「もうデートでも何でも良い。とにかく、買い物に付き合え」
 どこか諦めたような溜息と共にそう言葉を吐き出すと、彼女はすたすたと歩き出した。
 そんな彼女の後を、慌てて起き上がった玄金が追う。髪からはポタポタと水滴が垂れているが、それを気に留めている様子はない。
 そもそも、水に顔を押しこまれていた割に苦しげな様子を微塵も見せていない。一応鼻に水が入ったらしく、ずびずびと洟をすするような仕草をとってはいるが、その他は先程と変わらず、一種の不気味さすら感じられる程の笑顔だ。
 それを横目で見ながら、白刀は思う。
 ……人選を間違えたか、と。


「…………ねえ、風虎ちゃん?」
「何だ、玄金武土」
「流石に……いくら僕でもこれ以上は無理って気がする。そう言う顔、してるでしょ?」
「さあ? 私には見えんな。……物理的に」
 並んで歩く玄金と白刀だが、玄金の前には山となった紙袋が抱えられている。紙袋は玄金の頭の上を優に越えており、彼の視界を完全に遮っている。
 普通ならば視界云々よりも先にその山が崩れてしかるべきなのだろうが、そこは玄金が重力操作でも行なっているのか、あるいは、隣にいる白刀が、風でも使って固定しているのだろうか。どちらにせよ、玄金の抱える荷物が崩れるような素振りは見えない。
 とは言え。
 荷物を抱える玄金の手が、小刻みに震えているのは確かな訳で。
「安心しろ。そこをああすれば、まだ乗せる余裕がある」
「物理的な余裕も精神的な余裕も体力的な余裕もないよ!? 女の子の買い物において、男が荷物持ちってシチュは、デートの定番だから良いんだけどさ!」
「体力的な余裕? もしや、重量の事か? 重力操作の出来る貴様には関係ないだろう」
「その操作の可能範囲をとっくにオーバーしてるって気がする! いや、確実にオーバーしてるよこれ!!」
 普段ならばどんな事があろうともにこにこと笑っているような玄金だが、今回ばかりは本気で危機感を覚えているらしい。荷物越しに、ほんの僅かにだけ見える彼の顔には、冷や汗と涙が滲んでいた。
 とは言え、自身が持っている物が精密機器の部品だという認識はあるのだろう。泣言を口にしながらも、玄金は荷物を放り出すような真似はしない。
 いや、精密機器の部品でなくとも、白刀の荷物である。邪険に扱う事は出来ないのかもしれない。
「なんだ、案外と使えん奴だな、玄金武土」
「風虎ちゃんの為なら、喜んで馬車馬の如く働くけど、今回は本気で限界近いんだってば! この間の『運命の輪』にやられた傷だって、まだ治りきってないし!」
 帰ってきた玄金の言葉に、白刀の眉が一瞬だけピクリと跳ね上がる。
 そして訝しげな表情を浮かべると、彼女は玄金に視線を送り……何かに気付いたらしい。小さく……本当に聞こえるか聞こえないか程度の大きさの溜息を吐き出すと、玄金に持たせている荷物の一部を自身の手に取った。
「……あれ?」
「限界が近いのだろう? それから……荷物に血を付けられてはかなわん」
 不思議そうな表情を浮かべる玄金に、白刀は彼の胸部を指差しながら答える。
 その指の先には、薄く緑白色の染みが滲んでいる。
「あ、やだなぁ、白衣汚れちゃったよ。洗濯したばかりなのに」
「当然、その下の黒服も汚れていると言う事だ。……目立たんだけで」
 染みを作っている本人は然程気にした様子を見せないが、指摘した方は、珍しく辛そうな表情を浮かべ、その染みを軽くなぞった。
 流石に触れられると痛みが走るのか、玄金の顔が微かに引き攣る。
 その表情の変化を見やりながら白刀は自身の指をそっと離す。その指先に、薄く緑白色の液体……アンデッドである、玄金の血を付けた状態で。
「その位置は、『あの時』の傷だな。……まだ治らんのか」
「うん。まあ、あれだけざっくりやられた挙句、傷口を抉るよーな事されりゃあね。完治するまでに二百年くらいかかるんじゃない?」
「その程度で済んだだけ、御の字と言えるな」
「かもね。いやー、僕も大概しぶとい。どうせ残る傷なら、風虎ちゃんに付けられた方が良かったなー、なぁんて言っちゃったりなんかしちゃったりなんかして」
 あっはっは、といつもと同じような笑い声を上げながら、わざとらしく恥らうような振る舞いをする。
 その仕草に呆れでも感じたのだろうか。白刀は冷ややか過ぎる視線を目の前の男に送ると、先程離したばかりの指を再度彼の胸元に押し当て……
「……怪我をした拍子に、マトモな思考回路にならなかったのは残念だ。まあ、そうなった貴様など想像するだけで気色悪いのだが」
「何か言ってる事が酷い上に痛い痛い痛いっ!! アレ、指。指が傷口を広げてるって気が……痛たたたた!」
「痛がっても良いが、荷物は落とすなよ? 貴様の苦しむ顔は、そう滅多に見られる物ではない」
「うわぁん、何その綺麗な笑顔! 風虎ちゃんの超弩級サディストォォォっ!!」
 うりうりと玄金の傷口に人指し指を突きつけて躙るようにしつつ、白刀は口の端と軽く吊り上げて言う。
 その表情に、先程まで浮かんでいた辛そうな色はない。むしろ、こんな騒ぎが出来る事に対して安堵しているような色が、玄金の目には見て取れた。
 何だかんだと言いつつ、彼女は自分には甘えてくれている。典型的なツンデレ気質である事を知っている。
 傷は相当痛むが、この行為も彼女が自身を心配していたが故の行動だと思えば、耐えられ…………ないかもしれないやっぱり。
 涙目になった玄金が、痛みでプルプルしだしたのを見計らったかのように、白刀はそっと指を離す。流石にこれ以上痛がらせては危険だと判断したのだろう。
 ……荷物が。
「まあ、これ以上貴様を弄繰り回しても仕方ない。体力も少々危険なようでもあるし、どこかカフェなどで休憩でもするか」
 誰のせいで玄金の体力が危険に陥ったのか、という突っ込みはさて置き。
 白刀のその提案を聞くや、玄金の表情が明るくなる。
 とは言え、痛みは残っているらしく、微かに頬が引き攣ってはいるのだが。
「カフェかぁ。……デートの定番だね!」
「デートではないと何度言えば理解する、玄金武土。というか、痛みでその辺りは忘れているかと思ったのだが」
 痛かろうが何だろうが、これがデートであるという一点は譲れないらしい。
 呆れ混じりの白刀の声を聞き流すと、玄金は荷物を自身の片手にまとめ、無理矢理空けた手で白刀の手をとり、歩き出した。
――体力の限界が近いのではなかったのか?――
 先程までの弱り具合からは想像もつかない程元気な印象を受ける玄金の顔を見上げつつ、白刀は幾度目かの呆れの溜息を吐き出す。
 先程までの弱り方が偽りだったとは思えない。それに、白刀の前でそんな演技が出来る程、玄金武土という男は器用ではない。長年……それはもう、数えるのも馬鹿らしくなる程の時間の付き合いだ。他者ならば騙される、もしくは煙に巻かれるような玄金の行動も、白刀の前では通じない。
 ……と言う事は、つまり。本当に彼は、彼女の言葉で回復したのだ。
「……たかが茶に誘ったくらいで、そこまでの回復を果たすほど喜ぶ理由が、私には見えん」
「言ったでしょ? デートの定番だって。しかも風虎ちゃんから誘ってくれた。こんなに嬉しい事はないよ」
 フフンと鼻歌混じりに、そして普段とは全く違う心の底からの笑顔を浮かべながら、玄金はすたすたとどこかへ向かい、迷う事なく歩みを進める。
「……どこへ向かうつもりだ、玄金武土」
「ん? アキバでカフェと言えば、あそこでしょ!」
「俗に言う萌え系か? だったら断る」
「なになに? 妬いてくれてるの? でも大丈夫! 僕は風虎ちゃん以外の女の子に興味なんて微塵もないし、そもそもこれから行く場所は萌え系喫茶じゃない。デートなら、相手にも楽しんでもらえる場所じゃないとね!」
 言って、玄金は大通りから少し脇に反れた道に入ると、その先にあった一軒の喫茶店へと足を踏み入れた。
 それに引き摺られるように白刀もその店に入った瞬間。彼女の視界に飛び込んだのは、ちまちまと足元にじゃれ付いてくる小さな猫達だった。
 よく見れば、店の至る所に、種々様々な猫が、にゃあにゃあと鳴き声を上げ、白刀の方をじっと見つめていた。
「ここは……?」
「ご覧の通り、猫とじゃれあうのが主体の『猫カフェ』。風虎ちゃん、猫好きでしょ?」
 そう言うと、玄金はこの店に来慣れているのか、すたすたと空いている席へと白刀をエスコートする。
 その後を追うように、店の猫が彼女の後を追いかけた。恐らく、猫達は理解しているのだろう。彼女が人間ではなく、アンデッド……それも「半分だけ」ではあるが、自分達と連なる存在である事が。
 その中の一匹、ヒゲのない無毛に見える猫が、席に着いた白刀の膝の上に飛び乗り、ゴロゴロと喉を鳴らした。
 それを見て、白刀は一瞬目を大きく見開き、そして玄金は楽しげに微笑む。
「ははっ。やっぱり分かるんだね。……『スフィンクス』には」
 微笑を浮かべたまま、玄金は白刀の膝に乗った猫……「スフィンクス」と呼ばれる種であるそれを軽く撫でる。
 突然変異から生まれた、「産毛の極端に短い猫」。被毛がないが故に、極端にか弱い事が特徴たるその猫は、気温と同じ体温の玄金の手に撫でられるのが心地良いのか、うっとりと目を閉じ、白刀の膝上で寛いでいる。
「……一応言っておくが、同じ『スフィンクス』の名を持つモノでも、『これ』と私は異なるぞ」
「うん。……でも、似てるよ。極端に可愛げがなくて、数がとても少なくて、気高くて……でも、そのくせ実はか弱い所とか、そっくりだ」
 普通の猫よりも、少しだけ高い体温を掌に感じながら、玄金は空いている方の手を、白刀の頬に当てる。そこから伝わるのは、もう一方の手から伝わるのと同じ一定の温度。普通のヒトより数度高い、熱っぽさを感じるそれ。
 自身が持たぬ「それ」をどこか羨ましく思いながら、玄金はにっこりと「満たされた笑み」を浮かべた。
「そう言うところが、僕は愛しいと思う。そう言う顔、してるよね?」
「…………今だけは、その表情と言葉を信じてやる」
 自身よりも冷ややかな掌に、白刀も自身の掌を重ねて言葉を返す。
 膝の上に乗る、「か弱い猫」と同じ表情を浮かべて……



――小噺・実際の所――

 後日、朱杖炎雀の執務室にて。

「で、買い物再開後、夜景が綺麗な事で有名なレストランで夕飯を一緒にして?」
「優待券が余っていたのでな」
「お洒落なバーで二人して飲み明かし?」
「どちらもアルコールに弱いので、ソフトドリンクだったが」
「そんでもって、二人一緒に仲良くご帰宅ってか? 完璧にデートじゃねえか」
「違うと言っているだろう、朱杖炎雀」
「いいや違わないね! ソレ明らかにデートだね! 本人その気なくても、端から見ればこの上なくデートだね!! (キッパリ)」
「奴はただの荷物持ちに過ぎんぞ?」
「俺、武土に同情するわ。それとも何か? あいつ、風虎に対してだけド級のマゾ?」
「一応言っておくが、玄金武土は『変態ぶっている』だけで、七割方変態、三割方純情という厄介な男だぞ」
「…………それが分かる時点で、既にお前らラブラブだと思うんだけど (呆)」


書いていて思った事を朱杖に代弁させてみた




15000番「カイダン」

21000番「ふたりのこども」


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ