キリリク

□壊れ物にはご用心
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 最高気温が三十度を軽く超え、下手をすれば一般的な人体の体温と同じ、ないしそれを上回るくらいの気温が続く夏真っ盛り。
 どこかは分らない闇の空間……ではなく、所謂「閑静な住宅街」のド真中にある、とある高層マンションの最上階の一室の中で、その音は響いた。
 文字で例えるなら、「ぼふん」とか「ばすん」、もしくは「ぽひゅん」だろうか。戦場における爆発音に比べ、あからさまに気が抜けるような音だった。
 それが反って奇異に思えたのだろう。真っ先に「星の参」である鬼宿が、不思議そうにその音のする方……「星」の面々の「家」、その居間に当たる部屋へと歩を進めた。
「おいおい、何Da? 誰か実験でもしてやがったKa? 自分のSpaceでもない場所De?」
 「らしくない」と言われるが、彼ら「星」はれっきとした「神」である。今はこんなごく普通のマンションの一室に身を置いている物の、それはあくまでも仮の住まいに過ぎない。
 個々人に割り当てられた部屋の扉は、某青い猫型ロボットがちょくちょく取り出すピンク色の扉と同じような作用を持たせている為、それぞれのプライベート空間……時空の狭間とも呼ばれる場所につなげる事もできる。
 そうでもしなければ、七人もの大人数が、一般的な広さのマンションに住むのは困難だ。それが頭に「超」がいくつあっても足りない程に個性的すぎる「星」の面々ならばなおの事。
 だからこそ、普段引き篭もっているような「プライベート空間」ではなく、ごく普通の共同スペースである「居間」で音が響いた事に驚いたのだ。
「実験にしては、Booby(マヌケ)な音だったGa…………」
 独り言のように呟きながら、その音の出所を見つけた瞬間。鬼宿の顔が形容し難い表情へと変化した。強いて言うなら困惑と混乱と焦りと疑念と、そしてほんの少しの怒りを混ぜたような、そんな表情だ。
 そしてその視線の先には、限りなく白に近い灰色の煙を上げている「何か」。
「……My God」
 天を……というよりは天井を見上げ、鬼宿はぽつりと呟きを落とす。
 彼自身も一応は「神」という肩書きを持っているはずなのだが、そこは慣用句的表現という奴だろう。外見が「鬼」その物なのに、天を仰いで胸元で祈るように手を合わせている姿は、妙に滑稽だ。
「ああ、鬼宿いたのか。なあ、さっきの何の音だったんだァ?」
 先の音を聞きつけたのは、鬼宿だけではなかったらしい。「星の肆」の肩書きを持つ天狼(ティエンラン)が、僅かに遅れて居間に姿を見せた。
 流石にこの「くそ暑い」と表現して良いであろう気温の中では着る気も起きないのか、彼のトレードマークの一つである「狼の毛皮」はかけていない。
 そんな彼に、鬼宿は一瞬だけ視線を送ると、すぐに顔を「見つけたモノ」へ向け直し……そして呟くように一言。
「……Stella(ステラ)が壊れTa」
「…………はぁ?」
 言われ、天狼は頓狂な声を上げつつも鬼宿と同じ場所に視線を向ければ。
 そこには自身達の仲間の一人である「星の漆」ことムダニステラが、虚ろな目で壁にもたれ掛かるように座り込み、かくんと項垂れている姿があった。
 普段から丈が短いとは言え「花魁姿」という、いかにも暑そうな格好をしている彼女だが、機械生命体であるが故にそれを脱ぐ事は叶わない。彼女に言わせれば、「服も装備なので、簡単に外せないでありんす」との事。
 そして今。その彼女の体の継ぎ目から、薄灰色の煙が細くたなびいている。一見しただけで、彼女の体内のどこかしら、何かしらがショートしたらしい事が分かった。
「……おーいステラぁ。大丈夫……じゃねーのは見て分かるから、とりあえず……生きてるかー?」
「ピーガガッガガガッピー」
 天狼の問いにステラはゆっくりと顔を上げると、軽く手を上げて「大丈夫」と言いたげに振り返す。
 本人は返事をしているつもりなのだろうが、彼女の口から漏れるのはチャンネルの合っていないラジオのような音だけ。目も、正直かなり虚ろだ。よく見れば口と目からも灰色の煙が立ち上っている。
 白煙と言い、彼女の「言葉」と言い、明らかに「大丈夫」からは程遠い。
「…………何が、あった? 変な……音、した」
「それに、何やらプラスチックの焦げた匂いもするが」
「って、ステラさぁん!?」
「ピガー、ガッガピー」
 他の面子も、先の音が気にかかったのだろう。ぞろぞろと他の面々……「星の弐」星髪爪牙、「星の伍」エトワール、そして「星の陸」ズヴェズダも顔を見せ、煙を吐き出しているステラを凝視していた。
 一方でステラは煙吐きつつ虚ろな目ぇしつつ、更には口からよく分らない音出しつつも、仕草だけは元気に一行に向って手を振り返した。
「いやいやいや、『あ、皆の衆〜』じゃないですよぉ! 結構見た目に大変ってあっつぅ! ステラさん熱っ!」
 ステラの「言葉」が理解できるのか、ズヴェズダは彼女に向ってツッコミを入れ……ふとした拍子に彼女に触れたらしい。びくりと手を引っ込めると、軽く火傷を負った自身の手と、不思議そうに首を傾げるステラを交互に見やった。
 そして彼の言葉で、他の面々もステラの身に起こった事を理解したのか、思い切り顔を顰めて彼女から一歩分距離を取った。
 名ばかりの「神」である彼らにとって、このどーしよーもなく暑い中、焼けた鉄板状態のステラに近付く事がどれ程愚かしい事か、理解しているのだろう。しかもその事を、ステラ自身が自覚していないのだから性質が悪い。
 「自分の空間」へ逃げ込めばいい物を、外見に似合わず人が良い連中ばかりが揃っているせいか、逃げもせず、かと言ってステラに触れもせず、狭いリビングでわいわいきゃっきゃと騒いでいた。
 勿論、「人が良い」と言うのは「身内限定」なのだろうが。
「……でも、何故、ステラ……熱暴走?」
「うむ。そこは我も疑問に思う所よ」
「ピガチュー」
「…………それ、電気ネズミっぽくて危険ですよ、ステラさん。いや、『わっちにも不明で亜臨界水』って言ってるのは分かるんですけど」
「分かるんDa!?」
「ふむ。節電の為に、ステラの自己冷却機能も切ったのが拙かったですかね」
「何故にそのような事を…………ぬっ! エステル、貴殿いつの間にここに!?」
「騒動の最初から、そこで遠巻きに見ていましたよ」
 自然に会話に混ざっていた彼らの大黒柱……「星の壱」エステルの登場に、周囲の面々がズザザと音を立てて飛び退る。
 一方でエステルは彼らの大袈裟な反応に軽く顔を顰めながら、プスンプスンと煙を吐き出しているステラの顔を見やり……
「ま、冷却機能を切ったくらいでは死にません。言語機能不全とショートとその他諸々の機能低下を起こしているだけですから、問題ないでしょう。ほら、本人はひどく元気みたいですし」
「よくねえだろ! 熱暴走してるし煙も吐きまくってんだろがっ! つかその他諸々の機能低下ってほぼ全部アウトじゃねえか!」
「俺以上の鬼だNa、Estrella(エステル)
 しれっと言い放ったエステルに天狼が突っ込み、鬼宿が何とも言えない表情で呟きを落とす。
 だが、そんな彼らの言葉など痛くも痒くもないらしい。エステルはフンと忌々しげに鼻を鳴らすと、苛立たしげに懐のノートを睨み付けて、言葉を放った。
「今月の光熱費、いくらかかってると思っているんです? それでなくとも電気会社がこちらの断りもなく勝手に料金を値上げしたと言うのに」
「だからってやりすぎだろ! ステラがぶっ壊れた後の修理費とか考えれば、光熱費の方がはるかに安……」
「はぁ? 何を言っているんですか、天狼。修理費なんか払う訳ないでしょう」
 歪んだ笑顔、というのはこういうのを指すのか。
 鬼、悪魔、外道衆などと言った異形の姿を持つ面々が束になっても敵わぬ程に、目の前の「特徴の無い顔の男」は顔を邪悪に歪めてさらりと言い放った。
 そして、エステルがそんな顔をする時は……大体において儲ける事、それも、ひどくあこぎな方法を思いついた時が多い。
「嫌な予感しかせぬ」
「…………逃げるが、勝ち」
「爪牙、エトワール。……逃げられる、とお思いですか?」
 くるりと背を向け、その場から立ち去ろうとする爪牙とエトワールの襟首をはしっと掴むと、エステルは歪んだ笑顔のまま、近くに置いてある銀色のケースを顎でしゃくり……
「そこのケースにハンダやらドライバーやら犯罪スレスレっぽい工具やら明らかに犯罪だろうコレ的な凶器もありますから、ステラはあなた方で何とかして下さい。仮に修理に失敗しても、スクラップにして部品を売り飛ばしますから問題ありません」
「ちょっ、おまっ!」
「問題だらけじゃないですか!」
「ガガガガガガガー!!」
 一息に言った彼に、天狼、ズヴェズダ、そして最も害を被るであろうステラの抗議の声が上がる。が、そんな彼らの声など知った事ではないのか、エステルはハッ、と鼻で笑うと、蔑むような目でステラを見下ろし、言葉を放った。
「『星』と言う名の神の一部でありながら、暑さ如きで壊れてしまうステラが悪いのでしょう? 私はこれから商談がありますので、失礼します」
 反論は許さない、とばかりの勢いでそう言うと、エステルはずるりと闇に溶ける様にその姿を消しはじめ……しかし消える直前、何かを思い出したようにポンと手を叩いて、いつも通りの口調で言葉を紡いだ。
「あ、言い忘れましたが、ステラには無理にこじ開けると自爆する部位がありますからお気をつけて。……自爆はロボの美学ですよね、やっぱり」
「仲間内にいらん美学を発揮するなっ!」
「ン何でそんなモンがついてんだYo!?」
「くっ、まさか我以上の外道だったとは……っ!」
 そんなツッコミも、もはや彼の耳には届いていないのだろう。闇が完全にエステルの体を覆ったかと思うと、次の瞬間にはその闇が霧散し、一般的な「居間」と呼べる空間が残った。
 残された側としては、ただ黙るしかない。
 当事者であるステラですら、自爆の事は初耳だったのか顔を蒼くしてぼんやりと突っ立っている。
 そんな彼女を遠巻きにしながら、残る男五人は、ぐいぐいとお互いの体をステラに向って押し合い、誰が行くかで揉めていた。
「…………よしズヴェ、お前行け。安心しろ、万が一の事があっても、骨は拾ってやる」
「ぼぼぼ、僕ですかぁっ!? すみませんごめんなさい無理ですから許して下さい! き、鬼宿さんが行ったらどうなんですか? お、お得意ですよね?」
「Wait! いつから俺はMechanicになっTa!? むしろこんな時こそ『弐』の爪牙が行くべきだRo」
「わ、我は……我には出来ぬ。自爆は恐れぬが、それ以前に機械には疎いのだ。……エトワールよ、主は?」
「……彫刻刀と、工具……全然、違う。天狼は、何も、しない?」
「毎度毎度毎度毎度、貧乏くじ引かされてたまるかよォ」
 本人達としては、小さな声で話しているつもりなのだろうが、口から煙を吐き出している当事者は機械生命体だ。音声センサー部分は壊れていなかったらしく、彼らの会話はきっちりと聞こえている。
――全く、情けない男共でありんすねぇ――
 本来なら溜息混じりに言ってやりたいところだが、生憎と言葉は相変わらず雑音にしかならないので思うだけに留めると、彼女はわいわいと騒ぐ男達を尻目に工具の入ったケースに手を伸ばした。
 自爆の恐れがあると考えるのは確かに怖いが、自爆してしまったならその時はその時だ。スクラップにされて売り飛ばされるのは嫌だが、このままじっとしているのもつまらない。というか、もくもくと口から煙を吐いているこの状況は、ある意味自爆してしまった後と同じと言っていい。
 そして、ステラが自身の首元にある小さなネジを外した瞬間。
 カチッ
 小さな……本当に小さな音に、ステラを含めた全員の動きが止まった。
「……ピ?」
「『ありゃ?』ではないぞムダニステラよ。今の音、そして今なお響いている時間を刻む秒針のような音」
「この状況で考えられンのは……たった一つっきゃねぇだろうがよォ」
 軽く首を傾げるステラに対し、爪牙と天狼が引き攣りまくった表情で言葉を返す。
 そんな彼らの側で、鬼宿はジリジリと後退り、エトワールは大きく口を開けて爆発を「食う」準備を整え、そしてズヴェズダはガタガタ震えながらも慌ててステラの側に駆け寄って、彼女の様子を見やった。悪魔のような外見とは裏腹に、身内にはどこまでも甘いのが彼なのだ。
 それまで虚ろだったステラの目の中に、今までは存在していなかった小型の電光掲示板が現われ……そしてその表示が「何か」のカウントダウンであると理解した瞬間、ほとんど悲鳴に近い声でズヴェズダは叫んだ。
「じ、じじじじじっ自爆スイッチ入っちゃってますよぉぉぉっ! しかもあと五秒です!」
「短っ!」
 そうツッコミを入れたのは誰だったのだろう。
 既に「ステラ」としての意識はないのか、彼女の口からは先程までとは全く異なる……しかしどこかで聞いたことあるんじゃねーのコレと言いたくなるような音声で、そのカウントを刻む。
――Three、Two、One――
『変身!?』
「ピー!!」
 カウントゼロと同時に、男達は律儀にも形式美に則った掛け声を上げつつも防御体勢を取り、ステラの口からは再び壊れたラジオのような音が漏れた。
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