キリリク

□家族旅行っぽいもの・海
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「だりぃ、眩しい、帰りてぇ」
「いやいや、到着早々それはないわ、パパ」
 電車から降りるなり、パパ……灰猫弓は心底気だるそうに目を細めてそう言った。
 もうすぐ四十に手が届くという年齢にも関わらず、基本的に他人と関わらないお仕事をしているせいなのか、喋り方はこの年代の男の人にしてはラフすぎるところがある。
 いや、公の場ではどうなのかは知らないよ?
 電車の中から見えていた青い海が太陽の光をキラキラ……を通り越してギラギラと反射しているので、パパの言い分も分からなくはない。
 そもそも何故、私達一家が海辺に来たのかと言えば。
 パパとママ……彩塔硝子の「護衛」の方の仕事がこちらの地域なんだとかで、家族旅行をかねてのお仕事に来たらしい。
 完全な休暇ではないにせよ、家族で海への遠出というのは、弟妹の碧と茜が生まれてからは初めての事……と言うかそもそもパパとママに引き取られてからの人生においてもお初な体験だ。
 学生時代の修学旅行は海辺だったから、「海に来た事がない」とは言わないが……そう言えば私、アクアクラスのファンガイアなのに、海にいる割合低くない? いや、あんまりクラスと生活環境って一致しないっていうのは分かってはいるけれど。
 そんなパパの両脇では、碧と茜が感動したような表情で海へと視線を向けていた。
「おおっ!」
「おおおっ!」
「そう言えば碧さんと茜さんは、海は初めてでしたね」
 海が弾く光に負けないくらいキラキラした瞳をした二人に、ママがにこりと笑いかける。
 実の子供達相手なのに、ママは彼らをずっと「さん付け」して呼んでいる。それは、私に対しても……そして最愛のパパに対しても同じだ。ママが呼び捨てにする相手と言えば、ママのお兄さんに当たる物磁、斗李、帝虎伯父さんの三人だけ。その差って何なんだろう?
 と思わなくもないが……今更呼び捨てにされても違和感があるし、ママらしいと言えばらしい。
 珍しく碧と茜も、五歳児相応の反応を見せている事だし、今回の旅行は成功かもしれない。
 ……と、ちょっと安心した側から。
「ふはははははは。うみもどうやらおれさまのとうちゃくをしゅくふくしているようだな!」
「うふふふふふ。ここからまた、あたらしいしはいしんわがはじまるのよ」
 ……平仮名にしか聞こえない、舌足らずな声で言う事じゃない言葉を、私の弟妹達は腰に手をあてながら放つ。そんな彼らの言葉に、パパもママも苦笑を浮かべ、私は……毎度の事ながらも、彼らの台詞に頭痛を覚えてこめかみを押さえていた。
 いや、別にあんたの到着を祝福してないからね? それから、支配神話なんていつ始まったの?
 と、突っ込みたいところだけど、そうした所で限がないのは、この数年で重々理解している。
 …………一体どこでどう間違ってこんな風になってしまったのか。
 何しろ幼稚園の課題で、「将来なりたいものの絵を描け」と言われて、「大魔王」と「世界の覇者」を描いた二人だ。その後パパとママが幼稚園に呼び出され、物凄く幼稚園の先生に心配されたのを知っている。
 これが小中学生なら「この厨二病患者共め」と言って呆れる事も出来るのだが、この二人、幼稚園児である。かなり本気で言っているのだ。しかも性質の悪い事に、彼らはそれを実現できるだけの「力」を持っている。
 ……誰だあの二人にそう言った思考を植え付けた愚か者は。いつも止めるこっちの身にもなれと言ってやりたい。
 まあ、救いがあるとすれば……
「……碧、茜」
『なあに? むーねえちゃん?』
「この旅行中は世界の支配とか言うのは禁止。勿論行動に出るのはもっての外。パパとママに迷惑がかかるからね」
『ぶーぶー』
「ブーイングされても駄目な物は駄目。この旅行中にそんな事言おうものなら……スペシャルなお仕置きが待ってると思いなさい」
『…………はーい』
 ……まだ、私の言う事……というか脅しが効く事位か。まあ、こっちも脅しの道具に「裁きの雷」を使ってるから、あまり褒められる手段じゃないんだけど。
 何だかんだ言いつつ、碧も茜もこちらのいう事は素直に聞いてくれる。だからと言って、「世界征服」の野望は捨ててくれない。
 大体、世界征服なんてスケールが大きすぎて一人の人間では無理だ。何かの本で読んだが、本当に世界を牛耳るつもりなら、同年代かつ様々な人種で、「同じ考え方」を持つ人間が八人は必要になるらしい。しかも、それは暴力による支配であってはならない。それはすぐに破綻するからだ。
 つまるところ、出来たところでせいぜいが「市街征服」程度だろう。いや、やって欲しくはないが。
「いいもん。うみならあたらしいまじゅ……んんっペットがみつかるとおもうし」
「そうね。うみならげぼく……じゃなかった、おともだちもできるかもしれないし」
 ……何だか足元の方から、魔獣とか下僕とかいう単語が聞こえたような気がしなくもないが、そこはとりあえず流すとしよう。一応言い直した事でもあるし。
「ま、とにかくだ。今回の仕事に入るまでは、その辺を観光して良いらしい」
「ですから、宿に荷物を置いて、その辺りを散策しましょう」
 というパパとママの提案に従って、私達は早速、泊まるホテルへと向って歩き出した。


 で、海。
「わーっ!」
「きゃーっ!」
 碧と茜は、やってきた当初の「魔獣」やら「下僕」やらの話を忘れているらしく、年齢相応のはしゃぎっぷりを見せて波間にたゆたっている。
 彼らが沖へ流されないように、パパが二人の後ろに立ってその体を押さえており、ママと私は浜辺のパラソルの下でそんな彼らの様子を眺めていた。
 ママは、手袋を外してその下にあるルークの紋章を見せたくないから、海に入らないらしい。私の方は、単純に日に焼けたくないだけだ。
 一応私も年頃の娘。人様の前で水着を着るとか、恥ずかしくて出来やしない。それなりに体型も気にしているから、見るに耐えない体型ではないとは自負しているが……それでもやっぱり恥ずかしい物は恥ずかしい。
 平気な顔してその辺歩いている水着のオンナノコ達が信じられない。何故そんな風に無防備に自分の肌を晒せるの!?
 ……って考え方は古風なのかなぁ? だとしたら、ママの影響かも。
「霧雨さんも入られたらいかがです?」
「海での日焼けは痛いから。入っちゃうと日焼け止めも流れちゃうし、今年の夏は美白美人で行くつもりなの」
「適度に焼けた肌色の方が、活発に見えて好ましいですよ?」
「…………ここにいるだけで焼けるから、いいよ」
 穏やかに海水浴を勧めてくるママに対し、私は斜め上から照り付けてくる太陽を睨みつけて、言葉を返す。
 パラソルの下にいるのは事実なのだが、生憎と太陽が傾き始めており、その光はパラソルを避けて当たってくるのだ。南中を過ぎて、少しは弱まったとは言え、まだまだ太陽の勢いは衰えていない。汗は噴き出す眩しさに目が眩む挙句の果てには暑さでぼんやりする。
 パパが駅に着いた瞬間に、「だるい、眩しい、帰りたい」と言っていたが、今は私がそう言いたい。暑さでだるさは三割増、眩しさで目はろくに開けられない、早く涼しい所へ帰りたいという気持ちになる。
 まあ、暑いだけならまだしも……もう一つ、「帰りたい」と思わせる出来事が。
「ねえねえねえ! おねーさん達、暇?」
「一緒して良い? 俺達、おねーさん達に興味あるんだよねー」
 ……そう。夏、そして海と来ればまあ当然ナンパ目的の男達もボウフラの如く湧いて来る訳で。
 パパ達から少し離れたパラソルに入っているせいなのか、さっきからまあ声がかかるかかる。今もこの日何度目かのナンパを受けている所だ。
 ママの外見は二十代半ば。「娘」の私が見ても、綺麗なお姉さんの部類に入る容姿を持っているし、だからと言ってキツイ印象もない。そりゃあ人妻には見えないよ。まして子持ちなんてもっと見えないよ。
 と、思うのに。ママの方は困ったように軽く微笑むと、私に向って茶化すようにこう言うのだ。
「モテモテですね、霧雨さん」
「何を言ってんの本当にもう……」
 自分が狙われているという自覚がないのか、ママには。というか、ママもパパも、基本自分の事に非常に疎い。それが色事ならなおの事。
 変なところで鈍感なのは、今も昔も変わってないらしい。はあ、と深い溜息を一つ吐きだすと、私は寄って来た男二人に対して視線も向けず、冷ややかな声で言い放つ。
「チャラい、ウザい、煩い、趣味じゃない。あと、暇じゃない。連れがいるのよ、さっさと消えて」
 こういう連中には、丁寧に対応した所で時間の無駄だ。言いすぎくらいに言っておけば、自尊心を傷つけられたと感じて、大抵の男は引っ込む……と、その昔クーちゃんが教えてくれた。
 ……時々キレる連中もいるから気をつけてね、とも言っていたけど……そうなった場合でも実力で排除しちゃうんだよねー、私もママも。
 でも……今回の二人組は、どうやらどちらのタイプでもなかったらしい。私の言葉に何故か朗らかに笑うと、馴れ馴れしくも勝手に同じパラソルの下に入り、こちらの顔を覗き込んで……
「またまたぁ。さっきから見てるけど、おねーさん達二人っきりで話してるじゃん? あと俺、君みたいなツンって感じの子、好みなんだよねー」
 一方はどうだか知らないが、もう一方はどうやら本気らしく、嬉しそうに目を細めてそう言ってくる。
 自分の造形が、他人様の視界に入るだけで不愉快な思いをさせる程の不細工さんだとは流石に思っていないが、だからと言って誰もが振り向く美女だとも思っていない。
 平均よりまあまあ印象には残るかな、程度の自覚はしているが、それだけだ。そんな私に声をかけるなんて……こいつ見る目ないんじゃないの? と、思ったんだけど……う? 何だろう、何かこの人、違和感?
「何おねーさん。俺の事そんなじっと見つめちゃって。付き合ってくれる気になった?」
 先程から私に絡んでいる方の男がニコニコと笑顔で問いかける。勿論、付き合う気など毛頭も無いのだが……う? う? 何、この妙な感じ。その辺のナンパ男とは、ちょっと空気が違うって言うか?
 思いながら、今度はもう一方の男に視線を走らせる。と、そちらはそちらでママに対して猛烈なアピールを仕掛けていた。そんなアピールに対し、ママは久し振りに見る作り笑顔を浮かべて曖昧に言葉を濁している。
 だけど、心の底では呆れているか苛立っているかしているらしく、しきりに手袋をしている手を握ったり開いたりしていた。
 ……ん。我慢してるんだね、ママ。今すぐ殴り飛ばしたいのを、ぐっと堪えてるんだね。
 と、ある程度の認識しつつ、今度は海にいるパパ達の方へ視線を向ける。碧と茜は相変わらず波に揺蕩うのに夢中らしいが、パパの方はバッチリこっちの様子が見えているのか、あの子達の体を支えながらも引き攣った顔で男達を睨んでいる。
 わー、パパってば独占欲丸出しだー。怒ってるよ、って言うか嫉妬してるよ。「俺の女に何手ェ出してやがるお前ら、ああ?」って顔に思いっきり書いてあるよ。心なしか海の色が灰色っぽく濁っているように見えるのは気のせいかな?
 って言うか、碧と茜を無理矢理連れてこっちに来てるし。
 ついーとパパから目を反らし、私が引き攣った笑みを浮かべたのが気になったのだろう。近い方の男が心底不思議そうな顔をして首を傾げた。
 そしてその直後。パパはママともう一人の男の間に割り込むと、いかにも悪い人っぽい笑みをその顔に貼り付けて……
「……何でお前達がいるんだよ。つか、なぁに人の嫁さんナンパしてんだ、このクソガキ共」
「うっわ酷いなぁ。俺達姐さんの命令で来たのにー。って言うか、硝子さんもそんな怖い顔しないでよ」
「クックック。けどさ、見た? この般若の如き表情。相手俺らだってわかってるのに、この顔だぜ? 主様が見たら大爆笑間違いねぇよ」
 まるで顔見知りであるかのように言ったパパに対し、ナンパ男達もパパの事を……更に言えばママの事も知ってるらしく、教えてもいないのにママの名前を口にした。
 ……って言うか「姐さん」って。ひょっとしてひょっとすると……
「えっと……まさか、代虫兄ちゃん?」
「あ、やっと気付いた? もー、気付いてくれないから、お兄さん寂しかったぜ? 義人もそうだろ?」
 そう言うと同時に、ママに絡んでいた方の男の顔が変わる。そして私に絡んでいた方の男も、スパイ映画のように顔を覆っていた薄い変装用マスクを脱ぎ捨て……その下から、私のよく知っている顔が出てきた。
 ……クーちゃんこと、クークの部下の一人である、九龍義人の顔が。そしてママに絡んでいた方は、私が知る石儀代虫の顔に変わった。
「お前らが絡む仕事だと、ろくな事にならない。だから帰りたかったんだよ……」
 パパが、疲れ切った声で言う。
 ……どうやら今回の旅行は、ここまでらしい。毎度の事ながら私達は、のんびり家族旅行、と言う訳には行かないようだ。はあ、やれやれ。



――小噺・吾妻姉弟達だけで夜のお散歩――

「よるのうみって、くろいな! しんえんにひそむまものをうみだすやみのようだっ!」
「こんとんにいざなうまもののあぎとのようよね!」
「深遠だとか誘うだとか……どこでそんな難しい言い回し覚えてくるの、本当に」
『とーさんのほん (キリッ)』
「あとはびしょっぷがゆってるぞ?」
「パパの本はともかく、ビショップの奴は何を子供に吹き込んでるの (怒)」
「……あ! まじゅう! (ビシッ)」
「あ、ほんとうだ。でかしたアカネ! さすがはおれさまのいもうと!」
「えっへん。からふるで、プニプニなまじゅうもいいよね! (ワクワク)」
「おおっ! やっつけようとしたゆうしゃがいしになってかえってきたぞ! (ドキドキ)」
「何それ? 魔獣なんてどこに……」
 しゃげぇぇぇっ
「何あの超巨大クラゲ!? って言うかクラゲって鳴くの!? そもそもアレ本当にクラゲ!? クラゲって言うかゼリーじゃない!? いやいやその前に石化させる能力ってもうクラゲじゃないよね!?」
『げぼく♪ げぼく♪』
「出来ません!」
 しゃげぇぇぇぇぇぇっ!


クラゲは英語でJellyfishとかMedusaって言うらしいッス






25000番「壊れ物にはご用心」


28000番「本当に怖い鳥の兄妹」


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