妄想特撮シリーズ

□【お試し版】味覚戦隊オイシンジャー
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 昔の偉い人は言っていた。
――食を絶ちて殺すは野蛮なり、食を滅じて殺すは文明なり――



 移動パン屋、「Break First」。
 これは、「朝食」を意味する「Breakfast」と、「常に最先端を目指す」……「First(一番)Break(壊す)」の二重の意味からつけられたのだ……と、赤い色のエプロンをつけた青年、淡赤(あわか) トウマは聞いている。
 彼はこの「Break First」の面子の中でも新参者の部類に入る。それなのに何故か、「店長代理」という肩書きを持っていた。
 本人は固辞したのだが、それをトウマの横に立つ青いエプロンの青年……トウマと同い年でありながら、「Break First」の最古参でもある青海(おうみ) ヨシオによる、「新入りのお前に拒否権はない」の一言によって、トウマの今の立場が確定してしまった。
「……おれ、まとめ役って柄じゃないんだけどなぁ……」
「まだ言うのか。お前がここに来て、既に一月(ひとつき)が経過していると言うのに」
 はあ、と呆れ返った様な溜息を吐き出しながら、ヨシオはトウマに冷ややかな視線と言葉を送ると、ケータリングカーに搭載したオーブンから、たった今焼きあがったばかりのクロワッサンを取り出し、その内の一つを強引にトウマの口に放り込んだ。
 放り込まれた方は焼きたての熱さに、はふはふと口の中の熱気を逃がしつつも、トウマはそのパンを味わうようにゆっくりと咀嚼し……
「あ。ねえヨシオ、ひょっとしてバター変えた?」
「よく分ったな」
「うん。昨日までと比べて、少しだけ塩みが強くなったかも。そのお陰で、いつもより甘みが引き立ってるし、風味と香りもぐっと良くなった」
 にこぉ、と穏やかな笑みを浮かべて言うトウマの評価に満足したのか、ヨシオは軽く笑うと満足気に一つ頷き……
「やはり、店長代理はお前にしか出来ない。オレや他の連中じゃ、そこまで味の違いがはっきりとは分らないからな」
 そう言いながら、先程のクロワッサンをケータリングカーにあるケースに並べる。
 それに倣う様に、トウマも別の段に入っていたクロワッサンを取り出すと、持ち帰り用の袋に六つずつ詰めはじめた。
 そんなケータリングカーの外側では、積み込んでいた来客用の椅子とテーブルを並べる三つの人影がある。
 「Break First」では、買ったパンを持ち帰る事も出来るが、その場で食べる事も出来るよう、いつもある程度の椅子とテーブルを用意しているのだ。
橘黄(たちき)さん、薬黒(やくろ)さん、スアマちゃん、そっちの準備はどうですか?」
「もうすぐ終わるよ。今日も時間通り、開店出来そうだ」
 トウマの問いに、三人のうち黄色のエプロンをつけた男性が、代表するように言葉を返す。
 彼の名は橘黄 コウサン。五人の「店員」の中でも最年長の二十七歳であり、「年長者」としての責任感は強いのか、店員にとって良いお兄さんのような存在である。
 それを聞いて嬉しそうにトウマは頷くと、ケータリングカーの奥へと一度引っ込み……そして「店長」と書かれた大きめの籠を抱え、そっとその籠を看板の前にある小さめの台の上に置いた。
 そこから顔を覗かせているのは、一匹の小さな薄茶色のウサギ。ホーランドロップイヤーと呼ばれる種類の、耳の垂れたウサギである。
 籠の中でもしゃもしゃとニンジンスティックを貪り食っている様は、何とも愛らしい。
「……何だレセプター。お前、まだ朝食が済んでなかったのか」
 テーブルのセッティングが終わったらしい、黒いエプロンの男が、そのウサギを覗き込みながらも馬鹿にしたような口調で声をかける。
 どうやら店長であるこのウサギ、「レセプター」という名前のようだ。
 黒エプロンの男の言葉をレセプターは理解しているのだろうか。咥えていたニンジンスティックから口を離すと、くりくりとした大きな瞳を男に向けた。どこか物言いたげにも見える視線だが、男は然程気にした風もなく持っていた立て看板を籠の横に置と、軽く鼻で笑ってレセプターの額を小突いて一言。
「まあ、お前の朝食が済もうが済むまいが、今日も定時に開店するだけだがな」
「ニガクさん、それ、何も知らない人が見たら動物虐待よ?」
「問題ない。何も知らない人間の前ではやらんからな」
 ピンクのエプロンを着けた紅一点にして最年少、桃糖(とうどう) スアマの呆れ声に対し、男……薬黒 ニガクは何故か自慢気な声を返した。
 自慢できる事じゃないでしょう、とツッコミを入れたいところではあるが、彼にツッコミを入れた場合、その後の百倍の言葉が返ってくるのを知っている。それも、チクチクとした皮肉が多い。それに耐えられる程、人生経験を積んでいないスアマは、溜息を一つ吐き出してそのまま沈黙を返した。
 彼の毒舌攻撃に耐えられる人間がいるとするなら、スルースキルを半端でないレベルで所持しているトウマか、ニガクの幼馴染であるコウサンだけだろう。
「それじゃあ、看板も立った事だし。……移動パン屋『Break First』、今日も定時に開店です」
 ぽん、と一つ手を叩き、トウマがにこやかな笑顔で宣言する。
 それを聞いていたのか、店長であるレセプターは、ニンジンスティックを猛スピードで貪ったかと思うと、ちょこん、と自身の頭を籠の縁に乗せた。
「……トウマさん」
「何、スアマちゃん?」
「レセちゃんって、結構あざといよね。自分の外観の愛らしさを分かってて、あのポーズしてるのよ、きっと」
「ふん。流石、腹黒ウサギなだけはある」
「ん? ニガク、レセプターの腹の毛は黒くないが?」
「…………青海君、まさかとは思うけど……それ、本気で言ってないよね?」
「ん? オレは何かおかしな事を言ったか?」
 軽く首を傾げ、心の底から不思議そうな表情で言ったヨシオに、他の面々は思わず苦笑を浮かべてしまう。
 ヨシオは一見するとクールなのだが、実際にはどこか天然な部分がある。今回も、「腹黒い」の意味を文字の通り、「お腹の毛色が黒い」と捕えたらしい。
 無論、相手が「普通のウサギ」ならばその意味でとらえるのが普通なのだろう。しかし、レセプターは「普通」とは、口が裂けても言えないくらい「特殊なウサギ」だ。
 それを知っていながら、彼は素でボケたらしい。
「……ヨシオさんって、顔は良いのに。本当にニガクさんとは別の方向で残念系のイケメンよね」
「スアマ。それはどういう意味だ?」
「俺が残念だと? 聞き捨てならんな、小娘」
 名を挙げられたヨシオとニガクが、ギロリと睨み付けるようにスアマに視線を送る。
 その視線を受けて、自身がつい口を滑らせたことに気付いたらしい。はっと口元を押さえた時には既に遅く、スアマは両サイドから彼女の言う「残念系のイケメン」二人に挟まれ……
「向こうで詳しい話を聞こうか? ん?」
「逃げられると思うな。むしろ、逃げた方が苦痛が増すと思え」
「え、いや、あのね、ちょっと、その……トウマさん、コウさん! 助けて!」
 がしりっと両腕を掴まれ、ずるずるとケータリングカーの影へ引きずられながらも、スアマはじたばたと暴れ、残る二人の男に向かって手を伸ばす。
 が。
「あはは。お店の事は気にしなくていいから。気を付けていってらっしゃい」
「……ご愁傷様。僕もその二人を、同時に敵に回したくはないからね。生贄になってきてくれ」
「うわぁん、鬼ぃぃぃっ!」
 方や何も分かっていなさそうな穏やかな笑顔で、そして方やこの後彼女の身に降りかかるであろう「災難」を予想したような微苦笑を浮かべて。それぞれにひらひらと手を振りつつ、引きずられていくスアマを見送った。
 その直後。ダダダッと言う大きな足音が響いたかと思うと、その更に一瞬後、トウマの背に大きな衝撃が走った。
 誰かが体当たりしてきたのだと認識したのと、その「体当たりしてきた人物」が声を上げたのはほぼ同時。
「今日もボクがいっちばーん!」
 元気よくそう言ったのは、スアマと同い年くらいの青年。登校途中なのか、詰襟の学生服を着ており、濃い茶色の髪色のせいなのか、トウマにじゃれついている様は大型犬を連想させる。
 その青年の姿を見るや、トウマは困ったような笑みを浮かべ……
「おはようチカラ。今日も元気だね。……ちょっと元気すぎる気がしなくもないけど」
「おはよう兄ちゃん! 元気はボクの唯一の取り柄だからね!」
 トウマの遠回しな苦言に気付いた様子もなく、チカラと呼ばれた青年はにこにこと明るい笑顔を浮かべて言葉を放った。
 彼の名は、朱辛(あかのと) チカラ。
 トウマの従弟に当たるのだが、幼い頃からトウマの家族と共に過ごしてきた為なのか、彼はトウマを「兄ちゃん」と呼んで慕っていた。
 トウマが急遽この「Break First」の店長代理を勤める事になって以降、毎日のように通っては「二限と三限の間の間食用」として、ここのパンを購入するようになった、「にわか常連」である。
「おはよう朱辛君。今日は何をご所望かな?」
「おはようございます、コウサンさん。昨日はお惣菜パンだったから、今日は菓子パンが良いです!」
 ぱっとトウマから離れると、チカラはぺこりと頭を下げてコウサンに向かって欲しい物を簡単に説明する。
 彼は、いつもこうだ。具体的に「何パンが欲しい」とは言わないが、欲しい物のイメージは大雑把にだがあるらしく、それを伝えて店員達の「オススメ」を購入していく。
 コウサンが以前その理由をチカラに聞いたところ、「兄ちゃん達の味覚は信じてるから」と即答された。
 自分達の味覚を信じてもらっているのは、純粋に嬉しい。しかしそう思う反面、彼自身が「コレだ!」と言うような商品はないのだろうかと不思議にも思った。
 人は、どうしても自分の好みの味に偏った物を購入する傾向にある。
 甘い物が好きな人は菓子パンを買う割合が高くなるし、あまり甘さを追及しない人は惣菜パンや食パンを購入していく事が多い。だが、チカラはこちらが勧めた物を万遍なく購入していく。好き嫌いがないのか、それともこれと言ったこだわりを持たないのか。
 そんな風に思いはするが、味覚は人ぞれぞれだし味の好みだってこちらが強要するような事ではない。「楽しく食事が出来るならそれで良い」と思っているコウサンにとって、考えを押し付ける事は楽しむ事から離れる行為。だから、これ以上は追及しない。
「菓子パンだね。丁度今日から、僕の特製パンを出すところだったんだけど、それで良いかな?」
「勿論だよ! コウサンさんとスアマちゃんの作る菓子パンは、優しい感じがして好きだよ、ボク」
「嬉しい事を言ってくれるね。じゃあ、少しおまけしようか」
「ホント!? 嬉しいなぁ、ありがとう」
 普通に売るよりも、少しだけ多めにパンを袋詰めするコウサンに、チカラは目を輝かせて礼を言う。
 思春期まっただ中、おまけに反抗期とも言える年頃なのに、ひどく真っ直ぐな性格をしているのは、ひとえにトウマや彼の家族の育て方が良かったからだろう。
 身近に彼とは対照的な、捻くれまくっている幼馴染がいるせいか、コウサンにとってチカラの様な存在は珍しい。だから、ついおまけしてしまうのだが……
「おい、そこの黄色。ガキは甘やかすとどこまでも付け上がるぞ」
 いつの間にこちらに戻ってきていたのだろうか。先程スアマを連れてケータリングカーの影に消えていったはずの、「捻くれまくった幼馴染」が、呆れた様な声でコウサンに声を投げた。
 ちらりとそちらの方へ視線を向ければ、いつもと変わらぬ表情を浮かべているヨシオと、ぐったりとした表情のスアマ、そして何故か口元に微笑を浮かべているニガクがいた。
「ガキって! 酷いやニガクさん! ボクもう十七だよ?」
「その反応が既にガキだと言っている。それから、十も違えば充分ガキだ」
 むぅ、と頬を膨らませて怒るチカラに、ニガクはふんと鼻で笑いながら言葉を返す。
 ニガクとチカラのこの会話も、ほぼ日常茶飯事と化しているせいか、トウマはにこにこと笑顔のままその様子を眺め、ヨシオは小さく「またか」と呆れたように呟いて客用の椅子に座り、コウサンは先程パンを詰めた袋の口を縛ってチカラに渡し、そして早くも立ち直ったらしいスアマがそのお代を受け取った。
 この流れも、もはや「いつもの事」だ。
 ニガクがチカラをからかい、それをまっすぐに受け止めた彼が文句を言い、その間にコウサンかヨシオが目的のパンを渡し、スアマが代金を受け取り、それをトウマは微笑みながら見つめる。更にそんな一連の様子を、レセプターがぺにょり、と籠の縁に顎を乗せながら呆れたように見る。
 大抵はスアマがお代を受け取った時点でこの流れは終わり、チカラも学校へ向かうのだが、今日は少し違った。
 少しだけ、まだ不貞腐れた様子を見せつつも、チカラは何かを思い出したように自身の鞄をあさり始め……
「そう言えば兄ちゃん、コレ知ってる?」
 そう言ってトウマに向かって差し出したのは、何かの錠剤が入っていると思しき小さな袋。試供品らしく、そのサイズは掌よりも一回り程小さいが、ご丁寧にも遮光仕様になっており、表面には「栄養補給剤」の文字が書かれている。
「なんだい、それ?」
「んー、なんかねぇ、『一粒でその日一日の栄養を補給!』っていう謳い文句の錠剤。さっき駅前で配ってた。最近流行ってるんだって」
 栄養を補助する目的の錠剤……俗に言うサプリメントと言う奴だろう。しかし「その日一日の栄養を補給する」と言うのは誇大広告ではなかろうか。
 無論、こういった「人為的に栄養素を吸収しやすい形にしたモノ」の効果がない、などと言うつもりはない。しかしあくまで通常のサプリメントは、不足しがちな栄養の摂取を「補助する」事を目的として作っているはず。
 そもそも人によって必要とする栄養素は異なってくるし、一日に二千キロカロリー以上を必要とするのが人間だ。それをこんな小さな錠剤で賄えるとは到底思えない。
 それでも、そんな錠剤に手を伸ばしてしまう程、近代日本の人々は忙しく、また己の栄養摂取状態に偏りがある事を自覚している。一粒だけで事が足りるなら、それで良いじゃないか……そう思ってしまう人間は、少なからず存在しているのだろう。
 だからこそ、栄養補助剤はある程度の人気を誇っており、そしてこの商品も「最近流行っている」のだろう。


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