妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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「ちょっと闇爾!」
「……え?」
「ちょっと大丈夫? 何か、物凄くうなされてたけど」
 パシン、と頬に軽い衝撃を感じ、俺の視界が安定する。
 それまで闇の中にいたせいだろうか。まだ開いていた瞳孔は急激な光に耐え切れず、思わず顔をしかめてしまう。
 ようやく光に慣れた頃、俺の頬を張った存在の顔が像を結んだ。
 そこにあったのは良く知る顔。
 不遜で不敵で、小生意気な悪友……白鳥ミホが、どこか心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……ミホ……お前、生きて……?」
「は? 大丈夫、あんた? 悪夢でも見た? って言うか何をベタベタ触ってるのよ、気色悪い」
「夢……?」
 反射的に彼女の頬に触れ、その温かさを実感する。
 それが不快……と言うか、普段ならやらない俺の行動に困惑しているらしい。ぱしりと俺の手を払い除けると、はあ、と呆れたような溜息を吐き出した。
 夢の内容は……正直、よく覚えていない。ただ、夢の中でミホが…………考えたくもない事だが、「死んだ」……いや、「殺した」という事だけは、強烈に覚えている。
 そしてその「事実」に、どうしようもない程の虚無感と絶望感を覚えた事も。
 思い出しただけでも、体が震える。恐怖と言うより、後悔の念が強いかもしれない。
 何でこんなことを思うのか、自分でもよく分からないが。
「……なあ、ミホ」
「んー?」
「お前は、死ぬなよ」
「……大丈夫? まだ寝惚けてる? 私が、そう簡単に、死ぬとお思いですかー?」
 真剣に言った俺とは対照的に、ミホはぐい、と俺の両頬をつまみ、横に引き延ばす。
 力はそんなに籠められていないが、それなりに痛い。
 痛いからこそ、夢じゃないと思える。
「私は、姉さんの分まで生きないといけないの。だから、何をしたって死んだりしない。そうでしょ?」
 じっと俺の目を見て、ミホははっきりと言い切った。
 ああ。うん。やっぱり俺、こいつの強がってる部分が好きかもしれない。
 悲しいのに、強がって強がって……そしてその「強がり」を「真実」に変えてしまう前向きさは、正直に言って羨ましい。
 俺には、そんな前向きさはないから。
「それに、仮面ライダー裁判に勝ち残るって目標も出来たしね」
「あ……そう言えば、まだ脱落者は出てないんだったな」
「……大丈夫? 本気で寝ぼけてる? 何なら今すぐあんたのデッキ破壊してあげようか? 最初の脱落者になれるわよ」
「やめろ。……俺は、兄貴の無罪を勝ち取るって目的があるんだから、破壊されたら困る」
「安心しなさい。あんたは最後に潰したいと思ってるから。それまでは手は出さないわよ」
「安心する要素、どこにもないな」
 にぃと悪人めいた笑みで言ったミホに、俺は軽く苦笑を浮かべて返す。
 夢の中のような喪失感を味わいませんようにと、心の中で願いながら。



 記録番号、BW4号-保。仮面ライダー裁判三十二例目、マスコミが作り上げた俗称は「白鳥の湖殺人事件」。
 被害者は白鳥 ミキ、享年二十四。
 顔を除いた全身、計三十四箇所を、鋭利な刃物で刺され死亡。被害者は事件があったと思われる翌日、付近を散歩中であった男性によって遺体で発見された。
 発見現場が湖の近くであった事から、先に述べた俗称が付けられたものと推察する。
 警察の捜査によって、被害者の婚約者、緋堂 暁が被疑者として浮上。凶器であると推察されるナイフを所持していた事から、逮捕、起訴に至る。
 犯行の残虐性、話題性などから、当案件は通常の裁判ではなく、「事件関係者による判決」を下す事が決定。事件関係者より十四名を選定し、「戦闘による判決の奪い合い」を開始した。


 現在、残っている「裁判員」は十四名。
 それぞれの主張を賭けた戦いは、まだ始まったばかりである。


「一体、いつまで続くんでしょうね、この裁判は」
 薄闇の中、証言台に立った男がやや呆れた声で言う。左右で異なる色の瞳は、しっかりと前……誰もいない判事席へ向けられていた。
「彼女は、あと何回『死』を経験すれば、終わるんです?」
 誰もいない裁判所で、何者かに語りかけるその姿は、どことなく一人芝居をしているように見える。
 だが、彼は知っているのだろう。この場には誰もいなくとも、自分の声は、そして姿は、この裁判所に設置されたカメラを通じて、「運営する者達」に届いている事を。
 だからこそ、彼の動きがますます芝居がかる。人に魅せるための動きを、無意識の内に取っているせいで。
「やり直しは、いつも彼女の……白鳥ミホの『死』が引き金だ。いっそ選定前まで戻して、彼女を裁判員から外してしまえれば、と思いますよ。あるいは、事件そのものを『なかった事にする』か」
 そう言うと、彼はいったん言葉を切る。
 返ってきた沈黙に、しかし彼は何かを感じ取ったのか。苦笑をその顔に浮かべると、やれやれと言いたげに首を横に振る。
「分かっています。そのどちらも出来ない事くらいはね」
 何事にも、限度がある。彼が口にした願望は、その「限度」を超えた物だ。
 それは理解している。理解しているが……それでも、やはり思う。どうして彼女がいつも犠牲になるのだろうかと。
「ハッピーエンドで終わってくれ、なんて贅沢は言いません。人が一人亡くなっているんだ。どうやったって『ハッピー』では終わらない。それでも、僕は終わりを願うんです」
 ぎゅう、と。「運営する者達」から渡された、金色のデッキケースを握りしめながら。
 彼は祈る様に呟きを落とす。
「……この裁判の終わりを、願うんです……」



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