妄想特撮シリーズ

□恋已 〜こいやみ〜
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 記録番号、BW4号-仁。仮面ライダー裁判三十二例目、マスコミが作り上げた俗称は「白鳥の湖殺人事件」。
 被害者は白鳥(しらとり) ミキ、享年二十四。
 顔を除いた全身、計三十四箇所を、鋭利な刃物で刺され死亡。被害者は事件があったと思われる翌日、付近を散歩中であった男性によって遺体で発見された。
 発見現場が湖の近くであった事から、先に述べた俗称が付けられたものと推察する。
 警察の捜査によって、被害者の婚約者、緋堂(ひどう) (あきら)が被疑者として浮上。凶器であると推察されるナイフを所持していた事から、逮捕、起訴に至る。
 犯行の残虐性、話題性などから、当案件は通常の裁判ではなく、「事件関係者による判決」を下す事が決定。事件関係者より十四名を選定し、「戦闘による判決の奪い合い」を開始した。


 現在、残っている「裁判員」は五名。
 それぞれの主張を賭けた戦いは、苛烈さを極めはじめていた。



 カフェテリアで、少し早めの昼食を取りながら、俺……緋堂 闇爾(あんじ)は、目の前に座る女をちらりと見やった。
 名前に「闇」という字があるせいなのか、暗い……限りなく黒に近い色の服装を好む俺とは対照的に、女の方は白系統の服を纏っている。
 短く切りそろえられた黒髪、少し赤みがかった瞳の色、一見すると気が強そうに見えるのに、口元に生クリームを付けている姿を見ると子供っぽいと思う。
 こちらの視線に気付いたのだろう。口に運ぼうとしていたパンケーキを皿に置くと、彼女は訝しげな表情で俺の顔を見た。
「……何をそんなじろじろと見てんの、闇爾」
「いや、口元にクリームが付いてるなぁと」
「嘘、本当に!?」
 トンと俺自身の口元を指しながら教えてやると、先程までの不審そうな表情は消え、困惑と気恥ずかしそうな表情が浮く。すぐに彼女は自身の口元を備え付けの紙ナプキンで拭いとって俺を睨みつけた。
 その目が、「誰にも言うな」と言っているように見えるのは、多分気のせいじゃないだろう。
 照れ隠しにも見えるその表情に、俺は思わずくすりと笑ってしまった。
「……笑うな」
「悪気はない。ただ……子供っぽいなぁと思っただけだ」
「じゅーぶんに悪気があるじゃない。成人を迎えた女性に向っていう言葉じゃないわよ、それ」
 半眼にして抗議する彼女だが、口を軽く尖らせた仕草はどう見ても拗ねている子供のようにしか見えない。
 そんな表情を見るのも、しばらくぶりのような気がする。
 だからだろうか。俺は幼い子供にするように、目の前に座る女……白鳥 ミホの頭を撫で回していた。
「……ちょっと、闇爾。その子供扱いはやめてってば」
「安心したんだよ。……お前が、一時期に比べて本当に元気になったから」
「まあね。戦うのに、いつまでもメソメソしてらんないもの」
 ミホはそう言いながら不敵な笑みを浮かべる。
 言葉にもしたが、一時期に比べると本当に元気になったと思う。
 その理由が、彼女の姉を殺したとされる男……俺の兄貴を「有罪」にする為だというのは、少し……いや、かなり複雑な心境ではあるが。
 「被害者遺族」であるミホと、「加害者家族」である俺。本来ならこんな風に呑気にカフェでお茶なんか出来る間柄じゃない。それは分かっている。
 分かっているが……俺は、こいつを放っておけない。兄貴は犯人じゃない、他に犯人がいるに違いない、それを理解してほしいと信じているからというのもあるが、それ以上に「白鳥ミホ」という一個人を気にかけているからという理由もある。
 俺達は互いに、仮面ライダー裁判の「裁判員」という立場だ。ミホは有罪を掲げ、俺は無罪を掲げて、文字通り戦っている。ミラーワールドで(まみ)えれば、その瞬間は「敵」として剣を交える。少なくとも、今のように和やかな雰囲気にはならない。……いや、和やかに剣を交えるって状況は、流石に想像出来ないんだが。
「裁判が始まった当初は、何と言うか……威嚇しまくる仔猫みたいな感じだったのにな」
「まあ、この世の全てが敵だと思ってたからね。……一応言っておくけど、今でも威嚇すべき相手には威嚇しまくってるわよ? 黒川(くろかわ)とか紫檀(したん)とか」
 黒川と言うのは、裁判員の一人であり、被害者であるミキさんのストーカーでもあった男、黒川 シン。まだ裁判に残っている人物で、変身後の姿はリュウガとか言った。
 ミホと同じく有罪を掲げているが、元々がミキさんのストーカーだったせいかミホにはひどく嫌われている。これは以前、ミホから聞いた話だが、ミキさんがまだ生きていた頃、黒川は毎日のように家の前でじっと立ちつくし、電柱の陰からミキさんの部屋を見上げていた上、毎晩家に電話をかけては
「僕と君は、一緒になる運命なんだよね。ねえ、だから開けておくれ?」
 と、息を荒げながら言っていたらしい。電話番号を変えたり、黒川からの着信を拒否したりと対応はしたらしいが、それでもめげずに毎晩電話をかけてきたと言うのだからおっかない。
 流石にこれ以上は耐えられない、もうすぐ結婚する姉の幸せをぶち壊すんじゃないと、堪忍袋の緒がぶっつりと切れたミホが、ミキさんに代わって警察に相談しようとした矢先、ミキさんは殺された。
 兄貴が犯人ではないと信じている俺としては、真犯人はこの黒川ではないかと睨んでいる。ただ、証拠はないから推測でしかないのだが。
 一方で紫檀と言うのは、兄貴とミキさんの上司である紫檀 タケシの事だ。有罪を掲げた裁判員だったが、既に脱落している。
 上司ではあるが、社内では兄貴とミキさんを目の敵にしていたらしい。ミキさんを憎んでいた、と言っても過言ではないほどに。
 ……と言うのはミホの聞いた話。俺が聞いた話では、確かに仕事上は侃々諤々(かんかんがくがく)と議論を交わし合う事が多かったらしいが、仕事が終われば呑みに誘ったり食事を奢ったりしてくれる、公平で良い上司だって話を兄貴から聞いている。
 ミホの言葉を信用しない訳ではないが、優先順位としては兄貴の方が上なんだから仕方ない。紫檀さんは紫檀さんで思うところがあって、有罪を掲げていたんだろう。
 ……脱落後、その行方が分からなくなっているせいで、紫檀さん本人の口から話は聞けていないが。
 多分、俺とミホでは価値観が異なるんだろう。黒川に関しては十分に威嚇、そして警戒しておくことに異存はないが、紫檀さんに対してはあまりそうは思わない。既に脱落もしているし、警戒すべき相手ではなくなってる……と言うのが本音だ。
「俺は威嚇する対象じゃないのか?」
「威嚇したって意味ないでしょ。変に気心知れちゃってる相手に虚勢張ったって、寒々しいだけよ」
 そう言ってミホは、コップに挿さったストローを軽く齧る。
 それが彼女の癖だと知っている程度には付き合いも長い。
 威嚇されても、それが「威嚇」だと……彼女が感じている恐怖の裏返しなのだと分かってしまう。
 変にプライドが高いミホの事だ。怖がっている自分を見られるのは、極力避けたいところだろう。それが例え、身内同然の付き合いをしてきた俺であっても。
 「気が強く、男勝りで、小生意気。扱いづらい女」……男からはそう思われていたいと、以前何かの折に聞いた事がある。
 実際に俺だって、初めて出逢った頃はそう思っていた。ミキさんが温和な美人だっただけに、余計にそう思えた。本当に姉妹なのかと、疑いすらした物だ。
 見た目は、俺に言わせれば月並みだったし、性格は本人が言うように男勝り。時折本気で殴りたくなるような言動の数々。それでも一緒にいて気楽だと感じられたのは、多分こいつを友人のように思っていたからだろう。それはミホも同じだったはずだ。
 それこそ月並みな表現だが、男女の友情が綺麗に成立した関係だった。
 今にして思えば、似ている部分が多かったんだと思う。だからこそ、気に入らない部分も、共感できる部分もあって、それを互いに受け入れていた。
「……本来なら、こんな風に会話できる関係じゃないはずなんだけどな、俺達」
「今更すぎる。それに……私が有罪を突きつけたいのは、あんたの兄であって、あんたじゃないもの」
 苦笑と一緒に吐き出した俺に、ミホは半眼で言葉を返す。
 その姿を見て、俺はしみじみと思う。「あの日」に比べて、本当に元気になったと。


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