妄想特撮シリーズ

□Negative for Negative
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 祢雅の笑顔がすぅっと消えた。
 その表情を、夏海は何度か見た事がある。ライダーが人を抹殺する時に見せる表情だ。
 そう理解すると同時に、彼女はその身を強張らせ、祢雅から離れようと身じろぐ。
 ……祢雅に、殺されると思ったから。
 が、夏海が身を離すよりも一瞬だけ早く。
 祢雅は夏海の体を抱きかかえると人間では到底不可能な距離を飛び退り、その廃工場から出る。
 瞬間、どぉんと言う爆音と僅かな熱風、そして衝撃が夏海の体を祢雅越しに襲った。
 祢雅が自分を守ったのだと理解するのに、数秒を要し、夏海はそうだと気付くとはっと彼を見上げる。
 今しがた出来たらしき無数の傷と、彼の浮かべる無表情が怖い。
「お嬢さん、逃げろ」
「え?」
 感情らしい感情を感じさせない声で、祢雅は夏海にそう言葉を放つ。
 彼の肩越しに見えるのは、バイオリンケースを手から提げ、その周囲に黒い拳大の蝙蝠を従えた男の姿。この世界の管理者の中でも、最高位に位置する存在……紅音也だ。
 その姿を見止め、祢雅は忌々しげに一つ舌打ちをすると、夏海を守るかのようにその手を広げ、音也に向かって不敵な……しかし明らかにハッタリと分る笑みを返した。
「おいおいどうした? お前も管理者だろう? 仕事を放棄するのは、頂けないぞ?」
「……悪ぃな、俺サマ他人に縛られんのは大っ嫌いでね。どっちかってぇと、Sなモンで」
「気が合うな、俺も束縛するのは好きだが、束縛されるのは嫌いだ。特に、わずらわしい事に束縛されたくは、無い」
「だったら見逃しちゃぁくれないモンかねぇ? 俺サマ、別に敵対する気じゃ無いんだけど?」
 言いながら、二人はそれぞれ変身する準備を整えている。
 祢雅は腰に銀のベルトを巻き、黒いパスケースを右手に持っている。
 一方の音也は既に黒い蝙蝠……キバットバット二世を構え、いつでも噛み付かせる事ができるようにしている。
 祢雅は、音也に対して虚勢を張っている。それは、じりじりと無意識の内に下がっている彼を見れば分る。
「そうだな……お前の後ろにいるその女を殺す事ができたら、今までの事は不問に処しても良い」
「……それはまた、寛大なお心遣いで、涙が出らぁ」
「当然だ。俺は同族には心が広い」
 祢雅の皮肉にも、余裕からか音也は大仰なポーズを取りながら優しげな声で語る。
 それが返って気味悪く感じられ、夏海は思わずぞくりと体を震わせた。
「……夏海」
 顔だけをこちらに向け、祢雅は夏海に向かって声をかける。
 音也からは、彼の表情は見えないだろう角度。
 向けられた祢雅の表情は……驚くくらい、穏やかなものだった。
「俺が変身したら、即座に逃げろ。何があっても振り向くな。全力で走れ。いいな?」
「え?」
「い・い・な?」
 有無を言わさぬ口調に、思わず頷いた夏海。そしてそれを見届けると、満足そうな笑みを返し……祢雅は音也の方に向き直り、ひょいと肩をすくめて言葉を放つ。
「と、言う訳だ。俺サマはこのお嬢さんを殺さない」
「そうか。なら……お仕置きの時間だな」
 祢雅の言葉を聞くと同時に、音也の表情が消える。対照的に、祢雅はニヒ、と笑い……
『変身!』
 二人の声が重なり、それぞれの姿が変わる。
 それを見届ける事もせず、夏海は彼に言われた通り、一目散に駆け出した。
――なあ、夏海。俺が変身したら、即座に逃げろ。何があっても振り向くな。全力で走れ。いいな?――
 彼は、初めて自分を「お嬢さん」ではなく「夏海」と呼んだ。その彼が、振り向かずに走れと言ったのだ。泣きそうになりながら、それでも夏海は真っ直ぐ、人気の無い方へと走る。
 自分の背後で、祢雅の……ネガ電王の絶叫が聞こえても、そして爆発音が聞こえても。



 どれくらい走ったのか、酸欠による眩暈と疲労による足の痛みに襲われながら、それでも彼女はよろよろと走り……
「おっと、そこまでだ」
 目の前を、二つの黒い影に塞がれた。
 ……オーガとダークカブトだ。
「あ……っ!!」
「お前が盗んだもの……返してもらおうか」
 真っ直ぐに伸びてくるオーガの手に、今度こそ終ったと夏海が感じた瞬間。その手が、銃弾の様な物に弾かれる。
「させるかタァコ!!」
 ……その言葉、そしてその声に、夏海は聞き覚えがあった。
 そんなはずは無い、ここにいるはずは無いと思いながらも、その声の方向を見やると……そこには、ボロボロになりながらも銃型に組み上げた武器を構える、ネガ電王の姿があった。
「貴様……ダークキバに粛清されたはずでは!?」
「俺サマ、推参。ヒーローは不死身なんだよ、そんな事も知らねぇのか、三下の悪役君?」
 言いながら、ガシャンガシャンと武器を銃からロッドに組み直し、構えるネガ電王。その気迫は、ボロボロとは思えない程圧倒される物で……思わずオーガとダークカブトも一歩退く。
 その瞬間を見逃さず、ネガ電王は一気に二人との距離を詰めると、ダークカブトの方にロッドを投げ、その動きを拘束する。そのまま大きく飛び上がると、まずは拘束したばかりのダークカブトに向かってロッドごと蹴り抜き、瞬時に回収したロッドをアックスに組み直すと、今度はオーガの体を縦二つに切り裂いた。
「がっ!?」
「ぐぅっ!」
 二連続の必殺技の後、ダークカブトとオーガは低く呻き……チィと軽く舌打ちをすると、そのままその姿をくらました。
 恐らく、受けたダメージの大きさから、これ以上の戦闘は不利と判断したのだろう。
 完全に気配がなくなったのを確認すると、ネガ電王は己のベルトを外し……がくりとその場に膝をついた。
「祢雅さん!?」
「な……何とか、無事、みてぇだな」
 駆け寄る夏海に、祢雅はニヒ、と笑顔を向ける。だが、その笑顔は弱々しい。彼の命の灯火が消えかけている事が、すぐに分った。
 たった一瞬の関わりだったにも関わらず、それが何故か辛くて……思わず夏海の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
「泣くな、お嬢さん。……今までのツケが回ってきた、だけなんだから……さ」
 彼女の涙をそっと拭い、笑顔を消さずに祢雅は囁くように言う。
 その体が、徐々に砂のようになっていく。支える夏海の指の間からは白い砂がザラザラと零れ、祢雅の輪郭がぼんやりと薄らいでいった。
「ああ……時間、らしいな」
「祢雅さん、駄目です! まだ、人間もモンスターもライダーも、美味しいと思えるコーヒーを淹れられていないじゃないですか!」
「そーしたいのは山々なんだけどなぁ……音也のヤローに、派手にメーカー、ぶっ飛ばされちまった」
 困ったように笑いながら、祢雅は夏海の顔を撫でる。
 逃げる時に付いたらしい泥を拭おうとしているのだろうが、いかんせん既に指先は砂となって消えている。
 その事に気付くと、祢雅は一瞬だけ悔しげに眉を顰め……そしてまた、普段のようにニヒ、と笑う。
「悪ぃ。お嬢さんの綺麗な顔、汚しちまった」
「そんなの、別に良いです!」
 ぽろぽろと零れ落ちる涙を止める事もできず、夏海はただ、自分の足元に溜まっていく白い砂に目をやる。
 祢雅と呼ばれる男の体を構成していた物。
 この世界の住人でありながら、人間とモンスターとライダーの共存を望んだ者。
 ……己の存在意義に否定的(ネガティブ)な答えを持ってしまった者。
「お嬢さん、お前さんは、何が何でも逃げろ、よ」
「……え?」
「アンタの持ってる物、は……連中にとってはお宝で……同時に、超がつく位危険な物、なんだよ。だから、渡すな。お前が信じた奴以外には……さ」
 真剣な声と眼差しで言われ、夏海はやはり気圧された様にこくりと頷いてみせる。
 それを見て安心したのか、彼はふぅ、と深い溜息を一つ吐いて……
「なあ、頼み、あるんだけど」
「……何ですか?」
「俺サマが完全に死んだらさ……俺サマのパス、ぶっ壊してくれない?」
 既に両手も両足も砂と化し、残った顔で地に落ちたパスを指しながら、彼は懇願するように夏海に言う。
「なんで……?」
「アレが、残って、た、ら……別の、奴が……『ネガ電王』に、なる。俺は、それは……嫌、だ」
 もはや言葉も上手く操る事が出来なくなってきているらしい。途切れ途切れに放たれた言葉は、未来を案ずるものだった。
 その意思を汲み、夏海はこくこくと黙って首を縦に振る。それを見て安心したのか、祢雅は初めて「にっこり」と笑い……
「頼んだぜ……夏海」
 よりにもよって最期の時に、祢雅と名乗ったその男は、夏海を再び「お嬢さん」ではなく「夏海」と呼び……そして、完全に砂となって果てた。
 綺麗な笑顔を、夏海の網膜に焼き付けて。
「……ずるいです。祢雅さん。格好つけるだけ格好つけて」
 グイ、と涙を拭い夏海は残された白い砂と共に黒いパスケースを拾い上げると……懐に持っていた銃を抜き、それに向かって何発も弾丸を撃ち込んだ。
 二度と誰も、このパスを使って「ネガ電王」になれないように。



 そしてその数時間後。彼女は出会う事になる。
 この世界によく似た場所から来た、能天気な「自分自身」と……自分が持つ宝を渡すに相応しい存在に。



 ここは「ネガの世界」。人間やライダーの関係が反転した、忌まわしき世界……
 だけど、それは「ポジ」から見たらの話。
 この世界ではモンスターが支配するのが当り前で、人間は駆逐すべき存在。それを守ろうとした仮面ライダーは……裏切り者として、永遠にこの世界では(そし)られ続けるのだろう。
 それが、他の世界では正しい出来事だったとしても……この世界では、誤った出来事なのだから。





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