妄想特撮シリーズ

□彼ノ見タユメ
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 ザブリ、と音がする。
 それで武レドランの意識が覚醒した。
――夢、か――
 妙に懐かしい夢を見たものだ。幽魔殿の連中に与する直前の夢を見るなど。
 目の前に広がるのは、ただひたすらに赤い川。純粋な穢れで出来た、恐ろしくも悲しい水。どうやらその川原で、少し眠っていたらしい。我ながら随分と暢気な物だと、ブレドランは苦笑した。
 そこに、白い着物のような物を着た無精髭の男が、刀を構えて立っていた。この男を例えるなら、抜き身の刀身だろうか。触れればきっと斬れるでは済まされない「何か」を持っている。
 その男が手にしているのは赤い刀身の刀。川と同じ様に、まるで誰かの血の様な色合いが、美しいとさえ思える。刀からは、泣いているかのような甲高い音が響いている。
「貴様も外道か?」
「外道? 何を持って『道を外れた』と言う?」
 男の問いに、武レドラン……いや、ブレドランは軽く笑って言葉を返した。
――ここは確か、地上界と冥府の間に存在する空間だったか――
 幽魔殿の連中が、護星天使達によって封じられ、渋々戻ってきたブレドランが見た物は、この「隙間の世界」。ここに住まう者は皆、生きてもいないし死んでもいない。だから、「生きている」と言う証欲しさに地上を征服せんと企んでいると聞く。
 普段は慇懃無礼な口調のブレドランだが、何故かこの男に対してはそんな気は起きなかった。
 彼が忌み嫌う「人間」をやめて、ここに来た者だからかもしれない。
「私のしている事は、正しい。道に外れてなどいない。……少なくとも私はそう信じている」
 星を護る。その為に人間を滅ぼす事を「外道」と呼ばれるのは心外と言う物だ。
 現にこの数百年で、人間はとんでもない進歩を見せている。この星の上げる悲鳴を、まるで無視しているかのように。
 危惧していた通りだった。
 人間その物も、「自然の一つ」等と言う言葉をどこかで聞いた気がするが、それならば何故、人間は地球を破壊するのか。地球が自殺したがっている、とでも言うつもりか。
「他人の強いた『道』から外れる事を『外道』と呼ぶのなら、確かに他人から見れば、私は『外道』だろうが」
「……そうか。そう言う意味では、俺とお前は似ているのかも知れん」
「何?」
「俺は……強い者と骨の髄まで斬り合いたい。それが俺の『正道』だ。だが、他人から見れば『外道』なのだろう」
 ククッと、自嘲気味に笑う男に目を向けながら、ブレドランは一歩だけ後ろに引く。
 妖しく光る赤い瞳に、自分が恐怖を感じたせいかもしれない。底知れぬ絶望と、虚無感、そしてほんの僅かな快楽を見た者のみのもつ、狂気の瞳に。
 退いたブレドランに気付いたのか男は刀をブレドランの喉元に突きつけ……そして、囁く。
「だが、お前と俺は全く違う。俺は自分が外道であると認めているだが、お前は認めていないだろう?」
 当然だ、と言いたい。他人からの評価などどうでも良い。ブレドランは、間違った事をしているとは毛の先程も思っていないのだから。
 きっと、そう言う点では目の前の男とは決定的に違う。
 どんなに絶望を見ても、どんなに空しいと思っても。「こうなる事」を決めたのは自分自身なのだ。他の誰に強要された訳でもない。
「そうだな、その点では私とお前は全く異なる。私は自分を、外道だなどと思っていない。全ては、この星のために行っている事だ」
 人間は危険だと、星を傷つけ、汚す存在だと訴えた。その結果、自分は堕天使と言う刻印を押され、護星界を後にした。
 どれだけ声を張り上げても、誰も自分の声を聞こうとはせず、ある者は蔑みの視線を、そしてある者は哀れみの視線を送ってきた。
 他人の声など、誰にも届かないと思い知らされたのはその時だ。
 だから利用すると決めた。どうせ、誰も他人の声など聞きはしないのだ。ならば、自分も他人の声など聞く必要は無い。聞いた振りで軽く流し、相手の気に入る回答を口に出しながら心の中では罵倒していれば良い。
「ふ……貴様を斬っても、俺は満たされん」
「貴様を満たしてやるつもりは無い。私はただ、冥府に近寄れぬように細工しているだけだ」
「冥府か……俺が満たされたなら、一度落ちてみたい物だ」
 男はどこか楽しげにそう言うと……ブレドランに背を向け、その場からふと姿を消した。
――あれ程の闇を抱えて、まだ落ちたいとは……物好きな男だ――
 心の中で思いながら、ブレドランもまた、男とは逆の方向へと歩みを進めていった。


 猛烈な眠気と脱力感に苛まれながら、武レドランは己の眼前に迫り来る地面を見やりつつ、つい先程までの幻を思い出す。
 懐かしく、どこかちぐはぐさを感じた、一瞬の幻。
 それが幻だったと理解した瞬間、ゴセイジャーの攻撃を喰らい、己の命が尽きている最中である事を思い出した。
――ああ、そうか。これが……走馬灯、と言う物か――
 「星を傷つけ汚す魂に、護星の使命が天罰を下す」
 忌々しくも幼い護星天使と、一万年の間に自我を持ったヘッダーが告げた言葉。
――私がいつ、星を傷つけたと言うのか――
――護星の使命なら、私だって持っている――
 そう言ってやりたかったが、もう声も出ない。
 彼らがアバレヘッダー……いや、ミラクルヘッダーを解放した時にも、声を大にして言ってやった。
 「お前達の声など、届きはしない」
 と。
 けれど……あれは本当に、彼らに対して言った言葉だったのだろうか。ひょっとすると、無意識の内に彼らと自分を重ねていたのかもしれない。
 一途に、真っ直ぐに、「人間は星を汚す」と信じて疑わない自分と。
――ふふ。人間に対する考え方は、全くの逆だと言うのにね――
 もうすぐ死ぬのだと悟りながら、それでも武レドランは、ゆったりと近付いてくる地面に向かって自嘲を浮かべた。
 死の間際には、時の流れが遅くなると言うが……本当なのだな、と納得する。
 倒れ行く彼の前に、思い出の中に現れた面々がその顔を見せる。
「おや、もう"逝く"のですか?」
――ええ、お師匠様。私は貴方と違って、死ねますから――
 お師匠様と呼んだ青年の呆れたような声に、どこか誇らしげにそう答え。
「さあ、ブレドラン。ここから全ての"改し"だ」
――そうですね、イフリート様。また貴方とご一緒できて、光栄ですよ――
 唯一の理解者である「冥府の神」の幻影に、心の底からの忠誠を近い。
「決して、大切な物を"亡くさない"様にしなさいよ」
――大切な物なんてありません。亡くなるのは、私の命だけです――
 恐らくただ一人自分の身を案じてくれた彼女に、自嘲気味に返し。
「一度"堕ちて"みたい物だな」
――では、共に貴方も落ちますか?――
 似て非なる男には、そう誘いの声をかけて。
 ようやく武レドランは、大きな地鳴りと共に大地にひれ伏した。
――暖かい物ですね……星と言うのは――
 もうすぐ死ぬのだと言うのに、随分と呑気な事を思う、と自分でも思う。それでも、彼はその優しい温もりに抱かれる幸せを感じていた。
 「母なる大地」とはよく言った物だと、感心しながら、彼はゆるりとその瞼を降ろす。
――これで、私もゆっくり眠れます――
 下ろした瞼から、一筋の涙が零れ落ちる。
 その涙の意味は、果たして悲哀か、それとも歓喜か。
 流した本人も分らぬまま……彼の体は大きな爆音を上げ、四散した。


 堕天使(カレ)ノ見タ走馬灯(ユメ)ハ、果タシテ現カ幻カ……




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