妄想特撮シリーズ

□Fire with Fire
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【結】



――俺は、何をしているんだ――
 世界が彼らに応じたと言うのに、自分は何をしているのか。
 後ろでただ見ているだけ? 自分はそんな臆病な存在だったか?
――違うだろう、焔。俺の役目は――
 動けるようになった自分を自覚し、焔は自分の左胸をぐっと掴む。
 伏せていた目をゆっくりと開き、彼は真っ直ぐに苛立たしげに三人の赤き戦士を睨むスザクへ視線を向ける。
 まるで、何かを決意したように……


 スザクを中心にして、闇が生まれる。まるで、燃え盛る炎に対抗するかのごとく。その闇が徐々にスザクの体に纏わりつき、やがて漆黒の鎧へと変化した。
 例えて言うなら西洋の甲冑だろうか。仮面こそない物の、スマートだが刺々しい印象を与える。右手の甲の部分に、先程まで掌に収まっていたであろう黒い球……「陰の宝玉」と呼ばれるそれがはまっており、スザクに力を供給しているらしい。
 その彼が、一歩踏み出す度に、妙な圧迫感を覚えると共に、床を踏む硬い音が鼓膜を叩いた。
「陰の力を……物質化させたのか!」
「流石、陽の力を司る者。見ただけで私が何をしたのか理解できるとは」
 にこ、といっそ綺麗にさえ見える笑顔を向けながら、スザクは焔の声に答える。
 焔の言葉が何を意味するのかは分らないが……少なくとも、あまりよろしくない事が起こっている事だけは確からしい。
 油断なく、三人はそれぞれの武器を構えながら、相手の顔をきつく睨みつけた。
 その様子が不快なのか、スザクは再びその顔を顰め……
「そう、その忌々しい炎。あなた方が陰陽の影響を受けないと言うのなら、物理的に動けなくして差し上げれば良い」
 スザクの、吠えるような声と同時に。彼の背から、翼の形をした「闇」が展開し、そこから羽根がひらひらと舞う。
 戦士の勘だろうか。三人はそれに「嫌な物」を感じ取り、大きくその場から跳び退った……刹那。舞っていた羽根は、彼らに向かって、それぞれが意思を持っているかのように襲い掛かる。
「くっ……炎の鬣!」
 リョウマが咄嗟にアースを放ち、殆どの羽根を焼き尽くす。しかしそれでも残った羽根は、真っ直ぐに彼らに向かう。
――しまった!――
 焼ききれなかった事を悔むが、次のアースを放つ暇はない。星獣剣で切り払うにも、先程アースを放った為に、両手は剣の束から程遠い。恐らく自分が抜ききる前に、羽根が我が身に突き立つだろう。
 そう判断し、リョウマは来るであろう衝撃を覚悟した……次の瞬間。
「石の床よ、壁になれ! ジルマ・マジーロ!」
 魁の声が聞こえた。その声に応える様に、床の一部が競り上がり、羽根を防ぐ壁へと変化した。
「ついでだ、これもつけてやる」
 トストスと羽根が突き立つ音を聞きながら、今度は丈瑠がそう言うと、持っていたショドウフォンで魁の生んだ壁に、「鉄」と言う字を書き記す。
 その文字の効力なのだろうか、壁が一瞬だけ光ったかと思うと、今まで石で出来ていた壁は、瞬時に鈍色に光る鉄へと、その姿を変えた。
「すっげー……錬金術みたいじゃん! それも文字の力なのかよ!?」
「油断するな。次が来るぞ」
 感嘆の声を上げる魁に向かって、軽く丈瑠は視線を送るだけにとどめる。
 何しろ、今は相手の攻撃を防いだだけであり、こちらからは何もしていないのだから。それが分っているのか、魁も軽くちぇっと呟くだけで、すぐに油断なくスザクの方に向き直る。
「無意識の内に陰と陽の力を使い分けているのか、それとも元々が陽の属性の攻撃を仕掛ける事が多いのか……どちらにしろ、あまり喜ばしい状況ではなさそうですね」
「お前にとっては……だろう?」
 唐突に、スザクの背後から声が聞こえた。
 リョウマも魁も丈瑠も、スザクの前に立っている。では一体誰が自分の後ろにいるのか。
 分らず、混乱した状態で、スザクは大きく宝玉のはまった右腕を振るって、背後の「誰か」に攻撃とも呼べぬ攻撃を仕掛けた。
 そこにいたのは……焔。その顔に不敵な笑みを浮かべ、彼はスザクの腕を屈んで避けると、そのままの勢いで相手の胸板を思い切り蹴り飛ばした。
「がっ!?」
「ここは、俺の世界、俺の故郷だ。他の世界から来た客人だけに任せるなど、失礼の極み」
「焔!? 君……動けるのか!?」
「あなた方のお陰で、一時的にだが」
 驚いたように言ったリョウマに、焔はふっとその吊り気味の目元を緩めてニヤリと笑う。まるで、何かを企んでいる策士の如く。
 だが、その笑い方は悪人の様な嫌な物ではない。どちらかと言えば、悪戯を見つかった悪ガキの様な印象を持たせる。
「俺達の……?」
「スザクも言っていた通り、あなた方の攻撃には、多分に陽の力が含まれている。陽は陰の逆の性質……動く力、進める力を持つからな。その影響だろう」
 魁に言葉を返しながらも、焔は三人に背を向け、スザクをじっと見つめた。
 だが……何故だろうか。丈瑠はその姿に、妙な違和感を覚える。
 一瞬……それこそ瞬きよりも短い間ではあったが、焔の体が透けて見えたような気がしたのだが……
 気のせいかと思い、ちらりと横にいる二人に目を向けると、どうやら二人もその事に気付いていたらしい。軽く顔を顰め、不審そうな視線を、焔の背に向けていた。
「無理、してるんじゃないだろうな?」
「正直、少しだけな。しかし客人の後ろで守られているだけと言うのは、俺の役割じゃない。そう言うのは、良く似合う『お姫様』の役割だ。残念ながら、俺は『お姫様』とは程遠い」
「戯言を。今更あなたが動けた所で、何の進展があると言うのです? 不完全とは言え、陰の宝玉を操るこの私に、たかが老陽の者と言うだけで対抗できると思っているのですか?」
 焔の蹴りのダメージなど、殆ど無かったのだろうか。スザクはゆっくりと起き上がると、余裕気な声で言葉を放つ。
 その単語一つ一つに、リョウマは深い闇の気配を感じる。まるで、スザクと言う存在が、闇その物に変化しているような……そんな印象さえ抱く。
――何だ、この嫌な感じ――
 魁も、本能的にその「闇」の気配を感じ取っているのだろう。ぞくりと自らの体を駆け抜ける悪寒に抗いながら、じっと見つめた。
「『たかが老陽の者』……? 何か勘違いしていないか、スザク?」
「何ですって?」
「お前は陰の宝玉を奪った。なら、その対である陽の宝玉は、どこにあると思う?」
 スザクの醸しだす闇など気にしていないかのように、焔は不敵な笑みを崩さぬままに問いかける。
 それとは対称的に、スザクの方はその余裕気な表情を崩し、驚いたように目を見張る。恐らくは、焔の言いたい事を、いち早く理解した為だろう。
 その直後、丈瑠もその言葉の意味を、ぼんやりとだが理解し……
「焔、お前……持っているのか?」
「ああ。…………ここにあるよ。陽の宝玉が、な」
 丈瑠の言葉に答えるようにして、焔がすっと左手を差し出す。
 その掌には、確かにスザクの持っている「陰の宝玉」によく似た、純白の球が、ちょこんと乗っている。
「スザク。陰の宝玉を奪ったお前なら分るよな? ……俺が何をしようとしているのか」
「黙りなさい! 今更そんな物、無意味です!!」
 焔の言葉を最後まで聞かず、スザクは感情的にそう叫ぶと、再び闇の羽根を撒き散らし、四人に向かって放った。
 先程と異なるのは、その数。先程よりも圧倒的に多く、凶悪な雰囲気を纏っている。
「先程よりも強化を加えています。防げませんよ!」
「そう簡単にやられてたまるか!」
 スザクの哄笑混じりの声に返しつつも、魁は心の中で、不味いと舌打ちをした。
 確かに、これは防ぎきれそうにない。リョウマのアース、魁の錬金術、そして丈瑠のモヂカラを使っても、いくらか喰らいそうだ。
 だからと言って、諦める気はない。数発貰うのを覚悟で、魁がマジスティックを構えた瞬間。それを静止したのは、焔だった。
「焔……?」
「あれは、宝玉の力だ。……目には目を、宝玉には宝玉を。」
 言って……焔は襲い来る羽根達をじっと見つめると、やおら右手でパチンと指を鳴らし、呟くように言葉を放った。
「Useless Despair」
 その声に応えるかのように、一瞬だけ焔の手の中にあった宝玉が輝きを放つ。
 スザクの持っていた宝玉が闇や影を放つなら、焔の持っている宝玉は光を放つらしい。放たれた、穏やかだが鋭い光。それがまるで意思を持っているかのように、幾条にも分かれ闇の羽根を撃ち貫き、相殺していく。
「な……!? 馬鹿な、あれを、一瞬で消した!?」
「まだだ、スザク。Crimson Carpet」
 煌、と焔の手の中の球が光る。それを合図に、奥で燃え盛っていたはずの神火がスザクの足元に這い寄り、真紅の絨毯となって相手の身体を舐める様に這い回る。
「う、ぐうっ!」
「陽の力を最大限に引き出す炎だ。……陰の力を最大限に引き出しているお前には辛かろう?」
「闇から生まれた私を……なめるなぁぁぁっ!」
 炎に抱かれながら、それでもスザクは闇を生み、それを剣の形に変えて彼らに襲い掛かる。
 だが、やはり苦しいのだろう。その足取りは覚束ない。
「世界は停止すべきなのです! 私の支配する永遠! 生かすも殺すも私次第。誰も私を拒絶しない、理想の世界を……!!」
 ひゅん、と振られたスザクの剣。それを弾き返し、一旦リョウマは距離をとる。
 倒す為には、全力で相手をしなければならない。
 リョウマも、魁も、丈瑠も、ほぼ同時にそう思ったらしい。リョウマは星獣剣を天に掲げ、魁はマージフォンを取り出し、そして丈瑠は焔から返してもらった赤いディスクをシンケンマルにはめ込む。
「唸れ! ギンガの光!」
 いつもなら、仲間達と五人揃っていないと発動しないはずのその力……「ギンガの光」は、焔の持つ宝玉のお陰で強化されたのか、リョウマの声にきちんと応え、彼の身を獣装光ギンガレッドに変えた。
 星獣剣は光を纏った閃光星獣剣に変わり、左手には黄金色の獣装の爪と獣装光輪、両手足には獣装輪具など、黄金色の装備が彼の身を包んでいる。
「超魔法変身! マージ・マジ・マジ・マジーロ!」

――マージ・マジ・マジ・マジーロ――

 マージフォンに「1006」をコールした瞬間、纏っていたマントが消え、胸に白いアーマー、その上や足には黄金のプロテクターが装着される。仮面はフェニックスの翼のようなものが展開し、魁を伝説の力を持つ魔法使い、レジェンドマジレッドに変える。マージフォンとマジスティックは消えたが、変わりに杖……ダイヤルロッドが現れる。
『恐竜ディスク』
 そして、丈瑠が発動させたディスクは、その中に記録されている力を、その名の通り恐竜の形の刃である「キョウリュウマル」と、丈瑠を包む赤い陣羽織……ハイパーシンケンレッドと言う形でその姿を表した。
 赤に赤の陣羽織なので、遠目にはマントを羽織ったように見えなくもないのだが、陣羽織が加わった事で、より一層「侍」らしさが出たのも確か。
「スザク」
「これで……」
「終わりだ」
 三人の変化に気付き、スザクは慌てて闇の羽根を撒き散らす。だが、その羽根は焔の放った炎と、丈瑠の持つ伸縮自在の刀、キョウリュウマルによって燃やされ、叩き落された。
――拙い――
 そうスザクが思った時には、既に遅く。
 彼の眼前に、三種の「赤」が飛び込み、次の瞬間には妙な「熱」をその身に感じた。
「獣火一閃!!」
「レジェンドファイヤースラッシュ!」
「超・火炎の舞!」
炎三重斬(トリプルフレイム)!』
「あ……がぁぁぁっ!?」
 三人の声が重なり、スザクの体を守っていた闇の鎧が砕け散る。赤き戦士達の放つ三種の炎の斬撃と、焔が放っていた真紅の炎に、彼の纏う闇が耐え切れなかったのだ。
 同時に、スザクの手から漆黒の宝玉が離れ、焔の足元に転がる。それを待っていたかのように、炎達はスザクの体で一気に燃え上がり、小規模な爆発を起こさせた。
 足元に転がった宝玉に向け、一瞬だけ焔は顔を顰め……それでも、彼はそれを拾う。右手に黒、左手に白の宝玉を持ち、佇む焔の姿は、どこか神々しさすら感じられた。
「やったな、リョウマ兄ちゃん、丈瑠!」
「ああ。これでこの世界も平和に……」
「いや、待て! 様子がおかしい」
 魁の言葉に頷きかけたリョウマを制し、丈瑠が緊迫した声を上げた瞬間。
 爆発の向こうから、よろめきながらも怨嗟の瞳を向けるスザクが、ゆっくりとその姿を現した。
 服もボロボロで、顔は煤だらけ。苦しそうではあるが、炎による攻撃をあれ程喰らっていたと言うのに、火傷の痕は見当たらない。
「う……ぐぅっ……ま、まだです! 私はまだ……終わっていない!!」
「あいつ……まだ立ち上がるのか!?」
「直前に、その宝玉の中にある陰の力を取り込みましたからね」
 丈瑠の驚愕の声をフンと鼻で笑い飛ばし、ゆらゆらと体を揺らしながら、スザクは大きくその手を未だ暗雲に覆われている天に向かって突き出す。
「我が身の内に取り込んだ陰の力よ! 闇を……この私に、全てを停止させる力を!!」
 スザクのその声に応えるかのように。
 彼の体から、どす黒い「何か」が溢れるように噴出し、スザクの体を変える。もはや、彼の抱えている物は「闇」等という生温い物ではない。「虚無」と呼ぶべきか、それともその対極に位置するはずの「混沌」と呼ぶべきか。とにかく、「何か」としか表現のしようが無かった。
 「それ」に包まれ、ぐじゅぐじゅと言う鈍い音を響かせながら、変質していくスザクの体。それはやがて、神殿の屋根を突き破り、更に肥大化し……やがて、五十メートル程ある大きな鳥の姿に変化した。
 鋭い嘴に、深い紫色の瞳。鴉の様に黒い羽根の色だが、鶴のように首が長く、猛禽類のように鋭い爪を持っている。


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