薄桜鬼ss
□うつります。
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ーーー夏
その日のお昼過ぎ、広間には幹部メンバーが勢揃いしていた。
珍しく昼食を皆で摂った後あまりの暑さに腰を上げる気にならず、千鶴が入れたお茶を手に小一時間程とりとめのない話をして過ごしていた。
「しっかし、暑いなぁ…こんなに暑いとさすがの俺様も元気が出ねぇぜ」
「新八っつぁんが元気だと余計暑くなるからいいんじゃねーのっ?」
「何だとコラ平助!」
軽口を叩いて笑った藤堂に、すかさず永倉が鋭い視線を投げ掛ける。
そんな様子に目もくれず一人静かにお茶を啜っていた沖田が不意に口を開いた。
「…まぁ確かに最近暑すぎるよね。こんなに暑いと、何か面白いことでもないと仕事も頑張る気になれないなぁ」
「沖田さんでも暑さには弱いんですね」
「…千鶴ちゃん、キミは僕のこと何だと思ってるのかな?これでも普通の人間なんだけどな」
言いながら横に座っていた千鶴に沖田が詰め寄っていると、不意に山南が現れた。
朝からずっと部屋に閉じこもっていた山南の登場にその場の皆は目を丸くする。
「あれっ?山南さんじゃん!朝からずっと閉じこもってたけど何してたんだよ?」
そう言って笑顔を見せた藤堂に目を向けた山南は、にこりと柔らかい笑みを浮かべた。
「ちょっとした実験をしていたんですよ。そろそろ反応がある頃かと思って来てみたんですが…」
言ってちらりと千鶴の方に目を向けた山南に、つられるように他の面々も彼女へ目を向けた。
当の本人は湯飲みを両手にきょとんとしている。
「千鶴がどうかしたのか?」
山南の方に目を戻しながら、土方は不思議そうに声を掛ける。
そんな土方を余所に、突然その場の空気が変わった。
何事かと土方が周囲を見回すと、土方と千鶴以外の人間が驚愕に目を見開いている。
しん、と静まり返って息を呑む中、その全ての視線は千鶴の方へと向けられていた。
「…皆さんどうかされたんですか?」
千鶴の声につられるように彼女へと視線を向けた土方が、更に他の皆と同じように目を見開いた。
「ち…づる……お前、それどうした…!?」
「土方さん?どうしたんですか?」
「…ふぅん…なかなかいいね、それ」
にやりと口の端を上げた沖田の目の先には…………頭の上に可愛らしい耳を生やした千鶴がいた。
白いふわふわとした毛に覆われた耳は、どこから見ても猫の耳だ。
時折ピク、と反応する猫耳は、何故だかどうしても皆の心を擽った。
「えっ何ですか!?何かついてるんですか!?」
焦る千鶴を余所に、土方は少し頬を赤らめて気まずげに目を逸らした。
そして気を紛らわすように山南へと鋭い視線を飛ばす。
「山南さん…一体これはどういうことだ?」
「素晴らしいでしょう?私の趣味で獣の耳を生やす薬を開発していたのですが、今朝ようやく完成しましてね。先程雪村君の湯飲みに仕込んでおいたんですが…まさかあんな見事な猫耳が生えるとは思いませんでしたよ!」
興奮気味に嬉々としてそう話す山南に、土方は掴みかからん勢いで詰め寄っていく。
「そんなもんあいつに飲ませるなんて、あんた何考えてやがる!?」
「そんなに怒らないで下さいよ。薬の効き目は長くて一時間程度ですから直に戻ります。…ああ、しかしーーーー」
「雪村、大丈夫か…!」
土方が山南に詰め寄る中、斎藤がそう言って千鶴の肩に触れた瞬間…………
「ーー触れると、うつります」
にこやかに告げられた山南の言葉に土方が目を見開くと同時に、再び周囲の空気が凍り付いた。