薄桜鬼ss

□至福の時
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ーーー俺には最近、楽しみがある。


 とは言っても、実にささやかな事だ。
周りに話しても馬鹿にされる自信があるので、別にこれといって誰かに話したりはしていない。
話す必要もなければ、出来れば内密にしておきた……いや、ごほん。


 今日は朝から目まぐるしく動き回っていたからか、昼を過ぎた頃にはかなり疲労が溜まっていた。
屯所が広くなってからは用事の度にあちこちに歩き回らないといけなくなり、効率よく動かないと何度も何度も同じ場所を行ったり来たりする羽目になる。

 そんな中、廊下を歩いている時にふと庭へ目を移した時によく見掛けるのが、彼女だ。

 雪村千鶴。
新選組の隊士ではないのにもう何年も共に生活をしている。
表向きは新選組副長の小姓であるが、今や隊士全員の駒使いのように毎日毎日洗濯や掃除、食事の準備に明け暮れている。

 今は庭の掃き掃除をしているようだが、せっかく集めたゴミが吹き付けた風によって飛ばされたとこだった。
思わず笑みが溢れる。

 しかし、彼女が毎日掃除していると言うのに何故庭にゴミが落ちているのか。
彼女が居なくて男ばかりなら、きっとこの屯所の中は荒れ果てているのだろうな……
そんなことを考えながら、俺はその場を後にした。







「ん……団子、か…」


 小用で出掛けた帰り、俺はふと団子屋の前で立ち止まる。
向かい側の羊羮の店と見比べ、数分迷った後団子屋へと足を踏み入れた。

 数本団子を買い入れ店を出た所で、少し向こうに見慣れた姿を確認する。

 今日は一番組が昼の巡察だったのか…
団子を買い込んでいる姿を見られると少々まずいことになりそうだ。
そんなことを考えていると、先頭を歩く人物と目が合う。


「あれ?偶然だね。こんな所で何してーーー」


 聞こえていない、気付いていない素振りで視線を反らして歩みを早める。
見付かるわけにはいかないのだ、この団子だけは……!








*******



「ふぅ…なんとか撒いたか…」


 何度も後ろを振り返りながら足早に屯所へと帰って来ると、ほっと一息つく。
が、あんなにあからさまに逃げたのだから恐らく後々面倒な事になるだろう。
団子が入った包みを小脇に抱えながら、げんなりと肩を落とした時ーーー


「…ん…どこかへ出掛けていたのか?」


 静かな声と共に表れた人物を確認する前に、俺の目の前で白い布がふわりと揺れた。


ーーーまずい!


 そう思った時には、俺は声の主の横を風のように走り抜けていた。
屯所の門をくぐり抜けて玄関へ駆け込むと、一目散に自分の部屋を目指す。
また誰かに会って厄介なことになる前に、早くーーー


 廊下をばたばたと駆けて勢いのまま角を曲がった俺は、固い何かにぶつかって危うく転びそうになった。

 見ると目の前には程よく筋肉がついた胸板と、腹部に巻かれた腹巻き………


「おっと…危ねぇな。どうしたんだよそんなに急いで」


「っ……!!!」


 俺がぶつかったと言うのによろけもしなかったその人物の顔を見るなり、俺は嵐のようにその場を走り去った。


 なんで今日に限ってこんなにも邪魔が入るんだ…………!!!!


 スパーン!と自分の部屋の襖を開け放ち、どっと畳に座り込む。
乱れた呼吸を整えながら暫く天井を眺めていると、ふと違和感を覚える。


「…………?」


 何かがおかしい。
が、何がおかしいのか分からない。
自分の両の手の平を眺めながら頭をフル回転させる。
何だ。何がおかしい。
……………ん…………?






ーーー団子が無い…!!!!!!!



 スパーン!!!と再び襖を開け放つと、俺は勢いよく部屋を飛び出した。
恐らくさっきぶつかった時に落として来たのだろう。
俺とした事が……!


 慌てて先程の場所に戻ってきたものの、団子の包みが見当たらない。
それもそうだ。
床に団子の包みが落ちていたら拾うに決まっている。
くそ!と心の中で舌打ちをしつつ、俺は先程ぶつかった人物を探しに廊下を駆け出した。





********



「おう、佐之!…ん?何持ってんだ?」

「おー新八。丁度よかった、さっきそこで団子拾ったんだよ。お前も食うか?」

「何!団子だと!?でかした佐之!!丁度腹が減ってたんだーーーー」


ーーーそれは俺のだ!!!!!


 風の如き速さで団子の包みを奪い去ると、背後から呼び止める声を無視して長い廊下を駆け抜けた。

 ふぅ…危うく団子を失うところだった。
誰であっても俺の楽しみを奪われて堪るものか…!


「ーーあれっ?どうしたんだよそんな怖い顔して!!」


「…………っ!?」


 ふと背後から掛けられた聞き覚えのある声に、俺はぞくりと背筋を凍らせた。
軽快な足取りでこちらへと歩いてくる気配を背中に感じて、俺は振り払うように再び廊下を駆け出した。


ーーー本当に、一体なんなんだ今日は………!!!
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