薄桜鬼ss

□よくある、あれ。A
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 ある日の昼下がり、千鶴はいつものように庭で洗濯物を干していた。
物干し竿に掛けた洗濯物をパタパタと叩きながら、清々しい程に晴れ渡った空を見上げる。


「良いお天気…これなら洗濯物もすぐ乾くかな」


 微笑みながらそう呟いて次の洗濯物へ手を伸ばした千鶴の耳に、じゃり、と砂を踏む音が聞こえた。
視界の端に伸びる影を辿っていくと、そこにはいつものようににこりとした笑みを浮かべている山南が立っていた。


「山南さん!何かご用ですか?」

「ええ、まぁ……雪村君は今日も働き者ですね」

「そんなことありません。これくらい、して当然の事です!」

「いつも助かっていますよ。ありがとうございます」


 そう言って微笑むと、山南は二歩、三歩と千鶴の傍へ足を進めた。
そして千鶴のすぐ目の前まで歩み寄ると、何を思ったのか突然千鶴の髪を撫で始めた。


「………っ!!!?さ、山南…さん…!?」


 思わず顔を真っ赤に上気させた千鶴が戸惑うように声を掛けると、山南は更に笑みを深くして顔を寄せる。


「雪村君は今日も可愛らしいですね……………食べてしまいたいぐらい」


「さっ……!!?な、何をおっしゃってるんですか…?」


 曖昧な笑みを浮かべながら然り気無く身を引くと、それに合わせるように山南も身を寄せる。


「何故、逃げるんです…?」


「何故って…っち、近いです……!」


 恥ずかしさに堪らず千鶴が後ずさろうとすると、強い力で腰を引き寄せられた。
山南は千鶴の腰に右腕を巻き付け、至近距離で真っ赤に染まった顔を見下ろす。


「真っ赤……ですね」

「あ、当たり前です…!」


 逃れようと山南の肩を押し返すが、腰に巻き付けられた腕はびくともしない。
鼻先が触れ合う程顔が近いというのに、山南は表情を変えることなく小さな笑みを浮かべている。
少し伏せられた睫毛と熱の籠った瞳にただならぬ色気を感じた千鶴は、ごくりと唾を飲み込んだ。

 戸惑う千鶴を静かに見つめていた山南は、その視線を赤い唇へと移してゆっくりと顔を傾けーーーーー




「ーーー何をしているんですか?」


 突然放たれた声に千鶴がハッと我に返ると、目の前の山南の首に光る剣先が突き付けられていた。
刀を突き付けられている当の本人は驚きもせずにくす、と笑みを漏らして千鶴から身を離した。


「いいところだったのに…」


 ふぅ、と溜め息をついた山南に未だに刀を向けているのは、殺気を纏った沖田だった。
千鶴を背に庇うように山南と向かい合った沖田は、鋭い視線を山南に向ける。


「…これは一体どういうことですか?ーーーーー沖田君」


「…………………………え?」


「やだなぁ、そんなに怒らないで下さいよ。ーーーー山南さん」


「え?あの……え…?」


 目の前で繰り広げられる会話に千鶴はぱちくりと目を瞬く。
千鶴を背に庇うように立っている沖田が、愉快そうな笑みを浮かべた山南を「沖田君」と呼び、更に先程まで千鶴へ迫っていた山南は自分の首に刀を突き付けている沖田のことを「山南さん」と呼んだ。
 一体どういうことなのかとハテナマークを浮かべている千鶴に、山南がくすくすと笑み溢した。


「山南さんがまたおかしな薬を作っていたみたいだから、ちょっと実験してみたんだよ。今僕と山南さんの中身が入れ替わってるんだけど……せっかくだからこの山南さんの姿で千鶴ちゃんに迫ってみようかと思って」


「沖田君!!あなたって人は……!!」


 にこにことして愉快そうに話す山南と固い口調で厳しく良い放つ沖田の姿は、不自然極まりない。
未だに戸惑う千鶴を余所に、山南(の姿をした沖田)はケラケラと笑ってその場を逃げ出してしまった。

 ふう、と小さく溜め息を吐いた沖田(の姿をした山南)は、後を追うのを諦めて刀を鞘に戻した。
そしてゆっくりとした動作で千鶴の方に振り返る。


「…大丈夫でしたか?」

「は、はい…何がどうなっているのかさっぱりですけど…」

「趣味で人の精神を入れ替える薬を作っていたんですが、今朝完成しましてね…まさか沖田君に盗まれるとは思っていませんでしたが」


「ご迷惑をおかけしました」と千鶴に謝る山南に、千鶴は思わずクスクスと肩を揺らした。


「沖田さんに謝られてるみたいで不思議です」

「ああ…そういえば今私は沖田君の姿でしたね」


 困ったように微笑んだ山南は、ふと目の前の千鶴に目を奪われた。
普段自分の前では引き締めた表情をしている彼女が、今は沖田の姿に気が緩んでいるのか綻ぶような笑みを浮かべている。

 薬の効果は一時間程度で切れるが、この時間が終わってしまうのがどこか勿体ないような気がした。


「…もう少しこのままでもいいかもしれませんね」


 そう呟くのと同時に、ザァッと強い風が吹き付ける。


「え?何か言いました?」


 舞う髪を押さえながらきょとんとして聞く千鶴に、山南はただ穏やかな笑みを浮かべていた。




終い
 

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