薄桜鬼ss

□うたた寝
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「あったかいなぁ…」


 千鶴はポツリと呟いた。
いつものように朝早くに起きて掃除洗濯を済ませ、昼餉の準備も終えた頃。
自分の部屋に戻って繕い物をしていた千鶴は、開け放たれた障子から見える庭をぼんやりと眺めていた。

 暑くもなく寒くもなくポカポカと暖かい気温は、千鶴の思考をゆっくりと停止させていく。
虚ろな目で暫し眠気と闘っていた千鶴は、やがて引き込まれるようにゆっくりと瞼を閉じた。









「千鶴、この間言ってた明後日の巡察の件だがーーーー」


 そう口にしながら千鶴の部屋へやって来た土方は、針と布を手にしたままこくりこくりと船を漕ぐ千鶴に目を見張った。
慌てて千鶴の手からそれらを取り上げると、小さく息をつく。


「…ったく、危ねぇな……」


 眉を寄せて呆れたようにそう呟いた瞬間、今までゆらゆらと船を漕いでいた千鶴が支えを無くしたように土方の胸へ倒れ込んだ。


「お、おい千鶴…………いや、起こしてやるのも可哀想、か…」


 いつもろくに休むことなく朝早くから動き回っているのだから、恐らく疲れが出たのだろう。
たまのうたた寝ぐらいゆっくりさせてやるべきかと溜め息をついた土方は、しかしどうするべきかと考え込む。


「このままの状態ってわけにもいかねぇだろ…」


 己の胸元に倒れ込んだまま気持ち良さそうに眠っている千鶴を見下ろし、困ったように呟く。
しかし下手に動かせば起きてしまう。
どうしたもんか、と土方が何度目かの溜め息を吐こうとした瞬間、彼の体はびしりと固まった。


「ん、ぅ……」


 悩ましげな声を漏らした千鶴が、土方の胸に頬を擦り寄せたのだ。
次いで甘えるようにぎゅっと土方の着物の胸元を握った千鶴は、再び静かに眠りを再開した。
目を見張って体を硬直させる土方は、ほんのりと目元を赤く染めていた。

 土方の気を知ってか知らずか千鶴は微笑みさえ浮かべながら心底心地よさげに眠りについている。
己の胸元で規則正しい寝息をたてる千鶴をそっと抱き直した土方は、困ったように笑みを浮かべた。


「ったく、人の気も知らねぇで…」


 細く温かい体を抱き込みながら、あやすように背をぽん、ぽん、と優しく叩く。
普段は男装をしているとはいえやはり千鶴は女の子であって、信じられない程に華奢な体をしているのだなと驚く。

 女の子特有の柔らかい体と甘い匂いが土方の心を擽る。
思わず触れたくなるさらりとした髪も、伏せられた長い睫毛も、林檎のように赤く色付く唇も。
呼吸をする度土方の腕にその存在を知らしめる細い体も、全てが女の子のものなのだと痛感する。

 大きな目を瞬かせ、綻ぶような笑顔で周囲を翻弄する少女。
部外者だったはずの千鶴は、いつしか周りに守られ愛される存在となっていた。

 幹部連中が千鶴のことを一人の女として見始めていることに気付いた頃には、己もまた同じように彼女を一人の女として見ていたことに気付いた。

 今この両の腕の中で眠る少女の無防備な姿を、誰にも見せたくないと感じた。
どこかに閉じ込めてしまいたいような感情に囚われながら、土方は徐に千鶴の白い頬へ手を添える。


「千鶴……お前、俺のもんになっちまえばいいのにーーー」


 胸の底から沸き上がる狂おしい程の感情を抑え込むように、土方はゆっくりと顔を寄せた。



終い

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