薄桜鬼ss

□至福の時
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ーーーー夕暮れ時、土方は柱に背を預けじっと一点を眺めていた。

 どこか複雑そうな表情をしながら腕を組み、小さく息を吐く。
しかし目だけは一点を見つめ、逸らさない。
そんな土方の耳に、ばたばたと数人の足音が近付いて来るのが聞こえた。


「あれ、土方さんじゃないですか。こんなところで何してるんですか?」

「総司か…ん、何だお前ら揃いも揃って?」

 土方が声の方に振り向くと、沖田を先頭に斎藤、原田、永倉、藤堂がこちらへ走ってきたところだった。
どこか神妙な面持ちの五人に、土方も僅かに眉を寄せる。

「何かあったのか?」

 固い声色で問い掛けた土方に、「実は…」と斎藤が口を開いた。

「近頃山崎の様子がおかしいようなのですが…」

「そうそう。なんか彼、いつも僕達を避けるようにこそこそしてるんだよね」

「今日も俺とぶつかったって言うのに詫びも無しに走り去っていったんだぜ。あいつらしくねぇな…」

「俺らの団子をひったくっていきやがったしな!!」

「いや、あれは元々山崎のなんだが…」

「っつーか俺が声掛けただけで逃げるみたいにどっかいっちゃったんだけど!なんかおかしいんだよなー最近」

「土方さん、山崎君のこと何か知らないの?」


 口々にそれぞれが発言した後に面白がるように言った沖田の問いには答えず、土方は目を閉じて大きな溜め息を吐いた。
そして頭をがしがしと掻くと、不意に先程まで見つめていた方向を視線で促した。
五人が土方が促す方向に目を向けると、皆一様に目を見開いた。
なんと、そこには二人で美味しそうに団子を頬張る山崎と千鶴の姿があったのだ。


「すごく美味しいです!いつも美味しいものを買ってきて下さって、本当にありがとうございます!」

「いや…雪村君は自由に外を出歩けないからつまらない思いをしているだろう。俺にはこんなことしか出来ないのだが…」

「とんでもないです。山崎さんと一緒に甘いものを食べている時間は、すごく幸せです」

「そ、そうか…ならよかった」


 にこにこした千鶴と頬を赤く染めた山崎が色んな意味で甘い会話を交わしていると、それを目にした面々からただならぬ殺気が滲み出した。

「…ここんとこほぼ毎日ああだ。隊務の合間に時間を見付けてはどこぞの菓子やら団子やらを買ってきて一日の終わりに千鶴とコソコソ食ってやがる」

 呆れたような複雑そうな顔で言った土方に、沖田は不穏な笑みを浮かべる。

「ふぅん…山崎くんってば僕たちを差し置いて千鶴ちゃんと毎日二人きりであんな良い事してたんだね」

「…そのようだな」

 沖田の言葉に静かに返した斎藤は、然り気無く右手の親指で刀の鍔を押した。
カチャリという音に反応した土方が、すかさず二人を止めに入る。

「まぁ待て。あいつにとっても千鶴にとっても至福の時なんだろうよ。邪魔してやるな」

「でもさぁ土方さん!俺だって千鶴と二人で旨いもん食いたいし!」

「俺だって団子食いてぇよ!」

「お前は食いもんのことばっかかよ新八…」

 呆れたように原田が永倉に言うと、彼らの存在を知ってか知らずか山崎は驚きの行動に出た。

 今まで俯き加減に団子をもそもそと食していた山崎は、突然意を決したように顔を上げると千鶴の両手を自分の両手で掴み上げたのだ。

「雪村君…!!こ、これからも…その…ずっとこうして甘いものを俺と一緒に食べてくれないか…!俺の傍にいて欲しいんだ…!」

 真っ赤な顔をした山崎の求婚紛いの発言に、六人はギョッと目を剥いた。
誰一人言葉を発せぬまま食い入るようにその光景を見つめていると、山崎の突然の申し出に目をぱちくりと瞬いた千鶴がふわりとした笑みを浮かべた。

「山崎さん、そんなに甘いものがお好きだったんですね!そんなに改まってお願いして下さらなくても、私なんかでよければいつでもご一緒しますよ?」

「え…!?……いや、そ、そうではなくて、今のはーーーー」





「ーーー山崎君、随分楽しそうな話をしてるんだね?」

「…俺にも聞かせて貰おうか」

「………っ!!?お、沖田さん…斎藤さんも……!!!」


 突然背後に現れた沖田と斎藤に、山崎は飛び上がるようにその場に立ち上がった。
口元に笑みを浮かべた沖田といつも通り無表情な斎藤だが、二人とも目が据わっている。


「何の話をしてたか教えてくれるかな?…まぁでも話の内容によっては君の事を斬っちゃうかもしれないけどね」

「…覚悟はできているのだろうな」


 同じように親指で刀の鍔を押しながらそう言った二人に山崎が大量の汗を噴き出していると、不意に誰かが彼の肩に手を乗せた。


「山崎…今聞き捨てならねぇ話が聞こえたんだが…一体どういうつもりだ?」

「ふ、副長…!?」

「まさかお前俺達を敵に回すつもりじゃねぇだろうな…?」

「…………っ!!!」



 唸るような声でそう言った土方の恐ろしい形相を見た山崎は、その後千鶴との至福の時を過ごすことを泣く泣く辞める事にするのであった。

 山崎の手土産が無くなって落ち込んでいる千鶴の元に甘いものを手にした男達がふらりふらりと訪れるようになるのは、また別のお話。



終い
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