薄桜鬼ss

□思いの伝え方
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「ち、千鶴ーっ!旨い団子買ってきたんだ!一緒に食べよーぜ??」

「平助くん……ごめんね、食欲ないの」


 団子の包みを手にしてやって来た藤堂に力なく微笑んだ千鶴は、再び黙々と庭の掃除を再開した。
「そっか…」と肩を落とした藤堂は、心配そうに千鶴の後ろ姿を見詰める。

 土方と千鶴が言い合った日から数日経っていたが未だに千鶴の巡察への同行は許されず、二人の間にはピリピリとした空気が漂っていた。
朝餉や夕餉で顔を合わせてもお互い口を開かず、千鶴も珍しく眉を寄せてどこか不満そうな顔を崩さないでいた。


「な、なぁ千鶴ちゃん!そろそろ土方さんと仲直りした方がいいんじゃねぇか?」

「私は謝るつもりはありません」


 洗濯物を干していた千鶴に機嫌を取るように話し掛けた永倉に、千鶴はキッと力の籠った目でそう言い放った。
普段そんな顔をすることのなかった千鶴にギョッと目を見張った永倉は、どこか落ち込んだ様子でその場を後にした。

 そんな永倉の後ろ姿を見送りながら、千鶴はハッと我に返って視線を落とす。

ーーー永倉さんに当たっちゃった…

 罪悪感に苛まれている千鶴の肩を、不意に誰かが軽く叩いた。


「大丈夫だって気にすんな。新八はあれぐらいじゃ堪えねぇよ」

「原田さん…」


 兄のような眼差しで優しく千鶴を見下ろした原田は、千鶴にお茶を淹れてくれるように頼んだ。




 熱いお茶の入った湯飲みを置くと、「すまねぇな」と言って原田はごくりと喉を潤す。
その向かいでじっと畳の目を見詰めていた千鶴は、ポツリと声を漏らした。


「私、間違っていたんでしょうか。謝らないといけないんでしょうか」


「……そう思うのか?」


 静かにそう問い返された千鶴は、眉を寄せてぎゅっと自分の袴を握りしめる。
その様子に困ったように眉を下げた原田は、千鶴の頭をポンポンと軽く叩いた。


「納得いってねぇんなら謝るな。ちょっと頭冷やしてからゆっくり考えろ」


 そう原田が優しく諭すように言っても、千鶴の表情は曇ったままだった。



 納得は、いっていない。
だってあの時はああするしかなかった。
屯所への放火を企てる不逞浪士をみすみす見逃すわけにはいかなかった。
この屯所が火に焼かれるところなんて見たくなかった。
いつも守られてばかりの毎日じゃなくて、自分も彼らの役に立ちたかった。
いつも身を呈して自分を守ってくれる人達を、同じように身を呈して守りたかった。


 夕餉の後風呂で軽く汗を流した千鶴が自室で悶々とそんなことを考えていた時、不意に閉じられた障子に影が差した。


「千鶴ちゃん」


 聞き慣れた声に慌てて襖を開けると、そこにはいつも通り口元に笑みを浮かべた沖田が立っていた。


「沖田さん…こんな時間にどうしたんですか?」


 言いながら、部屋の中へと勧める。
その行為にふ、と笑みを溢した沖田は、促されるままに部屋の中へと足を踏み入れた。


「もう寝るところだったの?」


 白い寝間着姿の千鶴にそう問い掛けると、千鶴は小さく頷いた。


「はい…少し考え事をしてて、今お布団に入ろうかと思っていたところです」

「そうなんだ。じゃあ邪魔しちゃったかな?」


 言って沖田が立ち上がると、千鶴は首を振って引き留める。


「い、いえ、大丈夫です。それより何か用があったんじゃ…?」


「……用、ね。あるよ」


 そう小さく漏らした沖田は、部屋に灯されていた蝋燭の火を吹き消した。
瞬時に真っ暗になった部屋に、千鶴は驚いて身を竦ませる。


「あの、沖田さ……ーーーーっ!?」


 流れる様な動作で千鶴を布団の上に組み敷いた沖田は、不敵な笑みを浮かべた。


「……千鶴ちゃんさ、自分の身ぐらい守れるって言ってたよね。ならその護身術とやらでこの状況どうにかしてみてよ」

「な………っ!」


 千鶴の両腕を縫い止めたまま笑みを深めた沖田は、可笑しそうに笑い声を上げる。


「ねぇ、どうしたの?抵抗しないならこのまま進めちゃうけど」


 低く囁かれたその言葉にハッと千鶴が目を見開いた時には、既に沖田の手は千鶴の帯を解いていた。
ドクン、と心臓が波打ち、慌てて千鶴は両腕に力を籠める。
しかし沖田は片手で千鶴の両腕を押さえ付けているというのに、びくともしない。


「…こんな細い腕で何ができるの?」


「おきた、さ……」


「ねぇ、教えてよ千鶴ちゃん」


 寝間着が着崩れ無防備に晒された鎖骨を沖田の冷たい手が撫でる。
思わず肩を震わせる千鶴に、沖田は構わず寝間着の掛け衿を更に刷り下ろした。


「やっ…!沖田さん…っ」


 露になった肩に唇を寄せた沖田に、千鶴は堪らず声を上げる。
涙を溜めた目で「やめてください」と小さく呟いた彼女を、沖田は表情を消して見下ろした。


「君ってほんとに警戒心ってものが無いよね」

「え……?」

「こないだの巡察の時もそうだけど…今だって、何でこんなことになってるか分かる?君が警戒心も無しにこんな夜遅く寝間着姿で、僕のこと部屋に招き入れたからだよ」

「……っ!!」

「僕一人の力でこんなに簡単に組伏せられてるくせに、あんな人数の男相手にどうやって抗うつもりだったの?」

「そ、れは……」

「僕が助けに入らなかったら君どうなってたか分かる?ーーーあの男達にさぞ好き放題されてたんだろうね!!」


 苦い顔で吐き捨てるように言った沖田の怒声に、ビリビリと肌を刺すような感覚に襲われる。


ーーー怒っている。


 掛けられる重圧に逃げ出したくなる程、沖田は怒りを露にしていた。
普段の彼からは想像もつかない程の気迫に、千鶴は息をするのも忘れる。


「一回痛い目見ないと分からないのかな?君、そういう事に疎そうだもんね」


「や、だ………っ!!」


 ゾクリとする程の妖艶な笑みを浮かべた沖田が首筋に唇を寄せた瞬間、勢いよく襖が開け放たれた。
月光に照らされて立っていたのは、斎藤だった。


「…なに?はじめ君。今取り込み中なんだけど」

「やり過ぎだ総司。その辺にしておけ」


 言うなり部屋に踏み入ってきた斎藤は沖田の下から千鶴を抱き起こすと、素早く合わせ目と帯を直してその場から連れ出した。

 
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