フォルダ1
□プリン。
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「あれ?ルカ、何それ?」
居間に行くと、ルカがソファに座って小さな皿とスプーンを持っていた。
皿には、プッチンされたプリンが乗っている。
「プリンです。見て分かりませんか?」
プリンから視線を放さず、スプーンでつついてプルプルさせている。
メーカーの理想の食べ方だな。俺はめんどくさくて、カップから出さずにそのまま食っちまう派だが。
「いや分かるけどさ。買ってきたの?」
食べたい訳ではないが、ルカの隣に座ってプリンを眺める。
うちの冷蔵庫には、プリンは無かったはずだ。
毎日見ているが、そんな物が入っていた記憶は無い。
するとルカは不思議そうな目で俺を見た。
「冷蔵庫にありましたよ?」
「え、嘘マジで!?」
「マジです。
何かおやつが食べたくなりまして。冷蔵庫を漁っていたら、奥の方に」
「気付いてなかったんですね」とルカは言って、スプーンをプリンに突き刺す。スプーンの上でも少し揺らしてから口に運んだ。
俺は毎日冷蔵庫のどこを見てたんだ……。
と、何だかよく分からない悔しさを噛み締めてから、俺はふと疑問に思った。
「あれ?でも、俺が気付かないほど奥にあるって……。
ルカ、そのプリンいつの?」
「結構前でしたね。プリンの空はそこですよ」
ルカがスプーンでテーブルの上を指す。
そこには、中身を皿の上に移された後のカップが置いてあった。ご丁寧に容器の中に入れられた蓋の、賞味期限を読む。
1ヶ月前の日にちが印刷されていた。
「ちょっ、ルカ!それ食っちゃダメ!つーか、期限見たなら何故食う!?」
俺は慌ててルカの手から、皿とスプーンを引ったくった。皿のプリンを確認すると、半分くらい食われている。
「何するんですか」
「そりゃコッチのセリフだ!」
「たかだか1ヶ月でしょう」
「1ヶ月をナメるな!!
1ヶ月を30日とすると、720時間!分に直すと43200分!秒に直すと2592000秒!その間に、このプリンは着々と腐っていっていたんだぞ!?」
「数学得意なんですね」
「気にするとこ違う!!」
腐ったプリンの恐ろしさを力説してみても、ルカは平然としている。
何て危機感がないんだ……っ!!
「私の胃の頑丈さを試してみたくなったんです」
「そんなの試さないでいいから……っ!!」
俺は怒りや虚しさや悲しみ等が混ざったごちゃごちゃの感情に耐えながら、プリンを持って宣誓する。
「とにかく、このプリンは捨てます。いいですね?
それと、今度から、期限が切れた食べ物は口にしないこと。
返事は?」
「貴方にそんなこと言われる筋合いありません」
「あります。俺はルカの恋人です。つまり、ルカの管理は俺の役目です」
「恋人じゃないです」
「そっち否定すんの!?
なら俺、失恋のショックで自殺……」
「……」
「……は、止めときます、はい」
泣きそうになりながら冗談で言ってみると、眉を下げたルカに睨まれた。
俺を泣かせそうだった子は、今度は自分が泣きそうになっている。
一応、「冗談だよ」と弁明してみる。
それでも睨まれたままだ。
ルカがポツリと呟く。
「笑えない冗談は、止めてください」
「……はい、すみませんでした。もう言いません」
「……なら許します」
「うん、ごめんな?」
プリンを持っている方の俺の腕を掴み、ルカは拗ねた様な表情で言う。俺はプリンを持っていない方の手でルカの頭を撫でた。
そしてゆっくりと顔を近づけ――、
「それはダメです」
「ケチ」
口を押さえてガードされた。
いいじゃん、キスくらい。それに、今はそういう雰囲気だったし。
「たまにはデレてもいんじゃないの?」
「……いつもデレてますよ」
「嘘つけ」
わざとらしく目を逸らすルカに、そうツッコミをする。
いつも、このパソコンには2人しかいないんだからと、くっつこうとすると逃げるくせに。
そんな日常を思い返していると、いい案が思いついた。
「じゃあさ、今デレてみてよ!」
「え」
「だって今ルカも、いつもデレてるって言ったじゃん」
「う……」
「言ったからにはやってもらわないとね?嘘はよくないよ〜?」
「…………」
「……ルーカ?」
「――っ、分かりました、今デレますよ!」
悔しそうにそう言うと、ルカは俺を睨みつける。
俺は事が上手く行ったことに喜び、わくわくしながらルカのデレを待つ。ちなみに、プリンは邪魔なので机の上に置いた。
……チュッ。
頬に柔らかい感触がする。それはすぐ離れた。
ルカを見ると、照れのためかそっぽを向いている。
「はい、ちゃんとデレましたよ。これでいいですね?」
普段中々してくれない、ルカからのキス。それに俺は満足する。
……が。
照れるルカを見ていると、更に欲は出てくるもので。
にやにやするのを必死で隠しながら(全然隠せてないけど)、ルカに尋ねる。
「……ほっぺただけ?」
「何ですか、何か文句でもありますか?」
「なんたって、“いつもデレている“ルカさんのデレですからねぇ。
当然、ほっぺにチューなんて日常茶飯事でしょう?」
「そんなことありません」
「ルカ、ルカ?自分で言ったんだよ?」
「……そうですが何か?」
「…………やれやれ」
堂々巡りになるな、こりゃ。そう察した俺は、対応を変えることにする。
ルカの顎を右手でこちらへ向けさせる。顔を近づけると、ルカは頬を赤く染めながら俺を睨む。
猫が威嚇している様だ。
猫、かわいいよな。
「もっと大人なキスはないの?」
「ありません」
「してもいい?」
「……」
そう囁くと、ルカは口を結んだ。拒否するという意味かと思ったが、ルカが照れてないのがおかしい。
訝しんでいると、ルカが再び口を開き、妖艶な笑みを浮かべる。
ドキリと心臓が波を打った。
「……お好きにどうぞ?」
ルカはそう言って目を閉じる。
……そう来たか。
普段の意趣返しのつもりだろう。
俺はにやりと笑い、
「では、好きにさせてもらおうか」
おまけっぽいど→