フォルダ1

□がくぽのアペンドの話。
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「お。もうこんな時間か」


本に夢中になっていた俺は、ふと顔を上げると、時計を見て呟いた。時計の短針は、4時を回っている。

俺とルカは、買い出しと同時に散歩も兼ねている。……と言うか、ついつい寄り道してしまう。つまり時間がかかる。

なので、そろそろ家を出た方がいいだろう。
そう思い、床で寝転がってるルカに声をかけた。ルカは先程から、床にノートパソコンを置いて、動画サイトを見ている。

行儀のいいもんではないよな。少なくとも、最初に注意はした。聞き入れてはくれていないが。


「ルカー」

「…………」


返事がない。ただの屍のようだ。

……まあ、冗談はさておき。
ヘッドホンしてるから、聞こえないのも仕方ない。俺はソファから立ち上がり、パソコンを覗いてみる。

あ、俺のアペンド聴いてるのか。うちのマスターは買わなかったなあ。

とにかく。買い物に行くために、ルカを止めさせなければならない。
ルカの肩をぽんぽん叩きながら、声をかける。


「おーい、ルカー」


今度は反応があった。ルカはびくりと一回身体を震わせてから、マウスを操作して音楽を一時停止した。そして、ヘッドホンを外してこちらを見る。


「お、気付いた」

「?誰で……。
がくぽ。どうしました?」

「待て。今お前“誰ですか?”って言おうとしなかったか?」

「そんなことないです」

「…………」

「そんなことないです」


目を逸らされた。おい。
さらに、ヘッドホンを着けられた。おい。
その動画は再生されてないから、こっちの声は聞こえてるって分かってんだぞ。

俺はため息をついてから、出来るだけ爽やかな笑顔でルカの頬に手を当てる。


「――ルーカ?」

ビクッ。

「おいこら。何故逃げる」


何故青ざめて何故身体をちぢこませて何故俺から逃げようとするのか全く分からないところだ。

ちょっと声を低くしただけじゃないか。

とりあえず背中に手を回し、逃げられないようにする。ヘッドホンも外した。


「ルカー?」

「えっと…………」

「……早く言わないと、今晩酷いことするよ?」

「――っ」


いつものルカもかわいいけど、涙目のルカもかわいいなあ。

頭を優しく撫でたら、さらに怯えられたんですが、どうしてですかね?

ルカは俺から目を逸らしたまま、さらにちぢこまり、口を開いた。


「えーと、ですね……。
先程からずっとがくぽのアペンドを聴いていて……」

「うん」


俺のアペンドを聴いていたのはさっきちらっと覗いたから知っていたが、ずっと聴いていたのか。
俺もこの前デモソングを聴いたが、あまりの進化(?)に、すごく驚いた。

それで?ルカさん。


「ずっと聴いていたせいか、その……」

「うん」

「……ええと……」

「うん」

「えっと……」


うん。
うーんとね、ルカさん。リアルトエトみたいでかわいいんだけどさあ。

もしかして……。


「まさかさあ、ルカさん。アペンド聴きまくってたからその声=俺って刷り込まれて、俺の声忘れたとか仰らないよね?」

「う……」

「ね?」

「……そ……」

「そ?」

「その通りです……」

「……」

「……」


……へぇ……。

しばらく黙ってルカを見つめてみる。

なんかルカがすごく怯えてるんですが、本当にどうしてですかね?先程からそうなんですよ。
別に俺、叱っても責めてもいないでしょう?


「ご、ごめんなさいごめんなさい!次から気を付けます!もうしないです!ごめんなさい!」

「ははっ、やだなあ。そんなに謝られると、俺が鬼みたいじゃないか。
大丈夫、怒ってないよ」


出来るだけ優しい声音で、ルカを落ち着かせる。
この状態のルカもかわいいけど……、我が家のルカのキャラが壊れそうだしね。

何度も優しく頭を撫でていると、次第にルカの顔から怯えが取れていった。眥にはまだ涙が残ったままだが、表情は和らいできた。


「……本当にごめんなさい、がくぽ」

「うん、いいんだよ。
その代わり……」

「は、はい」

「――今晩はお仕置きだから」

ピキッ。


途端にルカの身体が硬直した。
いきなりどうしたんだろうな?

……ああ、そういえば、買い物に行くんだったっけ。
時計を見ると、けっこう時間が経っていた。こりゃ、今日の散歩タイムは短くしとかないと。


「ほーらルカ、そろそろ買い物に行こう」

「……」

「全く。固まったりしてどうしたんだ?ほら早く」

「……がくぽ」

「ん?」

「今晩は茄子のフルコースにするということで、手を打ちませんか……?」


そう言ったルカの声は、なぜだか震えていた。

全く。許してるんだから、怯える必要なんてないのに。ルカはかわいいなあ。


「うーん……。
涙目×上目遣いのダブルタッグは強力だな」

「じゃ、じゃあ……!」

「……でも、だーめ」

「うぅ……。がくぽの意地悪!」

「ええー?優しいだろー?」

「意地悪です!」

「んー、分かった。ルカがそう言うなら、それに応えるよ」

「えっ」

「今夜が楽しみだね」

「ごめんなさい!!」


笑顔でそう言うと、ルカが焦った顔で謝ってきた。

んー。
ルカの言う通りにしてみたはずなんだけど、どうしてルカは謝ってるんだろう。

ね、何故だろうね?


「どうして謝るんだ?ルカの言う通りにしてみたと思うんだけど……」

「ごめんなさい!撤回します!」

「ダメダメ。だって俺、意地悪だもん」

「ごめんなさいぃー!」





それからルカは、俺のアペンドが歌っている歌を聴かなくなった。
いい歌がたくさんあるのに、もったいない。

どうしてだろうなあー。





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