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□鼓動に比例する
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タタン、タタン…
心地良い一定のリズムの中で意識が一瞬遠のく。
危ない危ない。
あと二駅で着くというのに、今意識を飛ばしてしまったら寝過ごしてしまうところだった。
俯いていた顔を上げれば人、人、人。
電車によって流れる景色を見るのは意外と好きなのに、これじゃあ誰かの頭が邪魔になって見えないや。
朝の通勤ラッシュというのは暑苦しくてあまり好かない(というか、それが常人の感覚だと思う。そもそも進んで乗りたがる奴なんて、それこそ痴漢だとかそういう行為目的の人では無いのか。…あくまでも自言だが)。
何となく眠気が抜け切らない頭で肩に掛けている鞄をあさる。
ipodとイヤホンは登下校の必需品だ。
もともとが低血圧なのだ――音楽でもかけて目を覚まそう。
ぼぉっとした思考でいつもの選択をする。
プレイリスト―最近再生した項目―最近気に入ってるバンドの最近気に入ってるちょっと激しい曲。
朝の眠気覚ましにはばっちりだ。
ジャカジャカと耳元から流れるギターの音と一定のリズムを叩くドラム。30秒後には広い音域を持つボーカルが低めのテノールで歌詞を紡ぎだし始める。
…――イントロから丁度45秒経ったところでイヤホンを片方耳から抜き取られた。
「――…何するんですか、霧野先輩」
はぁ、とあからさまにため息を吐き出す。
どうしてか最近妙に構ってくる、オレの1つ上の先輩。
自分が所属するサッカー部の先輩でDFの要とか言われてる、…まぁ、立派な先輩である。
チームのことを、そしてメンバー全員を信じて信じられてる先輩。
――転入してきたばかりの頃は、そんな戯言を吐くなとばかりに嫌がらせをし続け、そして案の定、可愛らしい顔とは裏腹に男っぽく冷静だと周りから評される性格を持つ先輩とぶつかり(…まぁ、確かにアレはどんなに冷静な人だとしてもムカつくだろうチームから浮かせたり、ベンチに下げさせたりエトセトラエトセトラ)、仲は険悪だった。
しかし、月山国光中との試合からはオレと和解したとでも思ってるのかこうして他の人と同じように接せられることが多くなった…気がする。
ていうか実際、確実にそうなのだ。
別に自分も、今となってはこの先輩に対して嫌がらせだとかする気も無いし、しないとは思うけれど。
「…へー。狩屋、こういうの聞いてんだ?」
「悪いですかー?」
「別に?…こんな可愛いのに聞くのは男っぽいなーと思って」
「…」
アンタにだけは言われたくない。
というか、誰よりもアンタ自身が可愛いということを理解していないのか。
(…なんて言ったら、切れるかな)
やめておこう。
朝からどうして喧嘩なんてしなければいけないんだ。
「…あー、でもいい歌かも」
「…でしょ?」
「ああ」
イヤホンを分け合って聞いているせいで変に近い距離になぜかドキドキと鼓動が早まっていることに気づいた。
(…良い匂いだなー…)
時折、鼻を擽る柔軟剤の香り。
すん、と鼻を鳴らせば部活中に時々香る、霧野先輩の匂いがした。
――て、何考えてんだオレ。
霧野先輩は男で、勿論オレも男であああああああ何!?何で今更そんなわかりきったこと思考してんのオレ!!これじゃやましいこと考えてるみたいじゃん!!え!?何、何で心臓早まってんのあああああああとりあえず止まって…止まっちゃ駄目か静まれオレの鼓動!!!!
顔に熱が集まるのがわかってうつむくと、「狩屋?」と頭上から声がした。
駄目だって今こんな顔向けられないからキモチバレバレだからとか思ったのについ顔を上げてしまえば心配そうな表情で伺ってくる中世的な美少年(因みに言えばオレは初対面で女だと思った)。
「大丈夫か?なんか顔真っ赤だぞ熱でもあるんじゃないか?」
「…」
ああ、そっち。
そりゃそうか。そりゃそうだよな。これが恋心だ、なんて誰も思わないだろうし。
「いえ、大丈夫です…。なんか熱いから…」
「…そうか?我慢すんなよ?」
ぽんぽん、と優しく叩かれた頭に殊更血が集まってくる。
コイツ、わかっててやってんじゃねーのかこの女顔。
そう思って睨んでみたものの本気でどうかしたか、と首を傾げる姿にやっぱり毒牙を抜かれるしか無かった。
 
[鼓動に比例する]
 
駅まであと3分も無い。
 
(このイヤホンで繋がってる距離が心地良いなんて死んでも言うモンか)
 
(イヤホンなんて、ただこの可愛い後輩に近づく為の言い訳に過ぎない)

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