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□眠り姫
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「ただいま帰りました。」
小さなビニール袋をぶら下げ、菊田は足早に妙に静けさに包まれたリビングへといそぐ。


「主任…?」
返事のないことを不思議に思いながらソファに目をやると、端から垂れ下がる細くしなやかな手。

ゆっくりと近づくと、ソファに凭れかかり静かに寝息を立てる愛しい人の姿があった。

長い睫毛と滑らかな肌、形の良い唇、何処をどうとっても非の打ち所なんてなくて。
すべてがいとおしい。



「主任、こんなとこで寝たら風邪引きますよ。」
そっと耳元で囁くと、少し片方の眉毛がぴくんと動く。
返事の代わりに腕を少し広げ、俺の首に手を回す。運んで。とでも言うように。


なんなんだろうこの可愛さは。


はぁ。と理性と闘うようにため息をつくと、彼女の体をひょいと持ち上げそのまま寝室まで運んだ。
横たわらせた彼女の隣に腰をかけ、そっと滑らかな肌に触れる。
触られた本人は再度夢のなかに誘われていた。


穏やかで無防備な表情を見せながらもそこには何故か儚さも入り交じっていて。
見つめているだけで胸が締め付けられるほどの愛しさが込み上げて止まらなくなる。
彼女がもしもいなくなってしまったら、自分も消えてしまうだろう、と本気でそう思う。




「…主任…」
思わず小さく声を漏らす。
その時彼女の右手がふわりと何かを探すように宙を舞った。

そして俺の指を掴むと安心したようにまた穏やかな寝息を立てた。



ーーーーーこれは反則だろ。




彼女のその行動は一抹の不安を綺麗に吹き飛ばしてくれる代わりに欲望を連れてきた。もちろん無自覚だからこそたちが悪い。
欲望を押さえ込もうと、はぁ。と再度大きくため息をつき、ゆっくりと彼女の隣に滑り込んだ。



「起きたら、覚えておいてくださいよ。」


彼女を腕の中に抱き小さく耳元で呟くと、そのままゆっくり目を閉じた。

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