短編集

□つまりは愛していた。
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友人が籍を入れたらしい。
らしい、と言うのも、本人の口から直接聞いたわけではなく、偶然聞いただけだからだ。友人とは称したが、その相手と別段会話をした訳でもなく、ただ高校最後の一年間を同じクラスで過ごしただけの、いわば元クラスメイトに過ぎない。そのクラスメイトがなかなかのネームバリューを持ち合わせていて、なんと言っても日本が誇る3大財閥の一つ、鈴木財閥のご令嬢だ。そんな彼女の親友には、次世代の空手の女王とも目される毛利蘭。更にはベストセラー作家と超人気女優のサラブレッドであり日本警察の救世主、平成のホームズこと工藤新一と、上流の人間には上流の人間がくっついてくるという典型的な例である。これまたすごいのが、冒頭の籍を入れたという相手が、空手界の人類最強、京極真というとんでもない人選なのである。
こんな奴らが至って普通の高校に通っていて、こんな平凡な自分たちとクラスメイトやっていたのかと思うと、なんと言うか世界が違い過ぎて感じる必要の無い絶望感に苛まれる。

『これが格差社会か…』

こんな、惰性で呼ばれたような同窓会の隅で一人酒を消費している私とは比べようもない。特に三年の時のクラスでは、仲の良かった友人とはクラスが分かれてしまっていてちっとも楽しくなかったのを思い出す。ただでさえ交友関係には希薄だったというのに、孤立に拍車をかけていた。当時は別に寂しくないですしアピールで分厚い本を教室の隅で読み耽ったりもしたが、完全に根暗担当でしかなかった。あぁ、思い出したくもない。
なら同窓会など来なければいい、自分でもそう思うのだが、学年で集まるから別クラスだった友人も参加予定だったのだ。それがまさかのドタキャンである。前日に彼氏からライブのチケットを渡され、日程が見事に被っていたのだ。向こうもチケットが当たっていた事を内緒にしてサプライズのつもりだったようだが、その彼氏殿の自己満足のおかげで私の心象は地に落ちている。絶対会いたくない。式に呼ばれたって行くもんか。あ、でも友人の晴れ姿は見たい。
そんな訳で人知れず心の中にハリケーンを吹かせているのだが、虚しいのとむしゃくしゃしたのでグラスに残っていた白鶴を一気に飲み干した。

「お、いい飲みっぷり」
『……』

何でこいつが絡んで来るんだ。

『何かご用ですか、名探偵の工藤新一さん』
「元クラスメイトに随分他人行儀だな…」
『そりゃまあ他人ですし。と言うかあんた私なんかの名前覚えてないでしょ』
「速水憂希。文学作家のアシスタントをしながら、デビューを待望されている作家の卵」

不意打ちだ。まさかフルネームを即答して今の仕事まで言い当ててくるとは。と言うかなんで知っているんだ。

「探偵の依頼で、一度お前のこと調べたんだよ」
『なんで私が素行調査されなきゃならんのさ』
「いや、ほら、お前と同じアシスタントに爽やかそうな男いるだろ?そいつの彼女が、仕事と言いつつ女と会ってるかも知れないって依頼してきたんだよ」
『…へぇ、あいつ彼女いたんだ。で、その誤解は解いてくれたの?』
「ああ、仕事の話しかしてないのは明らかだったし、全然そんな気配なかったしな」
『ふーん、それで私は暫くあんたに尾行されてた訳だ。気持ち悪いね』
「…あのなぁ」

探偵とは本来そういう仕事を請け負うものだと弁明された。あの工藤新一が底辺階級の私相手に言い訳してるとか面白すぎる。絶対言わないが。
そう、絶対言ってなんかやらない。あの青い日々に抱いていた想いなんか。
言い訳の件で笑ってしまわないうちに話をすり替える。とは言っても自分が全く関係しない話題には限定した。

『さっき聞こえてたけど、あのお嬢様が結婚だって?』
「あぁ、園子な。意外とかかったなぁ…まぁ京極さんが、自分が世界一の男になったら結婚してくれなんて自分でハードル上げてたのもあるし、一度言ったら頑として曲げないしで」
『…あの人類最強なら言いかねないセリフだこと。お幸せにって言っといて』
「本人に直接言ってやればいいじゃねーか」
『ろくに話したこともない根暗に言われても有り難みないでしょうよ。それよりあんたはどうなの?あの空手女王とは』
「あー…、まぁ、ぼちぼち」
『プロポーズだ』
「なんで分かんだよ」
『あ、合ってた?ごめん当てカン』

ハメられた、と随分悔しそうに言われたが、別にカマ掛けたつもりもないので罪悪感はない。ついでにそんなことを言い当てたところで嬉しくもなんともない。いずれそうなるとは思っていたのだから当然である。好きになったところで、望みなんて砂粒一つ分も無かった。貴重な青春時代を棒に振った気分だった。その想いは心の奥底に追いやって、今こうして平然と会話している訳だが、せいぜい顔色から勘づかれないようにするので精一杯だ。酒も大分入っているので、うっかり口を滑らせたりなんかしたら空気を読まない面倒な女認定されるのは間違いない。そんなのは、忘れ去られるよりも嫌だ。

─いっそ忘れてくれていた方が良かった。

本音をいえばそれも嘘になるが、なまじ全くの嘘という訳でもない。この名探偵の恐ろしいまでの記憶力ではそれも無理な話だ。チラリと視線を戻せば、いつの間に注文していたのか先程飲み干したばかりの白鶴を瓶で持ってきてグラスに注いでくれていた。有り難く一口飲んで、話を続けた。正直自分で自分のメンタルをフルボッコしているようなものだが、こう聞いてくれオーラを出されては致し方ない。

『そのプロポーズの言葉は決めてあるの?』
「それがさぁ、昔、いつか言えたらなーって考えてたのが、あいつの親父が奥さんに宛てた言葉とまるっきり被っててよ…あのおっちゃんと同じ発想ってのが大分ショックでかくて。いざ考えるとまとまんねーし…お前作家志望だろ?なんかいい感じの言葉ねーか?」
『…あんた探偵でしょ?いっつも推理披露するのにべらべら喋ってんでしょ?その語彙力で何とかしなさいよ。それ以前に一世一代の言葉を他の女に考えさせるってどうなの』
「それはそうなんだけどよ…参考までに!」
『はぁ…、別に、芝居の台詞言うわけじゃないんだし、ストレートにあんたの言葉で伝えればいいんじゃないの。それともキザなセリフ選んでカッコつけないといけない誓約でもあるの?』

私の返答がド正論だったからか、そうだよなぁーと頭を抱え始めた。果てさてこの悩める天才をどうしたものか、グラスを傾けちびちびと飲みながら思考を飛ばした。何が悲しくて報われない片思いをしていた相手の愛の言葉を考えなければならないのか。これ昼ドラだったら修羅場の始まりではないかとため息をついた。

『ま、そんな頭捻って考えたところで案外相手の方からサラッと言われる、なんてことも有り得なくはないし、勢い任せで言えばいいんじゃない?知らないけど』
「…それは盲点だった。そっか、そういう可能性もあるか…いやでも、あいつこういうのに夢見がちなとこあるし…」

私に言わせれば双方夢見がちなロマンチストだと思うのだが。何、同級生の幼馴染みで結婚って。ウブか。今時の中高生だっていろんな火遊びしてるわ。再度悩み始めるロマンチストは放って置いて、グラスが空になった辺りで一次会を終える雰囲気が持ち上がってきた。当然一部の連中は二次会三次会と続くのだろうが、行く気はさらさらないので幹事に離脱を告げることにした。
帰るまでの間に、不意に浮かんだ一節を手帳のメモスペースに書き記し、その一枚を切り離す。博識な彼ならこの言葉が何を意訳しているかはすぐに分かることだろう。私はこれを最後に、青春の残響とは別れることにしよう。

「何かお開きムードだな」
『まぁどうせ奴らは二次会に転がり込むだろうけど、私は帰る』
「だろうな。お前がクラスで誰かと仲良さげに話してるのとか見たことねーし」
『だからなんで覚えてんの』

それこそ忘れていてほしかったと思いつつ、先程綴ったメモを織り畳んだ紙切れを押し付けた。

「何だ?」
『いや今開けないでくれる?帰って一人になってから、読んでくれたらいい』
「…わーったよ」

会場の中心では幹事らが集まって、締めの挨拶を始めようとしていた。所詮酔っ払い、ましてや同窓会なのでそんな大した言葉はないが、形だけでも保つ意味でも、最後は一本締めで幕を下ろした。解散と共に、わらわらと会場を去る者、二次会の面子を集めるものと様々あるが、私は迷わず前者の波に乗っかる。

「じゃあな、速水」

再会を疑わないような顔をする彼には、何も言わずに手を振った。

彼に残した最後の言葉、それは紛れもなく本心だ。



──あなたがたがしあわせになりますように。そして、あなたのことを永遠に忘れられないだれかのことは、どうか忘れてください。
(ハンス・クリスチャン・アンデルセン)

End

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