短編集

□4
1ページ/1ページ


死んだ事になった上でセカンドライフを送る以上、共同戦線を張っているお互いのことも極力外行きの偽名で呼び合うように取り決めた。萩原はともかく、自分は死んでいなければならない立場だから、というのが理由だ。

「命でも狙われてんのかよ…」
「まぁ、そうなるかな。俺が生きてるとバレると厄介なんだ。零にも面倒かけるだろうし」
「そういや、降谷はどうしてる?潜ってるとはいえ定期報告はしてそうなのに警視庁では姿も見ないが」
「アイツは、俺が死んだ後の立ち回りで手一杯だろうな。それと配属もゼロだし、警視庁に降谷零を知ってる奴はほとんどいないだろ」

卒業する頃になって公安から声がかかったとは聞いていたし、キャリアで警察庁に入りすぐに警備企画課に配属になったくらいだ。警視庁と言えど地方公務員に認知される経歴は無い。しかも二年目で例の組織への潜入を命じられ、その中で自分と再会したのだから、警視庁勤めの伊達や松田に連絡することもできるわけが無い。だかふと疑問が生じた。萩原が殉職扱いになったのと、降谷が警察学校を卒業したのはほぼ同時期だ。一体いつ警視庁に出向いたのか。そう問い質すと、こんな現状でなければ到底信じられない話が返ってきた。

「この黒い羽織、憂希に貰ったやつなんだが、これを羽織ると妖怪扱いになって普通の人間の目には映らなくなるんだ」
「…透明マントか?」
「まぁ近いものはある、けど鏡とか窓には映るし、稀にいる視える人間にはバッチリ見えるんだよなぁ」
「それを差し引いても便利アイテム過ぎるだろ!俺も使いたい!ってかそれで警視庁に潜り込んでたのか」
「そういう事だ。ついでにすぐに偽装戸籍作れたのも憂希から羽織借りて忍び込んだおかげだな」

聞けば、生き延びたことを伏せて隠れ住む事を選んだのも、助かってすぐだったというのだから、この柔軟性はさすがとしか言えない。適応力が地味に高い男だ。

「けど、なんでその後も通ってんだ」
「…ちょっと、松田が気がかりでな。アイツ、あの時の爆弾犯を追うって特殊犯係に転属希望出してるみたいでさ。半分位俺のせいでもあるから、無茶するようなら止めさせたいんだ」

例の爆弾が再稼働する直前、死んだら敵を取ってくれ、などと縁起でもない会話を電話越しにしていたという。松田は言葉通り、仇討ちのために犯人を探し出すつもりらしい。最もその犯人は元々二人組だったらしく、一人は警察に見つかり逃走中に事故死。形を潜めているのはもう一人の方だ。手がかりはほぼ無いと言っていいだろう。

「それが、二年ほど前から警視庁宛に妙なFAXが送られてるらしい」
「FAX?」
「つっても、数字が一つ書いてあるだけの物なんだが…、ただ必ず同じ日付に届いて、3、2、1とくれば予想はできるだろ」
「カウントダウンか」

件の爆弾犯も、相棒が死んだのが警察のせいだと考えているのなら、復讐を目論んでいるのかもしれない。恐らく翌年には何らかの犯行声明を送り付けてくる頃だろう。

『萩原』

いつもの平淡な声と共に天井をすり抜けて降ってきた憂希に思わず声が上擦った。早いとこ慣れろよ、とケラケラと笑う萩原は黙殺しておけば、何かあったのか、と憂希に尋ねていた。

『お前の友人、近いうちに死ぬぞ』

爆弾はいつだって突然投下されるのだ。

「どういう事だ憂希」
『言葉通りだ』
「正確な時期は分からないのか?」
『私は死期を見るだけだ。予知はできない』
「そうか…こりゃしばらく、羽織使って張るしかないな」
「ん?憂希に監視してもらうんじゃダメなのか?」
「死相が見えるってことは、あいつにも憂希の姿が視えてるかもしれないし」
『間違いないだろう。確かに目が合った』

変に印象付けるのは張り込みとしては失格だ、ということらしい。正直、憂希の出で立ちで目が合うとはどういう事なのかと些か疑問だ。相変わらず奇妙な模様の書かれた布面で目元を覆っているのに、見えているかも疑わしい。実際は何の弊害もなく動いているから周りは見えているのだろうが、原理は不明だ。

「ただそうなると仕事がなぁ」
「そういやお前、殉職扱いになってたなら生活面どうしてたんだ?」
「んー、とりあえず死亡が受理される前にいくらか現金引き出して、後は日雇いのバイトでなんとかって感じだな。今は運送業だ」
「俺もそうするかなー…」

友人の事より目先の生活の心配をするのも変な話だが、萩原には一つ推論があるようだ。憂希は正確な時期は分からないと言ったが、可能性が高い時期はある。萩原の命日、つまり11月7日。例のFAXが送られてきている日付であり、あの爆弾犯が復讐を決意した日でもあるだろうことから、事が起こるのは恐らくその時だ。それまでに松田の動向を確認がてら潜入しておけば、有事の際の情報をいち早く得られるだろう。
その日が差し迫ったら、バイトのシフトは開けておこう、と頭の隅に留めた。



翌年の秋口、問題の日が差し迫り萩原は警視庁の様子を見に行ったが、特殊犯係に転属を希望していた松田は、同じ課の強行犯係に配属になっていた。仇討目的だとは上層部も分かっていただろうから、頭を冷やせということなのだろう。ついでに、教育係としてついている女刑事とは何となく上手くやっているように見えた。刑事の捜査の方は、根っこの性格の粗暴さが目立って穏便にとはいかないようだが本人に改善の意思は無いので放っておこう。

「特に変わった様子は無し、か。特殊犯の方にも大して情報は入ってないようだし、今日のところは引き上げるとするか」

妖怪の羽織のお陰で、発した言葉すら隙間風みたいなものになってしまうのをいい事に盛大に独り言を呟いた。



来たくもない係に回されて数日が経つ。もう直、例の事件があった日付が来る。かれこれ四度目になるが、分かっているのは奴が動くであろうことだけだ。四年前、親友を爆死させた犯人が、再び何かを仕出かすという確信。
あの時のことを思い返すとどうにもやるせない気分になるが、一つだけ引っかかっていることがある。あの日、あの爆発があった日、現場には解体を実行する親友を含めて計八人がいたはずなのだが、焼け跡から見つかった遺体は七つしか無かった。そのどれも、親友ではなく。彼を指し示すものは焼け焦げた携帯しか残されていなかった。遺体が無かったと言うことは考えられるパターンは二つ。一つは、跡形も残らないレベルで、爆破の衝撃で死亡した場合。もう一つは、とても有り得る話ではないが、奇跡的に爆発を逃れ生き延びた場合だ。あの状況下で助かる方法など、いくら探しても思い当たるものはない。だが、あの現場で使われた爆弾は規模こそ大きいが、人を影のように壁に焼き付けた原爆では決してない。だから例えバラバラになったとしても、残っているはずなのだ。親友と分かるDNAを含んでいるものが。
生きている可能性は極めて低い、だが死んだという確証もない。神隠しにでもあったように、親友の、萩原の存在は消えてしまったのだ。

「生きてるなら、顔見せに来いっつーの、馬鹿野郎」

煙草を更かしながら、窓の外の遠くを眺めた。ガラスに映った姿は焦点を合わせていないせいでぼやけている。そんな視界の隅に、誰か背後に立ったような陰を見てガラス越しにそれを視認した。

「…!」

弾かれたように後ろを振り返ったが、そこには何も存在してはいなかった。

─今、一瞬、俺の後に萩原がいたような…。

気のせいだったか、と詰めた息を吐き出した。もう一度窓の方を見ると、羽織りを着た男が部署を出ていく姿が映る。その後ろ姿は親友によく似ていた。

「…あいつ、化けて出てきたか」

その類のものは信じていないが、理解の範疇を超えた現象に思わずそう呟く。念のため親友と見られる羽織り男を追いかけてみたが、廊下のどこにもその姿は見えなかった。

それからまた数日、予期していた通り爆弾犯からの犯行声明が都内の警察署すべてに送り付けられた。暗号化されたその文書が指し示す場所は二箇所、一つは明確に記してあるが、もう一方に該当する場所は数多い。予告時間からしてはっきりと読み取れる方に行くのが先決だろう。

「ちょっと、どこ行くのよ!」
「分からねぇのか。円卓の騎士が72番目の席を開けて待ってるって言ってんだ。円盤状で72も席があるって言ったら、杯戸ショッピングモールにある大観覧車しかねぇだろ」

この犯行予告に恐らく以前のような目的は無い。警察への私怨だけだ。最悪の場合、大勢の民間人を巻き込んで食い止められなかった警察を吊し上げられればそれでいいのだろう。
急行した現場では既に小規模の爆発が起き、制御盤を壊され観覧車が止まらなくなっていた。丁度降りてきた72番のゴンドラは無人だった。

「松田君!」
「円卓の騎士は待っていなかったが、代わりに座席の下に妙なものが置いてあるぜ」
「まさか、爆弾…」

処理犯を待っている時間は無さそうだが、この程度なら解体にそう長くは掛からない。そう当たりをつけてゴンドラが地上を離れる前に乗り込む。

「待って松田君!」
「大丈夫。こういう事はプロに任せな」

扉を閉める直前、温い風がふわりと吹き込んだ気がした。



End

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ