短編集

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「なるほど、それでその場所が絞り込めれば良いんだな」
「あぁ、憂希にも頼んであるから合流したら探し出してくれ。嫌な予感がする」
「分かった、任せろ」

短い機械音で通話を切ると、萩原は短く息を吐いた。松田の後を追って観覧車に乗り込んだのだが、例の予告文がどうにもトラップに思えるのだ。仕掛けられたのは二つだとは読み取れるのに、明確に場所が明かされているのはこの観覧車の物しかない。となると、ここに二つ目の在処を示す何かを隠している可能性が高い。爆弾自体は解体できると確信はあるが、果たしでそれだけで済むのか。

半周を少し過ぎ、地上の制御盤室で再び爆発が起こった。同時にゴンドラは大きく揺れ、完全に停止した。その衝撃で厄介なスイッチが起動してしまったことで、状況はかなりまずい。松田にかかった着信は地上で待機している例の女刑事からだ。

「松田君!大丈夫?」
「あぁ、だが今の振動で妙なスイッチが入っちまった」
「え?」
「水銀レバーだ」

水銀レバー、起爆装置の一種だ。僅かな振動でも内部の玉が転がり、線に触れた瞬間起爆してしまう。これを仕掛けた犯人は相当質が悪いようだ。

「俺が吹っ飛ぶのを見たくなきゃ、こいつを解体するまでゴンドラを動かすんじゃねーぞ」
「でも、爆発まであと5分もないわよ!」
「この程度の仕掛け、あと3分もありゃ…」

そうだ、解体そのものには残り時間は支障はない。時を刻む電光パネルに、悪魔の囁きが浮かび上がらなければ。萩原は内心で毒吐く。この犯人はどこまでクソッたれなんだ、と。

「…「勇敢なる警察官よ、君の勇気を称えて褒美を与えよう」」
「ちょ、ちょっと何言ってんの?」
「「もう一つのもっと大きな花火の在処のヒントを、表示するのは爆発三秒前。健闘を祈る」…これがたった今液晶パネルに表示された文字だ」

やはりこれが狙いだったか、萩原は眉をひそめて一つ舌打ちをした。予告文からして嫌な予感がしていたが、まんまと的中してしまったという訳だ。彼らに捜索を頼んで正解だった、今から都内を回って場所を特定するには時間が足りなさ過ぎる。犯人の筋書きでは死んだ筈の人間が姿を消して忍び込んでるなど思いもしないだろうから、恐らくこのゴンドラに警察官を誘き出して閉じ込め、この文章を見せる算段だったのだろう。その証拠に、松田が乗り込んだことを確認してから制御盤を再度爆破させ、ゴンドラを停止させている。観覧車が見える場所にまだ潜んでいるはずだが、群衆の中から見つけ出すのは不可能だろう。それよりも、二つ目の爆弾を捜索している二人からの連絡はまだかと焦りが生じる。場所さえ分かれば、爆発三秒前のヒントを待たずして解体に踏み切れる。松田を、こんなところで死なせずに済む。

「まだか緋川、憂希…」

詰まる息を吐き出すようにそう呟くと、胸ポケットにしまった携帯が振動した。着信は予想していた通りの人物からだ。

「見つけたぜ、仕掛けられてるのは米花中央病院だ!」
「本当か!」
「ああ!憂希が割り出してくれたんだ。患者だけじゃなく見舞い客や看護師まで死期が迫ってるのはおかしいからな。俺は匿名で通報しておく」
「分かった。場所さえ分かればこっちの爆弾も解体できる」
「どういう事だ?」
「嫌な予感が的中したんだ。そっちのヒントを、こっちの爆発三秒前にパネルに表示するって、さっき警告文が流れた」
「なるほど、確実に警察官を一人殺すつもりだったって訳だ。仮に解体して自分が助かり二つ目の場所が分からなくなれば、警察は病院の人達を救えなかったと世間に責められるってことか」

まさにそれが目的、犯人は警察に報復したがっているのだ。だが筋書き通りにはさせない、その為にここに乗り込んだのだ。通話を切り、纏っていた羽織を脱ぎ捨てる。傍目には突然現れたように映るだろうが、それを目撃した者はこの場にはいない。

「松田!」
「!…萩、原?」

幽霊でも見るような顔をする松田に少しばかりの罪悪感が湧いた。この件が済んだら洗いざらい話すことにしよう。

「松田、コードを切れ」
「化けて出たと思ったら…、パネルの電源が落ちれば二つ目の爆弾の場所が分からなくなる。今から都内の病院全てを回って探し出すのは不可能だ、それがどういう事か分からねーほど馬鹿じゃねえだろ」
「場所なら分かってる、米花中央病院だ。だからお前がそれを解体しきっても何ら問題は無いんだよ」

俄には信じられない、それもよく分かる。逆の立場だったら自分だって到底受け入れようとは思えないだろう。だが、ここで親友を無駄死にさせたくはない、こんな非道な犯人の計略で喪いたくは無いのだ。

「残り時間はもう一分も無い、俺を信じてコードを切ってくれ松田!」
「……信じるも何も、不確かな情報に加え亡霊の言葉だぜ?お前、逆の立場だったらそうするのかよ」

松田も萩原もリアリストだ。明確な死を目前としたこんな状況でもなければ、突然背後に現れた相手を、親友の姿をした亡霊とすら思わなかっただろう。

「それに俺が助かったとして、ヒントも見ずに場所を特定したとなれば情報の出どころを探られるのは必死。どうやってお前のことを説明して、信じさせればいいんだ。上層部は納得しねぇよ」
「…なら、ヒントの途中でコードを切れば」
「パネルに表示されるのは場所そのものじゃねえんだ。答えが最初から分かってでもない限りヒントを推察して答えを出すのは無理だろ」

悔しいが返す言葉もない。タイマーの数字は着実に一つずつ減っている。残り30秒を切った。

『萩原』

憂希の、あの凛とした声が聞こえた。窓の外に不自然に浮かんでいる、ように見えるのは、恐らくトビヒが居るのだろう。そして何の脈絡もなくゴンドラの窓ガラスが割られた。

「!お前…!」
『言葉を交わすのは初めてだな。簡潔に言う、死にたくなければさっさと出ろ』
「出ろ、って…」

この観覧車の直径は100mを優に超える、飛び降りても即死は免れないだろう。普通に考えれば。

「松田、お前さ、空飛んだ事あるか?」
「はぁ?」

パネルの数字は10を過ぎた。地上で待機する刑事も撤退を余儀なくされ、誰もが松田の死は避けられないと信じ切っている。もう爆弾を止める事に拘るつもりは無い。要はこの親友の命さえ助かればいい。三秒前に表示されると言うヒントを見たという事実が出来れば矛盾は生じないのだから、それまでは松田の覚悟を尊重しよう。後は勝手にさせてもらうだけだ。
3、2、1、と時間を刻む間に、メールに回答を打ち込む松田の腕を掴み、ついでに黒の羽織も引っ掴んでその身を空に投げた。背後でゴンドラが爆発するのを肌で感じながら自由落下していく。

「憂希!」
『分かっている』

何も無い空間で二人の身体を受け止めたのは、紛れもなくあの獣妖怪だ。相変わらず姿も視えなければ声も聞こえないが、柔かい体毛だけは触れて分かる。

「え…、何だ、これ、夢か?」
「はっはっ、あいつと変わんねー反応!」
『一番真っ当だろう』
「それもそうだ」
「おい萩原、ちゃんと説明してくれるんだろうな!」

萩原の後ろで漸く現状を整理した松田がそう声を荒らげているが、この空中散歩のただ中では落ち着いて話せないので、一先ず地上に降りてからと返す。

『あの路地裏だ、あの通りに迎えが来てるはずだ』
「緋川もこっち向かってたのか」
『帰る足は必要だろう』
「まぁ、な」

萩原が新たに出した名前に聞き覚えのない松田だが、それも後の説明とやらに含まれているだろうと踏んで何も言わなかった。人目のない路地に降りると、先程まで憂希達を乗せていた存在が姿を見せた。

「全く、妖使いの荒い友人だ」
『いつもすまないな、助かっている』
「俺達全員の恩人だしな。松田、こいつはトビヒ。見ての通り羽根の生えた狼みたいな姿の幻獣、言ってみれば妖怪だ」
「……は?妖怪って、え、マジなやつ?」
「マジなやつ。その証拠にさっきまで見えなかったろ?トビヒは力が強いから自分の意思で人に姿を見せられるんだ」

これまでの人生で否定してきたオカルトの類が目の前で立証されたことにカルチャーショックを覚えているようだ。

「ま、こいつらに俺達人間の常識を求める方が筋違いってもんだ」
「…ってことは、そこの目隠し女もその妖怪とやらの類なのか」
「ああ」
『今は憂希と名乗っている。私は生き物の死期を観る妖者だ。死期の近い人間には私の姿が視える者もいる、お前もその一人』
「確かに、一人だったらあの観覧車で吹っ飛んでたな。で、お前はこいつらに助けられたって訳か?あの爆発の寸前にでも」
「さすが、話が早い。そうだよ、俺も緋川もこの二人に命を救われた」

トビヒは既に姿を消し、迎えが来ているであろう通りに向けて歩を進めていたが、再び出てきた聞きなれない名前が引っかかる。その名の主は一体誰なんだと問われれば、萩原は見えてきたブラックサファイアのカブリオレ335iの運転手を示した。

「あいつだよ」
「あいつって、…諸伏?」

確か公安部の所属で、どこかに潜っていると噂を聞いていたが、まさかこんなところで会おうとは。警察学校以来の旧友に懐かしさを感じる。

「潜入捜査官だとバレて、追い詰められたところを憂希が助けてきたんだ。死んだ事になってないと厄介らしいから、普段から偽名で呼びあってる。因みに俺は萩野で、戸籍も捏造済みだ」
「やっぱり別人として生きてたのかよ」
「そうでもしないとやっていけないだろ。四年前の段階じゃ、生き残った理由を科学的に立証するのは到底できなかったからな、死んだ事にするしかなかったんだ」

粗筋を説明しながら、車内で待機していた諸伏景光─現在の自称を緋川ミツル─に片手を上げて合図を送り、後部座席に乗り込んだ。憂希はといえば車のドアをすり抜け助手席に待機している。後ろの二人が落ち着いたところで開けていた屋根を戻し、ホームへと車を走らせた。

「緋川ぁ、死んでるはずのやつがオープンカー状態にするなよ」
「いやーお前らが飛び降りてきても良いようにと思ってな」
「誰もやらねーよそんなん」
「そうでもないぞ?零とか割とよくやるし」
「お前らだけだ!」
「ハリウッドのスタントマンかよ…」

昔のようなやりとりをしながら、車は問題の病院に差し掛かった。見たところ警察車両が乗り入れているため、予告にあった二つ目の爆弾は滞りなく解体されるだろう。景光の匿名の通報はどうやら半信半疑に取られていたようで、松田が最後に送ったメールが決定打になったと見える。最も、送信元の携帯は観覧車に置き去りで、回収は無理だが。

「これで落着だな」
「…みてーだな」
「さて、そんじゃまぁ、帰りますか」

自分たちの領域へ。格好悪く言えば、まる四年過ごしたボロアパートの一室に。もう少し広い物件を探す必要があるな、とホームまでの道程で萩原は虚空を見ながら考えていた。



End

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