短編集

□繋ぐ
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──はぐれると大変だから。
──迷子になったら困るから。
──その靴新しいから履き慣れないだろ?だから。

そうやっていろいろ言葉を並べながら手を繋いでくれるひーくんに、私は甘えきってその手を握り返す。ひーくんは優しいから、単純に私が危なっかしいと思ってそうしてくれているのだと思うようにしている。そう思い込みでもしないと、離れられなくなりそうで。いつかひーくんに出来る大切な人に、私の特等席を譲れなくなってしまいそうで。

──星を見に行かないか?

そんな風に誘われて登った山道も、ひーくんは私の手を引いてくれた。なだらかな道を選んだとはいえちょっとしたハイキングをして着いた開けた場所、民家の灯りなんてこれっぽっちもないその場所からは満点の空がよく見えた。こんな事をされて、勘違いするなという方が無理がある。今更つくろうつもりは無いが、それを伝えるつもりは毛頭ない。だってもうすぐ、ひーくんは引っ越してしまうからだ。

「あのさ」
『なに?』
「お前だけだから」
『……なにが?』

いつにもまして真剣な顔で言うひーくんに、単純な私の心臓はどきりと高鳴る。

「手を繋ぐのも、優しくするのも、こうやって星を見に連れ出すのも、全部お前だけだから」

紛れもなく、告白だという事は考えなくとも分かる。でもどうして、今になって、これじゃあひーくんを忘れることも、諦めることもできやしない。遠く離れてしまうのに。私と、私の気持ちを置いてけぼりにして行ってしまうのに。

「……ごめん、泣かせるつもりじゃ……」

私の溢れた想いの塊を見て、ひーくんも悲しそうな顔をした。違うよ、この涙はひーくんの思ってるような気持ちじゃなくて。

『なんで、今言うの…?違うの、私嬉しいんだよ。ひーくんの特別でいられたのはすごく嬉しいの。でも、だったら、もっと早く言ってくれたら、わたしだって、ひーくんの気持ちに、もっと嬉しい気持ちで答えられたのに…』

こぼした言葉は取り留めもなく、積年の思いを紡いだ。ずっと重ねていた手はぎゅっと握られているせいかひどく暖かくて、心地がいいのに、心臓は締め付けられるように痛んだ。

「……ごめん。ずっと言えなくて、ごめんな」
『ひーくんのばか…ずっと好きだったのに』
「おれも好きだよ」
『遅いよ…これじゃあ、諦められないじゃん』
「諦めなくていい」
『遠くに行っちゃうのに…?』
「ずっと好きでいる。約束するから」

今よりずっと小さい頃にした指切り、一生で一番重い約束で使うことになるなんて、誰が思っただろう。でも、ひーくんは、きっとこの約束を破らないでいてくれる、そんな気がしてしまう。

『ひーくんのこと、ずっと好きでいていい?』
「──ああ」

大輪の向日葵のような笑顔が咲いた。



End

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