短編集

□リコリスの約束
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眩い閃光と、肌を焼く熱――。この人生最期の記憶を思い出したのは[萩原研二]が五歳の誕生日を迎えた時だった。





何でもないある晴れた日、隣の家の同い年の友人が態度を変えた。というより、距離感が分からなくなった、と言うべきか。まるで人が変わったように、私への対応がよそよそしくなった。友人の名は萩原研二。私が彼を識るのはこの家に生まれ育った時で二度目だ。
最初の彼は画面の向こうにいて、爆炎の中に儚い命を散らした。突然突きつけられた余命の間に何を考えたかなど、知る由もないことは分かっている。けれど彼が生きようともがいていたのなら、生きてほしかったと願わざるを得なかった。そんな思いを抱えながら程なくして私は事故に遭い、生涯を閉じた。しかしそれを許さなかった何かが悪さでも働いたのか、私は再び産声を上げることになった。乳飲み子の頃の記憶は無いので、恐らく身体的に自立し始めた頃に以前までの記憶を取り戻した形になったのだろう。そこで隣の家に住む幼なじみの存在を認識することになる。いつもの事のように笑いかけてきたその少年こそが、二度目に識った彼なのだ。初めこそ同姓同名なだけだと頭を振ったが、垂れ目がちな大きな目や、子供の割に整った顔立ち。印象が酷似していた。私は認めざるを得なかった。この世界が、私の知る世界ではないことを。

もともと彼の方から取り付けてきた約束だが、朝は決まってどちらかの家の前で待ち合わせて幼稚園に通う。だが、この日を境に友人は私との距離感を考えあぐねるように、迷いながら隣を歩いた。

『……何かあった?』
「え、……いや、なんでもない」
『そう?……それより、誕生日おめでと』

あれこれと聞くべきではないと思い当たり障りなくそう言えば、隣から彼の気配が消えた。はたと振り向けば彼は足を止め、ぽろぽろと涙を零していた。

『え……どうしたの?』
「……もう一度、聞けるなんて……」

微かにそう呟いたのが辛うじて聞こえたが彼は首を振って、何でもない、と続けた。

「ちょっと、思いっ切り石ころ踏んだだけで……大丈夫」
『……!』

有りもしないそんな言い訳を紡ぐ彼の姿に覚えた既視感。同じだ、ほんの少し前の自分と。確かに死を感じた次の瞬間に、あれは夢だったのかと思わせるように浮上した意識と、転生したという現実に戸惑っていた日の朝。新たな両親が告げた『誕生日おめでとう』という一言に、意味もなく涙が止まらなかった私と今の彼の言動が何もかもが同じだった。それが何を意味しているか、私の中に浮上した仮説が正しければ彼も、この[萩原研二]もまた転生者であるということ。

同じ存在だと気付いていながら、私は彼に、同じ転生者だと話す事はしなかった。一度話せば、余計なことまで言ってしまいそうで。ボロが出そうで。転生者という立場は同じでも、私は彼の最期を知っている。そして彼が知る由もなかった、彼の友人の最期も知っている。知ってしまっているのだ。有り得てはならない事象を体現する私は、異質でしかない。私は恐れているのだろう。本来であればこの世界に存在してはならない私がいることで、世界の真理が歪んでしまうことを。いや、彼がこの世に生まれ直されたことがもう既に、歪みなのかもしれない。それを理解したのは、小学校に上がってまもなくだった。
帝丹小学校――母に連れ出されお受験とやらに駆り出された結果、合格を得てしまい通うことになった小学校。そして親同士の示し合わせにより、彼も一緒だ。

「クラス、どうなるんだろうな」
『ん……友達できる気がしないから……離れたら困る、かな』
「そっか……一緒だといいな」
『そうだね』

いつの間にか、彼の接し方は自然体になっていた。それでいて大人の前では、子供らしい一面も残しながらうまいこと生活しているのは幼稚園で嫌というほど見てきた。それに引き換え私は、いつまで曖昧な態度を取っているのか。いっそ、自分も転生した身だと告げてしまえば、少なくとも彼の前では息苦しい思いはしなくて済む。それは分かっているが、それを伝える勇気は私には無く。臆病者の私には、到底言えるわけもないのだ。そうやって言い訳をしては、彼に嘘をつき続けている。そんな小さな罪悪感は次第に痛みを増して私を蝕んだ。




もしかしたら彼女は俺と同じなのかもしれないと、そう思い始めたのはいつからだったか。自身が転生したと気付いた時から、彼女の眼の奥が哀しげに揺れるのを幾度か見た。初めこそそれが何を思ってのことかは分からなかったが、その頃を境に強い光と大きな破裂音に怯えるようになっていた俺の姿を見ても、何も聞かずにそばにいてくれたことに、なんとなくだがその答えが理解出来たように思う。よく考えてみれば彼女は、同じ年代の少女と比べると明らかに大人びていて、聡明で、思慮深かった。ごく自然と、子供らしさを演じるまでもなく本来の自分でいられるほどに、彼女と話す時間は心地が良かった。
だから尚のこと、時折彼女がこの世のすべてに怯えるような表情をしていることが気になっていたのだ。それが明確に現れたのは、小学校に上がってまもなく、立て続けに隣のクラスに入った転入生の存在に気付いた時。特に聡明な眼鏡の少年を見かけた時の彼女の反応は、絶望の淵にでも立たされたような表情でその背中を見ていた。

「……どうした?」
『あ……、ううん、何でもない。ちょっと、眩暈がしただけ』
「そっか。……しんどかったらちゃんと言えよ?」
『うん』

本当の理由を聞いたところで彼女が話さない事は分かりきっている。あの少年が彼女にどう関係するのか、その答えは解るはずもなかった。単に、自分に聞く勇気がなかっただけでもあるのだが、踏み込んで関係が壊れるくらいなら、何も聞かずに隣にいる方がずっとマシだ。
問題の転入生達は、噂がクラスの違う俺達の耳にも入ってくるくらいに目立つ存在になっていた。話に聞く彼らの言動はどう考えても、小学一年生の能力を超えていることに気付く。この事実を、頭が良いという単純な感想で片付けてしまえば他の同級生たちと同じく彼らの目に止まることは無かっただろうに、俺は彼らのことも、同じ転生者ではないかと思ってしまったのだ。そんな希望的観測をすべきではないはずなのに、降って湧いた興味は形を成して、彼らの立ち上げた探偵団というものがどんなものかと訪ねていた。全員同じクラスのメンバーなのもあり、名前さえ把握されているかと疑問に思っていたところだが、例の眼鏡の少年だけは違ったらしい。すっかり周りに遠巻きにされているこの集団に、わざわざ近付く物好きはとうに途絶えていたからか、帰り道を共にするつもりだった少年達は声をかけた俺に嬉々として自分達のことを答えた。どうやら人々の身近で起きた様々な事件に介入して解決に導いているらしい。

「へー、事件をねぇ」
「そうなんです、もういくつも解決してきてるんですから!」
「主に江戸川君が、でしょ?」
「哀ちゃんの言う通りだよ、光彦くん」
「いやでも、お前らも手伝ってくれるし、全部が全部ってわけじゃねーよ」
「ってことはオレらのおかげだよな!」

頭がいいと噂の[江戸川君]は、都合よく捉えているのなら下手に口は出すまい、そんな苦笑を浮かべている。見た目と中身の出来が丸っきりちぐはぐなのは客観的にも見て取れるが、それでも周りの人間が何も言わないのは本当に利口なだけの子供だと信じ切っているのだろう。かく言う俺も、転生なんて突飛な現象を経験する前だったらそんな簡単な一言で片付けていたはずだ。やはり彼は、何らかの形で一度目の記憶を持ったまま生きているのか。

「萩原くん?」
「どうかしたのかよ?」
「いんや、なんでもない」
「そうかぁ?それより見たかよ、昨日の仮面ヤイバー!」
「もちろんです!」
「面白かったよねー!歩美ドキドキしちゃった!」

途端に横で始まった子供らしい会話に、彼らは真っ当な小学一年生なのだと分かり少し安堵した。そんな俺のやや後ろで、特異な質の彼ともう一人、大人しそうな少女が声を潜めて密談していたことなど知る由もなかった。

「……何か気になるの、彼」
「いや……確かに気になるところはあるけど、それにしては確証がまだ持てねぇんだ。オメー、何か感じなかったか?」
「さぁ……。ま、利発そうな子だとは思うけど」
「賢いってだけなら、光彦みたいに親がしっかりしてると考えれば納得はできるけど、なんつーか雰囲気に覚えがあるって言うか……」
「何が言いたいの」
「だから、もしかしたらあいつ、俺達と同じなんじゃないかって思って……」
――そんなワケないでしょ。

口にされるまでもなく、灰原の眼は雄弁にそう答えていた。


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