短編集

□綺麗な人
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本日は、平時の部活動とは別に、近日開催予定の文化祭について話し合いを行うこととなりました。

部員全員が揃うまでの時間を使い、先輩方は一度職員室へ向かわれ、部室には私一人が残されました。

他の部員の方がお越しになった際の連絡係が必要だったからです。

私は書道部室の一角にある畳敷きの部分に正座をして、窓の外を眺めることにしました。

葉はすでに紅葉を迎え、一つ二つと散り始める頃となったようです。

ハラリ、ハラリと、舞う落ち葉の向こうには、青く高い空が広がっていて、吸い込まれるように眺めていました。

すると、段々とひとつの音が近づいてくるのに気がつきました。

部室の扉が開くのと、私が振り返ったのはほぼ同時だったように思います。

そこにおられたのは、一人の女性でした。

黒くて長くて、綺麗な黒髪。

私の、まるで動物のような髪とは大違いで、思わず見入ってしまいました。


「・・・―――?」


女性の口が動くのを視界の端にとらえ、私ははっと我に返りました。

髪を見るのに夢中になってしまい、油断をしていたので声は聞き取れませんでしたが、口の動きから予想すると、おそらく「一人か?」と聞かれたと思われます。

私は、慌てて首を縦に振りました。


「今日は休みなのか?」


今度は、集中していたのでしっかりと声も聞き取れました。

私はもう一度、首を縦に振りました。(部活動自体はお休みであると判断したからです)


「君も、書道部員か?」


女性は、また質問をしてこられました。

やはり、私なんかが書道部員であることは信じがたいのでしょうか。

自分でも、似合っていると思ったことはありませんが、こうも率直に聞かれてしまうと、素直に頷いてしまっていいものか不安になってしまい、結局、その質問には答えることが出来ませんでした。


「・・・」

「・・・ふむ、」


女性は少し考える素振りをしていましたが、私は傍らにおいていたスケッチブックのことを思い出し、急いで文字を連ねました。

部活の先輩方は職員室へ向かったこと、他の部員たちはまだ集まってきていないことを短文で伝えました。

女性はしばらくスケッチブックの文字を目で追った後、小さく


「・・・綺麗だな」


と呟かれました。

一瞬、何のことを言っておられるのか分からず、首をかしげると、女性はとても綺麗に微笑みかけてこられました。


「文化祭のことで部長に相談があったんだが、いないようだし出直すことにするよ」


私はただ、頷くことしか出来ませんでした。

おそらく、今更緊張してしまったのだと思います。

なぜなら、


「・・・君は、いい字を書くんだな」

「字には人柄が出る。君の字はとても誠実だよ」


なぜなら、

私は今までに、こんなに綺麗な方とお会いしたことがなかったからです。

纏う空気も、姿も、声も、“音”も、

全てにおいて、「綺麗だ」と、素直に感じる女性。

お褒めにあずかった嬉しさからか、それとも緊張からか、手が震えて読みにくい字にならないように気をつけたため、

せっかく連ねた感謝の言葉は、とても小さな文字になってしまいました。








ありがとう、凛とした音を持つ貴女―

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