短編集
□青い薔薇
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「ちょっと八十、何してるのよ」
夕暮れで赤く染まる教室で、唐突に後ろから声をかけられた。
振り返ると、さっき帰ったはずのらんたんが訝しげな顔でこっちを見ていた。
「らんたん、いっつもこんな早い時間に来てたの・・・?」
「誰が登校中だってのよ。忘れ物したから取りに帰ってきただけ」
いつもながら素早く且つ鋭いツッコミを入れたらんたんは、自分の机からクリアファイルを取り出してカバンにしまった。
「で?何してたのよ。部活は?」
「部活中〜♪」
「部室でやらないの?」
「ここがいいから抜け出してきたの〜」
白紙のスケッチブックの上で鉛筆を転がす。そこにはまだ、点ひとつだって描かれてはいない。
「なによ、スランプ?」
「わっはっは、相変わらずらんたんは痛いトコロついてくるなぁ〜」
「わ、悪かったわねっ」
「んー・・・なぁんかなぁんにも浮かばんくってさ〜・・・」
椅子の背もたれに思いっきり寄りかかり、天井を仰ぐ。らんたんは、私のすぐ後ろにきていた。
「・・・まぁ、らんたんがモデルになってくれるんだったらすぐに何か描けそうなんだけど〜ww」
ケタケタと笑いながら、冗談をこぼして、らんたんのツッコミを待つ。
“バカじゃないの?”かな。
“冗談じゃないわよ”とかかな。
あぁ、早く何かネタ降りてこい。
「・・・いいわよ」
・・・ん?
「ほぇ?」
「何アホみたいな声出してるのよ。何?ここに座ってればいい?」
「え、あの、え?」
らんたんは私と机を挟んで反対側に座った。
足を組んでそこに手を置く。
「で?どんな恰好してたらいいの?」
「・・・あぁ、うん。いいよ、その格好で」
「そう。じゃあ早くしてよね」
「うん・・・。え、いいの?」
「早くして」
「へい」
有無を言わさず、と言った感じでらんたんは喋るのをやめた。
私も、何だかあとに引けなくなってしまい、鉛筆を滑らせた。
空は徐々に赤から紫へ変化していく。
下校時間が迫る中、運動部の声も聞こえなくなり、辺りを心地よい静寂が包む。
不思議と、筆の進みは良くなった。
今日で下書きは終われそう。
明日には、色付けに入れるかもしれない。
「・・・」
「・・・」
どのくらい、経っただろうか。
らんたんは、一言も喋らず、じっと私を見ていた。
いや、ただ視線を前に向けているだけだったのかもしれない。
それでも、目はまっすぐだった。
まっすぐに、私を捉えていた。
「・・・ふぅ」
「終わった?」
「うん。下書き終了。動いてもいいよ」
らんたんは簡単に柔軟をして、固まった体をほぐした。
「見てもいい?」
「下書きだけど、いい?」
「色をつけた後も見るからいいわ」
らんたんは私の後ろに回り込んでスケッチブックをのぞいた。
「・・・スランプなんて嘘じゃない」
「え、いやいや。ついさっきまで本当にスランプだったんですぜい」
「そうは見えないわ。八十は花の描き方がうまいわね。この薔薇、すごく綺麗」
「え、やめて照れる」
「照れないでよ気持ち悪い」
何だか今日は、らんたんのデレとツンがすごい勢いで炸裂している気がする・・・
「何色のバラになるのかしらね」
「らんたんには、青い薔薇が似合うよ」
「実在してないじゃない」
「サ○トリーが作ったでしょ?」
「あれはどう見たってまだ紫。私は青とは認めないわ」
「らんたん手厳しい(笑)」
青い薔薇の花言葉でよく知られているのは「奇跡」だけど、もうひとつ、意味がある。
「青い薔薇の花言葉は“夢かなう”だよ」
「・・・八十ってたまにクサイこと言うわよね」
「あ、ひどいっ」
「ふん、まぁいいわ」
らんたんは自分のカバンを肩に引っ掛けて、教室の外へ向かう。
「あたしが青い薔薇なら、あんたには薔薇の葉がお似合いよ」
「え〜葉っぱ〜?;」
「刺じゃないだけマシと思いなさい。あぁ、あとそれ、完成したらちゃんと見せなさいよ。モデルしてやったんだから」
「へ、へぇ〜い;」
「じゃあね」
らんたんは、素早い足取りで教室を出た。
私は、しばらくスケッチブックを眺めた後、真一文字に描かれていた少女の口元を、緩やかな弧に変えた。
「らんたんには、全部お見通しだったかもね・・・」
薔薇の葉の花言葉は、「がんばれ」。