短編集

□春
1ページ/1ページ




「はーるよこい、はーやくこい」


私の幼馴染は、今日もまた泣いています。

おめめも、ほっぺも、真っ赤にして泣いています。

擦りすぎて、指先まで真っ赤になっちゃってるね。


「そんなに擦ると、おめめが悪くなるよ」


私はいつも、彼と手をつなぎます。

そうすれば、目を擦るのを止められるから。


「今日はどんな悲しいことを持ってきちゃったのかな」


私にはわからないけれど、彼はまた一人、誰かを悲しみから助けてきたのだろう。


「そうだ茉那ちゃん、お花見に行こう」


まだ本咲きではないけれど、綺麗なものを見たら少しは気が紛れるかと思って、そう提案してみる。


「今年は風が強いから、早く見に行かないと満開になる前に散っちゃうかもしれないしね」


昔は、よく二人で近所の公園にお花見に行ったよね。

茉那ちゃんは咲いている桜を見るよりも、

散った花びらを両手いっぱいに抱えて、

空に向かって思いっきり投げて、

風に乗せて飛ばす方が好きだったよね。

この方が綺麗だよーって。


「またやってみよっか」


木の根元に、少しだけ花びらが落ちていた。

それを、一枚一枚手に乗せていく。

片手分しか集まらなかった。


「いくよー!えーい!」


真上に向かって、花びらを投げ上げる。

その瞬間、強い風が吹いて、

舞い上がった花びらは


「うわっ、っぷ!」


全部茉那ちゃんの顔に向かって飛んでいった。


「おおう!?; ま、茉那ちゃんごめんね!そっち行くと思ってなくて!;」


大丈夫だった?

目に入らなかった?

覗き込むと、ゆっくり顔を上げる彼。



「・・・ぷっ」


その目元には、

涙のせいで張り付いた桜の花びら。


「ふふっ、茉那ちゃんの涙、桜になっちゃったね」


何が起こったのか分からず、

ポカンとする彼の涙は、

いつの間にか止まっていた。



はーるよこい、はーやくこい



春よ来い、早く来い

一瞬でもいい

彼の涙を止めておくれ






.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ