短編集
□春
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「はーるよこい、はーやくこい」
私の幼馴染は、今日もまた泣いています。
おめめも、ほっぺも、真っ赤にして泣いています。
擦りすぎて、指先まで真っ赤になっちゃってるね。
「そんなに擦ると、おめめが悪くなるよ」
私はいつも、彼と手をつなぎます。
そうすれば、目を擦るのを止められるから。
「今日はどんな悲しいことを持ってきちゃったのかな」
私にはわからないけれど、彼はまた一人、誰かを悲しみから助けてきたのだろう。
「そうだ茉那ちゃん、お花見に行こう」
まだ本咲きではないけれど、綺麗なものを見たら少しは気が紛れるかと思って、そう提案してみる。
「今年は風が強いから、早く見に行かないと満開になる前に散っちゃうかもしれないしね」
昔は、よく二人で近所の公園にお花見に行ったよね。
茉那ちゃんは咲いている桜を見るよりも、
散った花びらを両手いっぱいに抱えて、
空に向かって思いっきり投げて、
風に乗せて飛ばす方が好きだったよね。
この方が綺麗だよーって。
「またやってみよっか」
木の根元に、少しだけ花びらが落ちていた。
それを、一枚一枚手に乗せていく。
片手分しか集まらなかった。
「いくよー!えーい!」
真上に向かって、花びらを投げ上げる。
その瞬間、強い風が吹いて、
舞い上がった花びらは
「うわっ、っぷ!」
全部茉那ちゃんの顔に向かって飛んでいった。
「おおう!?; ま、茉那ちゃんごめんね!そっち行くと思ってなくて!;」
大丈夫だった?
目に入らなかった?
覗き込むと、ゆっくり顔を上げる彼。
「・・・ぷっ」
その目元には、
涙のせいで張り付いた桜の花びら。
「ふふっ、茉那ちゃんの涙、桜になっちゃったね」
何が起こったのか分からず、
ポカンとする彼の涙は、
いつの間にか止まっていた。
はーるよこい、はーやくこい
春よ来い、早く来い
一瞬でもいい
彼の涙を止めておくれ
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